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右に座る月浦まど子は、夏弥以上に冴えない、特に目を見張るところのない女子だった。
強いてあげるなら、クラスの中でも常に好成績で、学力テストの順位がずっと一桁だという噂を耳にするくらいだ。
容姿に関しては、はっきり言ってしまうと地味を極めている。
今時見掛けない三つ編みのおさげ髪。
そばかすの散ったその頬を隠すように、野暮ったげな黒縁メガネをかけている。
制服も着崩さずにしっかり着ているし、スカートの丈も模範生と呼んで差し支えないくらいだ。
いかにも学級委員長的な、生徒会長的な、風紀を乱すのはいけませんよ! 的なことを言い出しそうだけれど、彼女は確かそういったものに属していなかった。
放課後は何かに追われるように教室から去っていくし、休憩時間は狂ったように本を読み続けている。
この三條高校は校則がゆるく、ヘアアレンジや制服の着こなしに精を出す生徒が多く見受けられるので、彼女のようなタイプは稀有そのもの。彼女こそレッドマークアニマルもかくやといった具合だ。
なお、いつも読んでいるその本にはカバーが常にかけられていて、何を読んでるのかは夏弥も定かじゃない。
「あの、月浦さん」
「えっ?」
夏弥は、そんな絶滅に追いやられている三つ編み女子に、意を決して声をかけてみた。
「――さっきの数学の授業、難しくなかった?」
「……。藤堂くん、わからないところあったの?」
話し掛けた直後、そういえばこんな声をしていたな、と失礼ながら夏弥は思った。
涼しく鈴でも鳴るような、とでも例えておきたい綺麗な声だった。
月浦まど子は、学校に来ていながらあまり誰かとおしゃべりする子じゃない。
だから、夏弥はまず声そのものをしばらくぶりに聞いたような気がしていたのである。
「うん。ちょっとね」
「どの辺がわからないの?」
まど子は後れ毛を耳にかけながら、夏弥の手元にある教科書を覗き込む。
さっきの授業で広げたままにしていた数学の教科書だ。
夏弥が指をさして「この辺なんだけど」と答えると、
「あ! そこ、結構難しいよね。私も解くのに時間かかっちゃったから、すごくわかる」
「月浦さんも? へぇ、そうなんだ。学年上位の成績でもわからないこととかあるんだ」
「わ、わからない事くらいあるよ⁉ 私なんて、わからない事ばっかりだよ。特に今年に入ってからは難しいの多くて」
「……ていうか、最近全体的にレベル上がりすぎだよな。二年になってからグングン授業レベルがあがってきてる」
「え? グングン? …………ふふっ」
「ん? なんかおかしかった?」
「あ、ううん。ただ、なんだか藤堂くんの言い方が面白いなぁって思ったから。あははっ」
「……」
まど子は手を口元にそっと当てるようにして微笑んでいた。
黒縁メガネの向こうにある綺麗な瞳がきゅっと細くなって、たまらなく優しい空気がそこに立ち込めだしていた。
童話だったら、きっとその仕草だけで世界から争いごとがパアァ~ッと消えてしまうに違いない。
まど子は地味な見た目を極めている女の子だ。
三つ編みやそばかすは、確かにまど子に地味な印象を与えている。けれど、そんなまど子の些細な仕草や雰囲気に、なぜか夏弥はドキドキしてしまっていた。
(このくらいのことでどうした俺……。……恋愛に飢えてるから……? 月浦さんの言動がすっごく女の子っぽく感じる。っぽくっていうか、女の子なんだけども)
夏弥がどきまぎしていると、まど子がさらに言葉を重ねる。
「わからないところ…………い、一緒に勉強する?」
「え、一緒に?」
「あ、ダメなら全然いいの。うん! 藤堂くんには藤堂くんのやり方というか、勉強方法があるわよね⁉ 勉強はそもそも一人でやった方が捗るって言うし」
まど子は両手をブンブンふりながら、慌てた様子でそんなことを口にする。
特徴的な三つ編みも、まど子が顔を横に振るもんだからあらぶって仕方ない。
「いや、月浦さんが教えてくれるなら百人力だよ⁉ 確か、前回の学年テスト総合二位って噂じゃなかった⁉」
「……前回は五位だったよ。二位はその前……」
「それでも十分すごいから! 嫌味か……」
「え? ご、ごごめんなさい! 違うの。そういう事じゃなくて、あの……」
夏弥の軽いツッコミに、まど子はとても申し訳なさそうな反応を示す。
その場で小さく頭を下げたりするので、かえって夏弥のほうが申し訳ない気持ちになってしまうくらいだった。
「あっ、いや、そんなにペコペコ頭とか下げないで……。冗談だから」
「そ、そうなの……?」
「ああ。全然そんな、嫌味だなんて思ってないから」
「そう? ……はぁ。それならよかった」
夏弥は痛感した。
このくらいのやり取りは、洋平相手くらいなら軽くポンポン交わしていたものだった。だからつい口が滑ってしまったのだ。
(ダメだな。同級生の女子と話し慣れていない俺の至らなさが、露骨に出てしまってる。自分のなかにあるいつものノリを、話し慣れてない相手に使うもんじゃないのに……。こういうの、たぶんコミュ力が低いって言うんだよな)
「そ、それで……一緒に勉強する?」
「あ、うん。月浦さんが良ければ! ……っていうか、俺が一方的に教えてもらう形になりそうだけど、それでもいいの?」
「そんなことないよ! ……私も、わからないところ多いもん。……だから一緒に勉強しよ?」
「そうだな……。よ、よろしく……」
「……よろしくね」
まど子はとても恥ずかしそうにしていた。
目は少し泳ぎがちで、そばかすの散った頬はいつの間にかほんのりと赤くなっていて。
彼女の癖なのか、またしても口元にさりげなく指を当てたりなんかしている。
その仕草を見てしまったせいで、夏弥のほうも同じように恥ずかしさがこみ上げてくる。
(なんなんだよ……なんなんだよもう!)
「じゃあ藤堂くん。今日の放課後、図書室行く?」
「あ、放課後? えっと……ごめん。放課後はちょっと……」
夏弥の脳裏に、すぐさま美咲の顔がちらつく。
放課後は、美咲にキモい感じで付きまとわなければいけない約束をしていたからだ。なんじゃその約束は。と夏弥は心のなかで冷静にツッコミを入れる。
誰でもそう言いたくなるであろうツッコミだった。
「そうなのね。……やっぱり藤堂くんて、付き合ってる子とか……いるんだよね?」
「え。いや、いないけど?」
(付き合ってる人はいない。付きまとう予定の女子がいる。……いろいろおかしいけど、嘘じゃないんだよなこれがまた。ていうか、なぜ急に恋愛の話……?)
「で、でも仲良い子はいるよね?」
「仲良い子……?」
「うん。だ、だって前に雨がひどかった日、誰かと一緒の傘で帰ってなかった……?」
「あ……」
夏弥は、まど子の言っている「仲良い子」が誰なのかすぐにわかってしまった。
雨の降り続ける帰り道を、夏弥は確かに女子と相合傘で帰っていた。
その相手は、言うまでもなく同居人の美咲だ。
あの日の夏弥はわりと冴えていて、傘も忘れずに持参していた。
一方で美咲は傘を忘れていたため、仕方なく二人は一つの傘で一緒に帰ったのである。
「見られてたんだ……。あれ、洋平の妹だよ。鈴川美咲っていうんだ。俺は洋平と幼馴染なんだけど、その子とも幼馴染だから」
「へぇー、そうなんだね。……きょ、今日も、その子と一緒に帰る……とか?」
まど子は、夏弥の目を覗き込むようにして質問する。
その動きのせいで、さっき耳にかけていた後れ毛が、彼女の頬まではらりと降りてくる。
「それは、えっと……」
夏弥はそこで言葉につまる。
正直に「今日は美咲をストーキングします!」なんて言えるわけがない。
藤堂夏弥のつつがなく送られるはずの高校生活。
そこに核爆弾を落とすようなもんだ。もう後は焼け野原しか残らないだろう。
それに焼け野原はともかく、いくら自分を卑下する夏弥でもクラスメイトの女子から無駄に気持ち悪がられたくはない。
