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5 愛されるとは、こういう事なのですね。
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「イザベル。しがない男やもめでありながらこんな事を言うのを許してほしい」
「マリユス様……」
アルノーが寝静まった夜10時。
私は主であるバンジャマン侯爵とふたり、図書室の暖炉の前で向かい合っている。
「イザベル。あなたはさざ波のように優しい愛を奏でている。そしてその愛は海のように深い。あなたが愛おしむものを共に愛し、守っていく権利を与えてほしい」
「……勿体ないお言葉です」
「愛している」
私は蝋燭の火に揺れる書架を見つめた。
アルノーが生母ヴィクトワールを思い出にできるように、バンジャマン侯爵が亡き妻を思い出にできるとは限らない。私は彼の愛を独占したいと思うかもしれないし、思わないかもしれない。
「私は……亡き奥様に失礼のないように、努めたいと思います」
「イザベル。あなたの心が追いくまで無理強いはしない。でも、どうかアルノーのために、明日は同じ食卓についてくれないだろうか?」
バンジャマン侯爵が悪戯っぽく笑うので、私もつい、笑みを零してしまった。
アルノーを持ち出されては、弱い。
「ええ。わかりました。坊ちゃまは、喜んでくれそうな気がします」
「負けたな。息子を見習って『イザベルは私の妻だ』と喚こうか」
「やめてください」
それまでになかった親しさで、バンジャマン侯爵が私の手をそっと握った。
とたんに目を見ていられなくなり、私は俯いた。
「イザベル」
「……きっと、愛してしまうと思います」
「待ち遠しい」
私の手の甲を撫でながら、バンジャマン侯爵が、額に優しいキスをした。あの瞬間の胸の高鳴りを、私は生涯忘れない。
翌朝、アルノーが私の手を引いて、初めて家族の食卓を囲んだ。
少しふしぎな気もしたけれど、居心地はよく、まるで昔からそうしているかのように安らげた。
「父上が嫌なら僕が結婚してもいいよ!」
「そうはさせない」
バンジャマン侯爵は子煩悩で、少し年上すぎるとはいえ、落ち着きと包容力は素晴らしく魅力的で、心惹かれていくのにそれほど時間はかからなかった。
以前からバンジャマン侯爵家に仕える使用人たちは、私がヴィクトワールを立てる事で穏便に受け止めてくれているようだったし、若いのだからもっとわがままになっていいとさえ言ってくれたりもした。
彼らの事も、ヴィクトワール同様に尊重しなければならない。
私はヴィクトワールの肖像画を広間の大階段の上の、いちばんいい位置に飾り続けてくれるようバンジャマン侯爵に頼んだ。バンジャマン侯爵の後妻になるという事をどう考えるかは人それぞれだけれど、私にとっては、ヴィクトワールと向き合う生涯に他ならない。
「いいのかい、イザベル」
「マリユス様の妻になり、坊ちゃまの母親を務めるなら、私にはこの方の愛したものを守り抜く責任があるのですから」
「あなたは、そういう人だ。でも外してほしくなったらすぐに言ってほしい。あと、どうか……長生きしてくれ」
あたたかな抱擁を受け、私は、そっと腕を回した。
「それは神様がお決めになります。でも、努力はします」
その努力は実って、バンジャマン侯爵家はあたたかな愛に永く満たされた。
親子喧嘩と言えばヴィクトワールの肖像画についてだけ。私がそのままと言えば収まる程度。そして私が産んだ娘シャルロットとアルノーは、異母兄妹であっても優しい絆に結ばれて仲良く暮らしてくれた。
愛する家族を尊重しながら生きていく。
私はとても幸せで、この人生を愛さずにはいられない。
ナタリーは相変わらず愛人との恋愛を謳歌しているようだけれど、それでアサント伯爵家がどうなってしまったか、私の知るところではない。
愛も人生も、それぞれに与えられているのだから。
(終)
「マリユス様……」
アルノーが寝静まった夜10時。
私は主であるバンジャマン侯爵とふたり、図書室の暖炉の前で向かい合っている。
「イザベル。あなたはさざ波のように優しい愛を奏でている。そしてその愛は海のように深い。あなたが愛おしむものを共に愛し、守っていく権利を与えてほしい」
「……勿体ないお言葉です」
「愛している」
私は蝋燭の火に揺れる書架を見つめた。
アルノーが生母ヴィクトワールを思い出にできるように、バンジャマン侯爵が亡き妻を思い出にできるとは限らない。私は彼の愛を独占したいと思うかもしれないし、思わないかもしれない。
「私は……亡き奥様に失礼のないように、努めたいと思います」
「イザベル。あなたの心が追いくまで無理強いはしない。でも、どうかアルノーのために、明日は同じ食卓についてくれないだろうか?」
バンジャマン侯爵が悪戯っぽく笑うので、私もつい、笑みを零してしまった。
アルノーを持ち出されては、弱い。
「ええ。わかりました。坊ちゃまは、喜んでくれそうな気がします」
「負けたな。息子を見習って『イザベルは私の妻だ』と喚こうか」
「やめてください」
それまでになかった親しさで、バンジャマン侯爵が私の手をそっと握った。
とたんに目を見ていられなくなり、私は俯いた。
「イザベル」
「……きっと、愛してしまうと思います」
「待ち遠しい」
私の手の甲を撫でながら、バンジャマン侯爵が、額に優しいキスをした。あの瞬間の胸の高鳴りを、私は生涯忘れない。
翌朝、アルノーが私の手を引いて、初めて家族の食卓を囲んだ。
少しふしぎな気もしたけれど、居心地はよく、まるで昔からそうしているかのように安らげた。
「父上が嫌なら僕が結婚してもいいよ!」
「そうはさせない」
バンジャマン侯爵は子煩悩で、少し年上すぎるとはいえ、落ち着きと包容力は素晴らしく魅力的で、心惹かれていくのにそれほど時間はかからなかった。
以前からバンジャマン侯爵家に仕える使用人たちは、私がヴィクトワールを立てる事で穏便に受け止めてくれているようだったし、若いのだからもっとわがままになっていいとさえ言ってくれたりもした。
彼らの事も、ヴィクトワール同様に尊重しなければならない。
私はヴィクトワールの肖像画を広間の大階段の上の、いちばんいい位置に飾り続けてくれるようバンジャマン侯爵に頼んだ。バンジャマン侯爵の後妻になるという事をどう考えるかは人それぞれだけれど、私にとっては、ヴィクトワールと向き合う生涯に他ならない。
「いいのかい、イザベル」
「マリユス様の妻になり、坊ちゃまの母親を務めるなら、私にはこの方の愛したものを守り抜く責任があるのですから」
「あなたは、そういう人だ。でも外してほしくなったらすぐに言ってほしい。あと、どうか……長生きしてくれ」
あたたかな抱擁を受け、私は、そっと腕を回した。
「それは神様がお決めになります。でも、努力はします」
その努力は実って、バンジャマン侯爵家はあたたかな愛に永く満たされた。
親子喧嘩と言えばヴィクトワールの肖像画についてだけ。私がそのままと言えば収まる程度。そして私が産んだ娘シャルロットとアルノーは、異母兄妹であっても優しい絆に結ばれて仲良く暮らしてくれた。
愛する家族を尊重しながら生きていく。
私はとても幸せで、この人生を愛さずにはいられない。
ナタリーは相変わらず愛人との恋愛を謳歌しているようだけれど、それでアサント伯爵家がどうなってしまったか、私の知るところではない。
愛も人生も、それぞれに与えられているのだから。
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