12 / 13
12 私の試練と歓喜について
しおりを挟む
ウスターシュと結婚して2年経った頃、ジャニスに求婚が舞い込んだ。
治療の結果、可憐な美しさに慎ましさが備わったエクトル伯爵令嬢は、レニエ侯爵ギャスパル・マニャールの心を射止めたのだ。そして壮麗な結婚式を挙げ、ジャニスはレニエ侯爵夫人となった。
「……っく、えぐ……っ、あんなに可愛がってあげたのに……っ、あんなに遠くへ嫁いでしまうなんて……ッ、ジャニスウウゥゥゥゥウッッ!! ジャァ~ニスゥゥゥゥッ!」
と、新しい呪いがエクトル伯爵家に降りかかってしまっても、結果はまずまず。
しかし義母の泣き声は昼は子供たちも騒ぐから気にならないものの、夜の威力が凄まじく、ついにエクトル伯爵にまで医者がついた。私は幼い子供たちを嗾け、エクトル伯爵夫妻の仲裁に奔走していた。
そして、ある夜、レニエ侯爵から恐ろしい手紙が届いた。
ジャニスは若い舞台俳優と不倫し、出奔した……と。
「「あ゛あぁぁぁぁ」」
エクトル伯爵とウスターシュが同じ角度で打ちひしがれる。
私は寝かしつけた子供たちの事を気にしながら、溜息をついてふたりにブランデーをすすめた。
「ウスターシュ……もしものときは、ジャニスを○せ」
「お義父様、私の夫を姉○しにしないで頂戴」
「ヴィクトリヤ……私は、どうしたら……」
どうもこうもない。
ジャニスという災害に対応していくしかない。
「精神医学を軽視して医者を解雇したのはレニエ侯爵です。今更、私たちに文句を言うのはお門違いよ。ジャニスは愚かではないわ。もう自分が病気だと知っているの。きっと来るわ。どうせ困り果てているはずだから」
私は困り果てる事がない。
いつだって、解決の道はある。なければ、拓くのみだ。
結婚4年目を祝う昼食会の只中に、はたしてジャニスは帰ってきた。
「ヴィクトリヤ、彼を愛しているの! 私を心から愛してくれるのは彼だけなのよ。初めて真実の愛に気づいたの。だからお願い! この子をお願いッ!!」
「……ジャニス」
「んぎゃぁ~ッ!」
3人目の乳児が、私の、腕の中へ。
一瞬、頭が真っ白になった。こんな事は、滅多になかった。
「私にはあなたしか頼れる人がいないのよ。どうか私に人生を歩ませてほしいの。彼と愛しあう人生を……!」
「んぎゃあ! んぎゃあ!」
母子が泣いている。
一拍置いて私の頭が弾き出した結論は、ジャニスに子育ては無理だという事だった。義母メリンダに母親代わりをさせるなど言語道断。
改めて泣き喚く乳児を抱き直し、私は微笑みを浮かべた。
「名前は?」
「ミラベルよ」
「女の子ね。父親は?」
わからない、とジャニスは言った。ジョエル・バダンテールという舞台俳優か、レニエ侯爵か。どちらかではあるらしい。
「それであなた、ミラベルよりジョエルを選ぶの?」
「ええ。それが正しいって心が叫ぶの」
私と娘の頬にキスをして、ジャニスは家族の誰にも会わず、逃げるように去っていった。ミラベルをあやしながら広間に戻ると、当然、宴が凍り付いた。
「──」
事態を悟ったエクトル伯爵が卒倒。
「あなた!? おっ、お医者様を!!」
錯乱した義母メリンダが自分の主治医に叫ぶ。
「ヴィクっ、ヴィクトリヤ……!?」
真っ青なウスターシュが片腕ずつにセザールとガブリエルを抱いて寄ってくる。
「神よ……」
執事が祈り始め、広間にいた使用人全員が天を仰いだ。
「ママ~」
「セザール、今度こそお兄様になれるわよ」
息子は穏やかな性格で、同い年の妹にも優しく、小さなウスターシュという人格の片鱗を醸し出し始めていた。大きなウスターシュのほうは、穏やかではいられないようだ。
「ジャニスか……」
「そう。私たちの、ジャニスよ」
それぞれ腕が塞がっていて、私とウスターシュには顔しか残っていない。ウスターシュが額をあわせ声を震わせた。
「すまない」
私はウスターシュの唇を食んで、鼻をこすりつけて答えた。
「ミラベルよ。この子も立派に育てましょう」
この家族は本当に問題ばかりだ。
でもウスターシュと結婚して本当によかったと思っている。ウスターシュは私を第一に考えて尊重してくれる、心優しい善い人間だ。もちろん愛しあってもいる。子供にも恵まれた。そして子供の教育を私に任せてくれる。
「環境は遺伝に勝つわ。証明する」
「本当に苦労をかけて……」
「やめて。問題が家の中だけなんて幸せよ。それに子宮を傷めずもうひとり娘ができたのだし、これが苦労なら喜んで受けて立つわ」
「ああ、ヴィクトリヤ」
そう、私はヴィクトリヤ。
いつも、なにが起きようと、状況を見極めて期待通りの結果に導く。
「ウスターシュ」
囁いて再び唇を求めた。
なんといっても今日は結婚記念日だ。
「愛してるわ」
惜しげなく愛を囁く。
なぜなら愛だけは、奇跡のようなものなのだから。
(終)
治療の結果、可憐な美しさに慎ましさが備わったエクトル伯爵令嬢は、レニエ侯爵ギャスパル・マニャールの心を射止めたのだ。そして壮麗な結婚式を挙げ、ジャニスはレニエ侯爵夫人となった。
