公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

文字の大きさ
93 / 186

93. イリスの想い②

しおりを挟む
 
 ーーーイリス、留守番よろしくね。行くわよフランク。

 ーーーイリス、下がっていなさい。
    フランクあいつらは任せるわ。

 ーーーイリス、こちらに引き付けるから逃げなさい。
    ちょい待ち、フランクどこに行くの?
    文句言わない!早く片付けるわよ!

 
 日が経つにつれて何かもやもやとした気持ちが募る。

 そんなある日、散策中に魔物が出現した。アリスがイリスを魔物から庇うように前に出る。小さい背中が見える。

 そして、その隣に並ぶのはフランク。
 魔物に向かっていく二人。

 自分は今日も見ているだけ。


 
 ある日、アリスが一人庭で泣いていた。

 彼女が指揮する魔物の討伐で死者が出た日だった。屋敷に響き渡る彼女の父や兄からの怒鳴り声。
 
 
 自分よりも小さい背中が震えていた。
 小さい主人の背に手を添える。


「アリス様にも子供時代があったんですね。身も……心も……。子供じゃなくても仲間を失ったり、親から叱られたら悲しいですよね」

 カルラの言葉にイリスは応える。

「いえ」

「「いえ?」」

「アリス様が泣いていたのは、次兄のミカエラ様の机から勝手に拝借した怪しげな惚れ薬をミカエラ様に取り返されてしまったからよ」

 彼女は三兄のカイルと評判の良い令嬢に飲ませるつもりだったそう。理由はいい年こいて色恋の噂も無い独り身だからというとっても単純なものだった。
 
 あとちょっとで脱独身だったのにとわんわん泣き叫ぶアリスの声が聞こえて集まってくるカサバイン家の面々の顔はちょっと困り顔だった。

「それは……子供らしい理由で泣いているような違うような……」

 アイラが少々引き気味に言う。

「そう?私はとても子供らしいと思ったけど」

 自分の思うようにいかなくて、いいことをしたつもりなのに邪魔されてワンワン泣きじゃくるなんて子供だ。


 落ち着いたアリスに仲間の死には涙を流さないのかと問うた。

 彼女は仲間の死は泣かないと言った。
 自分も仲間も覚悟をしているが死は怖いと感じるもの。

 先頭に立つ自分が泣けば皆が死を恐れるかもしれない。覚悟が薄れるかもしれない。自分が泣いても泣かなくても何も変わらないかもしれない、自己満足かもしれない。

 だけどそう決めた、と。

 
 大人のようなことを言うアリスと泣きじゃくるアリス。自分の前に立ったときの小さな背中。化け物じみた強さを持っていたって、アリスは子供なのだ。


 自分は子供に守られているだけなんて嫌だ。

 自分には何が出来る?


 アリスのように強く……いや、あれは無理だ。

 じゃあフランクのように……いやいや、あれも無理だ。いつもニコニコしているが化け物並みに強い。


 では……せめて隣に立てるように自分も強くなりたい。 
 はっきりと自分の気持ちを感じた。


「「へ、へー……」」

 二人が引いているのがわかるが解せぬ。自分で言うのもなんだが、感動話しだと思うのだが……。



「それにしてもイリス様って少し魔力が多いだけなんですね。それであんな強い魔物を退治できるなんて驚きです」

 話しの路線を変えようとカルラが声を上げる。

「いえ、自分で言うのもなんだけど、今はかなりの魔力を持っているわ」

「「えっ!?魔力の増幅は不可能ですよね!?」」

「禁じ手を使いました」

「「禁じ手!?」」

 興味津々の二人。イリスは再び過去に思いを馳せる。


 アリスとフランクに自分の決意を話した日から二人はイリスにスパルタ訓練を課した。


 過酷な日々だった。


 1ミリもズレが許されぬ攻撃魔法のコントロール。ズレた分だけ王宮の外周を走った。


 怪物並みの二人から繰り出される拳からひたすら自分の身を守る結界魔法。結界が破られたときはそのまま殴られた。アリスがちゃんと治してくれたが、殴られたときは非常に痛かった。というか意識が飛んだ。
 

 毎日毎日付き合ってくれる二人のお陰で魔法の精度は上がった。自分が持つ魔力を全て引き出し魔法として操れるようになった。だが自分が持つ魔力量は変わらない。持って生まれた魔力量は一生変わることはないから。


 魔法石で一時的に魔力を上げて戦うしか無いと結論付けた。有り金を握りしめて魔法石を買いに行こうとした時。


 アリスの長姉エミリアに声をかけられた。

 これを飲んでみない?

