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初等部
19.王女と王子の裏の顔
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14:00、僕は時間ぴったりに窓を三度ノックしました。寮の裏手、一階の一番端にあるフェオフォーン様の部屋の窓です。
カーテンに阻まれ、中の様子を見ることはできません。
どきどきしながら待っていると、少ししてカーテンが揺れ、フェオフォーン様が姿を現しました。
フェオフォーン様は僕を一瞥すると、窓を開けました。
僕をじっと見つめるフェオフォーン様。入れと言いたいのでしょうか。
寮の一階の部屋の窓は全てかなり大きく作られており、子供でも乗り越えて中に入ることが出来ます。
僕がおそるおそる窓の中に入ると、フェオフォーン様はすぐに窓を閉めました。
部屋は、僕の部屋の二倍くらいの広さがありました。一階の部屋が全て上の階の部屋よりも大きく作られているのか、王家の人間であるフェオフォーン様が特別大きい部屋を与えられているのか……。
ベッドの隣にテーブルといくつかの椅子が置かれていて、複数人がくつろげそうな空間です。
「座って」
フェオフォーン様が椅子を指さしました。大人しく従い、座ります。
……本当になんの用事でしょう?
イヴァン様と仲良くしすぎて目障りで、距離を取れと言われたりはしないでしょうか。
僕がびくびくしながら座っていると、立ったまま僕を凝視していたフェオフォーン様はなんの前触れもなくこう言いました。
「イヴァン、隠れて平民口調を使ってるよね」
僕は『きょとんとして』、それから『心底困惑した様子で』こう答えました。
「そうなのですか……?」
まるで『全く心当たりがない』かのように。
僕は、誰かが隠したいことを隠すのが得意です。
僕にまつわることや僕の気持ちは、そもそも僕が僕なんかのために嘘をついて隠すのが正しいのかわからず、迷いが生まれ、中途半端に隠そうとしてすぐバレてしまうのですが……、誰かに隠せと言われたり、僕が誰かのために絶対に隠すべきだと確信している事柄については、まるで本当になにも知らないかのように振る舞うことが出来ます。
これは、ヴォルコ家でお父様に教育していただいて身に着けた特技です。
……例外として、痛む傷を隠すのは難しいです。ソバキン家でバレたときのように、顔に出てしまいます。これは、まだ改善の余地がありそうです。
フェオフォーン様はそんな僕の様子をじっと見続けます。本当に知らないのか疑っているのでしょうか。
僕は、『どうしてそんなにじろじろ見るのだろう』と思っているかのように縮こまり、『居心地が悪い、わけがわからない』といった様子で視線を彷徨わせてみせ、次の言葉を待ちました。
そのまま、数分が経過し……、フェオフォーン様が、「……はぁ」と言って、貴族とは思えない乱暴な仕草でドカッと僕の目の前の椅子に座りました。
驚き、びくりと震えます。これは本心です。
フェオフォーン様は僕を睨むように見て、
にっ!と少年らしく笑って、親指を立てました。
「合格!」
「………………え?」
「いや~、試すようなことしてごめんな~。オレたちくらいになると、ある程度口が堅いやつじゃないと話したいことも話せねーからさ。いろいろ回りくどい事してシエノークの口の堅さを確かめてたんだよ。怖かったよな~、ごめんごめん」
え?
だ、誰?
