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しおりを挟む「それは御気の毒ですね」
彼女は淡々とそう言った、もう彼の名を聞いても何とも思わないようだ。興味すら示さないニーナは完全に吹っ切れている。
「そうか、良かったよ。ニーナは……いや、もう忘れようか、あんな愚か者のことで患う必要はない」
ガーナイン伯爵は「フッ」と一瞬笑うと話を切り上げた。娘は「これから幸せに向けて忙しくなるのだな」と感慨深く目を閉じた。
「それより御父様、秋の収穫祭についてお話しましょう。今年も盛大に祝うこととなりましょう、何と言っても麦と穀物の収穫はたいへん素晴らしかったようですし、いまから楽しみです」
「うむ、そうだな!今年はどこの家が一番大きなカボチャを紹介してくれるだろうね」
父親はニコニコと笑いその話題に食いついた、一部は土砂災害に見舞われたが概ねは安定していた。
「アルヴィ様!お待たせして申し訳ないで…きゃあ!?」
息を荒くして玄関ホールに走ってきたニーナは危うく転げそうになった。それを嬉しそうに受け止めているアルベルトは「ふふ、そそっかしいなぁ」と幸せそうだ。
「ごめんなさい、一秒でも早くお会いしたかったの」
「大丈夫さ、私はどこにも逃げやしない、それに約束より早めに来てしまったのは私の方だから」
「アルヴィ様……」
彼はニーナの首元と額に軽くキスをした、ほんとうは唇を奪いたいところであるが、出がけに気を失わせるわけにはいかない。
見れば十分驚いたらしいニーナは頬を赤らめている。薔薇色の頬をツヤツヤにして「もう」と言っている。
「首元は反則ですわ、吃驚しちゃいました」
「ふふ、どうすれば照れる顔が見られるかと思ってね。ごめんよ」
彼女は拗ねた振りをして「意地悪ね」と言って彼の身体にしな垂れ掛かるのだ。
「では行こうか、エスコートをさせて頂ける栄誉をくださいな」
「ふふ、もちろんだわ。私のアルヴィ様」
彼の腕にそっと手を置くニーナは幸せに微笑む。
***
一方で、アルミロに別れを告げたレシア・ブランディは久しく空けていた子爵家に帰るなり悲鳴を上げた。
「ど、どういう事ですの……まるで蛻の殻じゃありませんの!」
調度品があったらしい箇所には薄っすらと四角に塵が残っている、お気に入りだった裸婦像があった下にも似たような痕跡があった。
「一体どうしたというの!ねぇ!誰か答えて頂戴!」
階段を駆け上がりながらそう言う彼女の問に答える者はいない、執事も侍女も見当たらないのを感じ取り嫌な汗が背中を伝った。
「お父様!どうなさったの!この有様は……」
父の書斎に乱入したレシアはゼェゼェと喘ぎながらそう言った、ブランディ卿は娘の方を見ずに虚ろな目をして昼から酒を飲んでいた。
普段から酒浸りになるような人物ではない、何故このように奔放な娘が生まれたのか不思議なほど真面目な人物だ。
彼は「お前がやらかした事だ、解るだろう?」とだけ言った。
「な……まさか、ガーナイン伯爵家が……嘘、私はそんな!ちょっとアルミロを誘惑しただけなのに!」
「ちょっとだと?ふん、目上の伯爵家のお嬢様の婚約者をたぶらかしたのだ、こうなって当たり前だろう?これまでもとっかえひっかえ浮名を流してきたが、その度に私は……」
話すのも面倒になったらしい卿はグィッと琥珀色のグラスを傾けた、そしてこう言った。
「お前の面倒はもう辛い、尻拭いはしてやった。だから、足りない分はお前が払え」
「え?払う?」
卿がパンパンと手を叩くと奥の部屋から屈強な男たちが出てきて、彼女をグルリと包囲した。
「え……何?何なのよ!」
狼狽える彼女を余所に彼らは薄ら笑いを浮かべてレシアの事をグルグル巻きにした。
「娼館で働け、それなりの待遇が待っているぞ」
「え、嫌よ……嫌ぁあああ!あぐっ!?」
騒ぎ立てるレシアの腹に男の拳が食い込んだ、彼女に逃げ場はない。
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