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第12章 イグドラ亜人集合国
第337話 パンではない
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翌日、ケビンが体調の良くなったアリスを帝城へ送ったあとは、ケビンの戦う姿が見たいとオネダリしてきたクララとシーラのために、適当なクエストを受けるためケビンたちはギルドへと赴いていた。
「面白そうなのは……」
クエストを物色し始めるケビンへ、同じく物色していたシーラがとあるクエストを提案する。
提案されたクエスト内容を見たケビンは、これといって他に良さそうなのも見つからないことで、シーラの探し出したクエストを受けることにしたのだった。
「じゃ、手続きは姉さんがしてね」
クエストの手続きが終わったケビンたちは、街の外に出て南に広がる森へと足を運んだ。
シーラが選んだクエストはブラッディタイガーの討伐で、凶暴で残虐な性質から白い毛並みがいつも返り血で真っ赤に染まることで付いた名であり、暖かくなると近隣の森へ出てきては獲物を狩っていくのだという。
ブラッディタイガーは獲物を狩ってしまうと適度に食ってそのまま放置してしまうため、血の匂いで他の魔物がおびき寄せられて魔物の数が増えるのだとか。
それこそがブラッディタイガーの面倒なところで、おびき寄せられた魔物を更に狩っては適度に食って放置するので、負の連鎖が止まらないのである。
これらの情報は、ギルドでクリスが買ったイグドラ魔物図鑑に掲載されていたのだった。
ケビンはそんな物があったのかと驚いていたが、初心者の冒険者には必須のアイテムらしく、お金のない初心者はギルド内の閲覧室を利用して情報を集めたらクエストに向かい、そしてお金が貯まれば商品化された物を購入するのだ。
そのことをケビンが知らないのも無理はなく、冒険者になったその日に初心者であったにも関わらずにクエストを受けず、先に日帰りで魔物を大量に狩ってしまったのが原因である。
その規格外な行動のために、サーシャも驚きで伝えることを失念しており今更ながらに知るということになったのである。
ちなみにケビンがクリスに聞いたところ、アリシテアやミナーヴァ、エレフセリアの魔物図鑑も持っているとのことで、全てはケビンが楽しく冒険できるように面白そうな魔物の生態を調べるために買ったのだと言われた。
「クリスが良妻賢母過ぎる」
「ケビン君の幸せが私の幸せだから」
クリスの妻力の高さにティナやシーラは本気を出されたら負けると認識したら、クリスよりもいいところを如何に見せようかと試行錯誤を想像し始めるが、基本的に甘えている自分たちの姿しか想像できなくてクリスに勝とうとするのは諦めるのであった。
そのような会話を繰り広げながら森の中へ入っていき、適度に遭遇する魔物を討伐しながら奥へと進んでいくと、次第に木々の変化が現れ始めて少しずつ風景が変わりだした。
「へぇーこっちにも竹ってあるんだ」
「ちらほらと見え始めてきたね」
この彼方此方に自生している竹が獣人たちの食料にもなるそうで、筍を掘って持ち帰るのにブラッディタイガーが邪魔で討伐依頼が出るのだ。早い話が筍掘りに夢中になって襲われる被害が後を絶たないとか。
「ケビン、ブラッディタイガーはまだ先なの?」
「ああ、まだ奥まで行かないと遭遇しないね。なんか獲物と戦闘してるような感じだけど」
「そんなことまでわかるの?」
「【マップ】のブラッディタイガーが同じ所で動き回っているから戦闘でもしてるのかなと予想してみただけ」
「相手はどんな魔物?」
「さあ? 表示させてないからわからない」
「表示させないの?」
「今回は討伐目標があるからね。それに他のを表示させたら見に行きたくて寄り道してしまいそうだし、仮に近くまで接近しても気配探知でわかるから危険はないしな」
ケビンたちがしばらく進むと、ようやくブラッディタイガーの所までやって来た。ケビンの予測通りで獲物と戦闘を繰り広げているのだが、ケビンが相手の魔物を見た瞬間に驚愕する。
「……パン……ダ……?」
ケビンの呟きが聞こえたのかクララがその間違いを訂正するべく声をかけるのだった。
