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今の夏弥の気持ちを的確に示すなら、この言葉がもっともふさわしい。
それ以外にない。
もしかしたら、人生で一番最低な気持ちだったかもしれない。
(洋平と喧嘩になって。気が付いたら秋乃が近くにいて。そして俺は秋乃の顔を……)
自分が何をしたのか振り返ってみると、一気に不快感が押し寄せてくる。
――不可抗力だった。
――避けられなかった。
――事故としか言いようがない。
――こうなるとわかってればやめていた。
いくらでも理由は付けられるだろうけれど、ぐちゃぐちゃになってしまった今の気持ちは、やっぱり最低以外の何物でもないと夏弥は思った。
「……洋平のやつ。不安を煽るようなことだけ言い残して、出ていくなよ……」
夏弥はボソッとそうつぶやく。
うつ伏せになっていた秋乃を、夏弥は仰向けにしてあげる。
秋乃が息をしていないだなんて、真っ赤なウソだった。
ちゃんと確認してみれば、息をしてる。
うつ伏せでわかりにくかっただけだ。
たぶん洋平も気が動転していて、そんなことを口走ってしまったのだろう。
いじわるで言ったわけじゃない。
それは夏弥も十分わかっていることだった。
夏弥は、床に落ちていた黒縁メガネを拾い上げてから、仰向けになった秋乃のそばでしゃがみこむ。
「秋乃。…………ごめん」
気を失っているので、当然秋乃の応答はない。
メガネを外した妹の顔なんて、久しぶりに見た気がする。一緒に暮らしていた数か月前、あの頃に何度も見ていたはずなのだけれど。
「はぁ……」
それから夏弥は、ただひたすら、自分のひざに顔を埋めるしかなかった。
◇
洋平が先生を連れてやってくるころ、夏弥の気持ちは多少落ち着いていた。
気絶している秋乃と一緒にいたことで、高ぶった感情もゆっくりと鎮火しつつあった。
「――それにしても困ったわねぇ……。今ちょうど保健の田辺先生は出てらっしゃるのよ。とりあえず、秋乃さんを保健室へ連れていってくれる……? 私は田辺先生に連絡を取ってみるから」
「……」
「……。それとも、私が連れていこうか?」
「いや、大丈夫です佐藤先生。俺が連れていきます」と夏弥は冷静に答えた。
洋平が呼んできた佐藤先生という若い女性教諭は、華奢で小柄な人だった。だからというわけではないけれど、夏弥は自分がその運び役を担うべきだと感じていた。
この先生には文字通り荷が重い気がした。
自分が手をあげてしまったことへの罪悪感ももちろんあって、夏弥は横になっていた秋乃をささっと起こし始める。
そして、秋乃を背負って、化学準備室から保健室へと歩き出す。
「夏弥……」
洋平は戸惑いつつも、重たい足取りで夏弥の後に続く。
保健室へ向かう男子二人の背中を見送ったあと、先生はすぐに職員室へと向かっていった。
早く田辺先生に連絡したほうがいい。そう思ってのことだろう。
「……」
「……」
秋乃をおんぶしながら保健室へ向かう途中。
夏弥と洋平は、特に何も言葉を交わさなかった。
「……」
居心地の悪い静けさだ。
きっと、何か空々しく話してみたところで、この居心地の悪さは消えない。
洋平と居て、こんなに心が落ち着かないのは一体いつ以来なんだろう。
夏弥はそんなことを感じてしまう。
廊下を歩いていると、普通ならもっといろんな情報が入ってくるはずだ。
窓から見える中庭の景色とか、遠くから聞こえてくる他の人の足音とか。
そういう、何気ないもの。
でも、今はそれらがすべてシャットアウトされていて、背中に感じる秋乃の体重と、二人の足音くらいしか、世界に情報が無いみたいだった。
しばらく無言で歩いて、目的地の保健室前にたどり着く。
「あ、鍵……開いてる」
そう言って、洋平は保健室の扉を開けた。
夏弥は秋乃をおんぶしているため、両手がふさがっている。それをわかっていて、洋平はほとんど無意識に気遣って開けたのだった。
保健室に入ると、消毒液のようなにおいが二人の鼻をかすめる。
「こっちのベッドに寝かせよう」と、洋平はそう言いながらカーテンを開けた。
