25 / 26
第三章:王太子の想い
4.想いの形、その名前
しおりを挟む
■
「恋をした相手ではないだなんて。ジュディス様。もしかして、エルドレット殿下にそう言われたのですか?」
アーリーンの問い掛けに、もう想いを隠しきれないと諦めが先に立つ。
言葉にするのも辛すぎて、ジュディスは頷いてみせるのが精一杯だった。
「まったくもう。兄弟って変なところで似るのかしら」
ぷんすかと怒った顔をしたアーリーンが、ジュディスの手を取り語り出した。
「私も、片思い中にヤミソン様から『僕には、恋がまだわからない』と聞かされたり、エルドレット殿下を勧められたり致しましたわ! まったくもう。乙女心が分からない兄弟ですわ」
可愛い女性は怒っていても可愛いのだなぁとジュディスは話とはまるで関係ないことを考えた後、驚きの声を上げた。
「ヤミソン様から、エルドレット殿下を?!」
「そうですわ。酷いと思いませんか? 傍にいて、ずっと優しくして下さって。すっかり私の心を奪っておきながら、それですよ? あぁ、口にするのも腹立たしい記憶ですわ!」
「なんて罪作りな」
アーリーンは額に手を当て嘆いた。
「それにしても、本当に、変なところばかり似ていらっしゃる。多分きっと、エルドレット殿下……いいえ、今だけは兄さまと呼ばせて貰いますわ。殿下を良く知る幼馴染みのひとりとして。未来の義妹として。エルドレット兄さまのことですから、あなたに恋をしていないとか、そんな風なことを言ったのでしょう。でも、そんなの口からでまかせの嘘っぱちですからね? 信じてはいけませんわ、ジュディス様」
「なぜ……?」
エルドレットから告げられた言葉を言い当てられるのか、そしてそれをあっさりと否定するのか。どちらを問い詰めるべきか、ジュディスには判断できなかった。
「エルドレット兄さまが、なかなか婚約しようとしなかったという話は先ほどお伝えしてましたわね。その兄さまが、突然『フリーゼグリーン王国の第一王女を妻に迎えたい』と言い出したのは、今から二年前だそうですわ」
「二年?」
ジュディスがコベット国へやってきて一年。そうしてその更に一年前。
「それは、有り得ませんわ。だって……その」
まだ、ジュディスは前の婚約を、していた筈だから。
婚約を破棄された心の傷に気が付かないようにして、無理に笑って暮らしていた。
「いいえ。ジュディス様にご紹介して頂く際にヤミソン様が教えて下さったので間違いないですわ」
「でも」
それでは、ふたつの国の移動時間を考えれば、情報を仕入れてすぐに動かなくては、あのお見合いには間に合わないことになってしまう。
「まだ、お分かりになりませんか? エルドレット兄さまは、ジュディス様の婚約が破棄になったと知ったその場で、行動を始めたのです」
「!」
「ジュディス様を、自分の隣に迎えるための準備を」
家臣である護衛騎士から婚約を破棄されたばかりの王女を娶りたいと言い出して、即受け入れられる筈もなく。
数多の反対意見に説得を重ね、国の益を挙げ、正式に国から使者をたてて見合いの申し入れをしてくれた。
どれだけの労力をかけて、あの見合いの場へやってきてくれたというのか。
「……うそ。いえ、ほんとうに?」
ジュディスはそんなエルドレットの努力があったことなど、まったく考えもしなかった。
「まぁ! 私、ジュディスお義姉さまに嘘なんてついたりしませんわ」
わざと拗ねてみせる未来の義妹へ、ジュディスは何度も頷いた。
「ねぇ、ジュディスお姉さま。残念なことに、エルドレット兄さまはとても頑固な方なのです。自分のことについては、特に。一度自分で決めたことを訂正することすらできない頑固者」
そこはヤミソン様が似てなくて良かったなーって思いますわ、とアーリーンが笑う。
「自分のすべての情熱は国の統治へ捧げると決めてしまったエルドレット兄さまには、自分がどれほど噂に聞く新しい友好国で誰にも認められないまま民の為の組織を立ち上げようと努力した王女様に惹かれていようとも、その想いに名前を付ける訳にはいかなかったのです。その王女様にずっと恋している婚約者がいると知り、その人との政略結婚すら望めなくなってからは、尚のことです。けれど彼女を渇望するあまりに、他のどんな美しい令嬢が束になって押し寄せてこようともまるきり婚約しようとしなかった。ね、頑固者でしょう?」
「……うそ。うそです、やっぱり、うそ」
「ねぇ、ジュディスお姉さま。エルドレット兄さまが、どんなに自分の想いにつけるべき名前を否定しようとも、そこにあるジュディスお姉さまへの想いの形も重さも、変わりないと思いませんか?」
アーリーンのその言葉に、ジュディスは胸を震わせ涙した。
「レットは、いつだって私が婚約者として決定している前提ですべてを進めていますが、正直なところ、コベット国の煌びやかさに圧倒されてしまって。この婚約は公式に発表にならない内に、事務官とか外交官として採用されたと成り代わるのではないかと考えていたのです」
