友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

文字の大きさ
94 / 113

4-10

しおりを挟む
 夏弥は脇に置いてあった机にお弁当を乗せる。
 やっぱり話が終わったら食べよう。と、そう思っていた。
 それから洋平のほうに向きなおって、話を始める。

「……あのさ、美咲から聞いたんだけど」

「……」

 黙って夏弥の言葉を待つ洋平。
 その目は夏弥をじっと見つめている。

「洋平お前、美咲に彼女とのこと指摘されて、ひどい言い返し方したんだろ?」

「……。ひどい言い返し方って?」

 洋平の声は、いつになく沈んでいた。
 夏弥があまり聞いたことのないトーンだ。

 そこに含まれる冷たさに、夏弥はいつかの美咲を思い出してしまうほどだった。

「……『後からここに来たのはお前だろ』とかなんとか」

「あー……。そうだな。……そう、言ったね。確か」

 洋平はすっかり箸を止め、窓の外に広がる秋空へちょっと視線を逃がしているようだった。

「なんでだよ? そんな言い方したら、美咲だって嫌な気持ちになるだろ?」

「いや。だってさ……実際、これは事実だろ? あの時アイツにも言ったと思うけど、なんで俺がアイツのために我慢しなきゃいけねぇんだよ? おかしいだろ、そんなの」

 夏弥は、洋平の主張を聞いて「自分勝手だな」と早々に結論付けようとは思わなかった。

 それは、夏弥にだって少しくらい覚えのある感情だったからだ。

 それにまだ「もしかしたら洋平には、そう言わざるを得ない理由があったのかもしれない」という可能性が消えていなかったからでもあって。

「……気持ちはわかるけど、そんな自分の感情ばっかり押し通すなんて――

「なんだよ」

 夏弥が言い終える前に、洋平の言葉が割り込んでくる。

「え?」

 洋平はぎゅっと眉根に力を入れていて、その表情はいつになく苦しそうだった。

「なんだよそれ」

 と改めるように洋平は言う。

 言ったあと、洋平が食べかけのお弁当を机の上にそっと置くのを見て、夏弥はただならぬ空気を感じる。

「気持ちはわかるって……夏弥に何がわかるっていうんだよ!」

「きゅ、急にどうしたんだ。……洋平?」

 洋平は声を震わせて、ずいぶん感情的になっていた。
 ずっと吐き出したい何かがあったのかもしれない。

 一方の夏弥は、まさか洋平がそれほど激情しだすなんて思ってもいなくて。

「夏弥……。お前今、って言ったな? だったら、俺の言ってることだって、わかるんじゃないのか……?」

「いや、何言ってんだ? 一人暮らしじゃなくなった時点で、一緒に暮らしてる相手のことはまず考慮しなきゃいけないだろ」

「考慮って……。…………じゃあ一体、誰が俺自身の気持ちをんでくれるっていうんだ? そんなん、誰かがやってくれる保証なんてないだろうが!

 ……俺は気付いたんだよ。こういう気持ちは、どれだけ自分勝手でも、自分で汲み取ってくしかないって。俺は今までずっと誰かの気持ちを汲んできたつもりだ。でも結局、みんな自分のことが可愛いんだ。気遣われたことに気付きもしないでな。ずーーーっと勘違いばっかり。俺の気持ちなんて、汲んでくれるやつは一人もいないんだよ!」

「それで……美咲相手なら、ワガママ言ってもいいって話になるのかよ? いい迷惑だろそんなの。美咲は…………お前の不満のはけ口じゃねぇよ」

 そう言いながら、夏弥のなかでふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 洋平と美咲の仲が悪くなったきっかけ。
 そのきっかけに、洋平も心当たりがあるはずだ。

 あるはずなのに、気付かないふりをしてきたのか。
 ずっと、自分には言わないままやり過ごそうとしてきたのか。

 洋平のげきにあてられた夏弥は、思わず自分がこれまでに感じてきたことも口走っていく。

「何が。何が俺達四人の不滅神話だ! ふざけんなよ! お前がその不仲になる原因作ってんじゃねぇか! その原因には目を瞑って、なんで美咲と不仲になったかわからないだって? よくもぬけぬけとそんなこと言えたよな⁉」