「……っく、えぐ……っ、あんなに可愛がってあげたのに……っ、あんなに遠くへ嫁いでしまうなんて……ッ、ジャニスウウゥゥゥゥウッッ!! ジャァ~ニスゥゥゥゥッ!」
と、新しい呪いがエクトル伯爵家に降りかかってしまっても、結果はまずまず。
しかし義母の泣き声は昼は子供たちも騒ぐから気にならないものの、夜の威力が凄まじく、ついにエクトル伯爵にまで医者がついた。私は幼い子供たちを嗾け、エクトル伯爵夫妻の仲裁に奔走していた。
そして、ある夜、レニエ侯爵から恐ろしい手紙が届いた。
ジャニスは若い舞台俳優と不倫し、出奔した……と。
「「あ゛あぁぁぁぁ」」
エクトル伯爵とウスターシュが同じ角度で打ちひしがれる。
私は寝かしつけた子供たちの事を気にしながら、溜息をついてふたりにブランデーをすすめた。
「ウスターシュ……もしものときは、ジャニスを○せ」
「お義父様、私の夫を姉○しにしないで頂戴」
「ヴィクトリヤ……私は、どうしたら……」
どうもこうもない。
ジャニスという災害に対応していくしかない。
「精神医学を軽視して医者を解雇したのはレニエ侯爵です。今更、私たちに文句を言うのはお門違いよ。ジャニスは愚かではないわ。もう自分が病気だと知っているの。きっと来るわ。どうせ困り果てているはずだから」
私は困り果てる事がない。
いつだって、解決の道はある。なければ、拓くのみだ。
結婚4年目を祝う昼食会の只中に、はたしてジャニスは帰ってきた。
「ヴィクトリヤ、彼を愛しているの! 私を心から愛してくれるのは彼だけなのよ。初めて真実の愛に気づいたの。だからお願い! この子をお願いッ!!」
「……ジャニス」
「んぎゃぁ~ッ!」
3人目の乳児が、私の、腕の中へ。
一瞬、頭が真っ白になった。こんな事は、滅多になかった。
「私にはあなたしか頼れる人がいないのよ。どうか私に人生を歩ませてほしいの。彼と愛しあう人生を……!」
「んぎゃあ! んぎゃあ!」
母子が泣いている。
一拍置いて私の頭が弾き出した結論は、ジャニスに子育ては無理だという事だった。義母メリンダに母親代わりをさせるなど言語道断。
改めて泣き喚く乳児を抱き直し、私は微笑みを浮かべた。
「名前は?」
「ミラベルよ」
「女の子ね。父親は?」
わからない、とジャニスは言った。ジョエル・バダンテールという舞台俳優か、レニエ侯爵か。どちらかではあるらしい。
「それであなた、ミラベルよりジョエルを選ぶの?」
「ええ。それが正しいって心が叫ぶの」
私と娘の頬にキスをして、ジャニスは家族の誰にも会わず、逃げるように去っていった。ミラベルをあやしながら広間に戻ると、当然、宴が凍り付いた。
「──」
事態を悟ったエクトル伯爵が卒倒。
「あなた!? おっ、お医者様を!!」
錯乱した義母メリンダが自分の主治医に叫ぶ。
「ヴィクっ、ヴィクトリヤ……!?」
真っ青なウスターシュが片腕ずつにセザールとガブリエルを抱いて寄ってくる。
「神よ……」
執事が祈り始め、広間にいた使用人全員が天を仰いだ。
「ママ~」
「セザール、今度こそお兄様になれるわよ」
息子は穏やかな性格で、同い年の妹にも優しく、小さなウスターシュという人格の片鱗を醸し出し始めていた。大きなウスターシュのほうは、穏やかではいられないようだ。
「ジャニスか……」
「そう。私たちの、ジャニスよ」
それぞれ腕が塞がっていて、私とウスターシュには顔しか残っていない。ウスターシュが額をあわせ声を震わせた。
「すまない」
私はウスターシュの唇を食んで、鼻をこすりつけて答えた。
「ミラベルよ。この子も立派に育てましょう」
この家族は本当に問題ばかりだ。
でもウスターシュと結婚して本当によかったと思っている。ウスターシュは私を第一に考えて尊重してくれる、心優しい善い人間だ。もちろん愛しあってもいる。子供にも恵まれた。そして子供の教育を私に任せてくれる。
「環境は遺伝に勝つわ。証明する」
「本当に苦労をかけて……」
「やめて。問題が家の中だけなんて幸せよ。それに子宮を傷めずもうひとり娘ができたのだし、これが苦労なら喜んで受けて立つわ」
「ああ、ヴィクトリヤ」
そう、私はヴィクトリヤ。
いつも、なにが起きようと、状況を見極めて期待通りの結果に導く。
「ウスターシュ」
囁いて再び唇を求めた。
なんといっても今日は結婚記念日だ。
「愛してるわ」
惜しげなく愛を囁く。
なぜなら愛だけは、奇跡のようなものなのだから。
(終)
90
あなたにおすすめの小説
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く
りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。
私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。