バレたら怒られるかもしれないとずっと隠していたそれを口にしてみれば、それがまるであり得ない事であると分かった。
そもそもフリーゼグリーン王国で正式な婚約を交わしているのだから、今更外交官に採用となるもなにもない。それは分かっていても、一度頭に取り憑いてしまった悪い想像を追い払うことはどうしてもできなかったのだ。
「あり得ませんわね」
「えぇ、あり得ません。この婚約はすでにフリーゼグリーン王国とコベット国との契約ですから」
「ちーがーいーまーすー!」
「恋をした相手ではないだなんて。ジュディス様。もしかして、エルドレット殿下にそう言われたのですか?」
アーリーンの問い掛けに、もう想いを隠しきれないと諦めが先に立つ。
言葉にするのも辛すぎて、ジュディスは頷いてみせるのが精一杯だった。
「まったくもう。兄弟って変なところで似るのかしら」
ぷんすかと怒った顔をしたアーリーンが、ジュディスの手を取り語り出した。
「私も、片思い中にヤミソン様から『僕には、恋がまだわからない』と聞かされたり、エルドレット殿下を勧められたり致しましたわ! まったくもう。乙女心が分からない兄弟ですわ」
可愛い女性は怒っていても可愛いのだなぁとジュディスは話とはまるで関係ないことを考えた後、驚きの声を上げた。
「ヤミソン様から、エルドレット殿下を?!」
「そうですわ。酷いと思いませんか? 傍にいて、ずっと優しくして下さって。すっかり私の心を奪っておきながら、それですよ? あぁ、口にするのも腹立たしい記憶ですわ!」
「なんて罪作りな」
アーリーンは額に手を当て嘆いた。
「それにしても、本当に、変なところばかり似ていらっしゃる。多分きっと、エルドレット殿下……いいえ、今だけは兄さまと呼ばせて貰いますわ。殿下を良く知る幼馴染みのひとりとして。未来の義妹として。エルドレット兄さまのことですから、あなたに恋をしていないとか、そんな風なことを言ったのでしょう。でも、そんなの口からでまかせの嘘っぱちですからね? 信じてはいけませんわ、ジュディス様」
「なぜ……?」
エルドレットから告げられた言葉を言い当てられるのか、そしてそれをあっさりと否定するのか。どちらを問い詰めるべきか、ジュディスには判断できなかった。
「エルドレット兄さまが、なかなか婚約しようとしなかったという話は先ほどお伝えしてましたわね。その兄さまが、突然『フリーゼグリーン王国の第一王女を妻に迎えたい』と言い出したのは、今から二年前だそうですわ」
「二年?」
ジュディスがコベット国へやってきて一年。そうしてその更に一年前。
「それは、有り得ませんわ。だって……その」
まだ、ジュディスは前の婚約を、していた筈だから。
婚約を破棄された心の傷に気が付かないようにして、無理に笑って暮らしていた。
「いいえ。ジュディス様にご紹介して頂く際にヤミソン様が教えて下さったので間違いないですわ」
「でも」
それでは、ふたつの国の移動時間を考えれば、情報を仕入れてすぐに動かなくては、あのお見合いには間に合わないことになってしまう。
「まだ、お分かりになりませんか? エルドレット兄さまは、ジュディス様の婚約が破棄になったと知ったその場で、行動を始めたのです」
「!」
「ジュディス様を、自分の隣に迎えるための準備を」
家臣である護衛騎士から婚約を破棄されたばかりの王女を娶りたいと言い出して、即受け入れられる筈もなく。
数多の反対意見に説得を重ね、国の益を挙げ、正式に国から使者をたてて見合いの申し入れをしてくれた。
どれだけの労力をかけて、あの見合いの場へやってきてくれたというのか。
「……うそ。いえ、ほんとうに?」
ジュディスはそんなエルドレットの努力があったことなど、まったく考えもしなかった。
「まぁ! 私、ジュディスお義姉さまに嘘なんてついたりしませんわ」
わざと拗ねてみせる未来の義妹へ、ジュディスは何度も頷いた。
「ねぇ、ジュディスお姉さま。残念なことに、エルドレット兄さまはとても頑固な方なのです。自分のことについては、特に。一度自分で決めたことを訂正することすらできない頑固者」
そこはヤミソン様が似てなくて良かったなーって思いますわ、とアーリーンが笑う。
「自分のすべての情熱は国の統治へ捧げると決めてしまったエルドレット兄さまには、自分がどれほど噂に聞く新しい友好国で誰にも認められないまま民の為の組織を立ち上げようと努力した王女様に惹かれていようとも、その想いに名前を付ける訳にはいかなかったのです。その王女様にずっと恋している婚約者がいると知り、その人との政略結婚すら望めなくなってからは、尚のことです。けれど彼女を渇望するあまりに、他のどんな美しい令嬢が束になって押し寄せてこようともまるきり婚約しようとしなかった。ね、頑固者でしょう?」
「……うそ。うそです、やっぱり、うそ」
「ねぇ、ジュディスお姉さま。エルドレット兄さまが、どんなに自分の想いにつけるべき名前を否定しようとも、そこにあるジュディスお姉さまへの想いの形も重さも、変わりないと思いませんか?」
