5 / 12
俳優ナサニエルの都合
しおりを挟む
物心ついた頃から演劇の世界に浸かって生きていたナサニエルは根っからの俳優だ。
”人気商売”と口酸っぱくその言葉を繰り返し、劇団員たちに檄を飛ばす劇団長で父の背を見て育った彼は、その通りだと理解する。
演技がどんなに優れていても、怪演でもって人の心を掴んだとしても”人気”が出なければその他大勢の中に埋もれるしかないのだ。現実に在籍が長いベテランがポッと出の若手より報酬が少なかったりする。
悔しさと不満を抱えるに違いない、だがそれでも演じることが好きならば続けざるをえないのだ。
ナサニエルは団長で男優の父と女優の母との間に生まれた。
たまたま優れた容姿に恵まれた彼は少年時代から舞台に立って注目された。たとえ演技とは言いかねる酷さであってもチヤホヤされて育った。今でこそまともな演技力と観客席に轟くような声量を身に付けたが、ライバルは常に出現する。
「油断すればあっという間に蹴落とされる……俺はそういう所で生きているんだ」
残酷な世界だと苦しむことも多いが、彼もやはり舞台に立って歓声を浴びることを渇望するのだ。例えそれが誹謗中傷だったとしても観る者がいる限り彼は俳優として生きられる。
だからこそ、人気に影響する醜聞も女性関係も極力避けて生活してきた。
学園で知り合ったアメリアとの事は本当に偶然で意図したものではない、手鏡を拾い声をかけて思わず口にした「今日も美しい」という台詞は彼女の事を指したわけではない。
彼はただ鏡に映った己を見て”美しい”と発しただけに過ぎなかったのだ。
彼女が勘違いをしたことを彼は黙認した、あえて真実を伝えて傷つける必要はないのだから。そのことがきっかけとなり図らずもアメリアは彼のファンになり恋をした。そして公爵令嬢の支援を受けることになった。これは父親が大いに喜んだ、後援者を得ることは劇団存続に大きく関わるからだ。
「上手くやるんだナサニエル、付かず離れずだぞ。だが決して恋仲にはなるな、身分が違い過ぎる不相応な立場はもちろんだが、これから売り出すお前に色恋ごとはご法度だぞ」
「……あぁわかっているさ、父さん」
それから彼は舞台以外でも演技をするようになった、健気に世話をしてくるアメリアに次第に惹かれつつあっても恋愛感情に蓋をする。友人として俳優として優しく丁寧に接した。そのうち彼女が頼られ甘えられると喜ぶことをナサニエルは発見する、姑息な彼はそれを利用したのだ。
そして、友人以上恋人未満の間柄を保った。だが、目敏い女優サンドラに嗅ぎつかれて苛立った。彼女の心を弄ぶことを指摘しながら”本当は好きなくせに”と遠回しに詰られたのだと気が付く。
「わかっている、そんなこと……アメリアは優しくて愛らしい、好ましく思ってる。だけど……ダメだ」
自身の恋心を封印することは想像以上に辛い。
触れることを互いに許すのは顔をマッサージする時だけだ、彼女の指先が肌を滑る度に好きだという感情が噴き出しそうになった。彼女の吐息が頬にかかれば、その唇に触れたいとも思った。
「俺はいつまで演技してれば良いのだろう」
舞台の上では偽りの愛を何度も捧げているのに、本当の愛は届けてはいけないのだ。
階段を駆け下りた先には愛してやまない彼女がそこにいるのに――。
”人気商売”と口酸っぱくその言葉を繰り返し、劇団員たちに檄を飛ばす劇団長で父の背を見て育った彼は、その通りだと理解する。
演技がどんなに優れていても、怪演でもって人の心を掴んだとしても”人気”が出なければその他大勢の中に埋もれるしかないのだ。現実に在籍が長いベテランがポッと出の若手より報酬が少なかったりする。
悔しさと不満を抱えるに違いない、だがそれでも演じることが好きならば続けざるをえないのだ。
ナサニエルは団長で男優の父と女優の母との間に生まれた。
たまたま優れた容姿に恵まれた彼は少年時代から舞台に立って注目された。たとえ演技とは言いかねる酷さであってもチヤホヤされて育った。今でこそまともな演技力と観客席に轟くような声量を身に付けたが、ライバルは常に出現する。
「油断すればあっという間に蹴落とされる……俺はそういう所で生きているんだ」
残酷な世界だと苦しむことも多いが、彼もやはり舞台に立って歓声を浴びることを渇望するのだ。例えそれが誹謗中傷だったとしても観る者がいる限り彼は俳優として生きられる。