フェオフォーン様が急に知らない人になってしまいました。
フェオフォーン様が僕を試していたことなどよりも、フェオフォーン様の豹変の方に驚いてしまい全く言葉が出てきません。
フェオフォーン様は僕を置いてけぼりにして、信じられないくらい饒舌に話し続けます。
「イヴァンが隠れてシエノークの前で平民口調使ってんのはわかってたんだよ。その上でシエノークがどこまで隠せるかってのを試したんだけど……、いや~合格合格。大合格。満点だ!本当に知らないのかと思っちまった。小さいのにすげーなぁ。あ、もう出てきていいぜエリザ」
「はーい。合格おめでとうシエノーク」
ひょこっとクローゼットから顔を出すエリザ様に、椅子から転げ落ちそうになりました。
驚きのあまり口をはくはくすることしかできない僕をよそに、お二人はマイペースに会話します。
「シエノークの口が堅くてよかった!それだけ隠せるなら私たちも自然体でいられるわね」
「エリザは割と普段から自然体だろ」
「そんなことないし!フェオが別人すぎるのよ!……ほら、フェオの変わりように驚きすぎてシエノークが声を失ってるじゃない。可哀想に……」
「え、オレのせい?……ごめんな?」
眉を下げて小首を傾げ、あざとく謝るフェオフォーン様と、「かわいこぶってんじゃないわよ!」と野次を飛ばすエリザヴェータ様は、普通の少年と普通の少女にしか見えませんでした。
「フェオは昔から平民の街が好きで、休日はずっと平民の店や冒険者ギルドに入り浸ってるの。だから素はこんな感じ。カッコつけてオレとか言っちゃってね……」
「は!?別にカッコつけじゃねーし!」
「学園でのキャラがアレなのは変にその辺の貴族に言い寄られるのを防ぐためらしいわ」
「オレくらいかっこいいと愛想良くしたらモテすぎちまうからな」
「イヴァンの方がかっこいいかな」
「今イヴァンの話してないだろブラコン」
「それよく言うけどどういう意味?」
「教えませんバーカ」
「バカって言う方がバカなのよ!?」
……普通の少年少女よりも幼いかもしれません。
お二人はどちらも今年14歳になるはずですが、初等部の生徒もしないような言い合いをしていらっしゃいます。
こんな二人の姿を見てしまってよかったのでしょうか……。僕が二人を交互に見ながらオロオロしていると、二人はハッとして同時に咳払いをしました。仲良しです。
「さてと。実はシエノークを呼びたがったのはエリザの方なんだ。どうしてもシエノークに聞きたいことがあるんだと。でも、質問されたことを誰にも言わないで欲しいらしくて……、そもそもちゃんと隠せるやつなのかどうか試すために、オレがこの試験を提案したって感じ」
「イヴァンとか、親しい人にも言っちゃだめよ?絶対だからね?言ったらその……何か……なんらかの罪に問うんだから!」
本当に罪に問えてしまう立場です。僕は青ざめつつこくこく頷きました。
フェオフォーン様がそんな僕を見て「可哀想に……」と呟くのが聞こえます。
「そ、それでねっ、質問なんだけどねっ?あの、あのねっ?」
「さっさと言え」
「うっさい!」
顔を赤く染めてもじもじするエリザヴェータ様は、一度大きく深呼吸すると、意を決したように僕にこう尋ねました。
「……イヴァンって、イヴァンの護衛騎士のレイラのこと、好きなのかな……?」
「いえ全然」
つい即答してしまいました。
……イヴァン様はレイラ様のことを護衛騎士としては信頼しているようですが、それ以外の好意は絶対にあり得ません。
悲しいかな、少しでもレイラ様のことが好きなら、イヴァン様はレイラ様のことをあんなにわかりやすく手玉に取らないと思うのです。
たくさんのご恩があり、イヴァン様のことはもちろん大好きですが、この点に関しては、その……、昔ヴォルコ家で聞いた言葉を使うなら、カスだなと思います。
エリザヴェータ様は僕の返事を聞いて顔を輝かせ、「そっ、そうだよねっ、お兄ちゃんが何も考えずに騎士に手を出したりしないよねっ」と嬉しそうにします。裏ではお兄ちゃん呼びをしているようです。
手はギリギリ出しているかもしれませんが、それは言わないことにし、僕は笑顔を浮かべて「はい」と頷きました。
フェオフォーン様はエリザヴェータ様の隣で頭を抱え、「そんな質問のためにオレを使ったのかよ…………」とおっしゃっていました。質問内容を今の今まで聞かされていなかったのでしょうか。
