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とある婦人との出会い
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あれからというもの、寝食を忘れて方々を探すブラッドの姿があった。最初に訪れた海辺の街は空振りに終わり、それから近隣を探したもののディアナ・パースデンの足跡は得られなかった。
十日もすると彼はすっかり窶れて頬がコケ出していた。それでも彼の目は諦めておらず、『きっと出会えるはず』と信じていた。その姿は恋焦がれるというより執着に近いものがある。
「ぜったい会えるさ、私達の愛は本物であると証明してみせる!」
――あれから七日が過ぎた。
意気込むブラッドだったが今日も徒労に終わり、安宿を探して彷徨う。
恐らく浮浪者に近い恰好のブラッドをまさか侯爵令息などと誰が想像しただろう。薄っすらと髭を生やし、顔は痩せこけており目は落ち窪んでいる。身形はそれなりに豪華なものであるが薄汚れていて襤褸切れのようになっている。
フラフラとした足取りで宿を探していると、久しぶりに腹が鳴った。
「あぁ……丸二日食べていなかったな。忘れていた」
腹を擦り早く宿を探さねばと焦りを感じた、食べなくとも平気だと思うのだが、やはり身体は栄養を欲し悲鳴を上げる。
やっと宿らしいものを見つけてホッとしたのも束の間、いよいよ限界が訪れたらしい彼の身体は前のめりに倒れてしまう。
「……ディ……アナ、待っていて必ず迎えに……行く」
そんな形だと言うのに彼はやはり彼女を求めていた。
***
「う……ディアナ、会いたかったよ」
彼は魘されながら何かを掴む、それは枯れた木のように感じた。気を失っていてそこら中を弄っている。そして、それは温かいものだと漸く知る。
「あらまぁ、私はディアナさんとやらではないわ。その、腕を離して下さらない?」
「え……」
目を開けた彼が掴んでいたのは木枝ではなく老人の痩せた腕だった。彼は慌てて飛び起きて申し訳ないことをしたと詫びるのだ。
「あの……なんて事をしでかしたのか。申しわけないです」
「ふふ、良いのよ寝ぼけておられたのだから、さぁそれよりスープでもいかが?大分食事を摂られてないようだから薄味にしてみたのよ」
途端に「ぐきゅー」とはしたない音が腹部から鳴る、食欲が湧いたのはいつぶりだろうとブラッドは驚く。
貪欲にスープを飲み干して漸く安堵する、そしてご老人の顔を見る余裕が出来た。それほどに切羽詰まっていたのだ。
「あの、なんとお礼を言えば。私は行倒れていたのでしょう?」
「ええ、そうね。酷い有様だったわ、周囲の方々は遠巻きにしていたけれどあまりに可哀そうでねぇ」
婦人はそう言うとコロコロと笑いスープのお代わりとパンを渡してくれた。それから調度品を見る余裕も出て、ここは貴族の館であると知る。
見ず知らずの男を介抱した御婦人に再度頭を下げた、それから自分の身分を簡単に伝えた。
「あら、やっぱり貴族の方なのね。汚れていたけれど良い仕立ての服だと思ったのよ、そうレスリー侯爵の息子さんだったのね」
「父を知っているのですか?」
知り合いというほどでもないと婦人は言う、社交で数度挨拶した程度だと微笑む。それから他愛ない話をして恋人を探す旅をしていることを告白した。唯一無二の愛しい彼女であると彼は力強く言う。
「私は今すぐにでも会いたいのです、そして彼女を抱きしめて……あぁ何処にいるんだディアナ」
「そうだったの、でもねぇ」
婦人は少し残念なものをみるようにブラッドを見た。
「愛とは請うものではないわ、与えるものなのよ。それを忘れてはダメ、わかる?」
十日もすると彼はすっかり窶れて頬がコケ出していた。それでも彼の目は諦めておらず、『きっと出会えるはず』と信じていた。その姿は恋焦がれるというより執着に近いものがある。
「ぜったい会えるさ、私達の愛は本物であると証明してみせる!」
――あれから七日が過ぎた。
意気込むブラッドだったが今日も徒労に終わり、安宿を探して彷徨う。
恐らく浮浪者に近い恰好のブラッドをまさか侯爵令息などと誰が想像しただろう。薄っすらと髭を生やし、顔は痩せこけており目は落ち窪んでいる。身形はそれなりに豪華なものであるが薄汚れていて襤褸切れのようになっている。
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「あぁ……丸二日食べていなかったな。忘れていた」
腹を擦り早く宿を探さねばと焦りを感じた、食べなくとも平気だと思うのだが、やはり身体は栄養を欲し悲鳴を上げる。
やっと宿らしいものを見つけてホッとしたのも束の間、いよいよ限界が訪れたらしい彼の身体は前のめりに倒れてしまう。
「……ディ……アナ、待っていて必ず迎えに……行く」
そんな形だと言うのに彼はやはり彼女を求めていた。
***
「う……ディアナ、会いたかったよ」
彼は魘されながら何かを掴む、それは枯れた木のように感じた。気を失っていてそこら中を弄っている。そして、それは温かいものだと漸く知る。
「あらまぁ、私はディアナさんとやらではないわ。その、腕を離して下さらない?」
「え……」
目を開けた彼が掴んでいたのは木枝ではなく老人の痩せた腕だった。彼は慌てて飛び起きて申し訳ないことをしたと詫びるのだ。
「あの……なんて事をしでかしたのか。申しわけないです」
「ふふ、良いのよ寝ぼけておられたのだから、さぁそれよりスープでもいかが?大分食事を摂られてないようだから薄味にしてみたのよ」
途端に「ぐきゅー」とはしたない音が腹部から鳴る、食欲が湧いたのはいつぶりだろうとブラッドは驚く。
貪欲にスープを飲み干して漸く安堵する、そしてご老人の顔を見る余裕が出来た。それほどに切羽詰まっていたのだ。
「あの、なんとお礼を言えば。私は行倒れていたのでしょう?」
「ええ、そうね。酷い有様だったわ、周囲の方々は遠巻きにしていたけれどあまりに可哀そうでねぇ」
婦人はそう言うとコロコロと笑いスープのお代わりとパンを渡してくれた。それから調度品を見る余裕も出て、ここは貴族の館であると知る。
見ず知らずの男を介抱した御婦人に再度頭を下げた、それから自分の身分を簡単に伝えた。
「あら、やっぱり貴族の方なのね。汚れていたけれど良い仕立ての服だと思ったのよ、そうレスリー侯爵の息子さんだったのね」
「父を知っているのですか?」
知り合いというほどでもないと婦人は言う、社交で数度挨拶した程度だと微笑む。それから他愛ない話をして恋人を探す旅をしていることを告白した。唯一無二の愛しい彼女であると彼は力強く言う。
「私は今すぐにでも会いたいのです、そして彼女を抱きしめて……あぁ何処にいるんだディアナ」
「そうだったの、でもねぇ」
婦人は少し残念なものをみるようにブラッドを見た。
「愛とは請うものではないわ、与えるものなのよ。それを忘れてはダメ、わかる?」
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