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◇ ◇ ◇
洋平、秋乃、夏弥の三人は、そのまま近くにあった射的のお店へ寄り、なぜかバトルを始める段取りとなっていた。
「よーしっ♪ それじゃあ今から戦争を始めよう」
秋乃は自分の黒縁メガネをクイッとあげて、偉そうに腕組みをしていた。
すっかりスイッチが入っているらしい。
射的屋の店主がいささか鬱陶しそう表情をしているようだが、そんなことは秋乃にとって些細な問題である。
「いい? あの的を倒して、最終的にポイントの一番低い人がポイントの一番高い人に奢る! どうよコレ? この、めっちゃシンプルなルール! 今日一日奢らないといけないってことで! いいでしょ⁉」
「オッケー。けどHey、Ms.秋乃。いいのか? 君は射的初心者だ。俺と夏弥の射撃テクが火を噴いちまったら、今日一日で財布が大ヤケドを食らうぜ?」
「oh、ボブ。そんなことにはさせないわ。私の財布は私が守るもの」
秋乃と洋平はだいぶ勝負にお熱のようだった。
そのせいか、秋乃には謎の外国人ボブが見えているらしい。
元々どちらもお調子者タイプで、その上このお祭り効果だ。
漫才でいうところのダブルノリボケ的なやり取りが絶え間なく起こるため、夏弥が居なければ収拾はつかないだろう。居て正解である。
「ポ、ポイント……? 秋乃、ポイントってなんだ?」
二人のテンションに若干、いや全然ついていけてなかった夏弥は、冷静に疑問点をぶつけた。
「oh、なつ兄。あそこに段が四つあるでしょ?」
的の置かれた段板が四枚。
そこをビシッと指差してから、秋乃は得意げにルール説明を始めた。
「あそこに点数があると思ってくれれば良いよ。上から四点、三点、二点、一点の段て感じ! まぁ的の大きさバラバラだったりしてわかりにくいから、もう段だけで点数を見よう」
確かに的の大きさはバラバラである。
そして秋乃の言う通り、本来の店側が用意してくれた〇等賞もややわかりにくい。
ただこれはアンタッチャブル。
触れてはいけないそのパンドラの箱を、秋乃はギリッギリのフォークボール級コメントでかすめていた。
ここの店主は気弱そうな中年男性だけれど、それでも秋乃の発言を受けてなんとも訝しそうな眼差しをこちらに向けている。
店先で的がわかりにくいだのなんだの言われれば、誰だってそんな顔になるだろう。
「はぁーん、なるほど。高い段の的を倒せば高ポイントってわけか」
「おっ、夏弥のハートにも火がついたか? まぁ~俺よりは下手だけどな☆」
「ん? よし、わかった。洋平には勝つ。絶対勝つ。洋平の財布がガバガバになって、もう開けるのも嫌になるレベルまでお金を使ってもらうからな?」
「えっ、なつ兄ってそんなに射的うまかったん……?」
「なんだよ、秋乃~。知らなかったのか? 夏弥はその昔、祭り荒らしのスナイパー・Nとして地元じゃブラックリストに入れられて――「いやいや。待て。なんだその恥ずかしい通り名は。……大体、ブラックリストじゃスゴイのかスゴくないのかよくわからないだろ……」
「へぇ、なつ兄にそんな特技あったんだ。私でも知らなかったなぁ。射的の才能あるとかスゴイじゃん! もう〇び太じゃん!」
「秋乃も悪ノリするなって。確かにそこそこ撃てるっていう自負はあるけど」
そこから、三人の血で血を洗うバトルが始まった。
夏弥と洋平はコルク銃を自在に使いこなす。
ポコポコと気持ち良い音を立て、次々に的を倒していく。
これは予定調和だ。
小学校時代に散々遊んだ過去をなぞっているだけに近い。
さて、問題は夏弥の妹君、Ms.秋乃である。
ずぶの初心者となれば、まずはその弾道予測の感覚をつかむだけでもひと苦労。……のはずだったのだが。
意外にも秋乃は飲み込みが早かった。
赤ちゃんの一日は成長速度が半端ないように。
カラッカラのスポンジは吸水力がずば抜けているように。
