騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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ヒーローのように

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 とりあえず知らない振りをしなければ。知らない人だけど。
 ラズは自分がユーリでないと意思表示するために、ユーリと呼ばれた人が自分の後ろにいるのかを確かめる振りをしてから首を傾げた。自分はユーリではないけれど、この人は自分のことをユーリだと思っているというように。貴族である父は城にも来るだろうから、突然会ったときに焦らず他人の振りができるように、何度も脳内でシュミレートしていた。

「俺?」
「君だよ。髪の色が違うけど、ユーリアスだろう。私のこと覚えてないかい? 小さい頃に何度もあったじゃないか。レイフだよ」
「間違えてますよ。俺はラズです」

 レイフと言われても覚えていない。父は何人もユーリアスの友人にと言って知り合いの子供を連れてきたけれど、遊んでいる暇はなかった。ラズは自分が跡継ぎとして足りないことに早いうちに気付いていたから、それこそ勉強や剣術、魔法の訓練ばかりしていた。父が連れてきた友人のうちの一人なのだろう。

「どうしてそんな髪をしてるんだ? どこに住んでる?」
「人違いです」

 ラズの記憶にないせいもあって強く言い放つと、手を掴まれた。

「ずっと探してたんだ。お父様……君の父上は諦めたみたいだけど、生きてると信じてた――」

 ゾッとした。
 息子が死んだのだと父が思うくらいの状況だったはずだ。それに見つからないまま何年も経っている。レイフの目にあるのは死んだと思っていた友人に会った嬉しさとは違う。執着以外のなにものでもないこの目を見て、ラズは思い出した。
 こんな男の子がいた。ラズのいや、ユーリアスの後をずっとついてきた親戚の男の子。他の子と遊んでいると間に入ってきて、いつも隣に座りたがって、時折周囲の友人達を無意識に魔法で威嚇していた子だ。その魔法の力を見てユーリアスはうらやましい気持ちと同時に落胆を覚えた。自分とは性格が合わないので、連れて来ないでほしいと父に頼んだのだ。

「そんなことを言われても知りません。あなたのことなんて見たことがない」

 握られた手首が痛い。レイフ振りほどこうとするラズの手を爪が食い込むくらい強く握っている。

「私は! 君と婚約できると思って伯爵家に入ったのに! 君がいなくて妹が婚約者だなんて――」

 ラズはまさかとレイフを見つめた。
 父がラズを見限って養子として連れてきたのがレイフなのだ。

「離して――!」

 ラズは何か底知れない恐怖を感じた。レイフが何と言ったのかもう一度反芻して睨みつけた。
 こんな男が妹の婚約者だなんて……。幼いセシリアの「お兄様」とラズを呼ぶ姿を思い出す。
 ラズを離すまいとして更にもう片方の手を掴まれそうになったとき、レイフから手を奪い返したのはリド様だった。
 大きな身体がラズを後ろから抱きしめ「大丈夫だ」と耳元で囁く。後ろから包み込まれる安心感でラズは不覚にも涙が出そうになった。

「何を!」

 レイフの怒気を「ふん」と鼻息で散らしたリド様は、後ろからラズを抱きしめたままレイフから奪い返した手首に消毒とばかりにキスをした。そして、ラズの身体の向きを変え、キスというには深く口づけた。

「ん……」

 つま先が地面から離れそうになる。腰を支えられていなければ倒れそうになるくらいしなる背中が痛い。

「ラズ……」

 ラズの名を愛おしげに呼ぶのは確かに知っているはずのリド様で。どうしてと聞くこともできずにもう一度触れた唇が開く。魔力を与えられる必要もないのに、了承もないまま奪われているはずの口づけなのに、優しい。唇を割って入ってきた舌は遠慮もなくラズの口腔を探る。絡みついてきた舌にラズもおずおずと動きを合わせた。
 唾液は魔力を含む、だけど今日は魔力も減っていないのにと空気が足りなくなってきた頭の中で不思議に思った。

「ユーリアス!」

 そうだった、レイフがいたんだった。わかっているのに、優しく髪を梳かれると眠ってしまいそうに気持ちよかった。

「ラズ、だ。私の恋人に手を出す気なら、受けて立つ」

 周囲の空気が変わったことがラズにもわかった。夕方になって城の木に帰ってきていた鳥たちが危険を察知したのか一斉に羽ばたく。

「ユーリアスは私の婚約者だ」

 それでもレイフは引かなかった。
 気持ちが良いとリド様の胸に埋もれている場合じゃなかった。

「俺はラズだ。あんたなんか知らない。勝手に言いかがりをつけてこられても困る。行きましょう、リド様」

 ラズが困っていると思って恋人の役を買ってでてくれたのだろう。申し訳ない気持ちとあんなに濃厚なキスを見せつける必要があったのかと疑問に思う気持ちをとりあえず横に置いて、腕を掴んだ。

「ああ、わかった。だが、ラズに、私の恋人にこの先手を出すようなら……手加減はしない。死ぬ気で来い」

 格好いい。まるで母が喜ぶロマンティックな小説のような台詞だ。
 レイフには効いたようだ。青ざめながらも縋るようにラズを見つめても、それ以上声を発することはなかった。



 
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