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些細なおはなしじゃん
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※まえがき
これは数日前の些細なおはなしです。
美咲と芽衣が、スタバで夏限定の巨峰たっぷり生クリームブルーラテを飲み、そのあと鈴川家の201号室へやってきた時のシーン。
このシーンの後、美咲は外で夏弥とばったり出会います。
(※時系列的には、この後3-10の引き部分へ繋がることになります)
◇
「っふー。暑かったねー。日なたがガチでやばかった。焼け死ぬかと思ったぁ……」
「それね……。せっかくスタバで涼しくなったのに。帰り道であたしも汗かいたし」
夏の昼下がり。
巷でもっぱらの評判『巨峰なんちゃら』を飲んだ美咲と芽衣は、その後鈴川家201号室のアパートへとやってきていた。
「うぅ……谷間の汗が……」
芽衣は自分の胸元に手をあて、うへぇ、といった表情を見せている。
着ていた白のブラウスを指でつまんで、ぱたぱたとその中に空気を含ませたりしていて。
芽衣のような黒髪サイドテールは特に太陽から熱を貰いやすいらしく、いつものハイテンションもやや落ち込み気味のようだった。
その日の気温は三十度後半。
いわゆる猛烈な暑さだとニュースで報じられるような日だ。
「すぐエアコンつけるね。まぁ上がって?」
「おじゃまします~!」
美咲のあとに続いて、芽衣も玄関から上がり込む。
「……でもさ、あの新商品、巨峰たっぷりでよかったくない?」
「ね。あれはハマりそうかも」
「ふっふっふ……。珍しくみちゃんが限定ものにハマろうとしてる……。これはみちゃんの観察日記をつけてるウチとしても見逃せないっ☆」
芽衣は美咲にキランと眼差しを向ける。
続けて、「みちゃんは巨峰がお好き、っと」などとつぶやきながら、スマホのメモ帳に記録しているような、怪しげな素振りをしてみせる。
「ふふっ。何それ。そんな日記つけてるの? 芽衣ってば変態じゃん。フツーに美味しかったし、こういう感想くらいあたしだって言うよ?」
「ま、実際おいしかったしねぇ~。わかりみの鎌足さんだった」
美咲の部屋の、床に敷かれた茶色のラグ。
そこにお尻をつきながら、芽衣は両足を前に投げ出していた。
その足のつま先を車のワイパーみたいにブラブラと動かしつつ、それから急にこんなことを口走る。
「ねぇねぇ。そういえば、みちゃんさー……、さっきのツーショットの件だけど」
「……っ!」
そのセリフに美咲の息が詰まる。
そう。
美咲の部屋で涼もうとしていたこの少し前、実はまさかのアクシデントが発生していた。
二人がスタバで話題のラテを飲んでいた時のこと。
美咲が席を離れた隙に、なんと芽衣が美咲のスマホを偶然見てしまったのである。
無論、美咲のスマホの待ち受けには、例のツーショット画像が設定されていたわけで。
その時芽衣が「え、なにこれ? なにこれっ⁉ 一緒に映ってるのって……藤堂先輩⁉ なんでこんなガチ恋距離っぽい写真、二人で撮ってるの⁉」と大混乱に陥ったことは言うまでもなく。
「あれって、やっぱりそういうカンケイってこと……?」
「いや…………別に、全然そういうんじゃないから」
芽衣の問いに、美咲はそっと目をそらしながら否定した。
若干焦りを隠しきれておらず、手を振るジェスチャーもどこか胡散臭い。
まあ言ってしまえばわかりやすい反応だった。
「へぇー……ふう~ん。あっやしいな~」
「…………夏弥さんとあたしがそういう関係なわけないでしょ……。あんまり変なこと言うと、怒るよ?」
「あはは! めんごめんご。冗談だよ冗談!」
「……」
芽衣は笑いながら美咲に謝った。
謝りつつ「それもそうだよね。あの藤堂先輩と、みちゃんが。なんてね」と芽衣自身、この会話については納得がいっていた。