アーリーンのその言葉に、ジュディスは胸を震わせ涙した。
「レットは、いつだって私が婚約者として決定している前提ですべてを進めていますが、正直なところ、コベット国の煌びやかさに圧倒されてしまって。この婚約は公式に発表にならない内に、事務官とか外交官として採用されたと成り代わるのではないかと考えていたのです」
バレたら怒られるかもしれないとずっと隠していたそれを口にしてみれば、それがまるであり得ない事であると分かった。
そもそもフリーゼグリーン王国で正式な婚約を交わしているのだから、今更外交官に採用となるもなにもない。それは分かっていても、一度頭に取り憑いてしまった悪い想像を追い払うことはどうしてもできなかったのだ。
「あり得ませんわね」
「えぇ、あり得ません。この婚約はすでにフリーゼグリーン王国とコベット国との契約ですから」
「ちーがーいーまーすー!」
126
あなたにおすすめの小説
【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様
すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。
彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。
そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。
ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。
彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。
しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。
それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。
私はお姉さまの代わりでしょうか。
貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。
そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。
8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された
この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE
MAGI様、ありがとうございます!
イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。
紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢
秋野 林檎
恋愛
「わ……私と結婚してください!」と叫んだのは、男爵令嬢ミーナ
プロポーズされたのは第一騎士団の団長、アークフリード・フェリックス・ブランドン公爵
アークフリードには、13年前に守りたいと思っていた紫の髪に紫の瞳をもつエリザベスを守ることができず死なせてしまったという辛い初恋の思い出があった。
そんなアークフリードの前に現れたのは、赤い髪に緑の瞳をもつミーナ
運命はふたりに不思議なめぐりあいの舞台を用意した。
⁂がついている章は性的な場面がありますので、ご注意ください。
「なろう」でも公開しておりますが、そちらではまだ改稿が進んでおりませんので、よろしければこちらでご覧ください。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。
しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。
その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。
機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。
そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。
しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。
*他サイトでも公開しております。
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
優柔不断な公爵子息の後悔
有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。
いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。
後味悪かったら申し訳ないです。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる