公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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149.人の不幸は蜜の味

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   ~4年程前~

「はー」

「………………申し訳ございません……ルカ様」

「ラシア、君は何を謝ってるんだい?僕は何も怒ってなどいないよ?なんで君は……いや、いいや」

「…………………………」

 それではなぜあんな溜息を?と言いたいが言えない自分にラシアは唇を噛む。今二人がいるのは寝室である。先程まで王の誕生日パーティーに参加していた二人。

「それにしても今日もアリスはとても美しかったね。ドレスもアクセサリーのセンスも抜群。周辺国の大使たちも皆見惚れ、我先にと彼女に近づこうと必死だった。もちろん彼女の実家や他国とのパイプ、実力もあるだろうけれど彼女の周りはとても楽しそうだったから惹かれるのも当然だよね」

 そう。それに引き換え自分の周りは父親であるハーゲ伯爵の取り巻きのご令嬢やご令息ばかりでおべっかばかり。友人たちも自分と同じく大人しい者が多く、ドレスも地味め、華やかさに欠けた。

「ナディアは愛らしく賢い」

 ナディア『は』、では私は?

「でも運が悪かったね。ラルフとオリビアという全てにおいて上をいく存在が一緒にいるから霞んでしまう。ラルフはともかくオリビアは同じ女の子だ。将来色々と比べられナディアは霞んでいく一方だろうね」

 まだ1、2歳の子をそのように評価するなんて。そんなのまだわからない。

「あーあ。最近ではブランクの方が評判もいいし、母上も自分の孫よりも血の繋がらない孫の方を可愛がっているし、僕に対しても母上は冷たい視線を向けるようになったからやっていられないよ」

「あっ……では女性と遊ぶのを控「は?何か言った?」」

 その視線は彼の女遊びが酷いから。結婚してからも、いや、ますます増えていく彼の恋人。誰一人側室にしていないのがまだ救い。

「僕がすることに口出ししないでくれる?仕事はちゃんとしてるし、私的な時間をごちゃごちゃ言われる覚えはないよ」

 そう言う彼の瞳は酷く冷たい。

「でも……わ、私と婚姻しましたし…………」

「僕はするつもりなどなかったけどね。君は所詮一人の遊び相手でしかなかったのに。覚悟もなんの思いもなく周りに言われてした結婚になぜ僕が気を使わないといけないんだい?なんで生活を変えないといけないんだい?」

 勇気を出して諫める言葉を口にしたが、彼の気分を害しただけだった。周りに無理矢理結婚させられたとはいえ婚姻書に署名したのは彼。最後に決断を下したのは彼のはず。

「私はあなたと仲良くやっていけたらと思っただけです……」

 初めて見たときから素敵な人だと思っていた。遊び相手でもいいから近づきたかった。彼の妻となることができ本当に嬉しかった。

 なのに今自分はなぜこんなに虚しいのか。

「僕は君がやることに口出ししていないよ。僕のやることに口出しして気分を悪くしているのは君だ。仲良くする気があるなら黙っていたら?」

「そんな……」

 そもそも彼がいろんな女性に手を出すのが悪いのでは?婚姻前とは違って色々な女性と身体の関係を結びまくっている。

「ああ、うるさい!気が休まらない!ちょっと出てくるよ」

 こんな深夜に、今日はどこの令嬢の元へ行くというの?

 扉に向かい歩いていくルカ。出ていく瞬間ポツリと呟く。

「はあ、子供ができなければ良かったのに」

「!?」

 その言葉に目を見開くラシア。

 しかし彼を引き止めることも、反論することもできなかった。




~~~~~~~~~~


「ナディア様お上手です」

「あい、どうじょ」

「ありがとうございます」

 ラシアは王宮の庭園にいた。娘のナディアと侍女とともに。娘と侍女たちがボール遊びをしているのをぼーと見つめていた。

 侍女たちはナディアがまだおぼつかない足で一生懸命歩き、ボールを転がしたり手渡しする様子を見ては可愛い可愛いと声を上げる。

 可愛い、可愛い……、可愛い…………?

 本当に?

 父親に存在を否定されたこの子が……?






 は!いけない………そんなことを思うなんて。

 ナディアは可愛い娘だ。唯一無二の自分の宝物。
 自分とルカを繋いでくれた娘。

 でも

 自分と同じように
 彼の心を繋ぎ止めておくことはできない娘。


 ラシアは両方の手で自らの頭を抱え、髪の毛を思いっきり掴む。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、こんなことを思ってしまう自分が嫌だ。なんで自分はこうなのか。

 こんな自分だから彼の心が掴めないのだ。

 こんなだから昔から父親にも大切にされなかったのだ。

 こんなだから――――

 こんなだから――――

 こんなだから――――

 

 頭がグラグラする。




 ああ、侍女たちが自分の名前をオロオロしながら呼んでいる。

 ごめんなさい。

 こんな弱い私に仕えさせて。

 こんな私に仕えるよりもあなたたちはあの人みたいな素敵な人に仕えた方が幸せだったでしょうに。



「あら?大丈夫ですか」

 涼やかな声音がラシアの耳にするりと入って来る。

「ラシア義姉様?どこか痛いのですか?」

 ゆっくりと髪の毛を離し、前を見る。

 そこには先ほど考えたあの人――――アリスがいた。

 今日も美しい、憎悪を感じるほどに。

 でもそんな相手に答えていた。

「心が……心が痛いのです」

「あらまあ、それは大変」

 全然思ってもいなそうな軽い調子に思わず笑ってしまう。

「心が痛いねえ。ふふっ、私最近ちょっと暇でして……特になんのトラブルもないし、つまらないのです。人の不幸は蜜の味……ささ、私に話してくださいな」

 アリスは何を言っているのか。

 蜜の味って。

 でも……その期待に満ちた表情、キラキラした透き通った紫色の瞳を見ていたら思わず口を開いていた。









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