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29. 憤怒
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この声は……そろ~っと声の主を見る面々。
「旦那様」
「はいっ!」
「恐れながら私からこの女に物申してもよろしいでしょうか?」
「はいっ!」
「ありがとうございます。私常々言いたいことがあったのです。しかし、アリス様や皆様方から止められておりましたので我慢しておりました。されどこれが最後の機会……言いたいことを「あの…………」」
ロナルドに遮られる言葉。
「なんでございましょう?」
「……もうそろそろ本人に言われても宜しいのではないか……と」
身をすくめて言うロナルド。
「これは失礼を。では」
くるっと元使用人に向き合う。
「…………侍女長」
女が呟く。そう、物申したいと進み出たのは公爵家の侍女長。公爵家当主エレナの乳姉妹でもある。エレナの信頼厚く皆から一目置かれているが、それを傲ることのない謙虚な女性。
「まず皆様方。女性使用人は私の管轄。彼女の態度を改めさせることができず誠に申し訳ございません」
「いや、それは……………。いえ、はい……。なんでもありません」
ギラッと力強い視線に射抜かれ黙るジャック。母といい、侍女長といい、50代女性恐るべし。
それは……カサバイン家の者がそうしろといったから。カサバイン家では侍女や執事、侍従は我が家の者。清掃や雑用など主人と関わりがない仕事をする下級使用人を使用人という。
もともとカサバイン家に仕えるものは他家からの紹介の者が多い。すなわち下級貴族なのだ。この家では信頼できるものしか侍女、執事、侍従にしない。それは他家にも伝えており紹介者も最初は使用人扱いされる。その中から実力のあるもの、賢いものが侍女、執事、侍従に選ばれる。
侍女長は侍女を執事長は執事や侍従の面倒だけみるべし、使用人は勝手に見て学べ、それがエレナからのお達し。だから彼女は何も悪くないと言おうとしたのに。ちょっと目に涙が浮かぶジャック。
「私達侍女の中でアリス様を嫌悪、蔑むものは一人もおりません。あの女神も嫉妬するであろう美貌とスタイル、5歳で国内屈指の家庭教師を凌駕した天才的な頭脳、8歳で戦闘指揮を任せられる剣術と魔法の才能、指揮力。容姿、才能共にまさに選ばれし存在……!それにご自分の趣味の際に笑われている邪悪な笑み…………まさに美しき悪魔の微笑み。本当にアリス様は何をやってもお可愛らしい!それがわからないなど…………本当にお気の毒な方ですこと!」
熱く語る侍女長に賛同するかのように頷く侍女が半分。薄笑い、引いている者が半分というところ。侍女たちはアリスのことを尊敬しているし、まさにカサバイン家にふさわしいと思っている。
とはいえ、侍女長のアリスというかカサバイン家の者たちに対する情熱は少々暑苦しいと感じるものでもあった。
言い切ったとでも言いたげにふんっと胸を張った後、頭を下げて元の場所に戻る侍女長に女が声を上げかける。
が
「旦那様、私からもよろしいでしょうか?」
侍女長に続いて声を上げたのは執事長。こちらはロナルドの乳兄弟だ。ロナルドが婿入りの際に連れてきた者。当初書類仕事ができないロナルドの代わりを務めており、当時の執事長にその有能さを買われスパルタ教育を施された。有能執事から超人執事にすぐさま早変わりした彼は年老いた先代から執事長を引き継いだ。
「……どうぞ」
執事長は5歩進み出る。
「侍女長は侍女と言われておりましたが、全ての執事及び侍従たちもアリス様を尊敬しております。生まれたときから愛らしく、成長するに従い愛らしいから美しい……いえ、超・絶・美という言葉が誰よりもお似合いになられるアリス様。3歳頃から難しい魔法書をお読みになる頭脳……小さいお体で禍々しい魔法書をお読みになる姿がなんと愛らしかったことか。5歳で大の大人を気絶させる姿……魔物や悪党どもの返り血を浴びていても堂々とした姿……なんとご立派な、と感涙で何枚のハンカチを処分したことか。そんな素晴らしさ満載のアリス様を侮るなど、どれだけあなたの目は節穴なのですか」