彼女はあっという間に上達していったのだった。
見よう見真似で始めたはずが、物の数分でコルク銃をほぼマスターしてしまった。
恐るべし藤堂秋乃。
とんだダークホースである。
「よおおおおっしぃ! これで七つ目ゲットぉぉ!」
「「っ⁉」」
七つ目の的を倒した秋乃は、腕まくりしたままガッツポーズを示した。
「えっ……秋乃、お前上手くね? 次元なの?」と夏弥は後ろで困惑している。
「ふっ……なんだよ、まだ七つ目じゃん。その程度で満足なんて、秋乃はずいぶん次元が低いな。次元〇介だけに。……あっはっはっは! はっはぁ……」
「うわ、洋平……それ寒っ……」
「洋平さ、暑い夏でもそういうの、いらないと思うんだよね。思うっていうか、いらないかな。うん」
「れ、冷静にツッコむなよ夏弥……。ていうか俺に意見するなら、せめて俺より的を倒してから言ってくれませんかぁ~? 二人とも? ぷふっ」
洋平はニヤニヤしながら手を口に当てている。
「くぅ~っ。……なつ兄って、今何点?」
「俺はまだ十五点だな。秋乃は?」
「私はさっきので十八点……」
得点を確認し合い、夏弥と秋乃はお通夜モードになってしまう。なぜなら、横のこのイケメン君の得点は――
「ほぉー? ま、俺は今二十二点だ。悪いなぁ二人とも~♪ 今日は何を奢ってもらおうかなぁ~っ」
「ぐぬぅ……ハイスぺバカの洋平にっ……射的とはいえゲームで負けてるッ……うっ」
などと言いながら、秋乃は地面に手をついてガックリしていた。
「秋乃……」
そんな妹を夏弥は横目で見つつ「あれ、そういえば……」と一つ気掛かりなことを思い出し始める。
その結果、夏弥はこのバトルにおいて、いきなり爆弾発言をかますことになったのだった。
「秋乃。この勝負から俺、降りるわ。だから俺の十五点はお前にやるよ」
「えっ? いいの?」
「はっ⁉ お、おい夏弥、どういうつもりだよ……?」
いきなりのポイント譲渡に、洋平はうろたえた。
完全に想定外の出来事だったのだろう。
もはやルールなんて存在しない。
言ったもん勝ちのめちゃくちゃなバトルである。
「いやいや。……なんか美咲の帰りが遅いなーって思って。だから俺、見てくるよ。このバトルは途中で棄権させてもらおう」
ふとスマホで時間を確認すれば、射的を始めてかれこれ一時間強。
もういい加減美咲がこちらに戻ってきてもいい時間だった。
「確かに遅いな……。まぁ、わかったわ。点数が秋乃に行くのだけは納得してないけど……。それじゃあ夏弥、呼んできてくれ~」
「ああ。了解」
洋平と秋乃の二人を射的のお店に残し、夏弥は人混みの中を歩き始めていった。
洋平が迎えにいってもいいのだろうけれど、それはそもそもの選択肢としてなかった。
別れ際、洋平の目が、夏弥にこう訴えかけているようだったからだ。
――俺が迎えにいっても、たぶんアイツはまた不機嫌になるだろうから。
その意図を汲んで、夏弥は一人で美咲を呼びに向かう。
(暑苦しい人混みなんて嫌いだし、別にりんご飴を食べたいってわけでもないけど……それでもちょっと心配だ)
人の波に乗って、りんご飴のお店まで流れるように進む。
途中、夏弥のクラスメイトが数名、視界の端に映ったような気もしたけれど、そんなことは今はどうだってよくて。
夏弥の頭にあるのは、離れたまま戻ってこなくなった鈴川美咲。ただ一人の安否だけだった。
◇ ◇ ◇
歩行者天国になっている通り沿いは、人口密度が著しく高い。
そのおかげか、ほどほどに温かいはずだった外気温も体感ではだいぶ暑くなっていた。
そして本当に老若男女、色々な人がお祭りに遊びに来ていた。
食べ歩きをする人も居れば、迷子になって涙目で歩く小さい子もチラホラ居る。
そうした非日常が、全部オレンジ色の明かりに閉じ込められているみたいで、夏弥はなんだかノスタルジックな気分にすらなる。
(……ていうか美咲のやつ、いくらなんでももう買い終わってるよな?)
