【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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事の顛末

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 尋問が行われた日から、数日が経過していた。

 文庫棟の緊張もようやく落ち着きを取り戻し、屋敷の空気にも、少しずつ日常が戻り始めていた。

 春の終わりを告げる風が、庭の草花を揺らし、遠くで鳥のさえずりがかすかに響いている。

 レティシアは、いつものように執務室にいた。

 机上には、前日までに届いた報告書の束が積まれている。内容は、文庫棟の保安体制の再点検、警備体制の見直し、そして本家への引き渡しに関する公式文書など、多岐にわたっていた。

 彼女はふと手を止め、窓の外を眺める。

 春の陽が差し込む中庭では、使用人たちが静かに往来し、花壇には淡い色の花々が風に揺れていた。事件の夜を知る者には、あまりに穏やかすぎる風景。けれど、それが今の「日常」だった。

「……過ぎたことではあるけれど、終わったわけじゃないのよね」

 レティシアは小さくつぶやくと、視線を机上に戻した。

 その最上部に置かれた、一通の封書――黒に銀の封蝋が押されたその文書は、本家からの正式な返答である。

 彼女は封を割り、慎重に中身を読み進める。簡潔で、だが重みのある筆致。

 ライネルの身柄は予定通り本家に引き渡されたこと。現在は近衛によって厳重に管理され、オルソーラー商会への捜査準備が進められていること。そして、アルンヘルム側の対応と報告に対して感謝が述べられていた。

「……まだ続いている、ということね」

 レティシアは封書を閉じ、ゆっくりと椅子の背にもたれた。

「失礼します。レティシア様、本家より追っての文書が届いております」

 そう告げて入ってきたのは、エディンだった。几帳面な所作で封筒を差し出す。

「ありがとう。そこに置いてちょうだい」

 レティシアは頷き、机上の空いた一角を指差した。

 エディンが退出すると、彼女は一度だけ目を閉じ、深く息をついた。

 ふと、横の棚に置かれた書簡の束に視線を移す。密偵事件発生からこれまでの報告と、本家からの返信が丁重に綴じられている。その中の一枚――将軍ヴァルトロフが帰還前に残していった一筆が目に留まった。

 《どうかお元気で。》

 レティシアは小さく息を吐き、その短い言葉を何度か目でなぞった。
 ――簡潔で、無骨で、けれどどこか温かい。

「……あの方らしいお別れですわね」

 呟いた声は誰に届くでもなく、静かな執務室に溶けていった。

「さて、仕事に戻りましょうか」

 小さく気を入れ直すように椅子の背にもたれたとき――

「失礼します、紅茶をお持ちしました!」

 元気な声とともに、ミリアが扉を開けて現れた。銀盆の上には、湯気の立つカップと小さな焼き菓子の皿が乗っている。

「ありがとう、ミリア。ちょうど一息つきたかった頃よ」

 レティシアが微笑むと、ミリアは得意げな顔で机の端に紅茶を置いた。

「ふふん、今日は特別に“ほんの少しだけ良い茶葉”を使いましたからね。ほら、捜査もひと段落しましたし、たまには贅沢してもいいかなって」

「“ほんの少しだけ”……ってところが、いかにもあなたらしいわね」

 レティシアがそう言ってカップを手に取ると、ミリアはややむくれた様子で眉をひそめる。

「そんな事ないですよぉ!ちゃんと考えて選んでるんですから!」

 むくれ顔のまま、ミリアは頬を膨らませて抗議する。だが、その様子はどこか和やかで、レティシアも微笑を返した。

「ええ、分かってます。あなたのそういう所、いつも助けられてるわ」

 レティシアがやんわりと返すと、ミリアはようやく満足げに頷いた。

「ですよね!レティシア様の舌はごまかせませんからね。茶葉も真面目に選んだんですから」

 そこへ、控えめに扉がノックされ、続いて静かに開いた。

「失礼します。……お茶の時間、終わってませんよね?」

 現れたのはカイルだった。手には小さな木箱を下げている。

「ちょうど良いところよ。どうぞ」

 レティシアが微笑で迎えると、カイルはひと呼吸置いて中へ進み、箱を差し出した。

「厨房に残ってた干し果実と胡桃の蜜漬けです。執務がひと段落したって聞いたので、甘いもので補給でもどうかと」

「まぁ……さすがね、気が利くわ」

 レティシアが感心したように手を伸ばすと、ミリアはくるりと振り向いた。

「なぁんだ、カイルさんも狙ってました? この特製茶に合わせて持ってきたんじゃないですか?」

「いや、俺はたまたま通りかかっただけだよ。……お前みたいに余計な詮索はしない」

 呆れたように返すカイルだったが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 ふとした静けさの中で、三人はそれぞれの席につく。レティシアは紅茶の香りをひと口楽しみながら、そっと言った。

「こうして落ち着ける時間があるのは……ありがたいわね。本当に」

 それは、心からの言葉だった。

 レティシアは紅茶の最後の一口を飲み干し、そっとカップをソーサーに戻す。

「……そろそろ、戻らなくてはね」

 再び手を伸ばした先には、法案草案の綴り。封を切っていない報告書も、まだ数冊残っている。

 カイルが椅子を引き、軽く頭を下げた。

「では、俺は警備の巡回に戻ります。何かあれば、すぐに」

「ありがとう。無理はしないで、ね」

 カイルが静かに退出すると、ミリアも立ち上がりかける。だが、レティシアが笑みを含んでそれを制した。

「もう少し、話していってもいいのよ?」

「……えっ、ほんとに? じゃあ、あと五分だけ!」

 レティシアは、机上の草案に視線を落とし、小さく呟いた。

「さあ……次の仕事が、待っているわね」

 彼女のペン先が、静かに紙の上を滑り出した。
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