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恐怖の一夜
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ロクサーヌが居室を出て妹を探す最中に、凄まじい鳴き声と地を揺るがすような轟音が屋敷の間近に届き始めた。魔の森から溢れる魔物たちはとうとう領地に到達して、夥しい数の魔物が屋敷周辺を走り回り庭園を踏みつぶしていく。
階段の途中で喧騒を耳にしたロクサーヌだが他人事のように呟く。
「まるで戦地のようね、獣声が法螺貝のように聞こえるわ」と笑ってみせたのだ。
屋敷全体を取り囲むように暴れる魔物の軍勢を、避難した最上階と屋上から目の当たりにした義両親と侍従達は悲鳴を上げる。いくら魔石を渡されたからと言え、惨状の中にいては生きた心地はしないだろう。
「いやぁー!怖いわ貴方!どうにかして!」
「う、煩い!俺だって耐えるだけで精いっぱいなのだ!」
本邸の最上階にて身を寄せ合う義両親たちは互いに縋るばかりで何も出来ずにいた。時折、大型の魔物が突進して窓ガラスを割る音が聞こえる。
もしも屋内に侵入されたらと想像した夫妻は恐怖のあまり失神した。
門兵と僅かな護衛程度では太刀打ちできないのは目に見えていた。離れの屋敷とは違って魔石で強化されていない本邸はボロボロにされて行くばかりだ。
ただ、エレメント系の浮遊型魔物がが混在していなかったことだけは不幸中の幸いである。
一方、たったひとりで居室に取り残されたままのシルヴァンは耳を劈く獣の声に怯えベッドの上で半べそだ。
一向に戻らない妻や愛人の心配など微塵もしていない、ただ己が助かる方法を思案していた。しかし、脆弱な彼が名案など浮かぶはずもない。
「チクショー!こんな事なら王都へ逃げていた方が良かった!あそこなら頑強な城壁があるし、騎士達がいる……あぁ新聞情報なんて鵜呑みにすべきじゃなかった!」
妻が去ってから暫くしてドアをノックする音がした。それを聞いた彼はベッドから飛び出して助けを請う。
「ロクサーヌか?何をしていたんだ!魔物が到達してしまったぞ!いますぐに俺を助けろ!」
防御と結界魔石で守られている居室は安全だというのに、愚かな彼は激しくドアを叩いて妻を恫喝する。
「あら、申し訳ありません。階下に降りて妹を探しましたがどこにもいませんのよ、どこかに避難したと思いますが今一度探そうと思います」
再び離れて行こうとする妻の言葉を聞いた夫シルヴァンは「巫山戯るな助けろ!」と喚き散らす。
「困った人、この屋敷内で一番安全にして差し上げたのに……どこまで腰抜けなのかしら?」
ドアを開けようとノブをガチャガチャ鳴らすシルヴァンだが、結界でガチガチにされた状態にあるため、ドアはピクリともしなかった。せっかく守られていると言うのに理解しない彼は恨み言ばかりを叫ぶのだ。
***
極限の恐怖の夜、臆病な夫はロクサーヌに面倒ごとを丸投げして部屋で縮こまる。
妻の方は妹を探しつつ屋敷の見回りをしてるというのに情けないことである。
空が白み始めた頃、徐々に暴走が収まって来る。だがそれでも魔物たちの咆哮は絶え間なく聞こえてくる。
「まだか、いつまで待たせる気だ!」
一人きりで心細いと見える夫は情けない自分を棚上げして一向に戻らない妻に苛立つ。
翌日の昼、恐怖に眠れずにいた彼だったがやがて疲労が限界にきたのか船を漕ぎ始める。
外の騒ぎはほとんど聞こえなくなっていた、気を緩めた彼は深い眠りに落ちた。
しかし、寝落ちて小一時間ほどした時、ドアを蹴破らんとするような大音に仰天して目覚めた。
「何事だ!?ロクサーヌか!いや人間がこんな暴れるような音はたてるわけがない」
恐怖と緊張で身を固くしたシルヴァンだが、黙ってやられるわけにもいかないと壁に飾っていた長剣を手に取る。
そして、耳を劈く獣声と共にドアが破られた。
「ウワァアアア!ちきしょー!」