信じられませんと最後に付け足し以上ですと下がる執事長。こちらも侍女と同じく賛同するようにうんうんと頷く執事と侍従半分。薄笑い、引いているものが半分というところ。
元使用人たちは思った。デジャブだ。執事長も侍女長と同類……少々暑苦しいタイプの人間だ。侍女長も執事長もいつも堂々としているが謙虚で穏やか。そんな普段の姿からかけ離れた姿を見て言葉が出ない。
誰よりも先に我に返った何度も向かってくる女が再び声をあげようとした。
が
「あなたたち何やってるの?なぜそこにまだ元使用人たちがいるの?ほらさっさと出ていきなさい」
「でも……!」
「はあ?雇い主がいらないと言ったらいらないのよ」
「納得できません!……………!?」
息ができない!?エレナはつまらなそうに自分の爪を見る。
「勤務怠慢で慰謝料請求されたい?子々孫々が働いても返せないぐらい高額よ。それとも貴族への窃盗罪で処刑をお望みかしら?」
顔が青ざめていくのは息ができないからか。それとも慰謝料、処刑に恐れおののいたのか。
もう息が……と思ったとき急に空気が身体に取り込まれる。
「どうするか決まった?」
元使用人たちは皆玄関に向かって突っ走る。玄関ホールには静けさが戻った。カサバイン家の面々はあっさりと片が付いたことに驚いたものの安堵の息を吐こうとし……エレナの言葉にむせた。
「で、あなたたちはいつまで遊んでいるの?仕事は?」
「……今日は大掃除のために半休を取っています」
エミリアが答えるのに続き、彼女の弟妹たちは同じ答えを返す。
「そうなの……で?」
で?の先にはジャックの姿。
「いや、あの…………。すみませんでした!すぐに仕事します」
と言って猛ダッシュで去っていく。彼は次期当主。エレナの補佐をしなければならない。ようするに彼は今までサボっていたということ。
エレナはハーと息を吐くと、他の子供たちに視線を向ける。
「チッ!逃げ足だけは速いんだから」
彼らの姿はもうすでになかった。
「旦那様」
「はいっ!」
「恐れながら私からこの女に物申してもよろしいでしょうか?」
「はいっ!」
「ありがとうございます。私常々言いたいことがあったのです。しかし、アリス様や皆様方から止められておりましたので我慢しておりました。されどこれが最後の機会……言いたいことを「あの…………」」
ロナルドに遮られる言葉。
「なんでございましょう?」
「……もうそろそろ本人に言われても宜しいのではないか……と」
身をすくめて言うロナルド。
「これは失礼を。では」
くるっと元使用人に向き合う。
「…………侍女長」
女が呟く。そう、物申したいと進み出たのは公爵家の侍女長。公爵家当主エレナの乳姉妹でもある。エレナの信頼厚く皆から一目置かれているが、それを傲ることのない謙虚な女性。
「まず皆様方。女性使用人は私の管轄。彼女の態度を改めさせることができず誠に申し訳ございません」
「いや、それは……………。いえ、はい……。なんでもありません」
ギラッと力強い視線に射抜かれ黙るジャック。母といい、侍女長といい、50代女性恐るべし。
それは……カサバイン家の者がそうしろといったから。カサバイン家では侍女や執事、侍従は我が家の者。清掃や雑用など主人と関わりがない仕事をする下級使用人を使用人という。
もともとカサバイン家に仕えるものは他家からの紹介の者が多い。すなわち下級貴族なのだ。この家では信頼できるものしか侍女、執事、侍従にしない。それは他家にも伝えており紹介者も最初は使用人扱いされる。その中から実力のあるもの、賢いものが侍女、執事、侍従に選ばれる。
侍女長は侍女を執事長は執事や侍従の面倒だけみるべし、使用人は勝手に見て学べ、それがエレナからのお達し。だから彼女は何も悪くないと言おうとしたのに。ちょっと目に涙が浮かぶジャック。