だからこそ、人気に影響する醜聞も女性関係も極力避けて生活してきた。
学園で知り合ったアメリアとの事は本当に偶然で意図したものではない、手鏡を拾い声をかけて思わず口にした「今日も美しい」という台詞は彼女の事を指したわけではない。
彼はただ鏡に映った己を見て”美しい”と発しただけに過ぎなかったのだ。
彼女が勘違いをしたことを彼は黙認した、あえて真実を伝えて傷つける必要はないのだから。そのことがきっかけとなり図らずもアメリアは彼のファンになり恋をした。そして公爵令嬢の支援を受けることになった。これは父親が大いに喜んだ、後援者を得ることは劇団存続に大きく関わるからだ。
「上手くやるんだナサニエル、付かず離れずだぞ。だが決して恋仲にはなるな、身分が違い過ぎる不相応な立場はもちろんだが、これから売り出すお前に色恋ごとはご法度だぞ」
「……あぁわかっているさ、父さん」
それから彼は舞台以外でも演技をするようになった、健気に世話をしてくるアメリアに次第に惹かれつつあっても恋愛感情に蓋をする。友人として俳優として優しく丁寧に接した。そのうち彼女が頼られ甘えられると喜ぶことをナサニエルは発見する、姑息な彼はそれを利用したのだ。
そして、友人以上恋人未満の間柄を保った。だが、目敏い女優サンドラに嗅ぎつかれて苛立った。彼女の心を弄ぶことを指摘しながら”本当は好きなくせに”と遠回しに詰られたのだと気が付く。
「わかっている、そんなこと……アメリアは優しくて愛らしい、好ましく思ってる。だけど……ダメだ」
自身の恋心を封印することは想像以上に辛い。
触れることを互いに許すのは顔をマッサージする時だけだ、彼女の指先が肌を滑る度に好きだという感情が噴き出しそうになった。彼女の吐息が頬にかかれば、その唇に触れたいとも思った。
「俺はいつまで演技してれば良いのだろう」
舞台の上では偽りの愛を何度も捧げているのに、本当の愛は届けてはいけないのだ。
階段を駆け下りた先には愛してやまない彼女がそこにいるのに――。
100
あなたにおすすめの小説
おにょれ王子め!
こもろう
恋愛
レティジアは公爵令嬢で、王子フリードの婚約者。しかし現在、フリードとの関係はこじれまくっている。
見た目は気が強そうだが実は泣き虫なレティジアは人知れず毎日涙を流し、フリードはなんだかイライラしている。
そんな二人の前に現れるのは……!
運命の人は貴方ではなかった
富士山のぼり
恋愛
「パウラ・ ヴィンケル……君との婚約は破棄させてもらう。」
「フレド、何で……。」
「わざわざ聞くのか? もう分かっているだろう、君も。」
「……ご実家にはお話を通されたの?」
「ああ。両親とも納得していなかったが最後は認めてくれた。」
「……。」
「私には好きな女性が居るんだ。本気で愛している運命の人がな。
その人の為なら何でも出来る。」
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
絶縁状をお受け取りくださいませ旦那様。~離縁の果てに私を待っていたのは初恋の人に溺愛される幸せな異国ライフでした
松ノ木るな
恋愛
アリンガム侯爵家夫人ルシールは離婚手続きが進むさなかの夜、これから世話になる留学先の知人に手紙をしたためていた。
もう書き終えるかという頃、扉をノックする音が聞こえる。その訪ね人は、薄暗い取引で長年侯爵家に出入りしていた、美しい男性であった。
私の何がいけないんですか?
鈴宮(すずみや)
恋愛
王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。
「私の何がいけないの?」
嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。
けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。
傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。
(一体彼は何者なんだろう?)
素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――?
※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる