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しおりを挟む『お時間の取れた時でいいのでお会いしたい』そう手紙を出せば、その日の内に了承の返事はきた。しかも指定はその日の夕方だった。
「よほど切羽詰まっているようね」
受け取った返事を封筒に戻すと、セリーンはくすくす笑って言った。
「調べによると、ご令嬢はかなりお腹が大きくなっているそうです。産み月まで幾らも残されていないかと。堕ろすことは叶わなかったのでしょう」
初めての時は自身の妊娠に気が付かないこともあるという。
嫁入り前の貴族の娘ならこんな時堕胎を選びそうなものだが、産んで養子に出す選択をしたということはすでにそれが可能な時期を過ぎていたということなのだろう。
第一、教会は堕胎を認めていない。
それを受け入れてくれる闇医者がいないではないが、妊娠期間が長くなってからの堕胎は母体へのリスクが高すぎることもあって引き受けてくれることはないらしい。
「今回の件で知りたくもなかった知識が、また増えたわ」
セリーンは不満げに呟くと、それでも「戦闘準備に入るわ。着替えをしてくる」と背筋を伸ばして立ち上がった。
◇◇◇◇◇
「よく来てくれたね、セリーン」
馬車を降りようと小さなその扉を開けると、そこにはユリウスが待っていた。
そっとエスコートの手を差し出される。
多分、婚約を交わしてから初めてのことだ。
「お出迎えありがとうございます」
差し出された手に自身の手を添えて、麗しき婚約者の顔をセリーンは間近で堪能した。
やはり、顔がいい。
セリーンの価値観において、それがすべてだ。
それに勝るものはないと改めて心を確かにする。
切れ長で深い色を湛えた瞳。きりりとした眉。高すぎず低すぎない鼻。紅も引かずに紅い唇は艶っぽく、どこか色めかしい。
そして全てのパーツはこれ以上ない調和を持って配置されており、そんな顔の周りで、艶のある髪が風に揺れては、なめらかな頬を華やがせる。
初めて見た時から、ずっとセリーンの心を掴んで離さない、完璧な顔。
──美しい。
セリーンは、婚約者の華やいだその姿をすぐ傍で鑑賞できる幸せを耽溺した。
「それで。先日の提案について、ラートン男爵の許可は下りたのだろうか」
席に案内され、ふたりきり(とは言ってもお茶をサーブするためのハーバー家の侍女とセリーンが連れてきた付添人《シャペロン》たる老婦人は傍に控えていたが)になると、お茶が配される前に勢い込んでユリウスが口を開いた。
「まぁ。レディに対して何たる態度でしょう。せめてお茶を配り終えるまで待てないのかしら」
通常、付添人《シャペロン》は主人たちの会話に入ることはない。
ましてや主人たる令嬢より格上の位にあるものの会話を遮ることなど許されるものではない。
しかし、実際のところ、ユリウスの取った態度は褒められるものではなかったし、現状においてユリウスにはセリーンに対して下手に出る必要があった。
故に、その発言は咎められることもなく、ただユリウスの口を封じることに成功したのだった。
微かな衣擦れの音だけがする、静かなお茶会に、ついに耐えられなくなったのかユリウスは紅茶を飲み干すと再び口を開いた。
「セリーン、そろそろ先日の返事を」
「ユリウス様から先日戴いたご提案について確認をさせてくださいませ」
勢い込んで訊ねようとしたその話題がついにセリーンの口から話されようとしていることに気をよくしたユリウスが鷹揚に「もちろんだ」と答える。
「ユリウス様が外に作られた非嫡出子を我がラートン男爵家に嫡子として迎え、その子をもって将来のラートン男爵家の後継者とする。それにより得る私共の利益は、妊娠や出産に纏わるすべてに悩まず家業に勤しめること、見目麗しい由緒正しい貴族家の血筋を持つ者を後継者として迎えられる、この二つでよろしかったでしょうか」
「あぁ。間違いない。私に似て、その子は美しい子供だろう」
笑顔で請け負うユリウスに、セリーンも笑顔で応えた。
「では、こちらにサインを」
すっと三通の書状が差し出された。
ユリウスは手に取って、小さな文字で書かれたそれに数行、目を通していく。
「これは?」
「確認書です。時間が経ってから、いま提示を受けた内容が嘘にされたら困りますもの」
養子に出したもののやはり産んだ子に会いたいと言い出す生みの母は多い。それどころか養子に出すと契約を結んでも、産んだ途端に反故にする者もいるという。
そんな話を思い出したユリウスは、「まぁ、貴族家としては当然の処置か」とためらうことなくサインをした。
三通の書状すべてに書き込まれたサインを確かめたセリーンは、にっこりと笑って用意しておいた封筒に、その内の一通を入れて封をすると、すっとユリウスに差し出した。
「では私はこれからこの手続きの為に、弁護士に会いに行きますわ」
早々に立ち去る旨を告げ、満足げなユリウスから再び馬車までのエスコートを受けてハーバー家を後にした。
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