だってお顔がとてもよろしいので

喜楽直人

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「ねえ、セリーン様。いい加減、尻に敷くなり、首根っこ捕まえて奥歯ガタガタいわせてやるなりなさった方がよろしいのではなくて?」

 はんなりとした口調からこぼれ出たとは思えないほど、あけすけな言葉に思わずセリーンは飲んでいたお茶を噴出した。
 ケホケホとせき込んでいると、丁寧に刺繍が施されたハンカチがそっと差し出された。
「ありがとうございます。でも、こんなに美しいハンカチに落とせない染みをつける訳には参りませんわ」
「大丈夫よ。染みができるようなら全体をもっと濃い色のもので煮て染めるだけだもの」
 伝えられた大胆過ぎるカバーの仕方に思わず笑みが漏れた。
「マリエ様は本当に面白い御方ですわね」
 そうして、ふたりで顔を見合わせると同時に噴出した。

「もう! せっかく令嬢としてのお茶会だったのに。マリエ相手では、頑張って準備したテーブルセッティングが台無しよ」
「あら。私のせいなの? でもお互いに付け焼刃なんだもの、仕方がないじゃない」
 マリエの父は、騎士団で副団長に抜擢されたことによりラートン家と同じ叙勲式で騎士爵から男爵の位を与えられた。つまりこのふたりは同じ日に男爵令嬢となったのである。その縁により、こうして交流会を開き情報を交換したり、マナーを確認しあったりするような仲となった。
 この国の成人は18歳だ。ふたりとも来年にはデビュタントを迎えねばならないのだが、新興貴族が雇える家庭教師を妄信するというのは実に心もとない。そこでお互いに特訓の成果を確認し合うことにしたのだ。ふたりはいわば戦友であった。

「この程度の染みがついたって機能が変わるわけじゃあるまいし。なーんで捨てなきゃいけなくなるんだろうね」
 勿体ないっつーの、とマリエは盛大なため息と愚痴を吐いてテーブルへ突っ伏した。
 騎士爵なら息女は令嬢だろうとセリーンは思っていたのだが、マリエいわく『平民から騎士になっただけで家がまるごと貴族になれると思うなよ?』だそうだ。なるほど納得である。
 とはいえ、マリエの父は男爵家の三男だったそうなので平民とも言い切れない。
 しかし、『言っとくけど、じいちゃん家って地方の貧乏男爵家だから。平民領主《ジェントリ》だったラートン家よりずっと家もちっさいしボロいし食べてるものも、平民並かそれ以下ってレベルだから』とのことで、そこの三男だった父親に貴族としての教育は施されていなかったらしい。
 それを聞いて貴族といってもいろいろあるのだな、とセリーンは思ったものだ。 

「使用人にあげたり、染み抜きしてバザーに出すのが正しいんでしょうね」
 家庭教師がいいそうな言葉を思い浮かべながらセリーンが言うと、マリエがうへぇと舌を出した。


「そんなことより。本当に、このままでいいの?」
「何がかしら」

「ユリウス様に、セリーンは勿体ないと思うの。あれを生涯の伴侶とするのはお勧めできないわ」
 健康的な赤い唇をツンと尖らせながら拗ねるように忠告をしてくるマリエに、セリーンは胸がポカポカしてくるのを感じていた。
 自分の友人の未来を真摯に気にしている、それを言葉で伝えるのが気恥ずかしいのだと、全身が伝えてきている。そんな姿もとても愛らしいとセリーンは思う。

「ありがとう。マリエは本当に優しくて可愛いわね。私が男だったらこんなにいじらしくて可愛らしいアナタを放っておいたりしないのに」
「それを言うなら、私こそ男だったらセリーンの婚約者に立候補してみせるわ」
 お互いに顔を見合わせて笑い合う。
 どちらからともなく、その手を重ねた。

「セリーンには、幸せになって欲しいわ」
「あら、奇遇ね。私もマリエには幸せになって欲しいわ」
「だったら……」
「そうね。ユリウス様は、一般的に見ていい旦那様にはならないでしょうね」
「だったら!」
「でも……」
「……えぇ、そうね。セリーンはそういう人だったわね」
「えぇ、そうなのよ。だってどうせどんな男性を伴侶に迎えたとしても、女は男には逆らえないのだもの。だったら、できるだけ顔のいい男にしておいた方がいいと思うの」

 ユリウス・ハーバーは誰から見てもまごうことなき屑男である。
 でも、顔がいい。
 それに関して否定する人はいない。それほど彼の顔の造形は完璧だった。

「だって、どの角度から見ても綺麗なんですのよ。ゲス顔まで美しいってある種の芸術品ということではないかしら。素晴らしいことではなくて?」

 マリエにとってセリーンは最高の友人だ。
 しかし、どうしてもこの価値観は受け入れられない。
 しかし、これを覆すこともできないのだ、とため息を吐いた。


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