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2 君のままで
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第1王子フランシス殿下と、第2王子ピーター殿下。
ふたりの花嫁候補は、推薦人として立てられた貴族がそれぞれ選出し、準備をした上で舞踏会に臨む。
私を迎えに来たのは、若く逞しいゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。
日の当たる場所で輝く力強い人種の方だ。私とは違う。
私は怖気づいた。
「よろしくお願い致します、ゼント卿」
父は、本当に荷物を預けるように、私を送り出した。
母は、本当の人形のような顔で父に寄り添い、私をぼんやりと見つめていた。
馬車に揺られる。
早速、ゼント卿が身を乗り出し、こちらの顔を覗き込んで口角をあげた。
「緊張しているのか?」
「……はい」
修道院への旅路、その始まりにしか思えない。
なぜなら、ゼント卿のような煌びやかで華やかで快活な人から見たら、私がハズレ籤である事は明らかだ。きっと落胆させたはず。彼は私を疎み、蔑み、詰ったあとで見放すだろう。父のように。
でも、そうされて当然だ。
私は、なんの取り柄もない、冴えない田舎貴族なのだから。
ところが。
意外な事が起きた。
彼は朗らかに笑ったのだ。
「なぜ。こんな楽しい祭はないぞ。豪華な食事に最上級の酒、踊って喋って踊って喋っての繰り返し。その上、結婚まで決まる。楽しめよ、ローズマリー」
「ぁ……」
彼は人当たりがよく、優しい。
「どうした? なにが恐い?」
それに、とても、容赦なく詰めてくる。
私はただ黙って頷いているだけでは許してもらえそうにないと悟った。
心を見透かされているから。
「……自信が、ありません。私……」
「聞いたよ。高圧的で冷酷なエームス卿だろ? いい、気にするな。君には似合わない。あいつよりいい男がわんさか集まるから、好機と見るべきだ。やれ。いけ!」
「……」
きっと、私のような弱い人間の事はわからないのだろう。
それは悪い事ではないし、むしろ、そんな私に前向きな言葉をかけてくれる優しさに感謝するべきだ。そう考えると、彼に恥をかかせたり、よいお返しがなにもできないであろう自分が心底嫌になった。
「ローズマリー」
はりのある、低いけれど明るい声。
その声で呼ばれるだけで、なぜか、力が沸いた。錯覚だと思った。
「ほら、こっちを向いて。俺の目を見ろ」
「……」
どうやら、錯覚ではないようだった。
ふしぎな事に、彼は私に向かって、微笑んでいた。
「君は可愛い。君は君のままで完璧なんだ。自信をもって、笑え」
「……え?」
「笑ってくれ。ほら。ここと、ここ。口角をあげて。ニッ」
「……」
彼は自分の指で口角を持ちあげ、同じ事を私に促している。
私は戸惑いと動揺で、目を泳がせてしまった。
「ローズマリー、こっちだ。俺を見て。笑って。俺を幸せにしてくれ」
「え……、え?」
し、幸せ?
