友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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※お久しぶりです。
 ここから四巻目分になります。
 またお付き合いいただけると嬉しいです。

 ◇

 美咲と過ごしたあの一夜。

 あの、どこか現実味に欠けた夜は、しばらくのあいだ夏弥を悶々とさせて仕方なかった。

 夏休みの残り期間中、美咲の顔を見るたびにエッ〇なことを考えてしまうのは、夏弥の中に眠っていた魔物が解き放たれたからだとか、ホームランを打った後はもう一度打つために素振りをしたくなるだとか、別にそういうんじゃない。

 これは至って健全な反応。

 キスの熱さも、おっぱいの感触も。人肌の温もりも。
 あの時触れたいくつもの「初めて」を思い出してしまうのは、とても自然なことだ。

 初体験を済ませた後日というのは、誰だってその脳内がピンク色に染まりやすくなるものなので許してあげたい。


 さて、季節は九月初め。

 気が付けば高校二年の夏休みは終わりを迎えていて、夏弥達の通う三條高校は新学期をスタートさせていた。

 夏弥のクラスメイト・月浦まど子とは、夏休み中結局あの一回きりしか遊ばなかったわけだけれど、それについてはちゃんと事情があったようで。

『月浦さん、明日辺りまたうちで料理する?』

 と夏弥がラインを送ったのは、八月の二十日過ぎ。
 それに対して送られてきた返信は、次のようなものだった。

『ごめんね、藤堂くん。実はあれからずっと福島のおばあちゃん家に来てて……戻っても他の予定があったりするから、もう今年の夏休みは遊びにいけなさそうなの』

 やや申し訳なさそうに、まど子はお断りの連絡をしてきていた。
 必ず二回目もやろう、という明確な約束を交わしたわけでもない上に、家族の事情では仕方がない。

 まど子の事情を知った美咲も、

「そうなんだ。……まぁ、難しいなら無理にやらなくていいんじゃない?」という、割とさっぱりした反応を示していた。

 そういったやり取りを経ていたからだろうか。夏休み明け一日目の教室で久しぶりにまど子と再会した夏弥は、その第一声で謝りたおされるという稀有な目にあっていた。

「ほんっとにごめんなさい、藤堂くん!」

「月浦さん……?」

「ラインで送ったお話なんだけど……夏休み、私以外みんな福島に行っちゃうことになりそうだったから……。それに他の予定もあったりしてなかなか……」

「あ、いや、いいよ? そこまで気にしてないからさ」

「そう言われても……。あの、ほんとごめんなさい……。秋乃ちゃんにも謝らないとだよね」

「いやいや、本当に大丈夫だよ……? 秋乃も「無理にやらなくていいんじゃない?」って言ってたし」

(まぁ秋乃っていうか、美咲なんだけど)

 まど子は自分の席に座っていたが、椅子をずらして夏弥にペコペコと頭を下げていた。

 相変わらず三つ編みスタイルの黒髪。
 重たそうな黒縁メガネ。
 そばかすの散らされた頬も、やはり冴えない見た目に拍車をかけている。
 何度も頭を下げるものだから、三つ編みがパシパシと暴れていて。

 そんな折、教室の扉が開けられる。

「席に着けー。よし、みんな揃ってるな? ホームルーム始めるぞー」

 そう言いながら、教卓側の扉からクラス担任の先生が入ってくる。
 数学の担当もしている山田先生(男)である。

 二人の会話は、この先生の登場でほぼ強制的に終わったのだった。

 先生の言う通り、クラスメイトはすでに全員が揃っていた。

 無論、夏弥の幼馴染み、鈴川洋平も自分の席に座っていて、貞丸や他のクラスメイト達との雑談をこのタイミングで中断したようだった。

「えー、すでに夏休み前から話していたと思うが、来週の避難訓練・防災訓練は、予定通り午前中に――――」

 先生が連絡事項をざっと説明し始める。

 今日は二学期初日で、ホームルームと夏休み期間中の宿題提出。それと始業式くらいしかスケジュールにはなかった。

 通常の授業は明日からで、部活動のある生徒だけが学校に残るといった形だ。

 夏弥は部活に入っていないので、そのまま帰宅コース。
 洋平の方は、どうやら放課後他の男子達と遊ぶ予定があるとのことで、夏弥とはその日あまり絡まなかった。

 そんな、変わり映えのしない二学期初日を終えた夏弥は、これまたいつも通り一人で帰路に着く。

 帰り道を一人で歩きながら、ふと、こんなことを思っていた。

(普通に何事もなく二学期初日が終わったな。いや、そもそも何かあるほうがおかしいんだ。美咲とは色々あったけど、結局学校での俺は一学期の頃と同じでパッとしないポジションなんだよな)

 学校での彼は、至って平々凡々のままである。
 二学期がスタートしたところで、それは変わらない。

 しかし、201号室に帰ってくると、少々話は変わってくるようで。

(美咲は……まだ帰ってきてないか)

 鈴川家のアパート・201号室は、まだ鍵がかかったままだった。
 美咲が朝かけたものだ。

 鍵を開けながら、チラチラと考えてしまう。
 この201号室は、もう幼馴染みとただ住んでいるだけの場所じゃない。

 お互いに気持ちを確かめ合った。
 初体験を済ませた。
 自分を受け入れてくれた。

 そんな親密な相手と一緒に住んでいる、特別な場所である。

(まさか洋平の妹とこんな関係になってるだなんて、クラスの連中は何も知らないんだよな……。すごいギャップというか、今更だけど俺ってとんでもないことしたんじゃないか?)

 一学期の自分と二学期の自分は、確かに地続きで同じ存在なのだけれど、それでも大きな変化があった。クラスメイト達がそれを知る由なんてあるはずもなくて。

 夏弥はそのギャップについて考えながら、家にあがる。

 そのままリビングへ向かい、電気を点けてモスグリーンのソファに座る。

 鞄を床に下ろして、ソファの慣れた座り心地に安心しつつ、そこでようやくふぅっと一息ついた。

(あんまり、学校とこの家とのギャップを考えるのはよそう)

 そう感じて、気を紛らわせるためにスマホを取り出し。
 彼はそのまま、自分のYoutube動画再生リスト『料理系』を視聴していくことにしたのだった。


『みなさ~ん。こんばんふぁびゅらす~☆ それじゃあ今日は、カンタンに作れるブロッコリーのポタージュスープをご紹介しま~す』


 聞き慣れた女性の声。
 画面には手元のみ映し出された映像が流れている。

 おそらくその動画は、カメラで調理台を上から撮ったものなのだろう。
 清潔そうなまな板。キラリと光っている包丁。
 画面端には、野菜などの食材が数点置かれている。

 画角的に二次元にも見えるその動画を視聴しながら、やっぱり夏弥は頭のなかでを考えてしまう。

(あの夜……すごかったな。美咲もありえないぐらい可愛かったっていうか、いつもと違ってアレな感じだったし……。……いやでも、俺はあの時一杯一杯だった。余裕とかそういうのもなくて、年上の癖にあいつをリードしてやることもできなくて……。今考えてみると、なんだか情けない話だ) 

 ふわふわと浮かれてしまうくらいピンク色だった記憶。

 それが数週間も経つと、こうした『悩み事もどき』に姿を変えてしまうのは、夏弥の性格に由来してるところが大きいのかもしれない。

『ではまず、ブロッコリーやタマネギを細かく切っていきまして~。あ、この辺は飛ばしていただいても問題ありません――』

(ていうか、この動画の投稿者、やっぱり料理のチョイスがいいんだよな。……これ、今日作ってみようかな。……たぶん、美咲も喜んでくれるよな?)

 夏弥は目の前の画面に流れる動画へ意識を戻し、そうした感想を抱く。

 おそらく、美咲はもう少しで帰ってくるはずだ。

 帰ってきたら、彼女に晩ごはんのメニューを相談してもいいかもしれない。



 ――――ところで、夏弥がよく視聴する料理系Youtuberのチャンネルは、現在のところ二つに絞られると言っていい。

『独身貴族になりたい野郎メシちゃんねる』

『ふぁびゅらすにクッキング! チャンネル』


 主に見ていたのは、この二つのチャンネルだった。

『独身貴族』のほうは、撮影者も完全に顔出しをしていて、主に肉料理をメインに紹介しているチャンネルである。

 顔良し、声良し、立ち振る舞い良し。といった二十代くらいの若いチャンネル投稿者が、豪快かつ合理的に料理をやってのける。

 動画編集の力も相まって、サクサクと料理が進んでいく。
 観ていて気持ち良くなるほどだ。

 その上、カロリーや塩分なんて気にしたら負けだと言わんばかりの献立でいつもお送りしている。まさに野郎メシ、と呼ぶにふさわしい竹を割ったようなチャンネルだった。

 一方、『ふぁびゅらす』は毛色が180度違う。

 毎回、ごく一般的な家庭料理を、ほんの少しだけチャンネル投稿者なりに手を加えてご紹介。

 強い個性のある料理や、究極対至高のメニュー! みたいなインパクトのある料理ではなく、疲労回復、ほっと一息つきたい時に食べたい料理。いわゆる母の味とも言うべき料理をアレンジしているようなチャンネルだった。

 そして現在、夏弥が見ていた動画は、こちらの『ふぁびゅらすにクッキング!』の方で。

『最近、やっと気温が落ち着いてきましたよね~。皆さんは体調管理に気をつけてらっしゃいますか? 今回作るこのポタージュは、身体にとても優しいものになっていて――』

(料理もだけど、このチャンネル投稿者の声って、聴いてるだけで落ち着くんだよな。精神安定剤っていうか。……昔、どこかで聞いたことがあるような気がするし……)

 どこの誰ともわからないその大人の女性の声色に、夏弥は思いを馳せる。

 無論、恋愛的な意味じゃない。

 優しく包み込んでくれるような聞き心地の良さは、それだけでレアだし癒されるものがある。

 その声を聞けば、胸の辺りがぽわわぁと温かくなってしまうのも無理はなくて。

 夏弥が動画を視聴していたそんなタイミングで、玄関の方から「カチャリ」と音がしたのだった。
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