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3 推薦人あれこれ
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「堅苦しく構える必要はない。それはプリンセスになってから考えればいい話だ。まあ正直、黙って笑って手を振っていればいい。たまにお辞儀してな。あとはどの家も一緒。夫婦仲良く暮らせばいいんだよ」
「……」
ゼント卿は話し上手。きっと私が無口なせいもある。
それに私の知らない世界の話ばかりで、面白かった。
夫婦仲良く。
そういう世界が本当にあるのだろうか。
ふいに彼が表情を曇らせたので、なおさら興味を引かれた。
「まあ、君の家は典型的な……その、なんていうか……支配的且つ権威的で、苦労も多かったと思う」
「……は、ぃ」
見透かされている。
私は、彼にとって好ましくない家の出なのだ。落ち込んだ。
すると彼が身を乗り出して、私の腕を叩いた。
痛くないけれど、体が傾ぐくらいには力強かった。
「安心しろ。殿下は両方とも、君の父上みたいに冷酷な男じゃない」
父は冷酷。
彼から見ても、それは変わりないようだ。なぜかそうわかって安心した。
私は咄嗟に言葉が出なくて、俯いて首をふった。
自分が、どちらの殿下にも不釣り合いだという事は理解している。そんな考えも見透かされ、彼は笑って続けた。
「それに殿下が別の令嬢を選んだって、心配いらない。俺が変な男には嫁がせない。君は、俺が預かってる。安心して魅力を撒き散らせよ」
「……」
そう言われたら、本当に安心してしまう。
どうしても気が緩んで、頬が緩む。
彼がまた、ぐっと身を乗り出した。
そして笑みを潜め、真剣な表情で私の目を覗き込んだ。
「……!」
彼自身、とても精悍で整った顔立ちをしているので、刺激が強い。
「ローズマリー。俺はメルー侯爵令息でもある。君の父上を黙らせるなんて簡単だ。俺が君を幸せにする。だからもう、恐がったり、怯えたり、悲しまなくていい。震えなくていいんだ」
「……」
結婚は政治。
女は、後継ぎを産む人形。
そんな父とは、まったく違う価値観の人。
なぜか唐突に涙が溢れた。私は口を覆い、俯いた。
「よしよし」
彼が頭を撫でてくれる。
「……!」
初めて受ける優しさが畳みかけるように降りかかり、私は少し、混乱した。ただ心は、もう理解しているようだった。
私はもう、安全な場所にいるのだと。
「……が、ん、ばります……っ」
彼の優しさに報いるためにも、きちんとしなければ。
雲の上の世界で開かれる舞踏会だとしても。
精一杯。
「そうだ。頑張れ! ただし、無理をするのは禁物だ」
「い、いえ……っ、人一倍、努力しないと……っ」
涙を拭きながら強い意志を伝える。
けれど、彼は真剣な表情のままで首を振った。
「疲れて潰れたら元も子もない。わかるか? 潰れたら努力が無駄になるんだ。だから、無理のない範囲で頑張れ。わかったな?」
「……はぃ」
腑に落ちない。
彼は私を甘やかしてもいい事がないと、気づいていない。
だって私には、なにもないのだから。
「まあ俺が無理させないから、いいけど」
「!」
鼻を突かれた。
びっくりして首を竦める。ついでに涙も引っ込んだ。
「君は運がいいぞ。ほかの推薦人がどういう方針でやるか知ったこっちゃないが、俺は出世とか関係ないからな。君たちと殿下ふたりが幸せになりゃそれでいい」
「え……?」
意外だった。
彼は若いから、顔つきから見ても野心的なのかと思っていた。彼の優しさはつまり、彼にも利益があるからだと、きちんと弁えているつもりだった。
花嫁候補の推薦人なんて、もし担当の令嬢が殿下のハートを射止めたら、その後の出世は確実だ。酷い不祥事を起こさない限り、盤石な地位を築ける。
出世が関係ないなんて、少し……だいぶ、変わった価値観だと思う。
「そうか。言ってなかった。俺、ピーター殿下と一緒に育ったんだ」
「えっ!?」
私は自分でも聞いた事のない大声を出して、驚いて口を押えた。
彼は気にする様子もなく、顎を摩りながら思案顔で言った。
「あの父上じゃ説明しなくてもふしぎじゃないか。いや、悪かった。俺、どれだけ傲慢で呑気な奴だと思われてたんだろう」
「いっ、いえっ、そんな……!」
それは誤解だ。
彼の余裕や明るさは、ただ頼もしく映っていた。
そして私は驚いて、じんわりと汗までかいてきている。
「俺は怪しい奴じゃない。馬鹿でもない。俺の母親が王妃の侍女で、ちょうど王妃と同時期に俺を身籠って、えらく健康だったんで産後は乳母を務めたんだ。乳兄弟ってやつ。恐れながら幼馴染で親友。だから殿下、たまに『ピーター』って呼び捨てにしてやると喜ぶんだぜ」
「……」
凄い人が来てしまった。
「推薦人の前は側近で、結婚が片付けばまた側近に戻る。そういうわけで、仮に君が殿下とくっつかないとしたら、君をいい相手とくっつけるのが俺の現在の生甲斐ってわけだ」
「……」
「頑張ってピーターを口説けよ、ローズマリー!」
彼は本気で言っている。
そして楽しそうに笑っている。