「うっ、で、でも重要なことでしょ……!?イヴァンの立場で迂闊に恋愛させられないし……!急に専属護衛騎士に抜擢なんて怪しすぎるけど、本人に聞いたら隠すだろうから、知ってそうな人に聞くしかなかったの!」
「はいはい……。安心できてよかったな。……ごめんなシエノーク、こんなことのために呼び出して。すげードキドキしたろ」
「い、いえ……僕は大丈夫です……」
……少し拍子抜けでしたが、イヴァン様に近づくなという話ではなくて安心しました。
それにしても。素のお二人の姿も意外でしたが、エリザヴェータ様がイヴァン様を気にかけていらっしゃるのも意外でした。
もちろん、立場的に気にかけない方がおかしいのでしょうが……、予想以上にイヴァン様に対して好意的で、心から心配しているように見えるのです。
先週のイヴァン様の姿が思い浮かびます。
『……元々、王家内での立場なんて、あってないようなもんだ。ずっと牢屋の中にいるみたいな生活。後々バレて牢屋に入れられたり謹慎を言い渡されたりしたところで、俺からしたら大して変わらねー』
自分のことなんてどうでもいいというように、そう言い放ったイヴァン様。
『……俺のこと、大切にしてくれてありがとうな。本当に』
自分が大切にされることは、『有り難い』ことだと、僕に感謝したイヴァン様。
イヴァン様は、きっと、こんなにイヴァン様を気にかけている人がいることを、知らないのではないでしょうか。
「……あの、エリザヴェータ様は、イヴァン様のこと、大切に思っていますか」
エリザヴェータ様とフェオフォーン様が、二人揃って僕を見ました。
エリザヴェータ様はしばし沈黙し、
……表情を消しました。
「思ってる。でも、これ以上は大切にできないし、しない」
酷く冷たい声でした。
「第三王子にこれ以上自由と権利を与えたら、貴族社会の均衡が崩れる。争いが激化して、国全体に影響を及ぼす。だから、もし私が王になったとしても、第三王子に今以上にしてあげられることはない。第三王子の立場は変わらない。それで構わないと思ってる。国を壊すか第三王子一人を壊すかなら、第三王子を壊す方を選ぶ」
はっきりと言い切ったエリザヴェータ様の視線は、凍えるような覚悟を纏っていて、……目が覚める思いがしました。
……ただの少女のような顔も見せるこの方は、……それでもやはり、王の器を持つ人だと、そう思いました。
国のためなら、どれだけ大切なものでも容赦なく切り捨てられる人。
だからこそ、エリザヴェータ様は将来、賢王になれるのでしょう。
ずきり、と、頭が痛みます。
……そう、そうです。エリザヴェータ様は賢王です。賢王でした。自分の欲望を抑え、全てを国に捧げ、冷静な判断を下す人。
……なら、僕は、僕たちは、どうしてこの王の首を……。
「エリザ、怖いって。シエノークがビビっちゃうだろ」
穏やかなフェオフォーン様の声に、思考が霧散します。
「あ、い、いえ、僕は大丈夫です……。エリザヴェータ様が、国のことを一番に考えてくださっていて、国民として頼もしいと思います」
僕はそう言ってから、少し考えて……、こう続けました。
「……でも、でも、……何もできないことは、ない、かもしれません」
僕の言葉を聞いて、フェオフォーン様に移していた冷たい視線を僕に向けるエリザヴェータ様。
気圧されそうになりながら、それでも踏ん張って、僕は訴えます。
「権利も自由も何も与えられなくても、……言葉を与えることは、できます。言葉の力はとっても強くて、状況が何も変わらなくても、優しい言葉をかけられるだけで、別にいいかと思うことができたり、前向きな気持ちになれたりするのです」
僕が、イヴァン様やヴェルナ様、ルスラン様の言葉で救われたように。
「例え何もできないとしても、大切にしたいという気持ちが少しでもあるなら、『貴方が健やかに過ごせるように祈っている』と、一言、そう言ってください。なるべく自然体で、心から言っていることがわかるように。……その一言、たった一言だけで」
変わる未来があります。
そう言ってから、僕は自分の言葉に驚いて瞬きしました。
今、僕は何を……?
変わる未来とは、なんでしょう?
……僕は、どんな未来を知っているのでしょう?