「主殿よ、あれはパンではない。どこからどう見ても魔物だろう? まさかあれがパンにでも見えておるのか?」
「いや、だって……あれ……どう見てもパンダ……」
「だからパンではないというのに、そんなにお腹が空いておるのか?」
ケビンの『パンダ』という主張はクララの中では『パンだ』に変換されており、全く噛み合わずケビンがお腹を空かせていると勘違いをしてしまう。
そのようなやり取りの中でケビンは同意を求めるかのように周りの女性たちを見渡すが、クララと同じく『パンだ』に変換されており返ってくるのは微笑ましいものを見るような目付きである。
「お腹が空いているの? でもパンはないわよ」
「あれがパンに見えるなんてケビン君は食いしん坊だね」
「お姉ちゃんが帰りにパンを買ってあげるわ」
「くっ……ケビン様がパンを求められているというのに持ち合わせがないとは……何たる不覚!」
「えぇー……」
ケビンは周りの者に全く同意を得られずに、ただひとりで何とも言えない気持ちに陥るのである。
「おっ、主殿よ。ブラッディパンブーが負けるようだぞ」
「パンブー!?」
「そうだ。主殿がパンに見えておる魔物だ」
「パンブー……」
ここにきてようやくケビンの主張する『パンダ』が、こちらの世界では『パンブー』と呼ばれていることを知る。
その後に続くクリスの説明で、ブラッディパンブーはブラッディタイガーと同じで白い毛並みが返り血で真っ赤に染まることから、『ブラッディ』の名を冠しているということだった。
ブラッディパンブーはブラッディタイガーと違い、基本的に食事や睡眠の邪魔をしなければ近くにいても襲われないらしく、ひとたび邪魔をしてしまえば『パンブーパンチ』なるものを放って肉球で平手打ちに合うみたいで、うっかり邪魔をしてしまった者たちの被害が年に数件ほど出るのである。
「何それ……めっちゃ可愛い……」
ケビンは『肉球パンチ』ならぬ『パンブーパンチ』をするブラッディパンブーを想像してしまい、ほっこりとした気持ちになるのであったがクリスがそれを窘める。
「いや、ケビン君……普通の人が当たったら吹き飛ばされるからね。爪が当たれば流血だよ? 可愛くなくてただの恐怖だよ?」
「おっ、ブラッディパンブーがダウンしたようだぞ」
クララの言葉に反応したケビンがブラッディパンブーへ視線を向けると、立ち上がろうとしても上手くいかずに地面で蹲っている姿を捉えた。
そこへ最後の攻撃と言わんばかりにブラッディタイガーが飛びかかろうとした瞬間、ケビンの体は自然と飛び出していた。
「「ケビン君!」」
「ケビン!」
「ケビン様!」
「主殿!」
振り下ろされるブラッディタイガーの前足を、ケビンの交差して構えた刀が受け止める。
「パンダは保護だっ!」
ケビンが刀を振り払うと同時にブラッディタイガーは後ろに飛び退くと、そのまま着地した姿勢でケビンの様子を窺うが、緊張感が高まる中で気の抜ける言葉をクララが口にする。
「パンを保護とは……そうまでしてパンが食べたいのか……」
とうとうクララの中で『パンだ』の『だ』すらなくなって、『パンは保護っ!』という言葉になってしまったらしい。
周りの女性たちにも感染したのか、口々に『帰りにパンを買ってあげよう』という内容に近いものがこぼれだしてくる。
女性たちがおかしな勘違いをしている中で、ケビンがチラリと後ろに視線を向けると、ブラッディパンブーは既に満身創痍であった。
「というか、お前……太り過ぎじゃないか?」
ケビンの視線の先にいるブラッディパンブーは、丸々としている上にぽっこりとしたお腹で、転がしたらコロコロと転がって行きそうな感じである。
そのようなケビンを見逃すはずもなくブラッディタイガーが再び襲いかかり、噛みちぎらんかの如く顎を開いて獰猛な歯が並ぶその口から涎を垂らしながら差し迫るが、ブラッディタイガーの噛みつき攻撃を軽くいなしたケビンは、すれ違いざまに土手っ腹へと蹴りを放ってブラッディタイガーを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先の木に叩きつけられて呻くブラッディタイガーだったが、よろよろと立ち上がるその姿は未だ戦意を喪失していない。
