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第二王子アルベリックとオフェリアの婚姻まで後一年となった頃である。
温泉地を調査していた地質学者が率いる調査団らが朗報と凶報を王子に持って来た。まず朗報の方は湯脈は生きていて復活する可能性がある事だった、だが良くない報せの方は国際問題に発展する内容だったのである。
『湯が枯れた原因と遠からず関係があるんじゃないのかしら?』
旧カグデマク町へ視察に同行した日、オフェリアが不自然に鎮座していた大岩を見て発した言葉。それをを思い出した王子はやはりそうだったのかと頭を痛める。
彼は二つの報を持って国王に面会を求めた、先週分の議事録を読み返していた王は息子の慌てぶりに分厚いそれを閉じる。良くない報せだと表情を見て察した王は急な面会を承諾せざるをえなかった。
「隣国が温泉泥棒を働いていると申すか?なんということだ!長く和平を結んでいたアルニ国がそのような狼藉を……いや国全体を責めるのは筋違いだな。アルニ国の辺境伯の独断犯行ということで良いのか?」
顔色を悪くして、王は白髪頭をワシワシと掻きながらアルベリックに問う。
「はい、父上。隠密を放ち調査させました所、アルニ国ユギナー辺境伯の単独犯行と断定しました」
事は遡ること30年前になる、アルベリックたちが住むテルシュド王国の西側に位置するアルニ国から、商団がやってきて霊験あらたかと称する大岩を無償提供するとやって来た。
辺境伯領と隣接するカグデマク町はなにかと流通が頻繁な地でもあったため商団の申し出を断る理由もなかった。しかも無償と聞けば尚更であった。
『ご覧あれ!この堂々たる大岩!我が国でも発掘されるのは僅かでしてな、こうして輝くものは希少なのです。我らの民は”幸運を呼ぶ石”と崇め御守りにして珍重しております。ほれこの通り』
アルニの商人は首から下げていた小さな石を取り出しカグデマクの町人達へ見せびらかした。親交の証として提供された緑色に輝く蛍光石は彼らを虜にさせたのである。
町人達はさっそく町長へ報せ、受け取りを承諾して欲しいと嘆願した。無償で有難い石を貰えると聞けば二つ返事で了承したのは言うまでもなかった。温泉保養で発展していた町だったが、輝く不思議な石によって更なる集客が望めると踏んだのである。
大岩は街を護るシンボルとして土地の中央に納められた。商人が「幸運石」と触れ回った通り湯瀑量も増えて不思議に輝く岩を見物に訪れた人々で溢れかえった。国一の観光地としてその名を馳せたのである。
ところがその栄華はたった数年で失われた、原因は、あれほど湧いていた温泉が出なくなってしまったせいだ。
同時に大岩は輝きを失くしてただの邪魔な石に変貌してしまった。これが数十年前の出来事である。
いくらでも吹き出す温泉に調子に乗っていたせいだと誰もが猛省したのだった。
だが、ここにきて人為的な損失であったとテルシュド王は真実を知る事となった。
「なんと、なんと……。これは早急に使者を送らねばならぬ!して、どのような絡繰りで温泉を枯らせたのだ?」
「はい、父上。この写真をご覧ください、調査団が大岩を見分した時のものです」
それは幾何学模様のようなものが岩肌に刻まれた一部だった、数十枚に及ぶそれはどれもこれも肉眼では見落とすような微細なものだった。アルベリックは同行させてきた地質学者と魔法学者に子細を話すよう指示した。
「恐れながら申し上げます。この刻印を調べましたところ、物質転送を発動させる陣の類でした。これが我が国の温泉が盗まれた揺るぎない証拠となります。やつらは急激に吸い取るのではなく徐々に湯を搾取していたようです、湯瀑量をグラフ化したものをご覧いただければわかるかと」
王は唸るように返事すると持参された表を広げて吟味した。
大岩を設置した年が一番湯量が跳ねあがって徐々に減って行くのが明らかであった。それから様々な調査報告を目にすると穏やかな性格の王が怒りに顔を赤く染めて激高したのであった。
***
即日、使者を派遣したテルシュド王と大臣らは急ぎ元凶の大岩を間近で観察するべく馬車を走らせた。
田舎の風景には不似合いなそれは大変目立った。
調査団によって頑強な柵に囲まれた大岩は少し傾いてそこに在った。変わった様子は見受けられない。
「これはまだ転送が作動しておるのか?腹立たしい!」王はそう忌々し気にそう言って岩を蹴り上げた。だが岩はとても硬く重量もありピクリともしなかった。
「ふむ、余の魔力を込めた蹴りにも微動だにせぬか……これを造ったものは大したものだな、かつては光っていたというが今はなにも見られぬな」
王の呟きに反応した地質学者が歩み出てきて「蛍光色は表面にのみ塗られていたようです」と答えた。霊験あらたかと騙った通りありがたみを演出するためのものだった。砕いた蛍光石を塗っただけのお粗末なものは風化して消え去ったと思われる。
当時、もっと詳しく調査をしておればと王と大臣らは臍を噛む思いであろう。彼らは眉間に皺を寄せて唸り合うと緊急会議を開くことに合意した。
「余たちはすぐに城へ戻らねばならぬ、すまぬが引き続き調査を頼むぞ!」
「は!身命を賭しまして!」
温泉地を調査していた地質学者が率いる調査団らが朗報と凶報を王子に持って来た。まず朗報の方は湯脈は生きていて復活する可能性がある事だった、だが良くない報せの方は国際問題に発展する内容だったのである。
『湯が枯れた原因と遠からず関係があるんじゃないのかしら?』
旧カグデマク町へ視察に同行した日、オフェリアが不自然に鎮座していた大岩を見て発した言葉。それをを思い出した王子はやはりそうだったのかと頭を痛める。
彼は二つの報を持って国王に面会を求めた、先週分の議事録を読み返していた王は息子の慌てぶりに分厚いそれを閉じる。良くない報せだと表情を見て察した王は急な面会を承諾せざるをえなかった。
「隣国が温泉泥棒を働いていると申すか?なんということだ!長く和平を結んでいたアルニ国がそのような狼藉を……いや国全体を責めるのは筋違いだな。アルニ国の辺境伯の独断犯行ということで良いのか?」
顔色を悪くして、王は白髪頭をワシワシと掻きながらアルベリックに問う。
「はい、父上。隠密を放ち調査させました所、アルニ国ユギナー辺境伯の単独犯行と断定しました」
事は遡ること30年前になる、アルベリックたちが住むテルシュド王国の西側に位置するアルニ国から、商団がやってきて霊験あらたかと称する大岩を無償提供するとやって来た。
辺境伯領と隣接するカグデマク町はなにかと流通が頻繁な地でもあったため商団の申し出を断る理由もなかった。しかも無償と聞けば尚更であった。
『ご覧あれ!この堂々たる大岩!我が国でも発掘されるのは僅かでしてな、こうして輝くものは希少なのです。我らの民は”幸運を呼ぶ石”と崇め御守りにして珍重しております。ほれこの通り』
アルニの商人は首から下げていた小さな石を取り出しカグデマクの町人達へ見せびらかした。親交の証として提供された緑色に輝く蛍光石は彼らを虜にさせたのである。
町人達はさっそく町長へ報せ、受け取りを承諾して欲しいと嘆願した。無償で有難い石を貰えると聞けば二つ返事で了承したのは言うまでもなかった。温泉保養で発展していた町だったが、輝く不思議な石によって更なる集客が望めると踏んだのである。
大岩は街を護るシンボルとして土地の中央に納められた。商人が「幸運石」と触れ回った通り湯瀑量も増えて不思議に輝く岩を見物に訪れた人々で溢れかえった。国一の観光地としてその名を馳せたのである。
ところがその栄華はたった数年で失われた、原因は、あれほど湧いていた温泉が出なくなってしまったせいだ。
同時に大岩は輝きを失くしてただの邪魔な石に変貌してしまった。これが数十年前の出来事である。
いくらでも吹き出す温泉に調子に乗っていたせいだと誰もが猛省したのだった。
だが、ここにきて人為的な損失であったとテルシュド王は真実を知る事となった。
「なんと、なんと……。これは早急に使者を送らねばならぬ!して、どのような絡繰りで温泉を枯らせたのだ?」
「はい、父上。この写真をご覧ください、調査団が大岩を見分した時のものです」
それは幾何学模様のようなものが岩肌に刻まれた一部だった、数十枚に及ぶそれはどれもこれも肉眼では見落とすような微細なものだった。アルベリックは同行させてきた地質学者と魔法学者に子細を話すよう指示した。
「恐れながら申し上げます。この刻印を調べましたところ、物質転送を発動させる陣の類でした。これが我が国の温泉が盗まれた揺るぎない証拠となります。やつらは急激に吸い取るのではなく徐々に湯を搾取していたようです、湯瀑量をグラフ化したものをご覧いただければわかるかと」
王は唸るように返事すると持参された表を広げて吟味した。
大岩を設置した年が一番湯量が跳ねあがって徐々に減って行くのが明らかであった。それから様々な調査報告を目にすると穏やかな性格の王が怒りに顔を赤く染めて激高したのであった。
***
即日、使者を派遣したテルシュド王と大臣らは急ぎ元凶の大岩を間近で観察するべく馬車を走らせた。
田舎の風景には不似合いなそれは大変目立った。
調査団によって頑強な柵に囲まれた大岩は少し傾いてそこに在った。変わった様子は見受けられない。
「これはまだ転送が作動しておるのか?腹立たしい!」王はそう忌々し気にそう言って岩を蹴り上げた。だが岩はとても硬く重量もありピクリともしなかった。
「ふむ、余の魔力を込めた蹴りにも微動だにせぬか……これを造ったものは大したものだな、かつては光っていたというが今はなにも見られぬな」
王の呟きに反応した地質学者が歩み出てきて「蛍光色は表面にのみ塗られていたようです」と答えた。霊験あらたかと騙った通りありがたみを演出するためのものだった。砕いた蛍光石を塗っただけのお粗末なものは風化して消え去ったと思われる。
当時、もっと詳しく調査をしておればと王と大臣らは臍を噛む思いであろう。彼らは眉間に皺を寄せて唸り合うと緊急会議を開くことに合意した。
「余たちはすぐに城へ戻らねばならぬ、すまぬが引き続き調査を頼むぞ!」
「は!身命を賭しまして!」
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