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その日の夕刻、午後5時頃。
面会を終えた第二王子の婚約者オフェリア・コリンソンを乗せた馬車が、薄暗がりの街道を急いでいる。その馬車を付かず離れず追う一台の荷馬車があった。
一見はどこかの商会の普通の車体である、とりたてて注視する者はいない。幌の隙間からは木樽や革製品などが揺れる様子が見えるだけだ。街を警邏する衛兵が見咎めるような物は積載されてはない。
走り出して十数分後、馭者が「もうすぐ森林公園だなぁ」と独り言を吐いた。誰かに聞かせるかのようなやや大袈裟な呟きだ。
貴族達が住むのはゆったりと家屋との距離を置いた住宅街だ、林や森を挟んで立てるのは普通だったし無駄な広さを取るのが貴族らの見栄である。庭園を広く造り周辺は雑木林で囲む傾向がある、そうやって互いに裕福さを見せびらかすのだ。その中央に共有する社交の場として公園が設置されていた。コリンソン伯爵邸はその公園の真横を通った先に構えられていた。
だが、コリンソン家の馬車は家路とは違う道を走って行く。
今日に限って余所道をするのだろうか、しかし、商店街へ向かうにしては逆方向だったし。知人友人の家を訪ねるには失礼な時間帯でもある。
馬車に乗った主は気が付かないのか、物音ひとつ立てずにフカフカのシートに鎮座している。
どうやら転寝をしているようだ、膝には編みかけのストールがのせてあり、侍女も同じに船を漕いでいる。黒いフードを被った伯爵家の馭者と馬車の後方立ち台に乗っていた護衛も「うまく行きそうだ」と下卑な笑みを浮かべた。令嬢を乗せた馬車の護衛も馭者も全員が入れ替わっていたのだ。
やがて馬車は貴族街から大きく離れた貧民街の森の中に隠れ込み、車輪を止める。
道中は中々の悪路だったはずだが、令嬢達が起きる様子はない。それもそのはず、馬車後方から催眠ガスを車内に流し込まれていたのだから。
少し遅れて付いてきた荷馬車がそこへ合流すると人相の悪い輩がわらわらと飛び出してきた。そして最後に降り立ったのは平民落ちした男セシルだ、フードから顔を出して周囲を見渡す。闇ギルドへ依頼に訪れてから然程時間は経っていないが、彼の風貌はヤサグレた破落戸のように変化していた。染まり易いタイプなのだろうか。
「ふ、ふん!ここまでは順調のようだな、高い金を払うんだ抜かりなく頼むぞ」
小者の居丈高はいつもの調子のままだ、だが「邪魔だ」とギルドの手下に弾かれて尻餅を着き「ぴぎっ」と情けない声を出す。
「おい、客人。ロクに剣も振れないなら大人しく引っ込んでな。万が一に大捕り物になったら見捨てるからな」
「な!依頼人を見捨てるのか!?なんのために」
同行していた闇ギルドマスターに脅しを掛けられてセシルは悲鳴に近い声で抗議するが相手にされなかった。
「闇ギルドに情けを求めるんじゃねぇよ、お上に楯突く日陰者の集まりが優しいわけがあるか」
「そ、そんな……そこまで容赦ないなんて」
”大金を払う側がどうして虐げられるんだ”と咆えたい彼だったが屈強な彼らの背中を見て口を噤み竦んだ。大小の傷が彼らの身体にいくつも刻まれていて、不気味な入れ墨が彫られていたせいだ。
改めて生きている場所が違い過ぎると理解したセシルは半べそをかく。慄いて縮こまる彼を見たギルド員たちは「世間を知らねえヤツはこれだから」と失笑した。
「さて周辺には人の目はねぇことは確認した、さっさと嬢ちゃんたちを隠れ家へ連れてくぜ」
「へい、お頭。二人とも同室にぶちこむんですか?」
ギルマスの右腕と思われる大男がノシノシ現れて質問してきた、地下室でセシルの腕を握ってきた男だ。
「侍女は縛り上げて物入れへ隠しておけ、目隠しと猿轡も忘れるなよ」ギルマスはそう指示して隠れ家に向かって歩き出した。
その小さい屋敷は、闇ギルドが悪さを実行する拠点の一つのようだ、いざとなれば焼き捨てて他へ移動するのだ。乱暴に案内されたセシルは玄関に入るなり驚く、外観から想像できないほど整えられていたからだ。
だが安堵したのもつかの間、赤黒い染みを床に見つけて「ぎゃい!」と飛び退いた。そこにあった染みが人型に広がっていたからだ。さすがの彼も何かを察した。
数分遅れて、布に包まれたオフェリアと手足を縛られた侍女が屋敷に連れ込まれた。白い布から垂れているのは淡い金髪だ、仄かに鼻に届くのは彼女の愛用しているユリの香水とわかる。セシルは間違いなく元婚約者の彼女だと小躍りした。
これから行われる非情な出来事を、知る由もないオフェリアは未だ夢の中である。
面会を終えた第二王子の婚約者オフェリア・コリンソンを乗せた馬車が、薄暗がりの街道を急いでいる。その馬車を付かず離れず追う一台の荷馬車があった。
一見はどこかの商会の普通の車体である、とりたてて注視する者はいない。幌の隙間からは木樽や革製品などが揺れる様子が見えるだけだ。街を警邏する衛兵が見咎めるような物は積載されてはない。
走り出して十数分後、馭者が「もうすぐ森林公園だなぁ」と独り言を吐いた。誰かに聞かせるかのようなやや大袈裟な呟きだ。
貴族達が住むのはゆったりと家屋との距離を置いた住宅街だ、林や森を挟んで立てるのは普通だったし無駄な広さを取るのが貴族らの見栄である。庭園を広く造り周辺は雑木林で囲む傾向がある、そうやって互いに裕福さを見せびらかすのだ。その中央に共有する社交の場として公園が設置されていた。コリンソン伯爵邸はその公園の真横を通った先に構えられていた。
だが、コリンソン家の馬車は家路とは違う道を走って行く。
今日に限って余所道をするのだろうか、しかし、商店街へ向かうにしては逆方向だったし。知人友人の家を訪ねるには失礼な時間帯でもある。
馬車に乗った主は気が付かないのか、物音ひとつ立てずにフカフカのシートに鎮座している。
どうやら転寝をしているようだ、膝には編みかけのストールがのせてあり、侍女も同じに船を漕いでいる。黒いフードを被った伯爵家の馭者と馬車の後方立ち台に乗っていた護衛も「うまく行きそうだ」と下卑な笑みを浮かべた。令嬢を乗せた馬車の護衛も馭者も全員が入れ替わっていたのだ。
やがて馬車は貴族街から大きく離れた貧民街の森の中に隠れ込み、車輪を止める。
道中は中々の悪路だったはずだが、令嬢達が起きる様子はない。それもそのはず、馬車後方から催眠ガスを車内に流し込まれていたのだから。
少し遅れて付いてきた荷馬車がそこへ合流すると人相の悪い輩がわらわらと飛び出してきた。そして最後に降り立ったのは平民落ちした男セシルだ、フードから顔を出して周囲を見渡す。闇ギルドへ依頼に訪れてから然程時間は経っていないが、彼の風貌はヤサグレた破落戸のように変化していた。染まり易いタイプなのだろうか。
「ふ、ふん!ここまでは順調のようだな、高い金を払うんだ抜かりなく頼むぞ」
小者の居丈高はいつもの調子のままだ、だが「邪魔だ」とギルドの手下に弾かれて尻餅を着き「ぴぎっ」と情けない声を出す。
「おい、客人。ロクに剣も振れないなら大人しく引っ込んでな。万が一に大捕り物になったら見捨てるからな」
「な!依頼人を見捨てるのか!?なんのために」
同行していた闇ギルドマスターに脅しを掛けられてセシルは悲鳴に近い声で抗議するが相手にされなかった。
「闇ギルドに情けを求めるんじゃねぇよ、お上に楯突く日陰者の集まりが優しいわけがあるか」
「そ、そんな……そこまで容赦ないなんて」
”大金を払う側がどうして虐げられるんだ”と咆えたい彼だったが屈強な彼らの背中を見て口を噤み竦んだ。大小の傷が彼らの身体にいくつも刻まれていて、不気味な入れ墨が彫られていたせいだ。
改めて生きている場所が違い過ぎると理解したセシルは半べそをかく。慄いて縮こまる彼を見たギルド員たちは「世間を知らねえヤツはこれだから」と失笑した。
「さて周辺には人の目はねぇことは確認した、さっさと嬢ちゃんたちを隠れ家へ連れてくぜ」
「へい、お頭。二人とも同室にぶちこむんですか?」
ギルマスの右腕と思われる大男がノシノシ現れて質問してきた、地下室でセシルの腕を握ってきた男だ。
「侍女は縛り上げて物入れへ隠しておけ、目隠しと猿轡も忘れるなよ」ギルマスはそう指示して隠れ家に向かって歩き出した。
その小さい屋敷は、闇ギルドが悪さを実行する拠点の一つのようだ、いざとなれば焼き捨てて他へ移動するのだ。乱暴に案内されたセシルは玄関に入るなり驚く、外観から想像できないほど整えられていたからだ。
だが安堵したのもつかの間、赤黒い染みを床に見つけて「ぎゃい!」と飛び退いた。そこにあった染みが人型に広がっていたからだ。さすがの彼も何かを察した。
数分遅れて、布に包まれたオフェリアと手足を縛られた侍女が屋敷に連れ込まれた。白い布から垂れているのは淡い金髪だ、仄かに鼻に届くのは彼女の愛用しているユリの香水とわかる。セシルは間違いなく元婚約者の彼女だと小躍りした。
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