「《雷纏・双》」
ケビンが呟いた瞬間、黒焰と白寂の刀身にバチバチっと音が響きわたり黄色い雷光が走りだす。
「パンダを虐める悪い奴は成敗だっ!」
両手に刀を持つケビンは圧倒的強者感の風格を出しており、ブラッディタイガーは無意識に後ずさりしてしまうが、ここでもまたクララが感想をこぼす。
「そうか……主殿にはそやつがもうパンにしか見えぬのだな……もう私からは何も言うまい……」
クララの呟きには周りの女性たちも黙って頷き、ケビンの戦闘を温かい目で見守るのであった。
緊迫した空気とどこかズレているほんわかした空気の中で、ブラッディタイガーが動きを見せる。
ケビンへ躍りかかったブラッディタイガーは、両前足をクロスさせるかのように振り下ろしてケビンもまた刀をクロスしてそれを受けるのだが、ブラッディタイガーの前足が刀に触れた瞬間、迸る雷光がブラッディタイガーの身躯へ走り抜けた。
全身に走り抜けた電撃に、ブラッディタイガーは為す術なくその場で崩れ落ちる。
ケビンが睥睨するブラッディタイガーはたったそれだけで虫の息となり、最期はケビンが喉元に刀を突き刺して命を絶った。
ケビンは戦闘が終わると【無限収納】の中にブラッディタイガーを回収して、倒れているブラッディパンブーの元へ駆け寄った。
「大丈夫か!? 《ヒール》」
ブラッディパンブーへケビンが回復魔法をかけるも、傷は綺麗に塞がるが生を終えようとしている命までは救えないようである。
「パンダ……」
ブラッディパンブーがくぐもった声を挙げると、ケビンは辛い顔をするのだがとある変化に気がついた。
「お、お前っ! ケツから何か出てきてるぞ!」
そのようなところへケビンの嫁たちが近づいてきて、クララがブラッディパンブーの様子を見て状況をケビンへ教えるのであった。
「珍しいのぅ……魔物の出産だ」
クララの言葉にケビンは驚いてしまい、ブラッディパンブーへ声をかける。
「お前、メスだったのか!? というか、その腹は妊娠していたからなのか!?」
「最期の命を燃やして新たな命を産み落とすか……まことあっぱれよのぅ」
それからケビンたちはブラッディパンブーへ声をかけながら励まして、子供が産まれるのを応援するのだった。
そして両手サイズの子供が産み落とされると、ケビンは魔法をかけて綺麗にしたらブラッディパンブーの前へと運ぶが、ブラッディパンブーは未だくぐもった声を挙げていた。
「これはまた珍しい……双子のようだのぅ」
クララが口にした言葉でケビンたちはまた応援を再開する。
やがて2匹目も無事に産まれたらケビンは同じように処置をして、ブラッディパンブーの前へと運んだ。
「ちゃんと産まれたぞ!」
子供を確認したうつ伏せのブラッディパンブーが仰向けになると、ケビンを見つめながら弱々しく自分の体を叩いた。
「ん? ……どうしたんだ?」
「主殿よ、赤子には初乳が必要だぞ」
クララの言葉でハッとしたケビンは、すぐに産まれたばかりの子供を持つと2匹ともブラッディパンブーが叩いていた胸らしき所へ乗せるのだった。
まだ目の開いていない子供を誘導するかのようにブラッディパンブーが手で移動させると、双子はやがて初乳を飲み始めた。
そしてケビンたちが静かに見守っている中で、やがて双子は動かなくなってしまい、それを見たケビンが焦りだす。
「えっ、死んだ!?」
「縁起でもないことを言うでない。腹がいっぱいになって眠っただけだ」
「グルゥ……」
「ほれ、主殿が変なことを言うから母親も怒っておろう」
「あ、ごめん」
「それでどうするのだ?」
「何が?」
「この赤子のことだ。このまま放っておけば死ぬだろう? まぁ、それが自然界の摂理ではあるが」
「グルルゥ……」
ブラッディパンブーが何か訴えかけるような声を出してケビンを見つめていると、どうしたものかとケビンが悩みだす。
『なんとブラッディパンブーが弱々しい声をあげると子供を引き取って欲しそうにこちらを見ている! 引き取ってあげますか?』
『シリアスブレイカーかっ!』
『つれないですねぇ』
『で、どうした?』
『捨て猫と同じ原理ですよ。助けたのなら最後まで責任を取りましょう』
『そうなるか……』
『 ▶はい
いいえ 』
『くっ……元ゲーマーとしては1度だけでもいいから【いいえ】を選びたい……』
『 はい
▶いいえ 』
『……【はい】で』
『ブラッディパンブーは嬉しそうにケビンへ子供たちを託した!』
『……育て方は後でちゃんと教えてくれよ?』
『任せてください』
サナとのやり取りが終わったケビンはブラッディパンブーへ視線を向けると、安心させるように声をかけるのだった。
「その双子は責任持って俺が育てるから安心しろ」
「グルゥ……」
ケビンの言葉が理解できたのか、ブラッディパンブーは自分の子供たちに視線を向けると、そのまま静かに息を引き取った。
「よいのか?」
「ああ」
ケビンは【創造】を使ってブラッディパンブーの毛皮を模したベビースリングを作り出すと、装着してから双子をその中にそっと乗せて抱え込んだ。
そして魔法を使って土を掘り起こすと、母親パンブーが安らかに眠れるように埋葬するのであった。
「さて、帰るか……」
来る時とは違いしんみりした雰囲気で帰路についていたのだが、ふと思い出したかのようにクララがケビンへ尋ねるのだった。
「そういえば主殿。パンが食べたいのであろう?」
「またそれか……俺が言ったのはパンじゃなくてパンダ!」
「パンじゃないパンとはどういったものだ?」
「パンじゃないパン……究極のパンってことね!」
「ティナ、究極のパンなんてどこにあるかわからないよ?」
「クリス大丈夫よ、私がケビンのために作ってみせるわ!」
「街で評判のパン屋さんでも見つけましょうか?」
「パンではない……パンダ……何故伝わらない……」
こうして『パンダ』と『パンだ』の食い違いは噛み合うことなく、嫁たちのクエスト達成のためにブラッディタイガーをもう1匹見つけ出しては転移を使ってサクッと討伐をさせた。
街へ戻ってクエストの報告と買い取り手続きを済ませたら、クララを除く女性たちはケビンのために美味しいパンを探しに街中へ消えていくのだった。
残されたケビンとクララは、女性たちから先に帰っててと言われていたこともあって、いつもの場所へ携帯ハウスを設置したら中へと入り、女性たちが帰ってくるまでサナからブラッディパンブーの育て方講習を受けるのであった。
「面白そうなのは……」
クエストを物色し始めるケビンへ、同じく物色していたシーラがとあるクエストを提案する。
提案されたクエスト内容を見たケビンは、これといって他に良さそうなのも見つからないことで、シーラの探し出したクエストを受けることにしたのだった。
「じゃ、手続きは姉さんがしてね」
クエストの手続きが終わったケビンたちは、街の外に出て南に広がる森へと足を運んだ。
シーラが選んだクエストはブラッディタイガーの討伐で、凶暴で残虐な性質から白い毛並みがいつも返り血で真っ赤に染まることで付いた名であり、暖かくなると近隣の森へ出てきては獲物を狩っていくのだという。
ブラッディタイガーは獲物を狩ってしまうと適度に食ってそのまま放置してしまうため、血の匂いで他の魔物がおびき寄せられて魔物の数が増えるのだとか。
それこそがブラッディタイガーの面倒なところで、おびき寄せられた魔物を更に狩っては適度に食って放置するので、負の連鎖が止まらないのである。
これらの情報は、ギルドでクリスが買ったイグドラ魔物図鑑に掲載されていたのだった。
ケビンはそんな物があったのかと驚いていたが、初心者の冒険者には必須のアイテムらしく、お金のない初心者はギルド内の閲覧室を利用して情報を集めたらクエストに向かい、そしてお金が貯まれば商品化された物を購入するのだ。
そのことをケビンが知らないのも無理はなく、冒険者になったその日に初心者であったにも関わらずにクエストを受けず、先に日帰りで魔物を大量に狩ってしまったのが原因である。
その規格外な行動のために、サーシャも驚きで伝えることを失念しており今更ながらに知るということになったのである。
ちなみにケビンがクリスに聞いたところ、アリシテアやミナーヴァ、エレフセリアの魔物図鑑も持っているとのことで、全てはケビンが楽しく冒険できるように面白そうな魔物の生態を調べるために買ったのだと言われた。
「クリスが良妻賢母過ぎる」
「ケビン君の幸せが私の幸せだから」
クリスの妻力の高さにティナやシーラは本気を出されたら負けると認識したら、クリスよりもいいところを如何に見せようかと試行錯誤を想像し始めるが、基本的に甘えている自分たちの姿しか想像できなくてクリスに勝とうとするのは諦めるのであった。
そのような会話を繰り広げながら森の中へ入っていき、適度に遭遇する魔物を討伐しながら奥へと進んでいくと、次第に木々の変化が現れ始めて少しずつ風景が変わりだした。
「へぇーこっちにも竹ってあるんだ」
「ちらほらと見え始めてきたね」
この彼方此方に自生している竹が獣人たちの食料にもなるそうで、筍を掘って持ち帰るのにブラッディタイガーが邪魔で討伐依頼が出るのだ。早い話が筍掘りに夢中になって襲われる被害が後を絶たないとか。
「ケビン、ブラッディタイガーはまだ先なの?」
「ああ、まだ奥まで行かないと遭遇しないね。なんか獲物と戦闘してるような感じだけど」
「そんなことまでわかるの?」
「【マップ】のブラッディタイガーが同じ所で動き回っているから戦闘でもしてるのかなと予想してみただけ」
「相手はどんな魔物?」
「さあ? 表示させてないからわからない」
「表示させないの?」
「今回は討伐目標があるからね。それに他のを表示させたら見に行きたくて寄り道してしまいそうだし、仮に近くまで接近しても気配探知でわかるから危険はないしな」
ケビンたちがしばらく進むと、ようやくブラッディタイガーの所までやって来た。ケビンの予測通りで獲物と戦闘を繰り広げているのだが、ケビンが相手の魔物を見た瞬間に驚愕する。
「……パン……ダ……?」
ケビンの呟きが聞こえたのかクララがその間違いを訂正するべく声をかけるのだった。
「主殿よ、あれはパンではない。どこからどう見ても魔物だろう? まさかあれがパンにでも見えておるのか?」
「いや、だって……あれ……どう見てもパンダ……」
「だからパンではないというのに、そんなにお腹が空いておるのか?」
ケビンの『パンダ』という主張はクララの中では『パンだ』に変換されており、全く噛み合わずケビンがお腹を空かせていると勘違いをしてしまう。
そのようなやり取りの中でケビンは同意を求めるかのように周りの女性たちを見渡すが、クララと同じく『パンだ』に変換されており返ってくるのは微笑ましいものを見るような目付きである。
「お腹が空いているの? でもパンはないわよ」
「あれがパンに見えるなんてケビン君は食いしん坊だね」
「お姉ちゃんが帰りにパンを買ってあげるわ」
「くっ……ケビン様がパンを求められているというのに持ち合わせがないとは……何たる不覚!」
「えぇー……」
ケビンは周りの者に全く同意を得られずに、ただひとりで何とも言えない気持ちに陥るのである。
「おっ、主殿よ。ブラッディパンブーが負けるようだぞ」
「パンブー!?」
「そうだ。主殿がパンに見えておる魔物だ」
「パンブー……」
ここにきてようやくケビンの主張する『パンダ』が、こちらの世界では『パンブー』と呼ばれていることを知る。
その後に続くクリスの説明で、ブラッディパンブーはブラッディタイガーと同じで白い毛並みが返り血で真っ赤に染まることから、『ブラッディ』の名を冠しているということだった。
ブラッディパンブーはブラッディタイガーと違い、基本的に食事や睡眠の邪魔をしなければ近くにいても襲われないらしく、ひとたび邪魔をしてしまえば『パンブーパンチ』なるものを放って肉球で平手打ちに合うみたいで、うっかり邪魔をしてしまった者たちの被害が年に数件ほど出るのである。
「何それ……めっちゃ可愛い……」
ケビンは『肉球パンチ』ならぬ『パンブーパンチ』をするブラッディパンブーを想像してしまい、ほっこりとした気持ちになるのであったがクリスがそれを窘める。
「いや、ケビン君……普通の人が当たったら吹き飛ばされるからね。爪が当たれば流血だよ? 可愛くなくてただの恐怖だよ?」
「おっ、ブラッディパンブーがダウンしたようだぞ」
クララの言葉に反応したケビンがブラッディパンブーへ視線を向けると、立ち上がろうとしても上手くいかずに地面で蹲っている姿を捉えた。
そこへ最後の攻撃と言わんばかりにブラッディタイガーが飛びかかろうとした瞬間、ケビンの体は自然と飛び出していた。
「「ケビン君!」」
「ケビン!」
「ケビン様!」
「主殿!」
振り下ろされるブラッディタイガーの前足を、ケビンの交差して構えた刀が受け止める。
「パンダは保護だっ!」
ケビンが刀を振り払うと同時にブラッディタイガーは後ろに飛び退くと、そのまま着地した姿勢でケビンの様子を窺うが、緊張感が高まる中で気の抜ける言葉をクララが口にする。
「パンを保護とは……そうまでしてパンが食べたいのか……」
とうとうクララの中で『パンだ』の『だ』すらなくなって、『パンは保護っ!』という言葉になってしまったらしい。
周りの女性たちにも感染したのか、口々に『帰りにパンを買ってあげよう』という内容に近いものがこぼれだしてくる。
女性たちがおかしな勘違いをしている中で、ケビンがチラリと後ろに視線を向けると、ブラッディパンブーは既に満身創痍であった。
「というか、お前……太り過ぎじゃないか?」
ケビンの視線の先にいるブラッディパンブーは、丸々としている上にぽっこりとしたお腹で、転がしたらコロコロと転がって行きそうな感じである。
そのようなケビンを見逃すはずもなくブラッディタイガーが再び襲いかかり、噛みちぎらんかの如く顎を開いて獰猛な歯が並ぶその口から涎を垂らしながら差し迫るが、ブラッディタイガーの噛みつき攻撃を軽くいなしたケビンは、すれ違いざまに土手っ腹へと蹴りを放ってブラッディタイガーを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先の木に叩きつけられて呻くブラッディタイガーだったが、よろよろと立ち上がるその姿は未だ戦意を喪失していない。
「《雷纏・双》」
ケビンが呟いた瞬間、黒焰と白寂の刀身にバチバチっと音が響きわたり黄色い雷光が走りだす。
「パンダを虐める悪い奴は成敗だっ!」
両手に刀を持つケビンは圧倒的強者感の風格を出しており、ブラッディタイガーは無意識に後ずさりしてしまうが、ここでもまたクララが感想をこぼす。
「そうか……主殿にはそやつがもうパンにしか見えぬのだな……もう私からは何も言うまい……」
クララの呟きには周りの女性たちも黙って頷き、ケビンの戦闘を温かい目で見守るのであった。
緊迫した空気とどこかズレているほんわかした空気の中で、ブラッディタイガーが動きを見せる。
ケビンへ躍りかかったブラッディタイガーは、両前足をクロスさせるかのように振り下ろしてケビンもまた刀をクロスしてそれを受けるのだが、ブラッディタイガーの前足が刀に触れた瞬間、迸る雷光がブラッディタイガーの身躯へ走り抜けた。
全身に走り抜けた電撃に、ブラッディタイガーは為す術なくその場で崩れ落ちる。
ケビンが睥睨するブラッディタイガーはたったそれだけで虫の息となり、最期はケビンが喉元に刀を突き刺して命を絶った。
ケビンは戦闘が終わると【無限収納】の中にブラッディタイガーを回収して、倒れているブラッディパンブーの元へ駆け寄った。
「大丈夫か!? 《ヒール》」
ブラッディパンブーへケビンが回復魔法をかけるも、傷は綺麗に塞がるが生を終えようとしている命までは救えないようである。
「パンダ……」
ブラッディパンブーがくぐもった声を挙げると、ケビンは辛い顔をするのだがとある変化に気がついた。
「お、お前っ! ケツから何か出てきてるぞ!」
そのようなところへケビンの嫁たちが近づいてきて、クララがブラッディパンブーの様子を見て状況をケビンへ教えるのであった。
「珍しいのぅ……魔物の出産だ」
クララの言葉にケビンは驚いてしまい、ブラッディパンブーへ声をかける。
「お前、メスだったのか!? というか、その腹は妊娠していたからなのか!?」
「最期の命を燃やして新たな命を産み落とすか……まことあっぱれよのぅ」
それからケビンたちはブラッディパンブーへ声をかけながら励まして、子供が産まれるのを応援するのだった。
そして両手サイズの子供が産み落とされると、ケビンは魔法をかけて綺麗にしたらブラッディパンブーの前へと運ぶが、ブラッディパンブーは未だくぐもった声を挙げていた。
「これはまた珍しい……双子のようだのぅ」
クララが口にした言葉でケビンたちはまた応援を再開する。