黙って殺られるくらいならば一矢報いたいと彼は動いた、長剣を握り締め飛び込んで来た黒い塊に向かって彼は剣を振り上げて斬りかかった、「ガァアア!」という断末魔の声を上げたそれが床に転がった。
「やった!やったぞ!俺だってやれば出来るんだよ!……チッ、脅かしやがって」
こと切れたらしいその黒い生き物に蹴りを入れる、ゴロンと向きを変えたソレは目をカッと見開いていた。まるで彼を睨むかのように。
少々ビビリるもその遺体を凝視する彼の顔がみるみると絶望に歪んだ。
「え……嘘だ……嘘だろ!どうしてキミがそこにいるんだよ!マリィ!!!」
突進してきたと思っていた魔物は愛しいマリエッタだったのだ。だが、彼はずるりと床に崩れただけで亡骸に縋るようなことはしなかった。信じられない光景を前にして茫然自失の状態で座り込む。
「まぁ、ドアが……結界石で開かないはずなのに」
転がる亡骸が妹と気が付かないのかロクサーヌは冷静なまま部屋へ入って来る。
「ロ、ロクサーヌ……俺は」
「どうされたの旦那様、あら返り血を浴びられたのね。ばい菌が繁殖する前に湯浴みされた方が良いわ」
「え、血?」
妻に指摘を受けて我に返り、己の状態にやっと気が付く。
乾きはじめたらしい赤黒いものが頬と手の平を強張らせていた、そして彼は今更に叫び声を上げてやらかした過ちに苦しみだした。
「あああああー!マリィ!俺が殺した殺めてしまったぁー!愛してたのにどうして!どうして!ウワァア!」
発狂して床の上でのた打ち回り、己の犯した罪に苛まれている。彼の絶叫は声が枯れるまで続いた。
後に惨事を見分した憲兵によれば、妹のマリエッタは憑依型の魔物に憑りつかれており、自我を乗っ取られて暴れたのだという。
「どちらにせよ、娘さんは真人間には戻れなかったよ」
「そうですか……言い方はアレですが、人に危害を加える前に死んで良かったのかもしれませんわ」
荼毘に付された妹の遺骨を抱いて姉は気持ちを吐露する。
しかし、腑に落ちない部分が残る。
あれほど優れた結界魔石が何故効力を発揮しなかったのか……。
それは作り手のロクサーヌにしか知り得ない。
階段の途中で喧騒を耳にしたロクサーヌだが他人事のように呟く。
「まるで戦地のようね、獣声が法螺貝のように聞こえるわ」と笑ってみせたのだ。
屋敷全体を取り囲むように暴れる魔物の軍勢を、避難した最上階と屋上から目の当たりにした義両親と侍従達は悲鳴を上げる。いくら魔石を渡されたからと言え、惨状の中にいては生きた心地はしないだろう。
「いやぁー!怖いわ貴方!どうにかして!」
「う、煩い!俺だって耐えるだけで精いっぱいなのだ!」
本邸の最上階にて身を寄せ合う義両親たちは互いに縋るばかりで何も出来ずにいた。時折、大型の魔物が突進して窓ガラスを割る音が聞こえる。
もしも屋内に侵入されたらと想像した夫妻は恐怖のあまり失神した。
門兵と僅かな護衛程度では太刀打ちできないのは目に見えていた。離れの屋敷とは違って魔石で強化されていない本邸はボロボロにされて行くばかりだ。
ただ、エレメント系の浮遊型魔物がが混在していなかったことだけは不幸中の幸いである。
一方、たったひとりで居室に取り残されたままのシルヴァンは耳を劈く獣の声に怯えベッドの上で半べそだ。
一向に戻らない妻や愛人の心配など微塵もしていない、ただ己が助かる方法を思案していた。しかし、脆弱な彼が名案など浮かぶはずもない。
「チクショー!こんな事なら王都へ逃げていた方が良かった!あそこなら頑強な城壁があるし、騎士達がいる……あぁ新聞情報なんて鵜呑みにすべきじゃなかった!」
妻が去ってから暫くしてドアをノックする音がした。それを聞いた彼はベッドから飛び出して助けを請う。
「ロクサーヌか?何をしていたんだ!魔物が到達してしまったぞ!いますぐに俺を助けろ!」
防御と結界魔石で守られている居室は安全だというのに、愚かな彼は激しくドアを叩いて妻を恫喝する。