「……ん、シエノークの言う通りだ。覚えとこうぜ、エリザ。エリザは国のことになると、感情を無視しすぎるから心配だ。人は案外感情で動いてる。感情も使って国を守っていかないとな」
「……、……そう、かな。そうかも。……うん、気をつける」
フェオフォーン様に肩を叩かれてそう言われ、おずおずと頷くエリザヴェータ様。
エリザヴェータ様はまた沈黙し、思案するように床に落とした視線を彷徨わせた後……、僕に向き直ってこう言いました。
「……ありがとうシエノーク。貴方は本当に賢いのね。まだ初等部に入学したばかりとは思えないくらいよ。……貴方が将来、我が国のためにその能力を使ってくれたら、とっても心強いわ」
僕に微笑むエリザ様は、まだわずかに冷たくて……、それでも、凍えるほどではありませんでした。
「さて、エリザの質問も済んだし、こっちからの用事はもう全部終わった。いつでも解散できる……、……けど、シエノークは他になにか聞きたいこととかあるか?」
「聞きたいこと……」
そう僕に尋ねてくださるフェオフォーン様。せっかくのお気遣いですし、何か尋ねた方がいいでしょうか。
僕は視線を天井に向けて何かないか考えます。
聞きたいこと、聞きたいこと……、
……あ、一つありました。
「エリザヴェータ様はどうやってこの部屋に?女性は男子寮には入れませんよね」
「あぁ、シエノークと同じ方法だよ。窓から来た」
さらっと答えてくださったフェオフォーン様は、続けてとんでもないことを言い始めました。
「この学園、一階の部屋の窓からの秘密の出入りは全て見逃されるんだよ。一階の部屋には政府の重鎮の子の部屋しかなくて、政府の人間がその子供達を介して極秘に政治的なやりとりをするんだ。よって、誰がどこに入っても、誰も何も言わない。むしろ暴露した側が罪に問われる」
「……え」
「あーあ……、国の裏側を聞いちゃったな、シエノーク……」
「フェオフォーン様が話したんじゃないですか……!?」
なんでただの伯爵家の子供にそんな重要なことを!?と青ざめる僕を見て、フェオフォーン様はにししっと笑いました。
「これも政略、あるいは投資だ、シエノーク。またこの部屋に呼ぶよ。今度は雑談をしよう」
「は、はい……?」
「能力がある子供は、我が国に必要だ。……シエノークの将来に期待してる」
……なんだか変に目をつけられてしまった気がします。
目を細めて笑うフェオフォーン様も、さすが第二王子と言うべきか、かなりの曲者です。
……とはいえ、いいことを聞きました。
今聞いた秘密を、使わない手はありません。
カーテンに阻まれ、中の様子を見ることはできません。
どきどきしながら待っていると、少ししてカーテンが揺れ、フェオフォーン様が姿を現しました。
フェオフォーン様は僕を一瞥すると、窓を開けました。
僕をじっと見つめるフェオフォーン様。入れと言いたいのでしょうか。
寮の一階の部屋の窓は全てかなり大きく作られており、子供でも乗り越えて中に入ることが出来ます。
僕がおそるおそる窓の中に入ると、フェオフォーン様はすぐに窓を閉めました。
部屋は、僕の部屋の二倍くらいの広さがありました。一階の部屋が全て上の階の部屋よりも大きく作られているのか、王家の人間であるフェオフォーン様が特別大きい部屋を与えられているのか……。
ベッドの隣にテーブルといくつかの椅子が置かれていて、複数人がくつろげそうな空間です。
「座って」
フェオフォーン様が椅子を指さしました。大人しく従い、座ります。
……本当になんの用事でしょう?
