友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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 ◇

 三つの可能性どれであっても、まず夏弥が取るべき行動は一つだった。

 夏弥はスマホですぐに電話をかける。
 かけた先はもちろん美咲のスマホだった。

「……」

 コール音は鳴るけれど、それでも美咲は電話に出なかった。

 お祭りの賑わいで、スマホの着信に気付けていないだけかもしれない。

 ただそうじゃない場合もあって。

 嫌な予感が押し寄せてくる。
 コール音が、一回、また一回と鳴るたびに、夏弥は焦りを感じ始めていった。

 とにかくまず、洋平達に現状を報告する必要があると思い、彼はラインを送っておくことにした。

『りんご飴のお店にきたけど、美咲居なかったわ。電話しても出ないから、とりあえず近く探してみる』

 二人も、あの騒ぎようでは夏弥のラインに気付かないかもしれない。それでも、送っておけば多少は違うと思った。

(それにしても、なんで電話に出ないんだよ……。心配になるだろ)

 夏弥はその後、商店街中を走ってまわった。
 普段ロクに運動もしていないので、すぐに息切れを起こす。

 体力もそれほどない。けれど、そんなことは気にしていられなかった。
 走って、苦しくなってすぐに立ち止まる。けれど、それでもまた再び走り出す。

 一度探したはずのところを誤ってもう一度確認に来たりなんかして、かなり夏弥は空回っていた。

「っはぁ……はぁ……。ああ、もう……!」

 ポタポタと汗が頬を伝って、アゴの辺りで落ちる。
 何滴もそんな風に落ちて、一人だけバカみたいに汗だくになっていた。

 息を切らして立ち止まっていると、周囲の視線が彼に突き刺さってくる。

(うわ、何あの人……? どうしちゃったの……?)
(混み合ってるんだから走り回るなよ……)
(暑さでおかしくなったのか……?)

 手を膝におき、肩で息をする夏弥。
 そんな彼を、周囲の人は物珍しそうに、あるいは毛嫌いするように一瞥いちべつしては通り過ぎていく。

「っはぁ……。もう、どこにいるんだよ? 美咲のやつ」

 こんな不格好な自分は嫌いだ。と、そう夏弥は思った。
 誰かのために、何かのために必死になるなんて、みっともないものだとも思った。

 けれど、どうしようもなく身体は動いてしまうらしくて。

 美咲を探そうとするその足が止まらなかった。

 それからも夏弥は、美咲を必死になって探す。

 体力がもうかなり少なくなっていたからか、すぐにフラフラになる。
 それでも今の自分は、美咲を探すしかないと思って。

 途中、似た格好の女の子に間違えて声をかけ、慌てて謝罪をした。
 ガラの悪い大人に肩がぶつかり、不必要に睨まれたりもした。

 身体中が重くなってきて、次第にまた足が動かなくなるその寸前。

 ――ふと、いつ頃だったか、幼かった美咲がスーパーで迷子になった時のことを彼は思い出したのだった。

(……前にもあったな、こんなの。……あの時も確か四人で出掛けて。……俺達三人が棚の前であれこれ騒いでる時に、ふらふら~ってアイツだけどこかに消えちゃって)

「――あっ」

 夏弥は、あの頃の美咲がどこにいたのか、それが今ならどういう場所に当たるのか、大よその見当がついたのだった。



◇ ◇ ◇

 身体もだけれど、足が鉛のように重たい。

 夏弥は自由の効かないそんな身体を無理やりに動かして、思い当たる場所へと走っていった。

 出店の並んだ商店街の、駅とは真逆に位置する辺り。

 きらびやかな出店の明かりが途切れてすぐの所に、背の高い杉の木が生えていた。

 その杉の木の脇には長い階段が続いていて、のぼっていけば神社へとたどり着ける。この夏祭りへ来る道中のチラシで見た、参道の目印ポイントだ。

 美咲は、そんな杉の木の根元にしゃがみ込んでいたのだった。


「はぁ……はぁ……。やっぱり、ここか」

「あ、夏弥さん」

 美咲の手にはりんご飴が持たれていて、それを時折口にしているらしく。

 美咲の顔はケロッとしていて、夏弥が必死に探していただなんて想像もついていないようだった。

「え、ていうかすごい汗じゃない? だ、大丈夫……?」

「はぁ……っ。ああ。も、もう大丈夫」

 アゴの下の汗を、手の甲で拭う。
 夏弥はなんとなくそこで「いや美咲を探してたからだよ」とは言わなかった。
 すべて自分が勝手にやったことだ。と、そう思うことにしていた。

