公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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141.成敗③

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 バキッ

 床に叩きつけられた箒が折れた。



 手に残っていた柄を放り投げるとトキに一歩近づく。

 思いっきり振りかぶり



 拳で殴った。



 痛い。

 いや、めちゃくちゃ痛い。自分の拳が痛い。

「男前ね、ルビーさん」

 ふん、と鼻から息を吐いたルビーはトキに背を向ける。

「帰るから開けて」

「あら、それだけでいいの?」

「ええ」

 くるりとルビーが振り返りトキに視線を向ける。

「だってなんか可哀想だし」

「は?お前に可哀想と言われる覚えなんてない!!!」

 トキが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「私だってもっと何か痛めつけてやろうと思ってたわよ。でもあんまりにも現実を見ることができていないから哀れに思えちゃって」

「な、何様だ!?誰のお陰で修道院から出られて生活が出来ていたと思ってるんだ!」

「えっ。自分の行いのお陰、あとは運」

 激昂するトキにしれっとルビーは答える。

「違うだろう!違うだろうが!僕が……僕がお前を出してやったんだ!優秀で皆から慕われている僕がお前を選んだから「「ぶふっ」」」

 二つの噴き出す音が聞こえた。

「まじでやばいやつ……ぶふぉっ」

 ボソリと呟いたアリスを睨みつけるトキ。

「そもそも恩赦を下されたのは陛下だし、私を推してくれたのは修道長よ。あなた何かしてくれたの?」

「だ……だから、僕がお前を狙ってたから修道長が便宜を図ってくれたんだろ!」

「んなわけないでしょ」

「なんたる勘違い野郎」

 修道院から出たルビーが何かすればその責任は修道長になる。ルビー自身への信頼がなければ恩赦の候補に挙げられるわけがない。

 女性二人に馬鹿にされ顔を真っ赤にして口をパクパクとするトキ。怒りで言葉が出てこないようだ。

 アリスがぱちんと指を鳴らすとカシャンと牢の鍵が開いた。牢の外へ足を踏み出すルビーにアリスは持っていた扇子を渡す。

 じっと手の中の扇子を見た後、それを開きゆっくりと口元に当てるルビー。その様はかつての貴族時代のルビーを思い起こさせた。

 彼女は口元を隠したままチラリとトキを見ながら言葉を紡ぐ。

「それに――――――貴族が平民、身分が下の人間を哀れに思うのは当然でしょ?」

「まさか……」

「ええ、あなたの愚行のお陰で貴族に返り咲けたのよ。アリスが手を回してくれてね、祖父からお許しが出て実家の籍に戻してもらえることになったのよ」

「はっ!こんな短期間でできるものか!」

「「ふふっ」」

「何がおかしいっ!?」

「ルビーさん笑っちゃ駄目よ、仕方ないでしょう?」

「あら、そういうあなたこそ笑ってるじゃない」

「仕方ないわよね」

「ええ、仕方ないわ」

「「彼は平民だものねえ」」

「権力というものを理解できなくても仕方ないわ」

「そうね、もともと頭もよくないようだし……」

 二人は哀れなものを見る目でトキを見る。

「黙れ黙れ!ア、アリス様はともかく、ルビーお前僕がここを出たら覚えてろよ!!!」

 アリスとルビーは見つめ合う。

「まあ」

「本当に」

「「おめでたい頭ね」」

「な、な、な………………」

 こんな扱いをされたのは初めてだ。ありがとう、助かったわ、騎士様素敵と尊敬の眼差しを集めていたのに。自分より弱いやつ不幸なやつを見ては優越感に浸っていたのに……なんだこの状況は。

「あらあら、私達の言動がショックで自分が処刑されるとは気づいていないみたいね」

「…………………………そうね」

 呆然としていたトキは処刑という言葉にはっとする。

「処刑……なぜ?なんでだ!?ただの殺人未遂だぞ!そんな重罪になるわけがない!」

「ただの殺人未遂…………」

「自分の欲のために赤子に手を出そうとしといて…………」

「「さいてーーーー」」

 
 二人の声がはもる。はもったと嬉しそうなアリスと嫌そうなルビー。

 だがその心情は同じだった。簡単に殺人未遂というが結果論でしかない。ルビーが戻らなかったら双子が駆けつけなければ小さいあの子の命は奪われていたのだ。

「しっかりなさいな。ルビーさんは貴族、あなたは平民。平民が貴族に牙を剥く、それがどういう結末になるのかわからないの?」

 それはこの国では重罪中の重罪だ。しかもその理由が理不尽極まりないものとなれば……処遇は一つに決まっている。

「だがルビーはあのとき平民だったはずだ!平民相手の殺人未遂で処刑などありえない!」

 青褪めながらも吠えるトキにアリスは

 美しくも

 残酷な

 嘲笑を浮かべた。


 彼の前に移動したアリスは彼の胸ぐらを掴むと顔を触れそうなほど近づけた。

「あなた……誰を敵に回したと思っているの?」
  
 その音色の冷たさに立っていられなくなったトキはその場に座り込む。いつの間にか彼を縛っていた光のムチは消えていた。

「ルビー………」

 弱々しい声でトキがルビーの名を呼ぶ。ルビーは扇子に隠れた唇をきゅっと軽く噛んだ後吐き捨てる。

「平民ごときが貴族様を呼び捨てにするなんて不敬よ」


 パチリと扇子を閉じ身を翻す。

 そして今度は振り返らずに歩き出す。


 後ろからトキが何やら叫んでいるが

 振り返らない。




「お疲れさま」

 建物の外に出たルビーに声がかけられた。

「……あなたなぜ私より先に外に出ているのよ」

 ふふ、とアリスは笑う。

「あらあ、牢屋を歩くなんて私の靴が汚れちゃうじゃない?」

 自分の足元を見る。確かに汚れている。

「…………書類の改ざんとか、公爵様や祖父はいい顔しなかったでしょ」

「公爵はんも~~~~って牛化していたわ。宰相はグチグチ言いながら嬉しそうに改ざんしていたわよ。孫娘をやろうとしたやつに天罰が下せるから照れ隠しよ」

 祖父が嬉しそうに……いやそんなはずはない。恐らくアリスの見間違いだ。ルビーは真っ直ぐにアリスを見つめる。

 美しい顔。

 何を考えているかわからない顔。

 だけど――――――





「それで私は何をすればいいわけ?」

「あら、バレてましたか」

「あなたが私の為に親切心だけで手を差し伸べてくれるわけないでしょ」

 返事をするでもなく意味深な笑みを浮かべる彼女に、ムカつくのに、苛つくのに…………



 前みたいな敵愾心ではなく、

 仲間意識が芽生えるのはなぜだろうか。






 ははっ

 本当に解せないわ。

 
 

 
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