そんな事、そんな大それた事、無理なのに。
けれど、彼は繰り返した。
頼もしく、力強く、優しく、ゆるぎない笑顔で。
「君の笑顔ひとつで、俺は幸せな気分になるんだ。さあ、笑って。可愛い笑顔で俺の名を呼んで、舞い上がらせてくれ。俺は、ジョシュア・ロス。ジョシュアだ」
「……」
たぶん、驚きすぎて、私の心から恐れや緊張が吹き飛んでしまったのだと思う。
それに、なんだかおかしい。私が彼の名前を呼ぶ事も、それで彼を幸せにするなんて事も、ありえない。おかしい。変だ。
「そうだ。いいぞ。可愛い可愛い。もう一息。俺の名前は?」
「……」
名前なんて、呼べない。
「ローズマリー? ローズマリー、俺の名前。もう一度言おうか?」
「……」
「ジョシュア。ジョシュア、ジョシュア。ジョシュアァ~」
ついに自分の名前で歌いだした。
だから私は……
「……ふふっ」
笑ってしまった。
自分でも驚いた。でも、とても、いい気分。
「よし! それだ!!」
彼は本当に喜んだ。
お互いに笑顔で見つめあう。
それが、長い旅の始まりだった。
ふたりの花嫁候補は、推薦人として立てられた貴族がそれぞれ選出し、準備をした上で舞踏会に臨む。
私を迎えに来たのは、若く逞しいゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。
日の当たる場所で輝く力強い人種の方だ。私とは違う。
私は怖気づいた。
「よろしくお願い致します、ゼント卿」
父は、本当に荷物を預けるように、私を送り出した。
母は、本当の人形のような顔で父に寄り添い、私をぼんやりと見つめていた。
馬車に揺られる。
早速、ゼント卿が身を乗り出し、こちらの顔を覗き込んで口角をあげた。
「緊張しているのか?」
「……はい」
修道院への旅路、その始まりにしか思えない。
なぜなら、ゼント卿のような煌びやかで華やかで快活な人から見たら、私がハズレ籤である事は明らかだ。きっと落胆させたはず。彼は私を疎み、蔑み、詰ったあとで見放すだろう。父のように。
でも、そうされて当然だ。
私は、なんの取り柄もない、冴えない田舎貴族なのだから。
ところが。
意外な事が起きた。
彼は朗らかに笑ったのだ。
「なぜ。こんな楽しい祭はないぞ。豪華な食事に最上級の酒、踊って喋って踊って喋っての繰り返し。その上、結婚まで決まる。楽しめよ、ローズマリー」
「ぁ……」
彼は人当たりがよく、優しい。
「どうした? なにが恐い?」
それに、とても、容赦なく詰めてくる。
私はただ黙って頷いているだけでは許してもらえそうにないと悟った。
心を見透かされているから。
「……自信が、ありません。私……」
「聞いたよ。高圧的で冷酷なエームス卿だろ? いい、気にするな。君には似合わない。あいつよりいい男がわんさか集まるから、好機と見るべきだ。やれ。いけ!」
「……」
きっと、私のような弱い人間の事はわからないのだろう。
それは悪い事ではないし、むしろ、そんな私に前向きな言葉をかけてくれる優しさに感謝するべきだ。そう考えると、彼に恥をかかせたり、よいお返しがなにもできないであろう自分が心底嫌になった。
「ローズマリー」
はりのある、低いけれど明るい声。
その声で呼ばれるだけで、なぜか、力が沸いた。錯覚だと思った。
「ほら、こっちを向いて。俺の目を見ろ」
「……」
どうやら、錯覚ではないようだった。
ふしぎな事に、彼は私に向かって、微笑んでいた。
「君は可愛い。君は君のままで完璧なんだ。自信をもって、笑え」
「……え?」
「笑ってくれ。ほら。ここと、ここ。口角をあげて。ニッ」
「……」
彼は自分の指で口角を持ちあげ、同じ事を私に促している。
私は戸惑いと動揺で、目を泳がせてしまった。
「ローズマリー、こっちだ。俺を見て。笑って。俺を幸せにしてくれ」
「え……、え?」
し、幸せ?
そんな事、そんな大それた事、無理なのに。
けれど、彼は繰り返した。
頼もしく、力強く、優しく、ゆるぎない笑顔で。
「君の笑顔ひとつで、俺は幸せな気分になるんだ。さあ、笑って。可愛い笑顔で俺の名を呼んで、舞い上がらせてくれ。俺は、ジョシュア・ロス。ジョシュアだ」
「……」
たぶん、驚きすぎて、私の心から恐れや緊張が吹き飛んでしまったのだと思う。
それに、なんだかおかしい。私が彼の名前を呼ぶ事も、それで彼を幸せにするなんて事も、ありえない。おかしい。変だ。
「そうだ。いいぞ。可愛い可愛い。もう一息。俺の名前は?」
「……」
名前なんて、呼べない。
「ローズマリー? ローズマリー、俺の名前。もう一度言おうか?」
「……」
「ジョシュア。ジョシュア、ジョシュア。ジョシュアァ~」
ついに自分の名前で歌いだした。
だから私は……
「……ふふっ」
笑ってしまった。
自分でも驚いた。でも、とても、いい気分。
「よし! それだ!!」
彼は本当に喜んだ。
お互いに笑顔で見つめあう。
それが、長い旅の始まりだった。
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