「あら、申し訳ありません。階下に降りて妹を探しましたがどこにもいませんのよ、どこかに避難したと思いますが今一度探そうと思います」
再び離れて行こうとする妻の言葉を聞いた夫シルヴァンは「巫山戯るな助けろ!」と喚き散らす。
「困った人、この屋敷内で一番安全にして差し上げたのに……どこまで腰抜けなのかしら?」
ドアを開けようとノブをガチャガチャ鳴らすシルヴァンだが、結界でガチガチにされた状態にあるため、ドアはピクリともしなかった。せっかく守られていると言うのに理解しない彼は恨み言ばかりを叫ぶのだ。
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極限の恐怖の夜、臆病な夫はロクサーヌに面倒ごとを丸投げして部屋で縮こまる。
妻の方は妹を探しつつ屋敷の見回りをしてるというのに情けないことである。
空が白み始めた頃、徐々に暴走が収まって来る。だがそれでも魔物たちの咆哮は絶え間なく聞こえてくる。
「まだか、いつまで待たせる気だ!」
一人きりで心細いと見える夫は情けない自分を棚上げして一向に戻らない妻に苛立つ。
翌日の昼、恐怖に眠れずにいた彼だったがやがて疲労が限界にきたのか船を漕ぎ始める。
外の騒ぎはほとんど聞こえなくなっていた、気を緩めた彼は深い眠りに落ちた。
しかし、寝落ちて小一時間ほどした時、ドアを蹴破らんとするような大音に仰天して目覚めた。
「何事だ!?ロクサーヌか!いや人間がこんな暴れるような音はたてるわけがない」
恐怖と緊張で身を固くしたシルヴァンだが、黙ってやられるわけにもいかないと壁に飾っていた長剣を手に取る。
そして、耳を劈く獣声と共にドアが破られた。
「ウワァアアア!ちきしょー!」
黙って殺られるくらいならば一矢報いたいと彼は動いた、長剣を握り締め飛び込んで来た黒い塊に向かって彼は剣を振り上げて斬りかかった、「ガァアア!」という断末魔の声を上げたそれが床に転がった。
「やった!やったぞ!俺だってやれば出来るんだよ!……チッ、脅かしやがって」
こと切れたらしいその黒い生き物に蹴りを入れる、ゴロンと向きを変えたソレは目をカッと見開いていた。まるで彼を睨むかのように。
少々ビビリるもその遺体を凝視する彼の顔がみるみると絶望に歪んだ。
「え……嘘だ……嘘だろ!どうしてキミがそこにいるんだよ!マリィ!!!」
突進してきたと思っていた魔物は愛しいマリエッタだったのだ。だが、彼はずるりと床に崩れただけで亡骸に縋るようなことはしなかった。信じられない光景を前にして茫然自失の状態で座り込む。
「まぁ、ドアが……結界石で開かないはずなのに」
転がる亡骸が妹と気が付かないのかロクサーヌは冷静なまま部屋へ入って来る。
「ロ、ロクサーヌ……俺は」
「どうされたの旦那様、あら返り血を浴びられたのね。ばい菌が繁殖する前に湯浴みされた方が良いわ」
「え、血?」
妻に指摘を受けて我に返り、己の状態にやっと気が付く。
乾きはじめたらしい赤黒いものが頬と手の平を強張らせていた、そして彼は今更に叫び声を上げてやらかした過ちに苦しみだした。
「あああああー!マリィ!俺が殺した殺めてしまったぁー!愛してたのにどうして!どうして!ウワァア!」
発狂して床の上でのた打ち回り、己の犯した罪に苛まれている。彼の絶叫は声が枯れるまで続いた。
後に惨事を見分した憲兵によれば、妹のマリエッタは憑依型の魔物に憑りつかれており、自我を乗っ取られて暴れたのだという。
「どちらにせよ、娘さんは真人間には戻れなかったよ」
「そうですか……言い方はアレですが、人に危害を加える前に死んで良かったのかもしれませんわ」
荼毘に付された妹の遺骨を抱いて姉は気持ちを吐露する。
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あれほど優れた結界魔石が何故効力を発揮しなかったのか……。
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