それから夏弥はようやく「りんご飴」と書かれた暖簾のお店に到着した。
するとやはり思っていた通り、お店の前はガラガラで――――そこに美咲の姿はなかったのである。
「なんだよあいつ……。もしかして、りんご飴だけ買ってそのまま帰ったのか……?」
お祭りに来る途中、美咲が「帰る」と言っていた、あの時の顔が脳裏をよぎる。
そして夏弥のなかで、三つの可能性が浮上する。
一つは、りんご飴を買ってそのまま帰った可能性。
もう一つは、買ってから射的のお店へ戻ろうとしたが、途中で迷子になってしまった可能性。
そしてもう一つは、美咲が誰かに絡まれている可能性だった。
(最後のは万が一でも考えたくないな……。まぁ美咲なら適当にあしらうとか、色々対処してそうだけど)
洋平、秋乃、夏弥の三人は、そのまま近くにあった射的のお店へ寄り、なぜかバトルを始める段取りとなっていた。
「よーしっ♪ それじゃあ今から戦争を始めよう」
秋乃は自分の黒縁メガネをクイッとあげて、偉そうに腕組みをしていた。
すっかりスイッチが入っているらしい。
射的屋の店主がいささか鬱陶しそう表情をしているようだが、そんなことは秋乃にとって些細な問題である。
「いい? あの的を倒して、最終的にポイントの一番低い人がポイントの一番高い人に奢る! どうよコレ? この、めっちゃシンプルなルール! 今日一日奢らないといけないってことで! いいでしょ⁉」
「オッケー。けどHey、Ms.秋乃。いいのか? 君は射的初心者だ。俺と夏弥の射撃テクが火を噴いちまったら、今日一日で財布が大ヤケドを食らうぜ?」
「oh、ボブ。そんなことにはさせないわ。私の財布は私が守るもの」
秋乃と洋平はだいぶ勝負にお熱のようだった。
そのせいか、秋乃には謎の外国人ボブが見えているらしい。
元々どちらもお調子者タイプで、その上このお祭り効果だ。
漫才でいうところのダブルノリボケ的なやり取りが絶え間なく起こるため、夏弥が居なければ収拾はつかないだろう。居て正解である。
「ポ、ポイント……? 秋乃、ポイントってなんだ?」
二人のテンションに若干、いや全然ついていけてなかった夏弥は、冷静に疑問点をぶつけた。
「oh、なつ兄。あそこに段が四つあるでしょ?」
的の置かれた段板が四枚。
そこをビシッと指差してから、秋乃は得意げにルール説明を始めた。
「あそこに点数があると思ってくれれば良いよ。上から四点、三点、二点、一点の段て感じ! まぁ的の大きさバラバラだったりしてわかりにくいから、もう段だけで点数を見よう」
確かに的の大きさはバラバラである。
そして秋乃の言う通り、本来の店側が用意してくれた〇等賞もややわかりにくい。
ただこれはアンタッチャブル。
触れてはいけないそのパンドラの箱を、秋乃はギリッギリのフォークボール級コメントでかすめていた。
ここの店主は気弱そうな中年男性だけれど、それでも秋乃の発言を受けてなんとも訝しそうな眼差しをこちらに向けている。
店先で的がわかりにくいだのなんだの言われれば、誰だってそんな顔になるだろう。
「はぁーん、なるほど。高い段の的を倒せば高ポイントってわけか」
「おっ、夏弥のハートにも火がついたか? まぁ~俺よりは下手だけどな☆」
「ん? よし、わかった。洋平には勝つ。絶対勝つ。洋平の財布がガバガバになって、もう開けるのも嫌になるレベルまでお金を使ってもらうからな?」
「えっ、なつ兄ってそんなに射的うまかったん……?」
「なんだよ、秋乃~。知らなかったのか? 夏弥はその昔、祭り荒らしのスナイパー・Nとして地元じゃブラックリストに入れられて――「いやいや。待て。なんだその恥ずかしい通り名は。……大体、ブラックリストじゃスゴイのかスゴくないのかよくわからないだろ……」
「へぇ、なつ兄にそんな特技あったんだ。私でも知らなかったなぁ。射的の才能あるとかスゴイじゃん! もう〇び太じゃん!」
「秋乃も悪ノリするなって。確かにそこそこ撃てるっていう自負はあるけど」
そこから、三人の血で血を洗うバトルが始まった。
夏弥と洋平はコルク銃を自在に使いこなす。
ポコポコと気持ち良い音を立て、次々に的を倒していく。
これは予定調和だ。
小学校時代に散々遊んだ過去をなぞっているだけに近い。
さて、問題は夏弥の妹君、Ms.秋乃である。
ずぶの初心者となれば、まずはその弾道予測の感覚をつかむだけでもひと苦労。……のはずだったのだが。
意外にも秋乃は飲み込みが早かった。
赤ちゃんの一日は成長速度が半端ないように。
カラッカラのスポンジは吸水力がずば抜けているように。
彼女はあっという間に上達していったのだった。
見よう見真似で始めたはずが、物の数分でコルク銃をほぼマスターしてしまった。