いや、夏弥の気持ちはそれだけじゃなかった。それならば、まだ半分だ。
「別に一緒に帰ったりしないよ。あの雨のときはたまたま生徒玄関で会っただけだし、向こうが傘持ってなかったからなぁ……」
「そうなの?」
「そう……。そうだよ」
(これは嘘じゃないよな。だって、俺は「付きまとう」とかいう意味のわからない行為をしようとしていただけで、美咲と一緒に帰るとは一言も言ってないし言われてないんだから。雨のときの話もありのままの事実だ。それに、ここでもし美咲と一緒に帰るなんて発言したら……)
夏弥は薄々、もう半分の気持ちにも自覚があった。
それは、今ここで美咲との仲を認めてしまうことが、まど子との縁を遠ざけてしまうことに繋がるかもしれないという恐れだった。
「でも、今日の放課後は難しいんだよね……?」
「あ、いや。大丈夫! 放課後は大丈夫。図書室で勉強する」
「え、いいの?」
「いいよ」
「わぁ、うれしい!」
まど子は手を合わせて無邪気な顔で笑う。
ここまで無邪気な同級生を、夏弥は初めて見る思いだった。
「そ、そんなに?」
「うん!」
(月浦さん純粋すぎるだろ……。四葉のクローバーを見つけた女の子みたいに瞳がキラキラしてる……。なんでこれで、三つ編み&黒縁メガネっていう地味な見た目なんだろう……。いや? 逆にこの見た目だから? なんだか変にドキドキする。いや、変にとかいうと失礼だな……)
それから、二人は思い出したように各々お昼ごはんをとり始めた。
食べているあいだ、夏弥は美咲の件に思いを巡らせていた。
(まぁ、美咲のほうは問題ない……よな? 美咲自身も、今回の件は無理ならいいって言ってたし、慣れてるみたいなこと言ってたしな。ラインで「今日はやめておく」って美咲に連絡しておけば、それでいいはずだ。ていうか、俺頑張ったなぁ今回……)
夏弥はすでに一仕事終えたような気になっていた。
意を決してクラスメイトの女子に話した結果、彼はそこそこの戦果をあげたと言えるだろう。
洋平の言うように、大胆不敵にクラスの女子といきなりデート――とまではいかないけれど、これはこれで上出来。大変よくできました。と、自分で自分にそう判を押したい夏弥だった。
強いてあげるなら、クラスの中でも常に好成績で、学力テストの順位がずっと一桁だという噂を耳にするくらいだ。
容姿に関しては、はっきり言ってしまうと地味を極めている。
今時見掛けない三つ編みのおさげ髪。
そばかすの散ったその頬を隠すように、野暮ったげな黒縁メガネをかけている。
制服も着崩さずにしっかり着ているし、スカートの丈も模範生と呼んで差し支えないくらいだ。
いかにも学級委員長的な、生徒会長的な、風紀を乱すのはいけませんよ! 的なことを言い出しそうだけれど、彼女は確かそういったものに属していなかった。
放課後は何かに追われるように教室から去っていくし、休憩時間は狂ったように本を読み続けている。
この三條高校は校則がゆるく、ヘアアレンジや制服の着こなしに精を出す生徒が多く見受けられるので、彼女のようなタイプは稀有そのもの。彼女こそレッドマークアニマルもかくやといった具合だ。
なお、いつも読んでいるその本にはカバーが常にかけられていて、何を読んでるのかは夏弥も定かじゃない。
「あの、月浦さん」
「えっ?」
夏弥は、そんな絶滅に追いやられている三つ編み女子に、意を決して声をかけてみた。
「――さっきの数学の授業、難しくなかった?」
「……。藤堂くん、わからないところあったの?」
話し掛けた直後、そういえばこんな声をしていたな、と失礼ながら夏弥は思った。
涼しく鈴でも鳴るような、とでも例えておきたい綺麗な声だった。
月浦まど子は、学校に来ていながらあまり誰かとおしゃべりする子じゃない。
だから、夏弥はまず声そのものをしばらくぶりに聞いたような気がしていたのである。
「うん。ちょっとね」
「どの辺がわからないの?」
まど子は後れ毛を耳にかけながら、夏弥の手元にある教科書を覗き込む。
さっきの授業で広げたままにしていた数学の教科書だ。
夏弥が指をさして「この辺なんだけど」と答えると、
「あ! そこ、結構難しいよね。私も解くのに時間かかっちゃったから、すごくわかる」
「月浦さんも? へぇ、そうなんだ。学年上位の成績でもわからないこととかあるんだ」
「わ、わからない事くらいあるよ⁉ 私なんて、わからない事ばっかりだよ。特に今年に入ってからは難しいの多くて」
「……ていうか、最近全体的にレベル上がりすぎだよな。二年になってからグングン授業レベルがあがってきてる」
「え? グングン? …………ふふっ」
「ん? なんかおかしかった?」
「あ、ううん。ただ、なんだか藤堂くんの言い方が面白いなぁって思ったから。あははっ」
「……」
まど子は手を口元にそっと当てるようにして微笑んでいた。
黒縁メガネの向こうにある綺麗な瞳がきゅっと細くなって、たまらなく優しい空気がそこに立ち込めだしていた。
童話だったら、きっとその仕草だけで世界から争いごとがパアァ~ッと消えてしまうに違いない。
まど子は地味な見た目を極めている女の子だ。
三つ編みやそばかすは、確かにまど子に地味な印象を与えている。けれど、そんなまど子の些細な仕草や雰囲気に、なぜか夏弥はドキドキしてしまっていた。
(このくらいのことでどうした俺……。……恋愛に飢えてるから……? 月浦さんの言動がすっごく女の子っぽく感じる。っぽくっていうか、女の子なんだけども)
夏弥がどきまぎしていると、まど子がさらに言葉を重ねる。
「わからないところ…………い、一緒に勉強する?」
「え、一緒に?」
「あ、ダメなら全然いいの。うん! 藤堂くんには藤堂くんのやり方というか、勉強方法があるわよね⁉ 勉強はそもそも一人でやった方が捗るって言うし」
まど子は両手をブンブンふりながら、慌てた様子でそんなことを口にする。
特徴的な三つ編みも、まど子が顔を横に振るもんだからあらぶって仕方ない。
「いや、月浦さんが教えてくれるなら百人力だよ⁉ 確か、前回の学年テスト総合二位って噂じゃなかった⁉」
「……前回は五位だったよ。二位はその前……」
「それでも十分すごいから! 嫌味か……」
「え? ご、ごごめんなさい! 違うの。そういう事じゃなくて、あの……」
夏弥の軽いツッコミに、まど子はとても申し訳なさそうな反応を示す。
その場で小さく頭を下げたりするので、かえって夏弥のほうが申し訳ない気持ちになってしまうくらいだった。
「あっ、いや、そんなにペコペコ頭とか下げないで……。冗談だから」
「そ、そうなの……?」
「ああ。全然そんな、嫌味だなんて思ってないから」
「そう? ……はぁ。それならよかった」
夏弥は痛感した。
このくらいのやり取りは、洋平相手くらいなら軽くポンポン交わしていたものだった。だからつい口が滑ってしまったのだ。
(ダメだな。同級生の女子と話し慣れていない俺の至らなさが、露骨に出てしまってる。自分のなかにあるいつものノリを、話し慣れてない相手に使うもんじゃないのに……。こういうの、たぶんコミュ力が低いって言うんだよな)
「そ、それで……一緒に勉強する?」
「あ、うん。月浦さんが良ければ! ……っていうか、俺が一方的に教えてもらう形になりそうだけど、それでもいいの?」
「そんなことないよ! ……私も、わからないところ多いもん。……だから一緒に勉強しよ?」
「そうだな……。よ、よろしく……」
「……よろしくね」
まど子はとても恥ずかしそうにしていた。
目は少し泳ぎがちで、そばかすの散った頬はいつの間にかほんのりと赤くなっていて。
彼女の癖なのか、またしても口元にさりげなく指を当てたりなんかしている。
その仕草を見てしまったせいで、夏弥のほうも同じように恥ずかしさがこみ上げてくる。
(なんなんだよ……なんなんだよもう!)