「私達侍女の中でアリス様を嫌悪、蔑むものは一人もおりません。あの女神も嫉妬するであろう美貌とスタイル、5歳で国内屈指の家庭教師を凌駕した天才的な頭脳、8歳で戦闘指揮を任せられる剣術と魔法の才能、指揮力。容姿、才能共にまさに選ばれし存在……!それにご自分の趣味の際に笑われている邪悪な笑み…………まさに美しき悪魔の微笑み。本当にアリス様は何をやってもお可愛らしい!それがわからないなど…………本当にお気の毒な方ですこと!」
熱く語る侍女長に賛同するかのように頷く侍女が半分。薄笑い、引いている者が半分というところ。侍女たちはアリスのことを尊敬しているし、まさにカサバイン家にふさわしいと思っている。
とはいえ、侍女長のアリスというかカサバイン家の者たちに対する情熱は少々暑苦しいと感じるものでもあった。
言い切ったとでも言いたげにふんっと胸を張った後、頭を下げて元の場所に戻る侍女長に女が声を上げかける。
が
「旦那様、私からもよろしいでしょうか?」
侍女長に続いて声を上げたのは執事長。こちらはロナルドの乳兄弟だ。ロナルドが婿入りの際に連れてきた者。当初書類仕事ができないロナルドの代わりを務めており、当時の執事長にその有能さを買われスパルタ教育を施された。有能執事から超人執事にすぐさま早変わりした彼は年老いた先代から執事長を引き継いだ。
「……どうぞ」
執事長は5歩進み出る。
「侍女長は侍女と言われておりましたが、全ての執事及び侍従たちもアリス様を尊敬しております。生まれたときから愛らしく、成長するに従い愛らしいから美しい……いえ、超・絶・美という言葉が誰よりもお似合いになられるアリス様。3歳頃から難しい魔法書をお読みになる頭脳……小さいお体で禍々しい魔法書をお読みになる姿がなんと愛らしかったことか。5歳で大の大人を気絶させる姿……魔物や悪党どもの返り血を浴びていても堂々とした姿……なんとご立派な、と感涙で何枚のハンカチを処分したことか。そんな素晴らしさ満載のアリス様を侮るなど、どれだけあなたの目は節穴なのですか」
信じられませんと最後に付け足し以上ですと下がる執事長。こちらも侍女と同じく賛同するようにうんうんと頷く執事と侍従半分。薄笑い、引いているものが半分というところ。
元使用人たちは思った。デジャブだ。執事長も侍女長と同類……少々暑苦しいタイプの人間だ。侍女長も執事長もいつも堂々としているが謙虚で穏やか。そんな普段の姿からかけ離れた姿を見て言葉が出ない。
誰よりも先に我に返った何度も向かってくる女が再び声をあげようとした。
が
「あなたたち何やってるの?なぜそこにまだ元使用人たちがいるの?ほらさっさと出ていきなさい」
「でも……!」
「はあ?雇い主がいらないと言ったらいらないのよ」
「納得できません!……………!?」
息ができない!?エレナはつまらなそうに自分の爪を見る。
「勤務怠慢で慰謝料請求されたい?子々孫々が働いても返せないぐらい高額よ。それとも貴族への窃盗罪で処刑をお望みかしら?」
顔が青ざめていくのは息ができないからか。それとも慰謝料、処刑に恐れおののいたのか。
もう息が……と思ったとき急に空気が身体に取り込まれる。
「どうするか決まった?」
元使用人たちは皆玄関に向かって突っ走る。玄関ホールには静けさが戻った。カサバイン家の面々はあっさりと片が付いたことに驚いたものの安堵の息を吐こうとし……エレナの言葉にむせた。
「で、あなたたちはいつまで遊んでいるの?仕事は?」
「……今日は大掃除のために半休を取っています」
エミリアが答えるのに続き、彼女の弟妹たちは同じ答えを返す。
「そうなの……で?」
で?の先にはジャックの姿。
「いや、あの…………。すみませんでした!すぐに仕事します」
と言って猛ダッシュで去っていく。彼は次期当主。エレナの補佐をしなければならない。ようするに彼は今までサボっていたということ。
エレナはハーと息を吐くと、他の子供たちに視線を向ける。
「チッ!逃げ足だけは速いんだから」
彼らの姿はもうすでになかった。
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