妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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17 天国で目を覚ましたら

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 私たちはただ黙って春を待ちはしなかった。

 
「父は私が〈ニザルデルンの英雄〉に求婚した件について『よくやった』と独り言ちたそうだ」

「まあ、ロマンチックね」

「君に会いたがっているらしいが、その日は君が初めて国王陛下と近距離で対面する日でもあるから、父の顔など目には入らないだろう」

「かもしれない」

 
 大元帥イヴォン伯爵はちょうど公務で王都にいる。多忙な偉人すぎて、残念ながら急な婚約発表にも間に合わない。婚約発表はイヴォン伯爵の旧友バッヘム侯爵が主催の舞踏会で、侯爵を後見人として行う事に決まった。

 そして──

 荒涼としたイヴォン伯領の無骨な建造物が抱える、豪華な遊興施設の数々。
 その中には宝飾店や仕立屋もあって、3着のドレスを大急ぎで用意しなければいけない私は大忙しだ。

 婚約発表を兼ねた晩餐会のドレス。
 勲章授与式のドレス。
 そしてウェディングドレス。


「婚礼の宴って言っても軍師の一家だもの、浮かれて騒いだりしないでしょう?」

「君が想像しているよりは喜ぶだろうが、概ねそうだ」

「だったら晩餐会のドレスに羽織るレースを変えるのはどう?」


 モーリスが眉を顰める。


「誂えたらいい」

「お金がないんだもの」

「君は私の命を救ったんだ。持参金も嫁入り道具も必要ない。君だけでいい。生涯に一度きりの大切な祝宴で、君に着回しさせるほど無粋ではないつもりだ」

「贅沢は敵よ」

「御し難い相手ではない」


 さすが大元帥の息子。
 言う事が違うわね。


「まあ、あなたに従うわ。私は看護婦だから」

「よかった。着飾る君を見る機会は限られるであろう先の事を思えば、この店のすべてを試着した姿が見てみたいものだが、傷に障っては元も子もないから控えよう」

「ロマンチックは父親譲りね」

「レースは喉元まで覆う造りのほうが似合うと思うが、君の意見は? シビル」

「ふ……ッ」


 思わず笑いが洩れてしまった。
 彼は、珍しくきょとんとして私を見つめた。

 野生の気高い狼が、突如として人懐っこい橇犬に変わってしまったみたい。


「なんだ」

「いいえ」


 私は口元を押さえ、目を逸らした。


「いつの間にかそう呼ぶようになっていたのよね……って思って」

「私は感情が顔に出ない人間なんだ。君への親しみは、信頼と同時に芽生え、日に日に膨張した。行動で現していたつもりだが、親しく呼びかけるのは意外だった?」

「ええ」

「君が婚約者の在る身だと知って意気消沈した兵士たちが少なからずいたが、私もそのひとりだったと言ったら?」

「……」


 それはいちばん意外な言葉だった。
 困った。顔が熱いわ。
 
 私たちは、深い友愛の情に繋がれていたと、思っていたのに。


「すまない。口が滑った」

「お墓まで持って行きたい秘密がまだあるなら、ぜひ気を引き締めてちょうだい」

「後ろ暗いものはない」

「よかったわ」


 待合室に沈黙が落ちる。
 彼が私よりずっと早くに私を意識していただなんて、本当に驚きだけれど、ふと我に返って宙を見たまま彼の手を握った。


「ん?」

「……私」


 改めて、親友であり、最も愛する人を見つめる。
 愛しさが私を微笑ませた。すると、自然と彼の口元も優しく緩む。


「あなたを死なせない覚悟でついて行くけど、提案があるの」

「なんだ」


 私を見つめるひとつの瞳が、少し面白がるような感じで煌めいた。

 左眼窩から、少しずれていたら。
 背中より、少しずれていたら。

 私たちはニザルデルンで命を落としてもおかしくなかった。


「お墓に希望があって……」

「私たちの?」

「ええ、そう。私たちのお墓なんだけど」

「気が早いが聞こう」

「ありがとう。その、隣り合う横並びの形じゃなくて、爪先が向かい合う縦並びの形にしてほしいのよ」

「病床の隣同士ではなく、向かい同士のように」

「ええ」

「どうして?」


 一瞬、口を噤んで上目遣いで伺う。
 でも……彼に対して照れるのは、所謂快感の一種でもあり、嫌いじゃない。というか好き。他にはない特別な感覚だ。

 彼を見つめ続けた。


「天国で目を覚ましたら、いちばんにあなたの顔が見たくて」


 彼は微笑むと、黙って素早く顔を寄せて優しい口づけで応えた。そして、


「君もロマンチックだ」


 と、低く掠れたような声で囁いた。

 その直後に仕立屋が数着のドレスを抱えて戻ってきたので、私たちはしれっと真顔で身を離した。婚約発表はこの年末。すぐだ。こればかりは仕立てるより選んで買うほうが合理的というもの。
 当然ながら身分を明かし、背中の傷を隠せるデザインか、そうでないなら隠すためにレースのベストを纏う計画を伝えてある。


「まあっ、なぁんてお美しい御令嬢なんでしょう! まるで天使ですね!」

「……」


 この人、ティエリーじゃないわよね?

 私はそっと隣のモーリスを盗み見た。
 彼は油断も隙もない軍師の顔で、仕立屋の主を凝視していた。
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