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それぞれの変化
しおりを挟む懇意にしていた伯爵令嬢の父親の怒りは相当なもので「あの女が大きな顔をしている限り取引はしない」と言ってきた。大口の交易相手である伯爵には頭が上がらない。バダンテール公爵は平謝りでもってその場を収める他なかった。
「あぁ、なんてことをしてくれたんだ!危うく一番の取り引き相手を失う所だ、我が家の売り上げの4割を占める相手なのだぞ!」
公爵の憤りはオーギュスタンにも向けられた、終いには”あの女を追い出さなければ跡継ぎは従弟に譲る”とまで言い出した。これには流石の彼も猛省をして、どうにか許してくれと懇願した。
オーギュスタンは沈痛な面持ちでバネッサにこう言う。
「……今回のことは私には手に余る、屋敷を出て行ってくれ。そうだな私が持っている避暑地の別荘にでも」
「そんな!あんまりですわ!私はこの屋敷が好きなんです!」
駄々を捏ねて、いつものか弱い”イヤイヤ”をしてみたが通じる事はなかった。彼女がしおらしい態度を見せるのは決まって我儘を通したい時だけだ。
「却下だ」
オーギュスタンは冷たく彼女をつき放すと、辛抱してくれと言って部屋を出て行った。癇癪を起して部屋を荒らそうにも、執事と護衛らに取り囲まれた彼女は顔を真っ赤にして泣き喚くしか出来ない。
「あぁ……疲れた、あれが本性と言う事か。今まで私は何を見て来たのか」
サロンに逃げた彼はカウチに寝そべると目を瞑って暫くそうしていた、だが仕事は山積みだし待ってくれはしない。ほんの数分だけ微睡むとむくりと起き上がり伸びをした。
「……そう言えば仮初の嫁は何をしているのか、ここ数週間ほど顔を見ていない」
うっかりしていたと嘆息する彼は今更ながら彼女の姿を思い浮かべた。ガリガリの痩せっぽちで眼窩が落ち窪んだ貧相な娘を思い描いて「こちらも問題だらけだな」と呟いた。
***
仕事を少し片付けて嫁の姿を探して屋敷を闊歩するのだが、一向に見つからない。どういう事だと頭を捻る、終いには裏庭にいた洗濯メイドに声を掛ける始末だ。下女にも等しい女に声を掛ける主に恐れ戦くメイドだ。
「あの、何用でしょうか?何か粗相でも……」
蒼くなったメイドは畏まってお辞儀をする。
「いや、違うぞ楽にしてくれ。その、うちの妻がどこにいるか知らないか?」
「奥様ですか?……いま時分は恐らく東側の温室にいらっしゃるかと思います」
自分の妻だというのに習慣すら知らない事を恥じた、彼は重い足取りでそちらに向かうのだ。
「クソッ!我が家の広さを恨めしく思うぞ、こういう時に面倒なものだ」
東庭園に向かって暫く歩いて行くと何やら姦しい声が聞こえてきた。メイド達のはしゃぐ声のようだ。香しい花々を愛でているのか”何とかの花が良い香り”と話していた。
温室に入るとムッとする土の香りが襲ってきた、しばし鼻を抑えて歩き進めると空気が変わった。爽やかな香気が彼を纏う。
「あ……」
メイドの一人がオーギュスタンの来訪に気が付き驚く。すると次々と頭を垂れたメイド達が一列に並んで出迎える。
「済まない、我が妻はいるか?話がしたいのだが」
首を縦横に振りシャルドリーヌを探す若き主に皆頭を傾いだ。探し人ならすぐ横にいるのに。
そして、彼は驚愕することになる、ススっと歩み寄って来た一人の女性が会釈した。
「これは旦那様、このような所においでになるとは」
「え!?まさかシャルドリーヌなのか?」
目の前にいたのはギスギスに痩せこけた妻ではなく、普通体型になったシャルドリーヌが眩しい笑みを浮かべて立っていた。
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