友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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「美咲、起きてたんだ……」

「……うん。まぁ……ね」

「……」

 夏弥と美咲は同じ方向を向いているため、顔こそ合わせてはいない。

 けれどつい今ほど、夏弥は湧き出る源泉のごとく本音をもらしていた。そのため一気にこっ恥《ぱ》ずかしさがこみ上げてきて。

「どこから……聞いてた?」

 おそるおそる美咲に尋ねてみる。

「……美咲のこと……好きだよってところ……」

「~~っ!」

 本音をまるまる聞かれていたらしい。

 死んでしまいたい。
 夏弥はそう思って、いっそのことここで舌を噛み切ってみようかなと思った。好きな人とベッドで寝ながら死ねるのなら、それもまたよし。乙なものである。

「ケホッ……コホッ…………ん゛んっ」

「あ……大丈夫……?」

 恥ずかしさで命すら軽んじてしまいそうになった夏弥だけれど、背後で咳き込む美咲の様子にまたしても不安を覚える。

「……大丈夫」

「無理させて、本当にごめん……」

「夏弥さんが謝ることじゃないじゃん……。あたしが、一人で空回って……変な事しちゃっただけ…………」

「身勝手なこと言って、美咲の気持ちを考えてあげられなかったんだ。俺が謝らないとだよ」

「夏弥さん……」

 美咲の腕の力が緩まる。

 なんだかその緩まり方が「こっちを向いて」と言っているような気がして、夏弥は身体の向きを180度変えることにした。

 向きを変えると、夏弥の動きを察してなのか、美咲は腕をもう完全に離していた。

 一つのベッドの上。向き合う夏弥と美咲。

 美咲の顔は風邪のせいですでに赤く、熱っぽい。

 さっきまで抱き着かれていたので、向き合わせた二人の距離はすっかりキスシーンのための距離に入っている。

 夏弥は、今度こそ彼女に「味方でいること」を伝えたいと思った。
 ちゃんと美咲の綺麗な目を見て、気持ちを真っ直ぐ言葉に直していく。

「…………俺は。……俺は、美咲の味方でいたいんだ。ずっと、味方でいたい。これからも、ずっと。……だから、ごめん。本当に俺がいけなかったんだ」

「……」

「……美咲?」

 美咲は返事をしなかった。
 夏弥にいろいろと想う所があって、考えがまとまらなかったのだ。


 ――夏弥さんはいつもそう。あたしの気持ちの弱いところをすぐに突いてくる。あたしみたいに意地張ったりしないで、素直に謝ってくるんだよね。そういう所も……あたしは好きなのかも。

 ――夏弥さんがそんなすぐにエッ〇なことしない人だって、あたしも知ってたはずなのに。あんな風に迫ってみたりしてさ。悪いのは、やっぱりあたしじゃん。

 その数分後、美咲はようやく口を開く。

「ね……夏弥さん」

「ん?」

「キス……したい」

「っ!」

 唐突に、美咲からキスをご所望される。

「でもお前……風邪……」

「……」

 夏弥はそのまま言葉を続けて「風邪ひいてるんだから、今はダメだ」なんて、またしても拒否してしまいそうになっていた。

 でも、これは間違っていない。
 風邪のような感染症を患った人との粘膜接触は、ひどくリスキーである。
 キスで移ってしまうことも往々にしてある。それは周知の事実だった。

「……この、熱い身体のまま…………キスしてみたい。夏弥さんと」

「~~っ!」

 美咲は夏弥の目を見つめながら、とんでもない破壊力のセリフを口にする。
 少し長い萌え袖で口元を隠す仕草は、夏弥の心をつかんで離さない。

 そんな美咲におねだりされてしまえば、夏弥だってキスをしたくなってくる。当然である。

 それに、一度拒まれた美咲が、どんな気持ちでお願いしてきているのか。
 その気持ちを思いやれば、お願いを聞き入れてあげたいと思うのはとても自然なことで――

「そうだな……。してみよっか……」

「……うん」

 それから二人は目を閉じ、ゆっくりと唇を近付ける。

 ぷるっとした美咲の唇に、夏弥の唇が触れる。

「……っはぁ」

「ん…………熱いな」

 火照ほてりを口に感じる。
 美咲がしっかりとそこにいる。
 全身の体温ごと、その唇に乗ってるんじゃないかと思うほどに熱い。

「………………と、溶けそう」

 美咲は、このキスをそんな風に言い表す。

「……ん」

 ベッドの中もそうだけれど、二人の口のなかもとても熱い。

 風邪をひいていた美咲は、口に始まり、頬、首筋、あごの下や鼻の先まで、熱病に侵されている以上に熱かった。それはすべて、夏弥への想いのせいである。

「美咲……恥ずかしい……?」

「ん……うん。……だって、こんな感じ、今までなかったし……っはぁ」

「……んっ。……そうだよな」

「でも夏弥さん。……あたしとキスしたら、風邪うつっちゃうんじゃない?」

「……」

 夏弥は数秒のあいだだけ黙っていた。

 今から口にする言葉が大変バカげているものだと知っていても、美咲のとろけた顔のせいでつい口に出してしまいたくなって。

「いいんだ。…………美咲の風邪だったら、俺は喜んでかかりたいから」

「~~っ!」

 美咲は夏弥の顔から思わず目をそらし、伏し目がちになってしまう。

 掛け布団の中は、二人の汗の匂いが混ざり合っていて、それだけでとても官能的。他人が見れば、ああここに地雷を埋めときますねと言ってしまいたいシーンがそこにはあった。

「夏弥さん……あたしの風邪、受け取ってくれるんだ……?」

「愚問です……」

「ふふっ。じゃあ……もっと。……もっとしなきゃだから、その……こっちに来てよ」

「……うん」

 今だって十分近いのに。
 それなのに、美咲はまだ夏弥との距離が少し遠いと感じていて、もっとくっついてほしいらしい。ああなんてわがままな子。

 夏弥の身体に腕を回して。夏弥も美咲の身体に腕を回して。
 二人でお互いを求め合う形になっていた。

「んっ……は、ぁ」

「……っは」

 ちゅっちゅちゅっちゅと繰り返していく。
 口と口の逢瀬は果てのないキス時雨。
 止みそうにないなと思われるくらい、熱くて、濃くて、そして深い。

 そんな胸焼けしそうなひと時が一旦落ち着きをみせた頃、美咲は夏弥の胸に顔をうずめた。

 くんくん匂いでも嗅ぐみたいに、鼻や頬をつけたりして、可愛らしくスキンシップを取る。

「夏弥さん……」

 夏弥の匂いは、美咲にとってとても落ち着く匂いだった。

 小さい頃から夏弥のことを知っているから。というのも当然あるのだろうけれど、好きな人の匂いというだけで、ずいぶん補正がかかるのかもしれない。

 だから心が緩んでしまって、ついつい言ってしまったのだろう。その一言を。

「……あたし、夏弥さんの…………。あっ」

「~~っ!」
(こ……子ども!)

 ぶっちゃけ過ぎた美咲の発言に、夏弥は一瞬パニックに陥る。

 美咲は口を滑らせてしまったことで、美咲自身も顔を真っ赤に染め上げていた。

 子供がほしいということは、子作りをしたいということで。子作りしたいということは、隔たりのない濃厚接触をしたいということであって。

「あっ……こ、これは違くて……。それだけ、夏弥さんのことが……好きって意味だから……」

「……あ、ああ。そういうこと」

「好き」の表現だとしても、それはそれでオーバーですよね。と、夏弥は込み上げてくる恥ずかしさで胸が一杯になってしまう。

「それに言ったじゃん……。あたしは…………もうダメなくらい夏弥さんのこと、好きだって」

「……言ってたね」

 しゃべり過ぎたせいか、美咲は眠たくなっていく意識の中でぽつりと言う。

「コホッ……。だから、風邪が治ったら…………」

「……?」

「夏弥さんに……されてみたい……」

「っ……!」

 気だるい体調のまま、曖昧な意識のまま。
 美咲は、めちゃくちゃに、なんて口走る。

 聞き受けたそのセリフに、夏弥は声が出せなかった。
 美咲のセリフそのものに、発熱作用があったのかもしれない。

 夏弥はつい、自分が美咲をめちゃくちゃにしている所を想像してしまう。
 その想像だけで、どうにかなってしまいそうだと思った。

「……ちゃんと……風邪が治ったら、しましょう」

 夏弥はやっとの思いでそう答える。
 だけれど、それはもう美咲の発言から二分も過ぎてしまっていた。

「……。……ん? 美咲……?」

 ああ残念なことに、美咲はすっかり寝入ってしまっている。

 夏弥が返事をもたついていたせいである。

(返事聞く前に寝たのかよ……。いや、まぁこれはこれで……よかったような、悪かったような?)

 夏弥は美咲がくうくう寝ているこの状況を察し、もう今日は話し掛けないでおこうと思った。

 寝入った美咲の腕に力はなくて、二人の太ももの辺りまでずり落ちてきている所だった。

 腕の先には美咲のかよわい手があって、夏弥はなんとなく、その手に自分の手をくっつけてみる。

 その後、

(……今日は、このまま一緒に寝よう。美咲と一緒に寝たい)

 胸の内側で、夏弥はひっそりとそんなことを感じる。

 美咲の手に触れて、それを外側から優しくにぎってあげる。
 すると、不思議なくらい胸の辺りが落ち着いてくる。

 瞼を閉じれば、その状態で寝付けてしまいそうなくらい心地よかった。

(……ああ、晩ごはん……作りかけのままだよな……。けどもう……全部明日片付ければいいか……)

 夏弥は横になったまま枕元へ腕を伸ばす。

 そして、その手の先に置いてあった照明のリモコンをつかみ取り、ふぅ、と深呼吸して明かりを消したのだった。
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