 ーーーと。


 彼女が発明した魔力増量剤だった。どんな副作用があるかもわからない。そもそも本当に魔力が増幅するかもわからない。

 エミリアがイリスの為だけに作った薬。

 彼女の瞳からは服用したらどうなるのか興味津々なのが伺えた。未知で危険な薬。

 飲むなと頭の中で警鐘が鳴る。が、これ以上強くなれないとわかっていた。少しでも可能性があるのならば賭けようと思った。

 
 薬を飲み干す。


 身体の血液がすごい勢いで流れるのを感じた。
 自分の中の魔力が暴れまわる。
 溢れ出しそうだった。
 身体が爆発しそうだった。

 意識が遠のく。


 誰かが自分の胸に手を翳したのを目の端に映した後、意識が切れた。



 次に目が冷めたのは1週間後のことだった。

 一番最初に目の前に現れたのは一家の女主人エレナだった。


 めちゃくちゃ叱られた。
 死ぬところだったと。


 地獄の特訓のお陰で身体は丈夫くなり魔力の質が上がっていた。アリスの魔力で暴走しそうになるイリスの魔力を押さえつけられる程に。だから助かったと。


 魔力は上がりましたか?と聞いたらーーー 
 エレナは呆れた顔をして成功よ、と言った。


 でも同じことを自分にも他人にもしてはいけないと釘を差された。これは禁忌だと。そもそも薬も全部飲んだからやりたくてもできない。


 エミリアにお礼に行ったら彼女の身体は包帯まみれだった。エレナにボコボコにされたが、治癒魔法使用禁止令が出たので治せないそうだ。


 いや~あれはだめだわ。二度と作らないっ、ていうかお互い記憶から消しましょうねと言われた。


 部屋を出る時、妹をよろしくねと言われた。彼女は薬を試したいだけではなく、妹の力になってくれる者を増やしたかったのかもしれないと思った。

 

 まあ、そんなことを簡潔に眼の前の二人に話すと固まっていた。


「……副作用はなかったんですか?」

「ええ、別に。でもどんどん魔物と対峙するときに恐怖心がなくなっていったわ。感情が鈍くなる副作用でもあったのかしら」

 いや、色々な魔物と対峙して肝が座っただけだと思う。真面目な顔をしているイリスを見て言葉を飲み込む二人。


「でも、魔力量を増やすことってできるんですね」

 アイラがしみじみと言う。

「やっちゃいけないし、ほぼあの世行きだけどね。自分の努力と人の協力があれば0パーセントではないわ。……やっちゃだめよ」

「頼まれてもやりません」

「イリスさん、アリス様のこと大好きなんですね!」

「まあ、金払いも良いしね」

「ヤダ~イリスさん、照れてます?」

 キャッキャと騒ぐアイラ。

「イリスさんのたった一人の主人の為に……!という想いが天に通じたのかもしれないですね」

「私欲だけどね」

「え~……でも人の為になる欲じゃないですか。きっと、ただの馬鹿がやったら破滅ですよ」

「アイラ口が悪いわよ」

「カルラも思わない?」


 問われたカルラは考える。


 力が欲しいと思うは人の性。

 それを手にする手段を見つけた時、人はどのような行動に出るのだろう。それは人によって違う。


 だが、一つ言えるのは


「自分の利益だけ考えて力を欲する馬鹿は破滅するでしょうね」

「いや、カルラも同じこと言ってるじゃない」

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」  豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。  周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。  私は、この状況をただ静かに見つめていた。 「……そうですか」  あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。  婚約破棄、大いに結構。  慰謝料でも請求してやりますか。  私には隠された力がある。  これからは自由に生きるとしよう。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...