一緒に暮らしているとはいっても、夏弥と美咲ではビジュアルに差がありすぎる。
美咲は、広大な海に投げられた小さなビー玉みたいなもので、探そうと思ったところで探せない、天文学的な確率でしか発見できないレベルの希少な美少女だ。
対する夏弥はといえば、割とそこら辺にぷかぷかと浮かんでいるワカメみたいな存在である。結構、いっぱいいる。
そもそもの話、美咲のビジュアルに敵う男子自体が少ない。
その澄んだ瞳とそこに合わせた鼻筋。
色気とアンニュイな印象が配合された絶妙な口元。
茶髪のショートボブヘアも、すっきりとしていて野暮ったくない。
名は体を表わすとはよく言ったもので、彼女は『美咲』というその名の通り、涼やかで、凛としていて、掛け値なしに美しく咲いている。
「まぁ、あの先輩じゃちょっとねぇ~」
芽衣は美咲の気持ちをフォローするつもりで、そんな発言をした。
「……」
一瞬、美咲は閉口する。
これはフォロー、なのだろうか。
芽衣の言葉に、心臓がちくりと痛む気がする。
だからなのか、ベッドに腰かけながら、美咲は少しだけ大きく息を吸ってこう返すことにした。
「……ごめん、芽衣」
美咲の声のトーンがそれまでの会話よりも低かったため、芽衣はその空気の変化を察する。
「……? どうしたの?」
「そのさ……、夏弥さんとはそういう関係じゃないけど……でも、待ち受けにしてた事実は言い逃れできないっていうか……」
「え……それってもしかして……⁉」
戸惑う芽衣を前にして、美咲は自分の髪の毛先をいじっていた。
いじりながら。
「……そう……その、もしかしてってやつだから……」
「きゃー! みちゃんが……まさか、あの、みちゃんが……っ」
恥ずかしそうに告げた美咲。
その様子に、芽衣は驚きを隠せない。
それからすぐ、両手をほっぺに当てて楽しそうにやんやんやんやん言っている。
美咲よりずっと乙女チックな、彼女らしい感情表現である。
ふと、美咲は思い返す。
美咲自身と、この戸島芽衣という同級生との関係。
(芽衣は変わってる。今まで、洋平目当てであたしに近づいてきた子はたくさんいた。それこそ数えきれないくらい……。みんな、兄妹っていう立場を利用しようとしてきたし……)
けれど、そのほとんどの子が、美咲の悪態をきっかけに離れていった。
女子の間で、美咲は年々浮いていった。
これは仕方のないことだ。
美咲はそう割り切るしかなかった。
小学校高学年くらいからだ。
洋平が本格的にモテはじめてから、美咲の周りの世界は一気に色が抜けていった。
周りの子全員に、裏の顔があるように思えてきて。
朝、教室で耳にする第一声「おはよー」にも、「ごめん、教科書忘れちゃったから見せてー?」なんて小さなお願いにも。
今までは男子だけが美咲に持っていた、打算や私欲という名の裏の顔。
それが今度は、女子も隠し持っているような気がして――――。
灰色のぐちゃぐちゃな世界にもう成す術なんてなくて、彼女は周りに冷たく当たり続けた。
それが正解だと思っていたわけではなくて、それしか手段を知らなかったから。
そしてそれは芽衣に対しても言えるはずだった。
高校から知り合った友達。
この子だけ、他の子より贔屓して仲良く接してきた覚えはない。
それなのに。
(それなのに、どうして芽衣だけはこうやって、あたしと付き合い続けてくれるんだろ……)
理由ははっきりとしていない。
ただ一つ言えることは、きっとこれからも、自分と芽衣との交友関係は断ち切れそうにないだろうということ。
十中八九それは揺るがない気がする。だからこそ、美咲は芽衣に本当の気持ちを少しだけ、打ち明けてもいいような気がしていて。
「えー、でも藤堂先輩かぁ~。ふむふむ……。で? そのきっかけは? 何がきっかけで好きって思うようになったの?」
エンジンがかかりだしたのか、芽衣は腰を上げ、美咲の座っていたベッドに横並びで座りはじめた。
お話を聞く姿勢。
早くちょうだい! とか、そんな心の声が聞こえてきそうな目をしている。
「あっ……や……その…………」
美咲のうぶな反応。
恋愛初心者らしい美咲の顔の赤らめ具合に、またしても芽衣はにんまりしだす。
「……みちゃん、……もうもう! 可愛いかよ~……」
「…………う、うっさい……。きっかけなんて言われても……。まぁ強いてあげるなら、夏弥さんの同級生がここへ遊びにきた時……とか?」
「えー、なにそれ! めっちゃ面白そうなイベント発生してるじゃん…………。それで、遊びにきた二年生の先輩女子と、何かバトルでもしたの?」
「別にバトルなんてしてないけど……でも、気持ち……。じ、自分の気持ちには気付かされたっていうか……」
「うんうん」
話しだした美咲に、「もっと! もっと語ってください、みちゃん!」とでも言いたそうな表情の芽衣。
ずっと、美咲とは恋バナがしたいと思っていたのかもしれない。
「夏弥さんがその人と仲良くしてるところ見てたら……なんか、だんだん胸が痛くなって」
「~~っ! ああ、もう……みちゃん、ついに知ってしまったんだね……」
「は……? 知ってしまったって……?」
「ジェラシーってやつを、ね」
「~っ! ……言っとくけど、それ自体はずっと前から知ってたからね? 焼きもちでしょ、焼きもち。そんな言葉くらい知ってるし」
「むふっ♡」
「……た、ただ、自分でそういうの、経験したことがあんまりなかったっていうか……正直言うと初めてっていうか……。第一、条件が揃うことも珍しいじゃん」
「あ~、条件。なるほどね。焼きもち焼くには、好きな人と、その他に異性のライバル的な人が必要だもんねぇ~」
「……」
「藤堂先輩じゃあ、そもそもそのライバルっぽい異性がなかなか現れないかぁ~」
「……」
「あの先輩じゃあねぇ~」
美咲は、芽衣の発言にちくちくちくちく攻撃されている気がした。
――好き勝手言わないで。
――夏弥さんの何を知ってて言ってるの?
そんな想いがこみ上げてきて、思わず。
「あのさ、あんまり―――――れない?」
「ん? なぁにー?」
美咲の声が小さくて聴き取れない。
芽衣は耳に手を当て、そういった素振りを見せていたのだけれど、本当はわかっていた。
わかってて尚、小悪魔的に聞き返す。いじわるな子である。
「だからさ……あんまり夏弥さんのこと、悪く言わないでくれない? って言ってるんだけど……」
「きゃ~っ! みちゃん、もうそれ告白みたいなもんだよ……♡ ……てか、めっちゃ好きじゃん……。ええやん、ええやん♡」
「……」
浮かれだす芽衣に、美咲はなんとも言えない目を向けていた。
友達に引き出された本音。
声に出してしまうと、言ってしまったことに対する後悔みたいなものが美咲の中で沸き立ってくる。
芽衣の隣で、美咲はそのまま顔を俯かせた。
どうしようもなく恥ずかしい。
そして、自分が本気で恋愛感情を抱いてることに、違和感や戸惑いもあって。
「やっぱり、変だよ……。こういうの、あたしは向いてないし、キャラでもないでしょ……」
「……」
肩を落とす美咲を見て、今度は芽衣がしばし黙り込む。
ビジュアルがこれだけ優れているのに、その実、恋なんてまったく知らなかった美咲に対して思うことは、十や百の言葉を用いても言い表しきれないのかもしれない。
それから芽衣は、美咲にそっと寄り添ってあげるような、優しい口調で切り出し始めたのだった。
「はぁ……。ねぇ、みちゃん。まじめな話さー……向き不向きとか、キャラじゃないとか。そういうのに囚われてると、後悔しちゃわない?」
「……後悔……するのかな、あたし」
「きっとしちゃうよ。……だって、嫉妬こそその人の本心だって気ぃしない? ああしたいこうしたいって気持ちがあって、それが上手くいかなくて、もやもやしちゃって。そういう気持ちにフタをするの、確かに冷静で落ち着いてるいつものみちゃんらしいけど……。でも……」
そこで芽衣はひと呼吸挟んで。
「…………それでも、慣れない恋愛にあたふたしてるような、そんな今のみちゃんも悪くないって思うよ?」
「……そう…………思う?」
「うん。こういうみちゃんもウチは素敵だと思う!」
不安そうな顔付きの美咲に、芽衣はにっこりと微笑んであげた。
先ほどのにやつき顔はどこへいったのか。
今となっては、友達の悩みごとを親身になって聞いてくれる、そんなイイ奴ポジションにいつの間にか収まっていた。
「ま、恋愛してるとみんなバカになるけどねぇ~」
「えっ……。バカになるなら、あまりしたくないんだけど?」
「あははは! 冗談だってばぁ~」
「ふふっ。……なんか、そう言うと思った」
少しなごやかな空気になる。
美咲は、隣に座っている芽衣のことをチラッと横目で見てから「やっぱり芽衣は変わってる……。でも、あたしには無い、良い所もいっぱいあるんだよね」なんてことを思ったりしていた。
そうして二人は、夕方までこの家でガールズトークに花を咲かせ続けた。
芽衣が帰る頃、美咲は彼女を家まで送ってあげることにした。
別に外が暗くなっていたわけではないのだけれど、なんとなく送ってあげたくなったのだ。
「もうこの辺りまででいいよ。わざわざ送ってくれてありがと~」
「ううん。時間もあったし、それは気にしないで。……それより、あたしの方こそありがと」
「えへっ。じゃあ、みちゃん。またねー」
「うん。またね、芽衣」
手を振り合って、二人は別れた。
別れ際の最後まで、もう二人が美咲の片想いについて触れることはなかった。
触れる必要はないのかもしれない。
日が傾いて、街は夕暮れ色に染まっていた。
そんな中、美咲はアパートへと引き返す。
何かを決意したつもりはない。
それでも、胸の奥がどこかすっきりと晴れているような気がしていたのは確かだった。
◇
※あとがき
今回の些細な〇〇はこれにておしまいです。
お読みいただきありがとうございました。
次の投稿までお待ちください。
これは数日前の些細なおはなしです。
美咲と芽衣が、スタバで夏限定の巨峰たっぷり生クリームブルーラテを飲み、そのあと鈴川家の201号室へやってきた時のシーン。
このシーンの後、美咲は外で夏弥とばったり出会います。
(※時系列的には、この後3-10の引き部分へ繋がることになります)
◇
「っふー。暑かったねー。日なたがガチでやばかった。焼け死ぬかと思ったぁ……」
「それね……。せっかくスタバで涼しくなったのに。帰り道であたしも汗かいたし」
夏の昼下がり。
巷でもっぱらの評判『巨峰なんちゃら』を飲んだ美咲と芽衣は、その後鈴川家201号室のアパートへとやってきていた。
「うぅ……谷間の汗が……」
芽衣は自分の胸元に手をあて、うへぇ、といった表情を見せている。
着ていた白のブラウスを指でつまんで、ぱたぱたとその中に空気を含ませたりしていて。
芽衣のような黒髪サイドテールは特に太陽から熱を貰いやすいらしく、いつものハイテンションもやや落ち込み気味のようだった。
その日の気温は三十度後半。
いわゆる猛烈な暑さだとニュースで報じられるような日だ。
「すぐエアコンつけるね。まぁ上がって?」
「おじゃまします~!」
美咲のあとに続いて、芽衣も玄関から上がり込む。
「……でもさ、あの新商品、巨峰たっぷりでよかったくない?」
「ね。あれはハマりそうかも」
「ふっふっふ……。珍しくみちゃんが限定ものにハマろうとしてる……。これはみちゃんの観察日記をつけてるウチとしても見逃せないっ☆」
芽衣は美咲にキランと眼差しを向ける。
続けて、「みちゃんは巨峰がお好き、っと」などとつぶやきながら、スマホのメモ帳に記録しているような、怪しげな素振りをしてみせる。
「ふふっ。何それ。そんな日記つけてるの? 芽衣ってば変態じゃん。フツーに美味しかったし、こういう感想くらいあたしだって言うよ?」
「ま、実際おいしかったしねぇ~。わかりみの鎌足さんだった」
美咲の部屋の、床に敷かれた茶色のラグ。
そこにお尻をつきながら、芽衣は両足を前に投げ出していた。
その足のつま先を車のワイパーみたいにブラブラと動かしつつ、それから急にこんなことを口走る。
「ねぇねぇ。そういえば、みちゃんさー……、さっきのツーショットの件だけど」
「……っ!」
そのセリフに美咲の息が詰まる。
そう。
美咲の部屋で涼もうとしていたこの少し前、実はまさかのアクシデントが発生していた。
二人がスタバで話題のラテを飲んでいた時のこと。
美咲が席を離れた隙に、なんと芽衣が美咲のスマホを偶然見てしまったのである。
無論、美咲のスマホの待ち受けには、例のツーショット画像が設定されていたわけで。
その時芽衣が「え、なにこれ? なにこれっ⁉ 一緒に映ってるのって……藤堂先輩⁉ なんでこんなガチ恋距離っぽい写真、二人で撮ってるの⁉」と大混乱に陥ったことは言うまでもなく。
「あれって、やっぱりそういうカンケイってこと……?」
「いや…………別に、全然そういうんじゃないから」
芽衣の問いに、美咲はそっと目をそらしながら否定した。
若干焦りを隠しきれておらず、手を振るジェスチャーもどこか胡散臭い。
まあ言ってしまえばわかりやすい反応だった。
「へぇー……ふう~ん。あっやしいな~」
「…………夏弥さんとあたしがそういう関係なわけないでしょ……。あんまり変なこと言うと、怒るよ?」
「あはは! めんごめんご。冗談だよ冗談!」
「……」
芽衣は笑いながら美咲に謝った。
謝りつつ「それもそうだよね。あの藤堂先輩と、みちゃんが。なんてね」と芽衣自身、この会話については納得がいっていた。
一緒に暮らしているとはいっても、夏弥と美咲ではビジュアルに差がありすぎる。
美咲は、広大な海に投げられた小さなビー玉みたいなもので、探そうと思ったところで探せない、天文学的な確率でしか発見できないレベルの希少な美少女だ。
対する夏弥はといえば、割とそこら辺にぷかぷかと浮かんでいるワカメみたいな存在である。結構、いっぱいいる。
そもそもの話、美咲のビジュアルに敵う男子自体が少ない。
その澄んだ瞳とそこに合わせた鼻筋。
色気とアンニュイな印象が配合された絶妙な口元。
茶髪のショートボブヘアも、すっきりとしていて野暮ったくない。
名は体を表わすとはよく言ったもので、彼女は『美咲』というその名の通り、涼やかで、凛としていて、掛け値なしに美しく咲いている。
「まぁ、あの先輩じゃちょっとねぇ~」
芽衣は美咲の気持ちをフォローするつもりで、そんな発言をした。
「……」
一瞬、美咲は閉口する。
これはフォロー、なのだろうか。
芽衣の言葉に、心臓がちくりと痛む気がする。
だからなのか、ベッドに腰かけながら、美咲は少しだけ大きく息を吸ってこう返すことにした。
「……ごめん、芽衣」
美咲の声のトーンがそれまでの会話よりも低かったため、芽衣はその空気の変化を察する。
「……? どうしたの?」
「そのさ……、夏弥さんとはそういう関係じゃないけど……でも、待ち受けにしてた事実は言い逃れできないっていうか……」
「え……それってもしかして……⁉」
戸惑う芽衣を前にして、美咲は自分の髪の毛先をいじっていた。
いじりながら。
「……そう……その、もしかしてってやつだから……」
「きゃー! みちゃんが……まさか、あの、みちゃんが……っ」
恥ずかしそうに告げた美咲。
その様子に、芽衣は驚きを隠せない。
それからすぐ、両手をほっぺに当てて楽しそうにやんやんやんやん言っている。
美咲よりずっと乙女チックな、彼女らしい感情表現である。
ふと、美咲は思い返す。
美咲自身と、この戸島芽衣という同級生との関係。
(芽衣は変わってる。今まで、洋平目当てであたしに近づいてきた子はたくさんいた。それこそ数えきれないくらい……。みんな、兄妹っていう立場を利用しようとしてきたし……)
けれど、そのほとんどの子が、美咲の悪態をきっかけに離れていった。
女子の間で、美咲は年々浮いていった。
これは仕方のないことだ。
美咲はそう割り切るしかなかった。
小学校高学年くらいからだ。
洋平が本格的にモテはじめてから、美咲の周りの世界は一気に色が抜けていった。
周りの子全員に、裏の顔があるように思えてきて。
朝、教室で耳にする第一声「おはよー」にも、「ごめん、教科書忘れちゃったから見せてー?」なんて小さなお願いにも。
今までは男子だけが美咲に持っていた、打算や私欲という名の裏の顔。
それが今度は、女子も隠し持っているような気がして――――。
灰色のぐちゃぐちゃな世界にもう成す術なんてなくて、彼女は周りに冷たく当たり続けた。
それが正解だと思っていたわけではなくて、それしか手段を知らなかったから。
そしてそれは芽衣に対しても言えるはずだった。
高校から知り合った友達。
この子だけ、他の子より贔屓して仲良く接してきた覚えはない。
それなのに。
(それなのに、どうして芽衣だけはこうやって、あたしと付き合い続けてくれるんだろ……)
理由ははっきりとしていない。
ただ一つ言えることは、きっとこれからも、自分と芽衣との交友関係は断ち切れそうにないだろうということ。
十中八九それは揺るがない気がする。だからこそ、美咲は芽衣に本当の気持ちを少しだけ、打ち明けてもいいような気がしていて。
「えー、でも藤堂先輩かぁ~。ふむふむ……。で? そのきっかけは? 何がきっかけで好きって思うようになったの?」
エンジンがかかりだしたのか、芽衣は腰を上げ、美咲の座っていたベッドに横並びで座りはじめた。
お話を聞く姿勢。
早くちょうだい! とか、そんな心の声が聞こえてきそうな目をしている。
「あっ……や……その…………」
美咲のうぶな反応。
恋愛初心者らしい美咲の顔の赤らめ具合に、またしても芽衣はにんまりしだす。
「……みちゃん、……もうもう! 可愛いかよ~……」
「…………う、うっさい……。きっかけなんて言われても……。まぁ強いてあげるなら、夏弥さんの同級生がここへ遊びにきた時……とか?」
「えー、なにそれ! めっちゃ面白そうなイベント発生してるじゃん…………。それで、遊びにきた二年生の先輩女子と、何かバトルでもしたの?」
「別にバトルなんてしてないけど……でも、気持ち……。じ、自分の気持ちには気付かされたっていうか……」
「うんうん」
話しだした美咲に、「もっと! もっと語ってください、みちゃん!」とでも言いたそうな表情の芽衣。
ずっと、美咲とは恋バナがしたいと思っていたのかもしれない。
「夏弥さんがその人と仲良くしてるところ見てたら……なんか、だんだん胸が痛くなって」
「~~っ! ああ、もう……みちゃん、ついに知ってしまったんだね……」
「は……? 知ってしまったって……?」
「ジェラシーってやつを、ね」
「~っ! ……言っとくけど、それ自体はずっと前から知ってたからね? 焼きもちでしょ、焼きもち。そんな言葉くらい知ってるし」
「むふっ♡」
「……た、ただ、自分でそういうの、経験したことがあんまりなかったっていうか……正直言うと初めてっていうか……。第一、条件が揃うことも珍しいじゃん」
「あ~、条件。なるほどね。焼きもち焼くには、好きな人と、その他に異性のライバル的な人が必要だもんねぇ~」
「……」
「藤堂先輩じゃあ、そもそもそのライバルっぽい異性がなかなか現れないかぁ~」
「……」
「あの先輩じゃあねぇ~」
美咲は、芽衣の発言にちくちくちくちく攻撃されている気がした。
――好き勝手言わないで。
――夏弥さんの何を知ってて言ってるの?
そんな想いがこみ上げてきて、思わず。
「あのさ、あんまり―――――れない?」
「ん? なぁにー?」
美咲の声が小さくて聴き取れない。
芽衣は耳に手を当て、そういった素振りを見せていたのだけれど、本当はわかっていた。
わかってて尚、小悪魔的に聞き返す。いじわるな子である。
「だからさ……あんまり夏弥さんのこと、悪く言わないでくれない? って言ってるんだけど……」
「きゃ~っ! みちゃん、もうそれ告白みたいなもんだよ……♡ ……てか、めっちゃ好きじゃん……。ええやん、ええやん♡」
「……」
浮かれだす芽衣に、美咲はなんとも言えない目を向けていた。
友達に引き出された本音。
声に出してしまうと、言ってしまったことに対する後悔みたいなものが美咲の中で沸き立ってくる。
芽衣の隣で、美咲はそのまま顔を俯かせた。
どうしようもなく恥ずかしい。
そして、自分が本気で恋愛感情を抱いてることに、違和感や戸惑いもあって。
「やっぱり、変だよ……。こういうの、あたしは向いてないし、キャラでもないでしょ……」
「……」
肩を落とす美咲を見て、今度は芽衣がしばし黙り込む。
ビジュアルがこれだけ優れているのに、その実、恋なんてまったく知らなかった美咲に対して思うことは、十や百の言葉を用いても言い表しきれないのかもしれない。
それから芽衣は、美咲にそっと寄り添ってあげるような、優しい口調で切り出し始めたのだった。
「はぁ……。ねぇ、みちゃん。まじめな話さー……向き不向きとか、キャラじゃないとか。そういうのに囚われてると、後悔しちゃわない?」
「……後悔……するのかな、あたし」
「きっとしちゃうよ。……だって、嫉妬こそその人の本心だって気ぃしない? ああしたいこうしたいって気持ちがあって、それが上手くいかなくて、もやもやしちゃって。そういう気持ちにフタをするの、確かに冷静で落ち着いてるいつものみちゃんらしいけど……。でも……」
そこで芽衣はひと呼吸挟んで。
「…………それでも、慣れない恋愛にあたふたしてるような、そんな今のみちゃんも悪くないって思うよ?」
「……そう…………思う?」
「うん。こういうみちゃんもウチは素敵だと思う!」
不安そうな顔付きの美咲に、芽衣はにっこりと微笑んであげた。
先ほどのにやつき顔はどこへいったのか。
今となっては、友達の悩みごとを親身になって聞いてくれる、そんなイイ奴ポジションにいつの間にか収まっていた。
「ま、恋愛してるとみんなバカになるけどねぇ~」
「えっ……。バカになるなら、あまりしたくないんだけど?」
「あははは! 冗談だってばぁ~」
「ふふっ。……なんか、そう言うと思った」
少しなごやかな空気になる。
美咲は、隣に座っている芽衣のことをチラッと横目で見てから「やっぱり芽衣は変わってる……。でも、あたしには無い、良い所もいっぱいあるんだよね」なんてことを思ったりしていた。
そうして二人は、夕方までこの家でガールズトークに花を咲かせ続けた。
芽衣が帰る頃、美咲は彼女を家まで送ってあげることにした。
別に外が暗くなっていたわけではないのだけれど、なんとなく送ってあげたくなったのだ。
「もうこの辺りまででいいよ。わざわざ送ってくれてありがと~」
「ううん。時間もあったし、それは気にしないで。……それより、あたしの方こそありがと」
「えへっ。じゃあ、みちゃん。またねー」
「うん。またね、芽衣」
手を振り合って、二人は別れた。
別れ際の最後まで、もう二人が美咲の片想いについて触れることはなかった。
触れる必要はないのかもしれない。
日が傾いて、街は夕暮れ色に染まっていた。
そんな中、美咲はアパートへと引き返す。
何かを決意したつもりはない。
それでも、胸の奥がどこかすっきりと晴れているような気がしていたのは確かだった。
◇
※あとがき
今回の些細な〇〇はこれにておしまいです。
お読みいただきありがとうございました。
次の投稿までお待ちください。
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