恐るべし藤堂秋乃。
とんだダークホースである。
「よおおおおっしぃ! これで七つ目ゲットぉぉ!」
「「っ⁉」」
七つ目の的を倒した秋乃は、腕まくりしたままガッツポーズを示した。
「えっ……秋乃、お前上手くね? 次元なの?」と夏弥は後ろで困惑している。
「ふっ……なんだよ、まだ七つ目じゃん。その程度で満足なんて、秋乃はずいぶん次元が低いな。次元〇介だけに。……あっはっはっは! はっはぁ……」
「うわ、洋平……それ寒っ……」
「洋平さ、暑い夏でもそういうの、いらないと思うんだよね。思うっていうか、いらないかな。うん」
「れ、冷静にツッコむなよ夏弥……。ていうか俺に意見するなら、せめて俺より的を倒してから言ってくれませんかぁ~? 二人とも? ぷふっ」
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「くぅ~っ。……なつ兄って、今何点?」
「俺はまだ十五点だな。秋乃は?」
「私はさっきので十八点……」
得点を確認し合い、夏弥と秋乃はお通夜モードになってしまう。なぜなら、横のこのイケメン君の得点は――
「ほぉー? ま、俺は今二十二点だ。悪いなぁ二人とも~♪ 今日は何を奢ってもらおうかなぁ~っ」
「ぐぬぅ……ハイスぺバカの洋平にっ……射的とはいえゲームで負けてるッ……うっ」
などと言いながら、秋乃は地面に手をついてガックリしていた。
「秋乃……」
そんな妹を夏弥は横目で見つつ「あれ、そういえば……」と一つ気掛かりなことを思い出し始める。
その結果、夏弥はこのバトルにおいて、いきなり爆弾発言をかますことになったのだった。
「秋乃。この勝負から俺、降りるわ。だから俺の十五点はお前にやるよ」
「えっ? いいの?」
「はっ⁉ お、おい夏弥、どういうつもりだよ……?」
いきなりのポイント譲渡に、洋平はうろたえた。
完全に想定外の出来事だったのだろう。
もはやルールなんて存在しない。
言ったもん勝ちのめちゃくちゃなバトルである。
「いやいや。……なんか美咲の帰りが遅いなーって思って。だから俺、見てくるよ。このバトルは途中で棄権させてもらおう」
ふとスマホで時間を確認すれば、射的を始めてかれこれ一時間強。
もういい加減美咲がこちらに戻ってきてもいい時間だった。
「確かに遅いな……。まぁ、わかったわ。点数が秋乃に行くのだけは納得してないけど……。それじゃあ夏弥、呼んできてくれ~」
「ああ。了解」
洋平と秋乃の二人を射的のお店に残し、夏弥は人混みの中を歩き始めていった。
洋平が迎えにいってもいいのだろうけれど、それはそもそもの選択肢としてなかった。
別れ際、洋平の目が、夏弥にこう訴えかけているようだったからだ。
――俺が迎えにいっても、たぶんアイツはまた不機嫌になるだろうから。
その意図を汲んで、夏弥は一人で美咲を呼びに向かう。
(暑苦しい人混みなんて嫌いだし、別にりんご飴を食べたいってわけでもないけど……それでもちょっと心配だ)
人の波に乗って、りんご飴のお店まで流れるように進む。
途中、夏弥のクラスメイトが数名、視界の端に映ったような気もしたけれど、そんなことは今はどうだってよくて。
夏弥の頭にあるのは、離れたまま戻ってこなくなった鈴川美咲。ただ一人の安否だけだった。
◇ ◇ ◇
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そのおかげか、ほどほどに温かいはずだった外気温も体感ではだいぶ暑くなっていた。
そして本当に老若男女、色々な人がお祭りに遊びに来ていた。
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そうした非日常が、全部オレンジ色の明かりに閉じ込められているみたいで、夏弥はなんだかノスタルジックな気分にすらなる。
(……ていうか美咲のやつ、いくらなんでももう買い終わってるよな?)
それから夏弥はようやく「りんご飴」と書かれた暖簾のお店に到着した。
するとやはり思っていた通り、お店の前はガラガラで――――そこに美咲の姿はなかったのである。
「なんだよあいつ……。もしかして、りんご飴だけ買ってそのまま帰ったのか……?」
お祭りに来る途中、美咲が「帰る」と言っていた、あの時の顔が脳裏をよぎる。
そして夏弥のなかで、三つの可能性が浮上する。
一つは、りんご飴を買ってそのまま帰った可能性。
もう一つは、買ってから射的のお店へ戻ろうとしたが、途中で迷子になってしまった可能性。
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