「じゃあ藤堂くん。今日の放課後、図書室行く?」
「あ、放課後? えっと……ごめん。放課後はちょっと……」
夏弥の脳裏に、すぐさま美咲の顔がちらつく。
放課後は、美咲にキモい感じで付きまとわなければいけない約束をしていたからだ。なんじゃその約束は。と夏弥は心のなかで冷静にツッコミを入れる。
誰でもそう言いたくなるであろうツッコミだった。
「そうなのね。……やっぱり藤堂くんて、付き合ってる子とか……いるんだよね?」
「え。いや、いないけど?」
(付き合ってる人はいない。付きまとう予定の女子がいる。……いろいろおかしいけど、嘘じゃないんだよなこれがまた。ていうか、なぜ急に恋愛の話……?)
「で、でも仲良い子はいるよね?」
「仲良い子……?」
「うん。だ、だって前に雨がひどかった日、誰かと一緒の傘で帰ってなかった……?」
「あ……」
夏弥は、まど子の言っている「仲良い子」が誰なのかすぐにわかってしまった。
雨の降り続ける帰り道を、夏弥は確かに女子と相合傘で帰っていた。
その相手は、言うまでもなく同居人の美咲だ。
あの日の夏弥はわりと冴えていて、傘も忘れずに持参していた。
一方で美咲は傘を忘れていたため、仕方なく二人は一つの傘で一緒に帰ったのである。
「見られてたんだ……。あれ、洋平の妹だよ。鈴川美咲っていうんだ。俺は洋平と幼馴染なんだけど、その子とも幼馴染だから」
「へぇー、そうなんだね。……きょ、今日も、その子と一緒に帰る……とか?」
まど子は、夏弥の目を覗き込むようにして質問する。
その動きのせいで、さっき耳にかけていた後れ毛が、彼女の頬まではらりと降りてくる。
「それは、えっと……」
夏弥はそこで言葉につまる。
正直に「今日は美咲をストーキングします!」なんて言えるわけがない。
藤堂夏弥のつつがなく送られるはずの高校生活。
そこに核爆弾を落とすようなもんだ。もう後は焼け野原しか残らないだろう。
それに焼け野原はともかく、いくら自分を卑下する夏弥でもクラスメイトの女子から無駄に気持ち悪がられたくはない。
いや、夏弥の気持ちはそれだけじゃなかった。それならば、まだ半分だ。
「別に一緒に帰ったりしないよ。あの雨のときはたまたま生徒玄関で会っただけだし、向こうが傘持ってなかったからなぁ……」
「そうなの?」
「そう……。そうだよ」
(これは嘘じゃないよな。だって、俺は「付きまとう」とかいう意味のわからない行為をしようとしていただけで、美咲と一緒に帰るとは一言も言ってないし言われてないんだから。雨のときの話もありのままの事実だ。それに、ここでもし美咲と一緒に帰るなんて発言したら……)
夏弥は薄々、もう半分の気持ちにも自覚があった。
それは、今ここで美咲との仲を認めてしまうことが、まど子との縁を遠ざけてしまうことに繋がるかもしれないという恐れだった。
「でも、今日の放課後は難しいんだよね……?」
「あ、いや。大丈夫! 放課後は大丈夫。図書室で勉強する」
「え、いいの?」
「いいよ」
「わぁ、うれしい!」
まど子は手を合わせて無邪気な顔で笑う。
ここまで無邪気な同級生を、夏弥は初めて見る思いだった。
「そ、そんなに?」
「うん!」
(月浦さん純粋すぎるだろ……。四葉のクローバーを見つけた女の子みたいに瞳がキラキラしてる……。なんでこれで、三つ編み&黒縁メガネっていう地味な見た目なんだろう……。いや? 逆にこの見た目だから? なんだか変にドキドキする。いや、変にとかいうと失礼だな……)
それから、二人は思い出したように各々お昼ごはんをとり始めた。
食べているあいだ、夏弥は美咲の件に思いを巡らせていた。
(まぁ、美咲のほうは問題ない……よな? 美咲自身も、今回の件は無理ならいいって言ってたし、慣れてるみたいなこと言ってたしな。ラインで「今日はやめておく」って美咲に連絡しておけば、それでいいはずだ。ていうか、俺頑張ったなぁ今回……)
夏弥はすでに一仕事終えたような気になっていた。
意を決してクラスメイトの女子に話した結果、彼はそこそこの戦果をあげたと言えるだろう。
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