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俳優ナサニエルの都合
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物心ついた頃から演劇の世界に浸かって生きていたナサニエルは根っからの俳優だ。
”人気商売”と口酸っぱくその言葉を繰り返し、劇団員たちに檄を飛ばす劇団長で父の背を見て育った彼は、その通りだと理解する。
演技がどんなに優れていても、怪演でもって人の心を掴んだとしても”人気”が出なければその他大勢の中に埋もれるしかないのだ。現実に在籍が長いベテランがポッと出の若手より報酬が少なかったりする。
悔しさと不満を抱えるに違いない、だがそれでも演じることが好きならば続けざるをえないのだ。
ナサニエルは団長で男優の父と女優の母との間に生まれた。
たまたま優れた容姿に恵まれた彼は少年時代から舞台に立って注目された。たとえ演技とは言いかねる酷さであってもチヤホヤされて育った。今でこそまともな演技力と観客席に轟くような声量を身に付けたが、ライバルは常に出現する。
「油断すればあっという間に蹴落とされる……俺はそういう所で生きているんだ」
残酷な世界だと苦しむことも多いが、彼もやはり舞台に立って歓声を浴びることを渇望するのだ。例えそれが誹謗中傷だったとしても観る者がいる限り彼は俳優として生きられる。
だからこそ、人気に影響する醜聞も女性関係も極力避けて生活してきた。
学園で知り合ったアメリアとの事は本当に偶然で意図したものではない、手鏡を拾い声をかけて思わず口にした「今日も美しい」という台詞は彼女の事を指したわけではない。
彼はただ鏡に映った己を見て”美しい”と発しただけに過ぎなかったのだ。
彼女が勘違いをしたことを彼は黙認した、あえて真実を伝えて傷つける必要はないのだから。そのことがきっかけとなり図らずもアメリアは彼のファンになり恋をした。そして公爵令嬢の支援を受けることになった。これは父親が大いに喜んだ、後援者を得ることは劇団存続に大きく関わるからだ。
「上手くやるんだナサニエル、付かず離れずだぞ。だが決して恋仲にはなるな、身分が違い過ぎる不相応な立場はもちろんだが、これから売り出すお前に色恋ごとはご法度だぞ」
「……あぁわかっているさ、父さん」
それから彼は舞台以外でも演技をするようになった、健気に世話をしてくるアメリアに次第に惹かれつつあっても恋愛感情に蓋をする。友人として俳優として優しく丁寧に接した。そのうち彼女が頼られ甘えられると喜ぶことをナサニエルは発見する、姑息な彼はそれを利用したのだ。
そして、友人以上恋人未満の間柄を保った。だが、目敏い女優サンドラに嗅ぎつかれて苛立った。彼女の心を弄ぶことを指摘しながら”本当は好きなくせに”と遠回しに詰られたのだと気が付く。
「わかっている、そんなこと……アメリアは優しくて愛らしい、好ましく思ってる。だけど……ダメだ」
自身の恋心を封印することは想像以上に辛い。
触れることを互いに許すのは顔をマッサージする時だけだ、彼女の指先が肌を滑る度に好きだという感情が噴き出しそうになった。彼女の吐息が頬にかかれば、その唇に触れたいとも思った。
「俺はいつまで演技してれば良いのだろう」
舞台の上では偽りの愛を何度も捧げているのに、本当の愛は届けてはいけないのだ。
階段を駆け下りた先には愛してやまない彼女がそこにいるのに――。
”人気商売”と口酸っぱくその言葉を繰り返し、劇団員たちに檄を飛ばす劇団長で父の背を見て育った彼は、その通りだと理解する。
演技がどんなに優れていても、怪演でもって人の心を掴んだとしても”人気”が出なければその他大勢の中に埋もれるしかないのだ。現実に在籍が長いベテランがポッと出の若手より報酬が少なかったりする。
悔しさと不満を抱えるに違いない、だがそれでも演じることが好きならば続けざるをえないのだ。
ナサニエルは団長で男優の父と女優の母との間に生まれた。
たまたま優れた容姿に恵まれた彼は少年時代から舞台に立って注目された。たとえ演技とは言いかねる酷さであってもチヤホヤされて育った。今でこそまともな演技力と観客席に轟くような声量を身に付けたが、ライバルは常に出現する。
「油断すればあっという間に蹴落とされる……俺はそういう所で生きているんだ」
残酷な世界だと苦しむことも多いが、彼もやはり舞台に立って歓声を浴びることを渇望するのだ。例えそれが誹謗中傷だったとしても観る者がいる限り彼は俳優として生きられる。
だからこそ、人気に影響する醜聞も女性関係も極力避けて生活してきた。
学園で知り合ったアメリアとの事は本当に偶然で意図したものではない、手鏡を拾い声をかけて思わず口にした「今日も美しい」という台詞は彼女の事を指したわけではない。
彼はただ鏡に映った己を見て”美しい”と発しただけに過ぎなかったのだ。
彼女が勘違いをしたことを彼は黙認した、あえて真実を伝えて傷つける必要はないのだから。そのことがきっかけとなり図らずもアメリアは彼のファンになり恋をした。そして公爵令嬢の支援を受けることになった。これは父親が大いに喜んだ、後援者を得ることは劇団存続に大きく関わるからだ。
「上手くやるんだナサニエル、付かず離れずだぞ。だが決して恋仲にはなるな、身分が違い過ぎる不相応な立場はもちろんだが、これから売り出すお前に色恋ごとはご法度だぞ」
「……あぁわかっているさ、父さん」
それから彼は舞台以外でも演技をするようになった、健気に世話をしてくるアメリアに次第に惹かれつつあっても恋愛感情に蓋をする。友人として俳優として優しく丁寧に接した。そのうち彼女が頼られ甘えられると喜ぶことをナサニエルは発見する、姑息な彼はそれを利用したのだ。
そして、友人以上恋人未満の間柄を保った。だが、目敏い女優サンドラに嗅ぎつかれて苛立った。彼女の心を弄ぶことを指摘しながら”本当は好きなくせに”と遠回しに詰られたのだと気が付く。
「わかっている、そんなこと……アメリアは優しくて愛らしい、好ましく思ってる。だけど……ダメだ」
自身の恋心を封印することは想像以上に辛い。
触れることを互いに許すのは顔をマッサージする時だけだ、彼女の指先が肌を滑る度に好きだという感情が噴き出しそうになった。彼女の吐息が頬にかかれば、その唇に触れたいとも思った。
「俺はいつまで演技してれば良いのだろう」
舞台の上では偽りの愛を何度も捧げているのに、本当の愛は届けてはいけないのだ。
階段を駆け下りた先には愛してやまない彼女がそこにいるのに――。
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