「はぁ⁉ ふざけてなんかねぇよ‼ 俺が俺の気持ちを優先したらおかしいってのか⁉」

「一緒に暮らしてる相手の気持ちくらい考えてやれって言ってんだ! それが誰かと一緒に暮らす時の常識だろ。俺は当たり前のこと言ってるだけだ!」

「当たり前じゃねぇよ! 夏弥が勝手に常識だと思ってる考え方を、俺に押し付けんなよ‼」

 いつの間にか、夏弥と洋平は激しく言い合っていた。
 化学準備室いっぱいに声を張り上げて、外の廊下にまでその声が響き渡る。

「普段女子の気持ちには理解があるくせに、なんで美咲の気持ちがわからねぇんだよ‼」

「アイツの気持ち? はぁ⁉ そんなこと言ってたら俺の気持ちはいつ自由になるんだよ⁉ 俺だけが不自由なまま生き続けろって言いたいのか⁉」

「不自由……?」

「ああ。そうだ! 不自由だろ!」

「どこが不自由だっていうんだ? お前みたいに、友達も恋人も手に入れ続けて、皆から羨ましがられる青春送ってるようなやつの、どこが不自由だっていうんだよ‼」

 気付けば、夏弥は洋平のシャツにガッとつかみかかっていた。
 本当に反射的だった。

「……なんだよ? 俺のこと殴る気か夏弥? ははっ。美咲のことマジで好きになったってのか? 俺の妹のこと、お前までそんな風に見てたのかよ。冗談でもやめろよ、気持ち悪い」

 つかまれていた洋平も、夏弥の襟元をグイッと引っつかむ。

「はぁ? それとこれと関係ないだろ? 俺は、お前がわざと美咲の気持ちを考えてないことに怒ってるんだが? ていうか、お前こそ、俺につかみ返してきて、どういうつもりなんだよ?」

「どういうつもりって、そりゃ決まってるだろ? 理解してくれない残念な幼馴染みには――しかないって思ったからだ!」

 次の瞬間、夏弥の顔面に洋平の握りこぶしが飛び込んでくる。

 鈍い音と共に、その右手が夏弥の頬をえぐる。

「いっ――――てぇな。洋平お前……何すんだよ。残念なのはお前のほうだろうが!」

 殴られたことに動揺しつつ、夏弥もカッとなってしまう。
 勢いのまま、洋平の顔に全力で握りこぶしを振り抜いていて。

「つっ……お、お前だって俺のこと殴ったりして……マジでわかってくれねぇんだな。俺と同じ立場のくせに。やっぱりモテないってだけで相当価値観違うってことか。例え幼馴染でも、血が繋がってない女子と一緒に暮らすのはもうそれだけで嬉しいってか? あははは! 拗らせすぎだろ!」

「まだお前そんなこと言って――

 そんなやり取りを繰り広げていた、まさにその時。

「あ、あのー、失礼しま……え、なつ兄? それに洋平も……こんなとこで何やってんの⁉」

 突然、化学準備室の扉が開けられ、秋乃が入ってきたのだった。

 しかし、二人は秋乃がやってきたことに一切目もくれず。

「お前が悪いんだろ! 謝れよ! 美咲に謝れ‼ アイツがどんな気持ちになったのか、わかっててやってるなんて最低だろ‼」

「アイツのことまで考えてられねぇわ! なんで兄妹でそんな気ぃ使う必要あるんだよ⁉ 大体、他人のお前が俺達兄妹のことに口出ししてくんなよ‼」

 取っ組み合いの喧嘩は続いてしまっていた。

 夏弥も洋平も、一度口火を切ったことで、二発三発と遠慮なく次の手が出ていってしまう。

「ちょ、やめてよ二人とも‼ 手ぇ離してよ! なんで喧嘩なんかしてんの⁉ お願いだからやめてよ‼」

 つかみ合う二人の間に飛び込んでいった秋乃だったが、目の前の男子二人は一向に手を離さない。そればかりか――

「は、理解できないわマジで! ああ、そういえば夏弥のも理解できない最低な人だったもんな? 近所でも腫れ物扱いされて、その挙句どっかに消えちゃったしな! 理解できない人間性って、ひょっとして遺伝するのか?」

「っ……洋平、……お前‼」

「なつ兄! やめてってば‼ 殴っちゃダメぇぇぇ‼」

 次の瞬間、夏弥の拳が思い切り振り抜かれる。
 この殴り合いのなかで、一番力が込められた拳だった。

 だが、その殴り込んだ先にあったのは洋平の顔じゃなかった。
 二人のあいだに割り込んできた秋乃の、その顔に入ってしまっていた。

「っ⁉」

「秋乃⁉ なんでお前――

 痛烈。
 夏弥が力いっぱい込めて振り抜いたその拳のせいで、秋乃は勢いよく準備室の床に倒れ込む。

 黒縁メガネも、床を滑るように飛ばされていき。
 同時に、血の気の引くような重たい衝撃音が室内に響いたのだった。

「あ、秋乃! しっかりしろ!」

「夏弥……おい秋乃のやつ、息してなくね……?」

「秋乃‼ 聞こえてないのか⁉ せ、先生呼んできてくれ洋平! 早く‼」

 夏弥は慌てて秋乃に駆け寄り声をかけたが、無反応だった。
 彼女は床に頭をぶつけ、うつ伏せのまま微動だにしなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに

家紋武範
恋愛
 となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。  ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

処理中です...