「おっと、呼び捨てにしてるのは俺と君だけの秘密な。あとピーター」
悪戯好きな少年のように、彼は笑った。
私は──
とくん……と胸が弾んだ理由を考えるほどの余裕を、まだ備えていなかった。
「……」
ゼント卿は話し上手。きっと私が無口なせいもある。
それに私の知らない世界の話ばかりで、面白かった。
夫婦仲良く。
そういう世界が本当にあるのだろうか。
ふいに彼が表情を曇らせたので、なおさら興味を引かれた。
「まあ、君の家は典型的な……その、なんていうか……支配的且つ権威的で、苦労も多かったと思う」
「……は、ぃ」
見透かされている。
私は、彼にとって好ましくない家の出なのだ。落ち込んだ。
すると彼が身を乗り出して、私の腕を叩いた。
痛くないけれど、体が傾ぐくらいには力強かった。
「安心しろ。殿下は両方とも、君の父上みたいに冷酷な男じゃない」
父は冷酷。
彼から見ても、それは変わりないようだ。なぜかそうわかって安心した。
私は咄嗟に言葉が出なくて、俯いて首をふった。
自分が、どちらの殿下にも不釣り合いだという事は理解している。そんな考えも見透かされ、彼は笑って続けた。
「それに殿下が別の令嬢を選んだって、心配いらない。俺が変な男には嫁がせない。君は、俺が預かってる。安心して魅力を撒き散らせよ」
「……」
そう言われたら、本当に安心してしまう。
どうしても気が緩んで、頬が緩む。
彼がまた、ぐっと身を乗り出した。
そして笑みを潜め、真剣な表情で私の目を覗き込んだ。
「……!」
彼自身、とても精悍で整った顔立ちをしているので、刺激が強い。
「ローズマリー。俺はメルー侯爵令息でもある。君の父上を黙らせるなんて簡単だ。俺が君を幸せにする。だからもう、恐がったり、怯えたり、悲しまなくていい。震えなくていいんだ」
「……」
結婚は政治。
女は、後継ぎを産む人形。
そんな父とは、まったく違う価値観の人。
なぜか唐突に涙が溢れた。私は口を覆い、俯いた。
「よしよし」
彼が頭を撫でてくれる。
「……!」
初めて受ける優しさが畳みかけるように降りかかり、私は少し、混乱した。ただ心は、もう理解しているようだった。
私はもう、安全な場所にいるのだと。
「……が、ん、ばります……っ」
彼の優しさに報いるためにも、きちんとしなければ。
雲の上の世界で開かれる舞踏会だとしても。
精一杯。
「そうだ。頑張れ! ただし、無理をするのは禁物だ」
「い、いえ……っ、人一倍、努力しないと……っ」
涙を拭きながら強い意志を伝える。
けれど、彼は真剣な表情のままで首を振った。
「疲れて潰れたら元も子もない。わかるか? 潰れたら努力が無駄になるんだ。だから、無理のない範囲で頑張れ。わかったな?」
「……はぃ」
腑に落ちない。
彼は私を甘やかしてもいい事がないと、気づいていない。
だって私には、なにもないのだから。
「まあ俺が無理させないから、いいけど」
「!」
鼻を突かれた。
びっくりして首を竦める。ついでに涙も引っ込んだ。
「君は運がいいぞ。ほかの推薦人がどういう方針でやるか知ったこっちゃないが、俺は出世とか関係ないからな。君たちと殿下ふたりが幸せになりゃそれでいい」
「え……?」
意外だった。
彼は若いから、顔つきから見ても野心的なのかと思っていた。彼の優しさはつまり、彼にも利益があるからだと、きちんと弁えているつもりだった。
花嫁候補の推薦人なんて、もし担当の令嬢が殿下のハートを射止めたら、その後の出世は確実だ。酷い不祥事を起こさない限り、盤石な地位を築ける。
出世が関係ないなんて、少し……だいぶ、変わった価値観だと思う。
「そうか。言ってなかった。俺、ピーター殿下と一緒に育ったんだ」
「えっ!?」
私は自分でも聞いた事のない大声を出して、驚いて口を押えた。
彼は気にする様子もなく、顎を摩りながら思案顔で言った。
「あの父上じゃ説明しなくてもふしぎじゃないか。いや、悪かった。俺、どれだけ傲慢で呑気な奴だと思われてたんだろう」
「いっ、いえっ、そんな……!」
それは誤解だ。
彼の余裕や明るさは、ただ頼もしく映っていた。
そして私は驚いて、じんわりと汗までかいてきている。
「俺は怪しい奴じゃない。馬鹿でもない。俺の母親が王妃の侍女で、ちょうど王妃と同時期に俺を身籠って、えらく健康だったんで産後は乳母を務めたんだ。乳兄弟ってやつ。恐れながら幼馴染で親友。だから殿下、たまに『ピーター』って呼び捨てにしてやると喜ぶんだぜ」
「……」
凄い人が来てしまった。
「推薦人の前は側近で、結婚が片付けばまた側近に戻る。そういうわけで、仮に君が殿下とくっつかないとしたら、君をいい相手とくっつけるのが俺の現在の生甲斐ってわけだ」
「……」
「頑張ってピーターを口説けよ、ローズマリー!」
彼は本気で言っている。
そして楽しそうに笑っている。
「おっと、呼び捨てにしてるのは俺と君だけの秘密な。あとピーター」
悪戯好きな少年のように、彼は笑った。
私は──
とくん……と胸が弾んだ理由を考えるほどの余裕を、まだ備えていなかった。
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