乙女ゲームのヒロインなんてやりませんよ?

喜楽直人

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 裏庭の井戸で水を汲み、顔を洗って、ついでに昨日着ていた服を洗濯する。
 石鹸などは高くて手に入らないので、フィルという草を揉みだした液を使って押し洗いする。ぬめりが出て、水だけで洗うよりちょっとだけ汚れが落ちる。それと布地がちょっとだけ柔らかく干しあがる。
 それが済んだら、水に漬けてあったオートミールに火にかける。焦がさないようにかき混ぜながら蜂蜜を溶かし入れて出来上がりだ。本当はこれもミルクで煮るのが本当だし、シナモンとかスターアニスとか、ちょっとした香辛料があったらもっと美味しいのにとか、ほんのちょっとだけでもお塩を入れたらずっと美味しくできるのにと思いつつ、これも半分をタイガのお皿に分けた。でもタイガと半分こするのに塩は使えない。
「まだ熱いから、気を付けて食べるのよ」
 一応声は掛けるけれど、タイガが熱いものに怯んだことはない。ハフハフしながらもあっという間に食べ切っている。
「ごちそうさまでした」
 器を洗い、歯を磨き、髪をとかして纏め、その場を簡単に掃き清めてから、りんは1階の、仕事場に向かった。


「おかみさん、おはようございます」
 厨房ではすでに女将のエリーさんがその日の朝、仕入れてきた野菜や肉を前に種類と量を確認していた。
 仕入れ担当のお店のオーナーで料理長のジャンさんはかなり気分屋で、市場で目に付いた素材をぽいぽい買い集めてきてしまうので、効率よくメニューを組むのはなぜか女将さんのお仕事だ。
「この人に任せたら単価無視して日替わりメニュー組まれちまうからね」そう女将さんは豪快に笑った。
 夫婦でやっているこの食堂は近隣ではかなり流行っているお店で、安くて量が多くて旨いと評判だ。ただし、メニューは極めて定番的なものがいくつかと、あとは日替わりだけというシンプルさだ。
 夜は酒も出すが、女性が酌をするような店ではないので、私は裏に回って皿洗いやこの家の掃除や洗濯など雑事をして夜まで働く。
 夜に街中を出歩かなくて済むのは本当に助かる。りんはこの世界ではかなり幼くみえるらしい。身長150センチ。体重は40キロ。日本ではちょっと背は低くてもほぼ標準だったはずなのに。
 夜間に外をひとりで出歩いていたら補導ではくて、親のいない子供だと思われて人攫いに連れていかれること間違いないだろう。住み込みで本当に良かったと思う。

「おはよ、りん。昨夜下茹でしておいたジャガイモの皮を剥いておくれよ。それが終わったら半分は潰して、残りは厚めのイチョウ切りにしておいておくれ」
 さっそく指示を受けて仕事に取り掛かる。
 下茹でして完全に冷めてから皮を剥くと、ジャガイモが煮崩れたりしないし、水気も飛んで味が濃くなるのだ。ねっとりした食感になっておいしい。
 ちいさなナイフで皮を軽く引っ掛けるようにして皮を剥ぐ。するすると薄く剥けていくのが楽しい。大抵は芽の部分や黒くなっている部分も一緒に剥けてしまうのだが、たまに残ってしまうので注意が必要だった。
 家庭料理ならともかく、お店で出すもので「気が付かなかった」はいけない。

「それが終わったら玉ねぎ剥いて、こっち3分の一はみじん切りにして飴色になるまで炒めておいて。残りは剥いただけでいいよ」
「トマトの皮を剥いて、煮込んでソースにしておいておくれ」
「キャベツは全部千切りにしておくれ。濡れ布巾で包むのを忘れないでおくれよ」
 次々に指示が飛んでくる。焦らずにひとつずつこなしていく。
 平行して作業なんかしたら絶対に失敗して、材料を無駄にしてしまうからだ。ゆっくりでも確実に、失敗しないこと。それが一番大事なことだ。

 玉ねぎは最初強火で炒め、軽く色がついてきたら火を落としていく。
 そうそう。こちらのコンロは魔法で火を起こすのだ。調整も念じるだけである。
 つまりなにがいいたいかというと、友木りん魔法少女デビューということだ。
 初めて魔法を見た時は吃驚したが、すぐに慣れた。よく考えたらりんはスマフォの中がどうなって通話ができたり動画が見れるのか知らなかったし、車だってガソリンや電気でエンジンやモーターが動くとか概要は知っていても、本当の構造を知っているわけではなかったし、飛行機が空を飛ぶのは知っていて羽の構造で空気を掴むとか揚力がという言葉は知っていても、実際に空を飛べる飛行機の模型すら作れないのだから。
 何が言いたいかというと、魔法も科学も、りんにとっては大差なかったのだ。
 あぁ、便利だなーで終わりだった。


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