コの字に仕切られていたそのカーテンの内側には、清潔そうな白いベッドがあって。
「ああ、そうだな……」
夏弥は、背中向きで秋乃をベッドの上に下ろし、そのまま彼女を横たわらせていく。
掛け布団を秋乃にかけてから、ベッドの近くに備えてあった三人掛けの長椅子に座る。
すると、座った夏弥の隣に洋平が腰を下ろしてくる。
腰を下ろしてすぐのこと、洋平は静かに話しはじめていった。
「あの…………殴ったりして……ごめん」
まず一言目に謝罪の言葉。
ただ二人とも、ベッドで横になっている秋乃のほうを見ていた。
夏弥と洋平は、特に目も合わせていなかった。
むしろ合わせないほうが話しやすい。お互いに、そう思う気持ちがあった。
「…………」
夏弥は少しタメを入れるように間をあけてから、口を開く。
「いや。俺こそごめん。……まだ気持ちの整理が追いついてないんだけど。……殴るのは、よくなかった」
「ああ。……それはこっちもだ」
夏弥も洋平も、相手を殴ってしまったことについては悪いと思っていた。だけれど、まだ完全に相手の気持ちを理解してあげることはできてなくて。
二人の頬はまだヒリついていた。
その痛みが続く限り、いくら謝っても相手の頬も痛いんだろうな。と二人して同じようなことを思っていた。
そんな想いが巡る沈黙を、今度は夏弥が打ち破る。
「……不自由」
夏弥はあの言い合いの中で、どうしても引っかかっていたその単語だけを、ぽつりとこぼしていた。
「え?」
「いや……。さっき言い合った時、不自由って言っただろ」
「……」
夏弥の言葉に少しだけ押し黙ってから、洋平は重たげに応えだす。
「そうだよ……。不自由、って言ったんだよ俺は」
「それってどういう意味で言ってたんだ……? 誇張なしに、本当にどういう意味で言ったかわからなかったから、教えてほしいんだけど」
「ああ……」
洋平は、はぁ、と大きめに深呼吸してから続ける。
「いやさ、俺ってモテるだろ?」
「え?」
「あ、いや。……これ別に自慢とかそういうのじゃなくて。事実として今言ってるだけだから、そこは茶化さずに流してほしいんだけど」
「……わかった」
洋平の表情からして、きっと本当におふざけで言ってるわけじゃない。
夏弥はちゃんと、自分と洋平とのあいだにある空気を読んだ。
「『モテる』って、確かに聞こえはいいけど、良い事ばっかりじゃないからな。俺が好むと好まざると関係無しに、ただ一方的に好意を寄せられても、さ。……そんなの、応じたくないだろ普通」
「……言われてみると、確かにそう……なのかもしれないな」
「だろ? そりゃあめっちゃ可愛い女の子に、「鈴川先輩スキスキ♡ちゅっちゅぅ! 今日も一緒にいてくださぁ~い!」みたいなこと言われたら、いいなぁとか思うんだけど」
「おい。茶化さずに聴いてるんですが?」
「あ、いやいや。これも真面目な話なんだ。ぷふ、ちょっと大げさだったかもしれないけど。
…………でもさ、全員がそんな可愛い女子なわけじゃないし、ありがた迷惑だってたくさんあるし。…………はっきり言って、ウザい時もあるんだよ。……一人にしてほしい時だってあるんだよ。……極論言えば、恋愛したくなかったり、ヤリたくない時もあるだろ……。
……なのに周りは、そういうの無視して求めてくるんだ。そして応えてあげないと、冷たいやつだって思われたり、女の子に恥かかせるのは最低だとか、人の心がないとか言われたりして。
…………そんなん、ひどくね? イケメンとかデフォでモテる奴の環境って、周りが思うよりずっと本人は辛かったりすんだよ。……なぁ夏弥。ちょっと想像してみてくれよ。本当に」
それを聞いて、夏弥は優しく目を閉じる。
暗くなった視界のなかで、洋平の立場に自分を置き換え、想像してみる。
そこまでする必要はないのだけれど。
真に迫る洋平のその口ぶりのせいで、無意識に瞼が降りてきていたのだった。
「――藤堂先輩! 好きです! 付き合ってください!」
後輩から告白される場面も多いはずだ。
「……今日はその……家に帰りたくないです……♡」
