伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人

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第三章:王太子の想い

3.恋に揺れる

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 アーリーンが不安に揺らした視線を落とす。
 その頬は、憂いの表情とは裏腹に、愛らしい紅をさしたように染まっていた。

 可愛らしいアーリーン。乙女の不安に揺れる可憐な姿を見ていると、なんとしても励ましたくなる。

 こんな姿を見てしまえば、誰もが守って上げたくなるだろう。

『コベット国では、心の在り方は表情に出るようになると言います。心が美しい人はより美しくなり、性根がねじ曲がっている人の口元や目は歪んでくる、と』

 レットの言葉が耳に蘇る。
 アーリーンのような心根まで美しい見目麗しい令嬢たちに囲まれて暮らしてきたレットが、ジュディスのように何も持っていない異国の王女を娶ろうとした真意は、どこにあるのだろうか。

 アーリーンを励ましたいと思うその気持ちは確かにあるのに。

 それとは別の、ずっと胸の内に押し隠していた問いが、津波のように強い力で押し寄せくる。荒れ狂う自らの想いに押しつぶされそうで胸が苦しかった。

「なぜ、レット、……エルドレット殿下は、アーリーン様を、選ばれなかったのでしょう」

 初めて顔を合わせたその日その時からずっと、その疑問はジュディスの頭から離れていくことはなかった。

 一生押し隠していくつもりだった言葉が、口から溢れてしまった。
 目の前にいるアーリーンが驚いているのが目に入ったけれど、一番ショックを受けてたのは絶対に隠し通すつもりでいたジュディス本人だった。

「ご、ごめんなさい。アーリーン様。私ったらなんてことを」

 幼いアーリーン・ペイター侯爵令嬢がエルドレット第一王子から婚約者に選ばれず、大泣きしたことは有名だった。
 遠いフリーゼグリーン王国にいたジュディスが少し調べただけで分かるほど。

 幼い恋に破れ、新しい恋に生きることに決めた少女に向かって、無遠慮に口にしていい言葉ではない。

 ──しかもジュディスは、その初恋の相手の、婚約者なのだ。

「ごめんなさい。本当に、私ったら。なんて失礼なことを!」

 オロオロと自分が泣く立場ではないというのに。
 ジュディスは目に熱いものが溜って滑り落ちていくのを止められなかった。

「あらあら。本当ですわ。そのようなことを言っては、エルドレット殿下が、悲しまれますわ」

 柔らかな白い手が握る綺麗なレースのハンカチで、目尻から溢れた涙を吸い取るように押さえられた。アーリーンは優しい表情をしていた。

「怒っていらっしゃらないの?」

「ふふ。よかった。ジュディス様は、本当にエルドレット殿下をお好きなのですねぇ」

 ニコニコと笑ったアーリーンに指摘されて、ジュディスは自分が爆発してしまうのではないかと思うほど動揺した。

「そそそそそそそそそそそんなことはっ」

「あぁ、良かった! 私達ずっと、ジュディス様は、エルドレット殿下の策略に嵌って、強引に攫われて連れて来られてしまったのではないかと心配していたのです」

 両手を胸の前で合わせて喜ぶアーリーンに、ジュディスの涙が止まった。

「策略……」

 ある意味間違っているとは言い難い。
 父アシェル王は今でもきっとそう思っているだろう。

「ヤミソン様が吃驚してました。『あちらに着いた日の夜にはお見合い相手と婚約を交わしたんだって! それで一緒に連れて帰りたいから迎え入れる準備をしておいて欲しいって! 伝令鳥を飛ばしてきたんだよ! あの、どんなに綺麗な令嬢を連れて来られても絶対に婚約しようとしなかった、あの兄様が!!』と大変興奮されておりましたわ」

 どうやらヤミソンの口調を真似ていたらしいその言葉の出来に、自分で笑ってしまったようだった。
 くすくすと目を眇めて笑い続けるアーリーンが教えてくれた言葉の意味を考えていた、ジュディスは目を瞬かせた。

 いまだにピンと来ていない様子のジュディスに、アーリーンは優しく微笑む。

「私は、どこまで行ってもエルドレット殿下にとって、妹のようにかわいがってきた幼馴染みです。そうして今は、可愛い弟の婚約者でもあります。どちらにしろ、殿下にとっての私は守るべき存在なのです」
「……」
「あっ。私がな存在だから守りたいというのとは違いますからね? どういえばいいのかしら。私は、彼が統べる国の民のひとり。殿下はすべての民を守りたいと願われているのでしょう」
「守るべき、民、ですか。アーリーン様が?」
「勿論、私は高位貴族のひとりでもあります。次代殿下が統べる時代がきた時には、より弱い、守るべき民のため、その差配の下に動く一家臣として尽くすつもりでおります。殿下もそれを望んでいることでしょう」

『私は努力する人が好きです。私の横に立ちコベット国を共に支えてくれる人は、見目の美しさより、民の為に努力ができる方こそを選びたい』

 ジュディスは、初めて会ったあの時に、レットが告げた言葉を思い出していた。

『私になにかあった時には代わりを務められる才覚のある方がいい。民への敬意を持ち、民から敬愛される女性がいい』

『王族としての義務を知り、背中を預けられる方』

『私は、ジュディス・フリーゼ王女殿下、あなたの手を取りたいと願っております。あなたは知的好奇心に富み貪欲に知識を蓄え、そうしてそれを民の幸せな生活の為に活かす術を常に探ることができる素晴らしい方だ。そんなあなただから、妻に迎えたいのです』

 ひとつひとつ、ジュディスの目をみつめ、ハッキリと告げられていた言葉だったのに。

 何故いままで忘れてしまっていたのだろうか。

「そうですよね。エルドレット殿下は、恋をした相手として私の手を取った訳ではないですもの。私ならば、自らの不在を任せても良いと判断して下さったのですものね」

 選んで貰った理由をもう忘れてはならない。
 心して、これからの王太子妃教育へ身を粉にして励まねばならない。

 そうは思い直しはしたものの尚、ジュディスの心に、黒い想いが染みのように残る。

『確かに私はジュディス王女に恋をしているとは言えません』

 あまりにもハッキリと告げられた言葉が今もジュディスの心には棘のように刺さったままだからだ。

 いつまでもじくじくと痛む棘の周囲からその染みが広がって、いつしかジュディスをまるで美しくない王妃に変えてしまいそうで怖かった。



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