それなのに裏切りやがって絶対許さない!
「シェリーは容姿がアレだから」
は?よく見てごらん、令息達の視線の先を
「シェリーは鈍臭いんだから」
は?最年少騎士団員ですが?
「どうせ、僕なんて見下してたくせに」
ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…
悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている
当麻月菜
恋愛
『昔のことは許してあげる。だから、どうぞ気軽に参加してね』
そんなことが書かれたお茶会の招待状を受け取ってしまった男爵令嬢のルシータのテンションは地の底に落ちていた。
実はルシータは、不本意ながら学園生活中に悪役令嬢というレッテルを貼られてしまい、卒業後も社交界に馴染むことができず、引きこもりの生活を送っている。
ちなみに率先してルシータを悪役令嬢呼ばわりしていたのは、招待状の送り主───アスティリアだったりもする。
もちろん不参加一択と心に決めるルシータだったけれど、婚約者のレオナードは今回に限ってやたらと参加を強く勧めてきて……。
※他のサイトにも重複投稿しています。でも、こちらが先行投稿です。
※たくさんのコメントありがとうございます!でも返信が遅くなって申し訳ありません(><)全て目を通しております。ゆっくり返信していきますので、気長に待ってもらえたら嬉しかったりします。
[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!
h.h
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」
次に貴方は、こう言うのでしょう?~婚約破棄を告げられた令嬢は、全て想定済みだった~
キョウキョウ
恋愛
「おまえとの婚約は破棄だ。俺は、彼女と一緒に生きていく」
アンセルム王子から婚約破棄を告げられたが、公爵令嬢のミレイユは微笑んだ。
睨むような視線を向けてくる婚約相手、彼の腕の中で震える子爵令嬢のディアヌ。怒りと軽蔑の視線を向けてくる王子の取り巻き達。
婚約者の座を奪われ、冤罪をかけられようとしているミレイユ。だけど彼女は、全く慌てていなかった。
なぜなら、かつて愛していたアンセルム王子の考えを正しく理解して、こうなることを予測していたから。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。
佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。
そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。
キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。
でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。
最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。
誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。
「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。
男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。
今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。
〖完結〗婚約者の私よりも自称病弱な幼馴染みの方が大切なのですか?
藍川みいな
恋愛
「クレア、すまない。今日のお茶会には行けなくなった。マーサの体調が思わしくないようなんだ。」
……またですか。
何度、同じ理由で、私との約束を破れば気が済むのでしょう。
ランディ様は婚約者の私よりも、幼馴染みのマーサ様の方が大切なようです。
そしてそのお茶会に、ランディ様はマーサ様を連れて現れたのです。
我慢の限界です!
婚約を破棄させていただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全5話で完結になります。
【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希(キャラ文芸大賞短編で参加中)
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。
第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる