公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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108. 1年後

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 アリスとブランクの1ヶ月に渡る謹慎は何も問題なく終わり、それから1年程経った。

「あー、あー」

 可愛らしい赤子がコロンコロンと寝返りを打つ。その愛らしい姿に可愛いと侍女たちの声が上がる。

「お姫様はご機嫌ね」

 そう言い赤子の頬をぷにぷにと突っつくのは皇太子妃のマリーナだ。

「はい、皇太子妃様」

 返事をするのはハゲ大臣の娘。父親の権力もあるし、懐妊も公になってしまったし……と闇臭漂う穏やかな笑みを浮かべる王妃の承認のもと彼女は結局ルカのお嫁様となった。二人の前にいるのは半年ほど前に産まれたルカと彼女の子供。子供を愛おしげに見つめる目にはどこか寂しさがある。

「ルカ殿はあまりこちらに来られないとか」

「致し方ありません。父に謀られて授かった子です」

 悲しげに言う彼女にマリーナは同情…………ではなく不快感を覚える。

 何やらこの娘悲劇のヒロインぶっているというのか、自分って可哀想でしょ感をバリバリに出してくる。ルビーも似たような感じではあったがかなり強かだった。ぶりっ子して何かを得ようとする小狡さがあった。だがこの娘は本当に悲しむばかり。可哀想な私をただただ見て欲しいという感じで何やら好かない。

「あーーー!!あーーー!!」

 赤子が泣き出す。

 ルカの妻は側にいた乳母に目配せすると乳母が抱っこしてあやす。

「………………」

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありませんわ。それでは私はこれで……」

「もう行ってしまわれるのですか?もしや……。皇太子妃様もなのですね。王妃様も実の孫であるこの子よりもあちらばかり気にかけていらっしゃるのですよ……」

 ウルウルされても私の胸には何も響きませんと言ってやりたい。

「致し方ありません。あちらの方が期待されているのですから」

「は?」

 おっと普通に冷たい言い方になってしまった。ニコリと笑って退散する。




~~~~~~



「「あー、あー」」

 庭園に向かうマリーナの耳に再び赤子の声が聞こえてくる。それと華やかな女性の声も。

「ばあばかしら?」

「は?ばばあですか?自分のことをそんなふうに呼んではダメですよ王妃様。というか1ヶ月の子が何か単語を言うわけないじゃないですか。それにばあばはお義母様です。王妃様のことは王妃様と呼ばせますよ」

「ばあばはザラに譲るわ。私のことはおばあ様と呼ばせましょう」

「話し聞いてますか?おばあ様」

「誰があなたのおばあ様よ!王妃様とお呼びなさい!」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい声の主達の前に立つ。

「ご機嫌よう、お義母様、アリス、そして可愛いラルフ、オリビア」

 庭園にいたのは王妃とアリス、その侍女たち、護衛のフランク。そしてアリスとブランクの子供であるラルフとオリビアだった。ラルフは男の子でオリビアは女の子。双子である。二人は日除けのパラソルの下に置かれたベビーベッドに寝かされている。

「またあの子が目をウルウルさせて文句を言っていましたよ」
 
 アイラが用意した椅子に腰掛けながらマリーナが言う。

「あら、あちらにも毎日顔を出しているのだけれど足りないのかしら……」

 実際よく顔を出しているのは実孫の方だ。長居するのはこちらだが。あちらはすぐに切り上げている。

「孫は可愛いけれど、愚痴につきあわされるのも面倒なのよね。それにお孫ちゃんは乳母がすぐに抱っこしてどこかに連れて行ってしまうしね。あの子可愛がっているようでろくに抱っこもしないのよね……。

 それにラルフとオリビアをたくさん可愛がって懐いてもらわないと……」

 王妃が手を伸ばし優しく二人の髪の毛を撫でる。二人の髪の毛の色はラルフが銀、オリビアが金だ。ラルフの銀色の髪の毛はダイラス国王家では珍しいが、カサバイン家の男児特有の遺伝子が勝ったよう。

 そしてクリクリとした赤子特有のきらきらとしたお目々はアリスと同じ澄んだ紫色。それは魔力の高さを物語っている。

 顔立ちもアリス似で実に美しい。ブランクの面影は一切ない。本当に血繋がってるのだろうか?と思うほどに。王妃が今まで見た中で一番の美貌を誇る赤ちゃんたちだ。

「「……ック……ック……あー……あーーー!!」」

 泣き出す二人の赤子。あら、と抱き上げようとしたとき……

「お待ち下さい、王妃様!!」

 走り寄ってきたのはブランクだった。

「ラルフはお腹が空いたようです。オリビアはオシメが濡れたようです。失礼致します」

 さっとラルフを抱き上げるとアリスの元に連れていく。そしてアリスの肩にショールを掛け胸元が見えないようにする。

 その後オリビアのベッドに近づくとさっと新しいオシメに取り替える。その手つきは実に鮮やかだ。

「ブランクあなたよくわかったわね」

「泣き声を聞けばわかります」

「あ……そうなの」

 ブランクの当たり前でしょみたいな言葉に若干引く王妃。泣き声、泣き方で自分の赤子の気持ちがわかるという世の母もいるが、3人の子を乳母の手をかりながらも率先して自らも育児していたが王妃には無理だった。

「アリス、乳母は本当に雇わなくても良いの?」

「ええ、侍女も助けてくれますし。何よりも夫がおりますので……。夜泣きのときなど私よりも先に目を覚ますくらいなんですよ」

 オホホと笑うアリス。

「アリス、授乳は終わったかい?ゲップを出すからラルフをこちらへ」

「はいはい」

 ラルフの背中をサスサス、トントンしゲップを出させようと奮闘するブランク。

「ああ、イリス。オリビアが少し寒そうな顔をしている。もう少し何かをかけてやってくれないかい?」

 泣いたか?いや、泣いていない。ぐずったか?ぐずってない。なぜ寒そうだとわかる?

「…………畏まりました」

 薄めの布団をかけられたオリビアは手足を動かしご機嫌な様子になった。はだけたらぐずりだす。再びかけるとご機嫌になった。マジか…………。

「よくしつけたわね」

「恐れ入ります」

 フワリと穏やかな顔をして王妃に返事をするアリスを見るイリス。

 彼女が以前言っていたことが蘇る。




ーーーご懐妊おめでとうございます。

ーーーありがとう。

ーーー父君がブランク様だということが不安です。

ーーーそう?

ーーー小者過ぎます。

ーーーいいじゃない、小者で。私が化け物みたいなんだから。浅はかで、小心者で人間らしい父親が側にいた方が。

ーーー立派な親のほうが宜しいかと。

ーーーフフッ。私は両親も兄も姉も好きよ。尊敬しているし、感謝もしている。でもねジュリアやリリア姉様を見ているとたまに思っていたのよ。

ーーー何をですか?

ーーー私もああやって甘やかされたい、心配されたいって。

ーーーいや、そのお二人も普通のお育ちではないですが……

ーーーでも私みたいに魔物の前に放り出されることも、年齢以上のことを当たり前に求められることはなかったわ。そしてそれに対して誰も止めたり諌めたりする人もいなかった。

ーーーブランク様がそうなると?

ーーーだってルビー嬢の為に私にあれだけ噛みついてきたじゃない。子供に深い愛情を持てば私に平気で意見するわよ。それに小者だからこそ色々なことを心配して子供に声をかけて、無理してないか気にかけてくれるわよ。

ーーーそもそも大事にしてくれますかね?

ーーー母親を大事にしてるから大丈夫じゃない?それに兄上たちに歯向かわないのは怖いのもあるけど、よく思われたいからとか家族だからってのもあると思うのよ。だからきっと自分の子供は大切にするタイプよ

ーーーもしかして、アリス様ブランク様のこと…………

ーーーアハハハ、普通に嫌いに決まってるでしょ。

 そういう彼女の顔は真顔だった。




「どうかした?イリス」

「いえ」

 アリス様、あなたの見る目は確かだったようですね。小々子供に対して勘が良すぎるというか、何かそのうち邪な心でも芽生えないか、変な執着を持たないか等々心配な気もしますが……間違った道に行けばあなたがひっぱたくでしょうしね。

「アリス様」

「うん?」

「あなたは幸せですか?」

「ええ、勿論幸せよ。可愛い子供達と奴隷……じゃなくて便利な夫もいるし。  




 それに、まだまだこの国には愚かな勘違い野郎がいっぱいいるもの」




 アリスは二人の我が子の指に自身の指を絡めて遊んでいる。


 だが、

 誰の顔を思い浮かべているのか……


 その顔には


 とても美しく


 艶やかで


 誰をも魅了してやまない





 嘲笑が浮かんでいた。


 
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