あの行為を予感させるセリフも、きっと多いんだ。
でももちろん、これだけじゃない。
洋平が言うように、「応えてあげない、応えられない」シーンも当然あって。
「えぇ……。もっと、私の気持ちをわかってくれる人だと思ってた……」
「先輩って……あ、いや。やっぱりいいです……」
勝手に好意を抱かれて、近寄ってきて。
勝手にがっかりされて。なぜか見下されて。恨まれたりして。
モテる分だけ、素を出すことが悪いことのように扱われる。
夏弥は想像しただけで、胸がズキズキと痛みだす気がした。
「夏弥君て、外見はいいのにね。もったいないよね~」
「あれでもう少し女心がわかればいいのに……」
「無駄に顔だけかっこいい男子っているよね~。中身が全然イケメンじゃないっていうか」
「わかる~。ズレてるっていうの? そういう男ならちゃんとそういう顔しておいてほしいよね。詐欺じゃんこれ! って思うし。きゃははは!」
女子達はせせら笑う。
先入観とのギャップを、ちくちくちくちく陰で叩く。
噂話は彼女達の専売特許で、セクシャルな話題にも平気でズカズカ踏み込んでくる。
そして、平気で貶してくる。
これが理不尽でも不自由でもないなら、一体なんだというのだろう。
夏弥の胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられたように切なくなる。
――でもきっと、こんな環境になっていても、洋平は誰かに助けを求めたりしないんだ。いや、しないんじゃなくて、できないのかもしれない。周りはそれを、自慢話やのろけのようにしか思わないから。理解しようとは、しないから。
――そのまとう空気に、雰囲気に、みんなが憧れたり近付いたりできるのは、すべて洋平個人の自由を犠牲にしたうえで成り立っているものなんだ。
そんな風に思えてしまう。
「……。なかなか辛い……かもな……。なんか俺、考えただけでちょっとノイローゼになりそうです……」
ゲッソリとしながら夏弥は目を開けた。
今の夏弥の気持ちを的確に示すなら、この言葉がもっともふさわしい。
それ以外にない。
もしかしたら、人生で一番最低な気持ちだったかもしれない。
(洋平と喧嘩になって。気が付いたら秋乃が近くにいて。そして俺は秋乃の顔を……)
自分が何をしたのか振り返ってみると、一気に不快感が押し寄せてくる。
――不可抗力だった。
――避けられなかった。
――事故としか言いようがない。
――こうなるとわかってればやめていた。
いくらでも理由は付けられるだろうけれど、ぐちゃぐちゃになってしまった今の気持ちは、やっぱり最低以外の何物でもないと夏弥は思った。
「……洋平のやつ。不安を煽るようなことだけ言い残して、出ていくなよ……」
夏弥はボソッとそうつぶやく。
うつ伏せになっていた秋乃を、夏弥は仰向けにしてあげる。
秋乃が息をしていないだなんて、真っ赤なウソだった。
ちゃんと確認してみれば、息をしてる。
うつ伏せでわかりにくかっただけだ。
たぶん洋平も気が動転していて、そんなことを口走ってしまったのだろう。
いじわるで言ったわけじゃない。
それは夏弥も十分わかっていることだった。
夏弥は、床に落ちていた黒縁メガネを拾い上げてから、仰向けになった秋乃のそばでしゃがみこむ。
「秋乃。…………ごめん」
気を失っているので、当然秋乃の応答はない。
メガネを外した妹の顔なんて、久しぶりに見た気がする。一緒に暮らしていた数か月前、あの頃に何度も見ていたはずなのだけれど。
「はぁ……」
それから夏弥は、ただひたすら、自分のひざに顔を埋めるしかなかった。
◇
洋平が先生を連れてやってくるころ、夏弥の気持ちは多少落ち着いていた。
気絶している秋乃と一緒にいたことで、高ぶった感情もゆっくりと鎮火しつつあった。
「――それにしても困ったわねぇ……。今ちょうど保健の田辺先生は出てらっしゃるのよ。とりあえず、秋乃さんを保健室へ連れていってくれる……? 私は田辺先生に連絡を取ってみるから」
「……」
「……。それとも、私が連れていこうか?」
「いや、大丈夫です佐藤先生。俺が連れていきます」と夏弥は冷静に答えた。
洋平が呼んできた佐藤先生という若い女性教諭は、華奢で小柄な人だった。だからというわけではないけれど、夏弥は自分がその運び役を担うべきだと感じていた。
この先生には文字通り荷が重い気がした。
自分が手をあげてしまったことへの罪悪感ももちろんあって、夏弥は横になっていた秋乃をささっと起こし始める。
そして、秋乃を背負って、化学準備室から保健室へと歩き出す。
「夏弥……」
洋平は戸惑いつつも、重たい足取りで夏弥の後に続く。
保健室へ向かう男子二人の背中を見送ったあと、先生はすぐに職員室へと向かっていった。
早く田辺先生に連絡したほうがいい。そう思ってのことだろう。
「……」
「……」
秋乃をおんぶしながら保健室へ向かう途中。
夏弥と洋平は、特に何も言葉を交わさなかった。
「……」
居心地の悪い静けさだ。
きっと、何か空々しく話してみたところで、この居心地の悪さは消えない。
洋平と居て、こんなに心が落ち着かないのは一体いつ以来なんだろう。
夏弥はそんなことを感じてしまう。
廊下を歩いていると、普通ならもっといろんな情報が入ってくるはずだ。
窓から見える中庭の景色とか、遠くから聞こえてくる他の人の足音とか。
そういう、何気ないもの。
でも、今はそれらがすべてシャットアウトされていて、背中に感じる秋乃の体重と、二人の足音くらいしか、世界に情報が無いみたいだった。
しばらく無言で歩いて、目的地の保健室前にたどり着く。
「あ、鍵……開いてる」
そう言って、洋平は保健室の扉を開けた。
夏弥は秋乃をおんぶしているため、両手がふさがっている。それをわかっていて、洋平はほとんど無意識に気遣って開けたのだった。
保健室に入ると、消毒液のようなにおいが二人の鼻をかすめる。
「こっちのベッドに寝かせよう」と、洋平はそう言いながらカーテンを開けた。
コの字に仕切られていたそのカーテンの内側には、清潔そうな白いベッドがあって。
「ああ、そうだな……」
夏弥は、背中向きで秋乃をベッドの上に下ろし、そのまま彼女を横たわらせていく。
掛け布団を秋乃にかけてから、ベッドの近くに備えてあった三人掛けの長椅子に座る。
すると、座った夏弥の隣に洋平が腰を下ろしてくる。
腰を下ろしてすぐのこと、洋平は静かに話しはじめていった。
「あの…………殴ったりして……ごめん」
まず一言目に謝罪の言葉。
ただ二人とも、ベッドで横になっている秋乃のほうを見ていた。
夏弥と洋平は、特に目も合わせていなかった。
むしろ合わせないほうが話しやすい。お互いに、そう思う気持ちがあった。
「…………」
夏弥は少しタメを入れるように間をあけてから、口を開く。
「いや。俺こそごめん。……まだ気持ちの整理が追いついてないんだけど。……殴るのは、よくなかった」
「ああ。……それはこっちもだ」
夏弥も洋平も、相手を殴ってしまったことについては悪いと思っていた。だけれど、まだ完全に相手の気持ちを理解してあげることはできてなくて。
二人の頬はまだヒリついていた。
その痛みが続く限り、いくら謝っても相手の頬も痛いんだろうな。と二人して同じようなことを思っていた。
そんな想いが巡る沈黙を、今度は夏弥が打ち破る。
「……不自由」
夏弥はあの言い合いの中で、どうしても引っかかっていたその単語だけを、ぽつりとこぼしていた。
「え?」
「いや……。さっき言い合った時、不自由って言っただろ」
「……」
夏弥の言葉に少しだけ押し黙ってから、洋平は重たげに応えだす。
「そうだよ……。不自由、って言ったんだよ俺は」
「それってどういう意味で言ってたんだ……? 誇張なしに、本当にどういう意味で言ったかわからなかったから、教えてほしいんだけど」
「ああ……」
洋平は、はぁ、と大きめに深呼吸してから続ける。
「いやさ、俺ってモテるだろ?」
「え?」
「あ、いや。……これ別に自慢とかそういうのじゃなくて。事実として今言ってるだけだから、そこは茶化さずに流してほしいんだけど」
「……わかった」
洋平の表情からして、きっと本当におふざけで言ってるわけじゃない。
夏弥はちゃんと、自分と洋平とのあいだにある空気を読んだ。
「『モテる』って、確かに聞こえはいいけど、良い事ばっかりじゃないからな。俺が好むと好まざると関係無しに、ただ一方的に好意を寄せられても、さ。……そんなの、応じたくないだろ普通」
「……言われてみると、確かにそう……なのかもしれないな」
「だろ? そりゃあめっちゃ可愛い女の子に、「鈴川先輩スキスキ♡ちゅっちゅぅ! 今日も一緒にいてくださぁ~い!」みたいなこと言われたら、いいなぁとか思うんだけど」
「おい。茶化さずに聴いてるんですが?」
「あ、いやいや。これも真面目な話なんだ。ぷふ、ちょっと大げさだったかもしれないけど。
…………でもさ、全員がそんな可愛い女子なわけじゃないし、ありがた迷惑だってたくさんあるし。…………はっきり言って、ウザい時もあるんだよ。……一人にしてほしい時だってあるんだよ。……極論言えば、恋愛したくなかったり、ヤリたくない時もあるだろ……。
……なのに周りは、そういうの無視して求めてくるんだ。そして応えてあげないと、冷たいやつだって思われたり、女の子に恥かかせるのは最低だとか、人の心がないとか言われたりして。
…………そんなん、ひどくね? イケメンとかデフォでモテる奴の環境って、周りが思うよりずっと本人は辛かったりすんだよ。……なぁ夏弥。ちょっと想像してみてくれよ。本当に」
それを聞いて、夏弥は優しく目を閉じる。
暗くなった視界のなかで、洋平の立場に自分を置き換え、想像してみる。
そこまでする必要はないのだけれど。
真に迫る洋平のその口ぶりのせいで、無意識に瞼が降りてきていたのだった。
「――藤堂先輩! 好きです! 付き合ってください!」
後輩から告白される場面も多いはずだ。
「……今日はその……家に帰りたくないです……♡」
あの行為を予感させるセリフも、きっと多いんだ。
でももちろん、これだけじゃない。
洋平が言うように、「応えてあげない、応えられない」シーンも当然あって。
「えぇ……。もっと、私の気持ちをわかってくれる人だと思ってた……」
「先輩って……あ、いや。やっぱりいいです……」
勝手に好意を抱かれて、近寄ってきて。
勝手にがっかりされて。なぜか見下されて。恨まれたりして。
モテる分だけ、素を出すことが悪いことのように扱われる。
夏弥は想像しただけで、胸がズキズキと痛みだす気がした。
「夏弥君て、外見はいいのにね。もったいないよね~」
「あれでもう少し女心がわかればいいのに……」
「無駄に顔だけかっこいい男子っているよね~。中身が全然イケメンじゃないっていうか」
「わかる~。ズレてるっていうの? そういう男ならちゃんとそういう顔しておいてほしいよね。詐欺じゃんこれ! って思うし。きゃははは!」
女子達はせせら笑う。
先入観とのギャップを、ちくちくちくちく陰で叩く。
噂話は彼女達の専売特許で、セクシャルな話題にも平気でズカズカ踏み込んでくる。
そして、平気で貶してくる。
これが理不尽でも不自由でもないなら、一体なんだというのだろう。
夏弥の胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられたように切なくなる。
――でもきっと、こんな環境になっていても、洋平は誰かに助けを求めたりしないんだ。いや、しないんじゃなくて、できないのかもしれない。周りはそれを、自慢話やのろけのようにしか思わないから。理解しようとは、しないから。
――そのまとう空気に、雰囲気に、みんなが憧れたり近付いたりできるのは、すべて洋平個人の自由を犠牲にしたうえで成り立っているものなんだ。
そんな風に思えてしまう。
「……。なかなか辛い……かもな……。なんか俺、考えただけでちょっとノイローゼになりそうです……」
ゲッソリとしながら夏弥は目を開けた。
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