イヴァン様と仲良くしすぎて目障りで、距離を取れと言われたりはしないでしょうか。
僕がびくびくしながら座っていると、立ったまま僕を凝視していたフェオフォーン様はなんの前触れもなくこう言いました。
「イヴァン、隠れて平民口調を使ってるよね」
僕は『きょとんとして』、それから『心底困惑した様子で』こう答えました。
「そうなのですか……?」
まるで『全く心当たりがない』かのように。
僕は、誰かが隠したいことを隠すのが得意です。
僕にまつわることや僕の気持ちは、そもそも僕が僕なんかのために嘘をついて隠すのが正しいのかわからず、迷いが生まれ、中途半端に隠そうとしてすぐバレてしまうのですが……、誰かに隠せと言われたり、僕が誰かのために絶対に隠すべきだと確信している事柄については、まるで本当になにも知らないかのように振る舞うことが出来ます。
これは、ヴォルコ家でお父様に教育していただいて身に着けた特技です。
……例外として、痛む傷を隠すのは難しいです。ソバキン家でバレたときのように、顔に出てしまいます。これは、まだ改善の余地がありそうです。
フェオフォーン様はそんな僕の様子をじっと見続けます。本当に知らないのか疑っているのでしょうか。
僕は、『どうしてそんなにじろじろ見るのだろう』と思っているかのように縮こまり、『居心地が悪い、わけがわからない』といった様子で視線を彷徨わせてみせ、次の言葉を待ちました。
そのまま、数分が経過し……、フェオフォーン様が、「……はぁ」と言って、貴族とは思えない乱暴な仕草でドカッと僕の目の前の椅子に座りました。
驚き、びくりと震えます。これは本心です。
フェオフォーン様は僕を睨むように見て、
にっ!と少年らしく笑って、親指を立てました。
「合格!」
「………………え?」
「いや~、試すようなことしてごめんな~。オレたちくらいになると、ある程度口が堅いやつじゃないと話したいことも話せねーからさ。いろいろ回りくどい事してシエノークの口の堅さを確かめてたんだよ。怖かったよな~、ごめんごめん」
え?
だ、誰?
フェオフォーン様が急に知らない人になってしまいました。
フェオフォーン様が僕を試していたことなどよりも、フェオフォーン様の豹変の方に驚いてしまい全く言葉が出てきません。
フェオフォーン様は僕を置いてけぼりにして、信じられないくらい饒舌に話し続けます。
「イヴァンが隠れてシエノークの前で平民口調使ってんのはわかってたんだよ。その上でシエノークがどこまで隠せるかってのを試したんだけど……、いや~合格合格。大合格。満点だ!本当に知らないのかと思っちまった。小さいのにすげーなぁ。あ、もう出てきていいぜエリザ」
「はーい。合格おめでとうシエノーク」
ひょこっとクローゼットから顔を出すエリザ様に、椅子から転げ落ちそうになりました。
驚きのあまり口をはくはくすることしかできない僕をよそに、お二人はマイペースに会話します。
「シエノークの口が堅くてよかった!それだけ隠せるなら私たちも自然体でいられるわね」
「エリザは割と普段から自然体だろ」
「そんなことないし!フェオが別人すぎるのよ!……ほら、フェオの変わりように驚きすぎてシエノークが声を失ってるじゃない。可哀想に……」
「え、オレのせい?……ごめんな?」
眉を下げて小首を傾げ、あざとく謝るフェオフォーン様と、「かわいこぶってんじゃないわよ!」と野次を飛ばすエリザヴェータ様は、普通の少年と普通の少女にしか見えませんでした。
「フェオは昔から平民の街が好きで、休日はずっと平民の店や冒険者ギルドに入り浸ってるの。だから素はこんな感じ。カッコつけてオレとか言っちゃってね……」
「は!?別にカッコつけじゃねーし!」
「学園でのキャラがアレなのは変にその辺の貴族に言い寄られるのを防ぐためらしいわ」
「オレくらいかっこいいと愛想良くしたらモテすぎちまうからな」
「イヴァンの方がかっこいいかな」
「今イヴァンの話してないだろブラコン」
「それよく言うけどどういう意味?」
「教えませんバーカ」
「バカって言う方がバカなのよ!?」
……普通の少年少女よりも幼いかもしれません。
お二人はどちらも今年14歳になるはずですが、初等部の生徒もしないような言い合いをしていらっしゃいます。
こんな二人の姿を見てしまってよかったのでしょうか……。僕が二人を交互に見ながらオロオロしていると、二人はハッとして同時に咳払いをしました。仲良しです。
「さてと。実はシエノークを呼びたがったのはエリザの方なんだ。どうしてもシエノークに聞きたいことがあるんだと。でも、質問されたことを誰にも言わないで欲しいらしくて……、そもそもちゃんと隠せるやつなのかどうか試すために、オレがこの試験を提案したって感じ」
「イヴァンとか、親しい人にも言っちゃだめよ?絶対だからね?言ったらその……何か……なんらかの罪に問うんだから!」
本当に罪に問えてしまう立場です。僕は青ざめつつこくこく頷きました。
フェオフォーン様がそんな僕を見て「可哀想に……」と呟くのが聞こえます。
「そ、それでねっ、質問なんだけどねっ?あの、あのねっ?」
「さっさと言え」
「うっさい!」
顔を赤く染めてもじもじするエリザヴェータ様は、一度大きく深呼吸すると、意を決したように僕にこう尋ねました。
「……イヴァンって、イヴァンの護衛騎士のレイラのこと、好きなのかな……?」
「いえ全然」
つい即答してしまいました。
……イヴァン様はレイラ様のことを護衛騎士としては信頼しているようですが、それ以外の好意は絶対にあり得ません。
悲しいかな、少しでもレイラ様のことが好きなら、イヴァン様はレイラ様のことをあんなにわかりやすく手玉に取らないと思うのです。
たくさんのご恩があり、イヴァン様のことはもちろん大好きですが、この点に関しては、その……、昔ヴォルコ家で聞いた言葉を使うなら、カスだなと思います。
エリザヴェータ様は僕の返事を聞いて顔を輝かせ、「そっ、そうだよねっ、お兄ちゃんが何も考えずに騎士に手を出したりしないよねっ」と嬉しそうにします。裏ではお兄ちゃん呼びをしているようです。
手はギリギリ出しているかもしれませんが、それは言わないことにし、僕は笑顔を浮かべて「はい」と頷きました。
フェオフォーン様はエリザヴェータ様の隣で頭を抱え、「そんな質問のためにオレを使ったのかよ…………」とおっしゃっていました。質問内容を今の今まで聞かされていなかったのでしょうか。
「うっ、で、でも重要なことでしょ……!?イヴァンの立場で迂闊に恋愛させられないし……!急に専属護衛騎士に抜擢なんて怪しすぎるけど、本人に聞いたら隠すだろうから、知ってそうな人に聞くしかなかったの!」
「はいはい……。安心できてよかったな。……ごめんなシエノーク、こんなことのために呼び出して。すげードキドキしたろ」
「い、いえ……僕は大丈夫です……」
……少し拍子抜けでしたが、イヴァン様に近づくなという話ではなくて安心しました。
それにしても。素のお二人の姿も意外でしたが、エリザヴェータ様がイヴァン様を気にかけていらっしゃるのも意外でした。
もちろん、立場的に気にかけない方がおかしいのでしょうが……、予想以上にイヴァン様に対して好意的で、心から心配しているように見えるのです。
先週のイヴァン様の姿が思い浮かびます。
『……元々、王家内での立場なんて、あってないようなもんだ。ずっと牢屋の中にいるみたいな生活。後々バレて牢屋に入れられたり謹慎を言い渡されたりしたところで、俺からしたら大して変わらねー』
自分のことなんてどうでもいいというように、そう言い放ったイヴァン様。
『……俺のこと、大切にしてくれてありがとうな。本当に』
自分が大切にされることは、『有り難い』ことだと、僕に感謝したイヴァン様。
イヴァン様は、きっと、こんなにイヴァン様を気にかけている人がいることを、知らないのではないでしょうか。
「……あの、エリザヴェータ様は、イヴァン様のこと、大切に思っていますか」
エリザヴェータ様とフェオフォーン様が、二人揃って僕を見ました。
エリザヴェータ様はしばし沈黙し、
……表情を消しました。
「思ってる。でも、これ以上は大切にできないし、しない」
酷く冷たい声でした。
「第三王子にこれ以上自由と権利を与えたら、貴族社会の均衡が崩れる。争いが激化して、国全体に影響を及ぼす。だから、もし私が王になったとしても、第三王子に今以上にしてあげられることはない。第三王子の立場は変わらない。それで構わないと思ってる。国を壊すか第三王子一人を壊すかなら、第三王子を壊す方を選ぶ」
はっきりと言い切ったエリザヴェータ様の視線は、凍えるような覚悟を纏っていて、……目が覚める思いがしました。
……ただの少女のような顔も見せるこの方は、……それでもやはり、王の器を持つ人だと、そう思いました。
国のためなら、どれだけ大切なものでも容赦なく切り捨てられる人。
だからこそ、エリザヴェータ様は将来、賢王になれるのでしょう。
ずきり、と、頭が痛みます。
……そう、そうです。エリザヴェータ様は賢王です。賢王でした。自分の欲望を抑え、全てを国に捧げ、冷静な判断を下す人。
……なら、僕は、僕たちは、どうしてこの王の首を……。
「エリザ、怖いって。シエノークがビビっちゃうだろ」
穏やかなフェオフォーン様の声に、思考が霧散します。
「あ、い、いえ、僕は大丈夫です……。エリザヴェータ様が、国のことを一番に考えてくださっていて、国民として頼もしいと思います」
僕はそう言ってから、少し考えて……、こう続けました。
「……でも、でも、……何もできないことは、ない、かもしれません」
僕の言葉を聞いて、フェオフォーン様に移していた冷たい視線を僕に向けるエリザヴェータ様。
気圧されそうになりながら、それでも踏ん張って、僕は訴えます。
「権利も自由も何も与えられなくても、……言葉を与えることは、できます。言葉の力はとっても強くて、状況が何も変わらなくても、優しい言葉をかけられるだけで、別にいいかと思うことができたり、前向きな気持ちになれたりするのです」
僕が、イヴァン様やヴェルナ様、ルスラン様の言葉で救われたように。
「例え何もできないとしても、大切にしたいという気持ちが少しでもあるなら、『貴方が健やかに過ごせるように祈っている』と、一言、そう言ってください。なるべく自然体で、心から言っていることがわかるように。……その一言、たった一言だけで」
変わる未来があります。
そう言ってから、僕は自分の言葉に驚いて瞬きしました。
今、僕は何を……?
変わる未来とは、なんでしょう?
……僕は、どんな未来を知っているのでしょう?
「……ん、シエノークの言う通りだ。覚えとこうぜ、エリザ。エリザは国のことになると、感情を無視しすぎるから心配だ。人は案外感情で動いてる。感情も使って国を守っていかないとな」
「……、……そう、かな。そうかも。……うん、気をつける」
フェオフォーン様に肩を叩かれてそう言われ、おずおずと頷くエリザヴェータ様。
エリザヴェータ様はまた沈黙し、思案するように床に落とした視線を彷徨わせた後……、僕に向き直ってこう言いました。
「……ありがとうシエノーク。貴方は本当に賢いのね。まだ初等部に入学したばかりとは思えないくらいよ。……貴方が将来、我が国のためにその能力を使ってくれたら、とっても心強いわ」
僕に微笑むエリザ様は、まだわずかに冷たくて……、それでも、凍えるほどではありませんでした。
「さて、エリザの質問も済んだし、こっちからの用事はもう全部終わった。いつでも解散できる……、……けど、シエノークは他になにか聞きたいこととかあるか?」
「聞きたいこと……」
そう僕に尋ねてくださるフェオフォーン様。せっかくのお気遣いですし、何か尋ねた方がいいでしょうか。
僕は視線を天井に向けて何かないか考えます。
聞きたいこと、聞きたいこと……、
……あ、一つありました。
「エリザヴェータ様はどうやってこの部屋に?女性は男子寮には入れませんよね」
「あぁ、シエノークと同じ方法だよ。窓から来た」
さらっと答えてくださったフェオフォーン様は、続けてとんでもないことを言い始めました。
「この学園、一階の部屋の窓からの秘密の出入りは全て見逃されるんだよ。一階の部屋には政府の重鎮の子の部屋しかなくて、政府の人間がその子供達を介して極秘に政治的なやりとりをするんだ。よって、誰がどこに入っても、誰も何も言わない。むしろ暴露した側が罪に問われる」
「……え」
「あーあ……、国の裏側を聞いちゃったな、シエノーク……」
「フェオフォーン様が話したんじゃないですか……!?」
なんでただの伯爵家の子供にそんな重要なことを!?と青ざめる僕を見て、フェオフォーン様はにししっと笑いました。
「これも政略、あるいは投資だ、シエノーク。またこの部屋に呼ぶよ。今度は雑談をしよう」
「は、はい……?」
「能力がある子供は、我が国に必要だ。……シエノークの将来に期待してる」
……なんだか変に目をつけられてしまった気がします。
目を細めて笑うフェオフォーン様も、さすが第二王子と言うべきか、かなりの曲者です。
……とはいえ、いいことを聞きました。
今聞いた秘密を、使わない手はありません。
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相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
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