公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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71. 濃闇(恋病み)夫

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 音もなく動く気配が3つ。

 エレナの後ろでエミリア、アンジェ、セイラが同じくカーテシーをしていた。が、誰も動かなければ声も発さない。部屋には静寂が満ちた。

「……………………」

 王妃の頭の中はパニックだった。なんだこれは……?美の女神が4人。アリスも美しいが見慣れたし、何より美貌よりもこう何か心痛をかけられたことがよぎるので悪魔に見える。  

 金貨の山。えっ……何あれ、欲しい。いやいや、前にファレス王国からもらったものだったわ……と頭脳は回転しているのになぜか身体がうまく動かない。そんな中、じーーーーーーっと感じる視線。

 視線だけ動かすとアリスと目があった。彼女はニヤリと笑う。はっ!固まっている場合ではない。

「カサバイン家の方とお見受け致します。どうぞ頭をお上げください」

 4人の女神が頭を上げるのを確認してから、彼女たちほどではないが王妃も軽く頭をさげながら挨拶をする。

「ダイラス国王妃を賜っておりますセンジュと申します。カサバイン家の方々のご活躍は我が国にまで轟くほどです。我が国の民が安心して暮らせるのも、皆様方が魔物退治をしてくださっているからだと日々感謝しております」

「もったいないお言葉にございます。ガルベラ王国にて公爵位を賜っておりますエレナ・カサバインにございます。こちらは娘のエミリア、アンジェ、セイラでございます。突然現れまして申し訳ございません」

 口ではこう言ってるが堂々とした佇まいからは、絶対に思っていないだろうと思ってしまう。

「いえ、カサバイン家の方々には常識を当てはめるべからず。……貴方がたは様々なことが許される身です」

 即ち、常識外れだが皆が彼女たちに恐れをなして許容しているだけ。失礼なことを言われたにも係わらずエレナと娘たちは笑みを深める。
 
「それだけの力がありますので、致し方ないかと」

 その気になればこの世を手に入れられる。だがしないのだから皆がある程度許容するべき。実に厚かましい。その傲慢さ、堂々とした佇まいは人の反感を買うもの……普通であれば。だが彼女たちには当てはまらない。むしろ……

「本当にお美しい……」

 彼女たちから溢れる自信、奔放さはより一層彼女たちの美しさを引き立てる。

「我らの顔などアリスで見慣れているかと……」

「そうですが。アリスは中身が少々……」

「……娘が苦労をお掛けしているようで」

 失礼な。母も姉も自分に負けず劣らずのトラブルメーカーのくせに。

「いえ……彼女のお陰で助かっていることもあるので」

 お互いに子供のことでペコペコするような話し方は世の普通の母親のもののよう。カサバイン家の者たちはクスクスと笑っている。



 ブランクは眼の前の光景に唖然としていた。王妃には礼を尽くし、同じ王家のものである自分にはまともに挨拶もなかった。屈辱からブルブルと震える。

 なぜだ……自分が側妃の子供だから?いつもそうだ……使用人からも蔑ろにされ、今は他国の一貴族に蔑ろにされている。

 側妃腹だからなんだ。自分だって王の子供だ。母だって国一の裕福な貴族。侮られて良い存在ではない。ドロドロとしたものが胸に溜まっていくのがわかる。目の前が暗くなっていくよう。



 ーーーーーすっと……指に他者の指がからまった。

 隣を見る。ルビーが微笑んでいる。

 まるで大丈夫だと言うように。

 視界が明るくなる。

 ああルビー。やっぱり僕には君が必要だ。

 君だけが僕の救い。

 気持ちをわかってくれる唯一無二の存在。

 

 ブランクの表情により、一層自分への気持ちを強めたことを確信したルビーは仄暗い下卑た笑みを浮かべた。
 ーーー心でだが。

 そんな二人っきりの世界に浸る彼らは気づかない。

 部屋が静まり返っていることに。繋がれた手に視線が集まっていることに。

 妻帯者である王子……しかも目の前には妻。相手は兄の婚約者。二人はそっと……秘めやかに崇高な行いをしているかのような表情をしている。だが、そんな人前で堂々と手を絡める様子は他者からすれば滑稽でしかない。

 侍女含め皆が冷たい視線を送る。

 王妃は穏やかでありながら扇を口に宛て目を微かに細めさせる。愚かな王子。自分の生まれを卑下しているくせに自分はうまくやっていると思い込んでいる、どこか傲慢さがある王子。ある意味自分が産んだ王子たちよりプライドが高いと思っている。

 だからこそ気に入らない。というよりも嫌いだ。


 カサバイン家の面々は愉しそうに冷ややかに笑う。これが妹の夫かと。可愛い可愛い年の離れた末の妹の愚かな愚かな……夫。彼女たちが彼を妹の夫として認める日はきっと来ないだろう。


 アリスは皆の反応を見て嘲笑う。

 愚者はなぜ自ら墓穴を掘るのだろうか。



 本当に

 本当に

 愚者は見ていて飽きない。



 その目にはとてもどろりとした重々しい愉悦が見て取れた。

 



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