 安否が心配になって必死に探し回ったことも。
 笑えるくらい体力がないのに、ほとんど休まず走っていたことも。

 すべて自分が勝手にやって、勝手に辛くなったりしていただけ。

 だから美咲に何か謝罪を求めるのも、たぶん違うんだという気がした。

 ただ何か、感じていたことを言いたいは言いたいで。

「はぁ……っはぁ……。あ、あのさ……電話したんだけど」

「え?」

「電話くらい出ろよ。……もう帰ったのかと思った」

「あ、ほんとだ。着信きてる。……ごめん」

 美咲は、りんご飴を持っていないもう片方の手でスマホをいじる。
 ここで初めて、夏弥の連絡に気が付いたようだった。

「…………もしかして、あたしのこと探してた?」

「……。まぁ、探してた」

「よくわかったね。ここに居るって」

「昔のこと、思い出したからな」

「昔のこと?」

「美咲って、小さい頃もよく迷子になってたよな」

「……きょ、今日のこれは迷子じゃないし」

「スーパーで迷子になったの、覚えてるだろ? あの時、でっかい恐竜のマスコットのそばでウロウロしてたじゃん」

「…………」

「あれって、『背の高いもの目印にしろ』って洋平に言われて、そうしたんだよな? 確かそういう話だったと思うんだけど。……だから今回も、この辺りで背の高いもの、俺達だったらどこになるのかって考えたらここかもなって思って」

 美咲は夏弥から目をそらして、自分のひざ小僧をいじっていた。
 どことなく恥ずかしそうな様子である。

 おそらく、夏弥の予想がちゃんと当たっていたからだろう。

 自分が小さかった頃のことを、覚えてくれていて嬉しかった。
 そして、こんな風に探し当ててしまえる夏弥が、自分の一番の理解者であるような気がしてきてしまって。

「…………とりあえず、洋平達のところに戻ろう」

「それは……イヤなんだけど」

「イヤってお前……。人混みをまた通るのがイヤってこと?」

 実際、この杉の木の辺りは人気がなく、落ち着いていて過ごしやすい。
 適度に薄暗く、少し離れたところから夏祭りの明かりや喧騒が響いてきている程度。

「人混みもイヤだけど、そっちじゃなくて……」

「ああ……そういう」

(まぁ、洋平のことだろうな)

 夏弥は美咲の心情を察する。

 洋平と一緒に行動したくない。
 しかし、それは以前美咲が話していた「小さい頃みたいに、また仲良くしたい」という願望とはかけ離れている行為にも思える。

 そんな風に、夏弥は美咲のなかに矛盾があるのだと感じていた。
 もしかしたら、少し意地になってでも今回は彼女を連れ戻したほうがいいのかもしれない。

 そういう結論が出て。

「でもさ、とにかく一度戻ろう」

 グイッと美咲の手を引っ張る。

 それまでしゃがんでいた美咲は、想定していなかった力に無理やり身体を起こされた。

「ま、待ってよ。もうちょっと……ここに居ない?」

「ここって、この場所か……? でも、何気にもうすぐ花火上がるし」

 手を繋いだまま、夏弥は美咲に問いかける。

「いいじゃん。ここで観れば」

「いや。だからさ、ここじゃ四人で観れないだろ。一回戻らないと」


「あ、あたしは…………夏弥さんと観れたら、から」

「……!」


 美咲の言葉に、思わず声が詰まる。

 しゃがんでいた美咲を引っ張りあげて、そのまま連れていくつもりだった。
 そのせいで、手をぎゅっとでいた。

 ほとんど反射的に握っていたから、大して意識なんてしていなかった。のに。

 急にドキドキするようなことを言われたせいで、夏弥は握っていたその手のなかに、美咲の小さな手があることを妙に意識してしまう。


「……じゃ、じゃあ観終わったら。……そしたら、合流する」

「うん」

 美咲と同じように、いやそれ以上に、夏弥は照れ臭くてたまらなかった。

 それと同時に、美咲にそんなことを言われた事実が、本当はとても嬉しかった。
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