やがて2匹目も無事に産まれたらケビンは同じように処置をして、ブラッディパンブーの前へと運んだ。
「ちゃんと産まれたぞ!」
子供を確認したうつ伏せのブラッディパンブーが仰向けになると、ケビンを見つめながら弱々しく自分の体を叩いた。
「ん? ……どうしたんだ?」
「主殿よ、赤子には初乳が必要だぞ」
クララの言葉でハッとしたケビンは、すぐに産まれたばかりの子供を持つと2匹ともブラッディパンブーが叩いていた胸らしき所へ乗せるのだった。
まだ目の開いていない子供を誘導するかのようにブラッディパンブーが手で移動させると、双子はやがて初乳を飲み始めた。
そしてケビンたちが静かに見守っている中で、やがて双子は動かなくなってしまい、それを見たケビンが焦りだす。
「えっ、死んだ!?」
「縁起でもないことを言うでない。腹がいっぱいになって眠っただけだ」
「グルゥ……」
「ほれ、主殿が変なことを言うから母親も怒っておろう」
「あ、ごめん」
「それでどうするのだ?」
「何が?」
「この赤子のことだ。このまま放っておけば死ぬだろう? まぁ、それが自然界の摂理ではあるが」
「グルルゥ……」
ブラッディパンブーが何か訴えかけるような声を出してケビンを見つめていると、どうしたものかとケビンが悩みだす。
『なんとブラッディパンブーが弱々しい声をあげると子供を引き取って欲しそうにこちらを見ている! 引き取ってあげますか?』
『シリアスブレイカーかっ!』
『つれないですねぇ』
『で、どうした?』
『捨て猫と同じ原理ですよ。助けたのなら最後まで責任を取りましょう』
『そうなるか……』
『 ▶はい
いいえ 』
『くっ……元ゲーマーとしては1度だけでもいいから【いいえ】を選びたい……』
『 はい
▶いいえ 』
『……【はい】で』
『ブラッディパンブーは嬉しそうにケビンへ子供たちを託した!』
『……育て方は後でちゃんと教えてくれよ?』
『任せてください』
サナとのやり取りが終わったケビンはブラッディパンブーへ視線を向けると、安心させるように声をかけるのだった。
「その双子は責任持って俺が育てるから安心しろ」
「グルゥ……」
ケビンの言葉が理解できたのか、ブラッディパンブーは自分の子供たちに視線を向けると、そのまま静かに息を引き取った。
「よいのか?」
「ああ」
ケビンは【創造】を使ってブラッディパンブーの毛皮を模したベビースリングを作り出すと、装着してから双子をその中にそっと乗せて抱え込んだ。
そして魔法を使って土を掘り起こすと、母親パンブーが安らかに眠れるように埋葬するのであった。
「さて、帰るか……」
来る時とは違いしんみりした雰囲気で帰路についていたのだが、ふと思い出したかのようにクララがケビンへ尋ねるのだった。
「そういえば主殿。パンが食べたいのであろう?」
「またそれか……俺が言ったのはパンじゃなくてパンダ!」
「パンじゃないパンとはどういったものだ?」
「パンじゃないパン……究極のパンってことね!」
「ティナ、究極のパンなんてどこにあるかわからないよ?」
「クリス大丈夫よ、私がケビンのために作ってみせるわ!」
「街で評判のパン屋さんでも見つけましょうか?」
「パンではない……パンダ……何故伝わらない……」
こうして『パンダ』と『パンだ』の食い違いは噛み合うことなく、嫁たちのクエスト達成のためにブラッディタイガーをもう1匹見つけ出しては転移を使ってサクッと討伐をさせた。
街へ戻ってクエストの報告と買い取り手続きを済ませたら、クララを除く女性たちはケビンのために美味しいパンを探しに街中へ消えていくのだった。
残されたケビンとクララは、女性たちから先に帰っててと言われていたこともあって、いつもの場所へ携帯ハウスを設置したら中へと入り、女性たちが帰ってくるまでサナからブラッディパンブーの育て方講習を受けるのであった。
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それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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