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「はぁ……金髪を狙う変質者の次は子連れの物乞いか、貴族街も治安が悪くなったものだ」
「そうですね、この手のものは貧民街だけと思っていましたが」
ボロを纏い赤子を背負った女が貴族の館に押しかけるという珍事が多発した。
実害がないため物乞い女はしばらく放っておかれたが、実は投獄された貴族の内縁妻と知れて警戒が強化されることになった。変質者こと貴族の身元が伯爵家三男ラミロ・アゴストと割れてはいたが、まさか妻までも迷惑行為をしている報告を受けた衛兵団上層部は呆れた。
「ふむ、名家だとはいうが落ちぶれたものだな。余程資金繰りが悪いようだ、俺のような民兵あがりのものにはわからん世界だ。だが、なぜそこまで堕ちた」
衛兵団団長が分厚い書類に目を通しつつ判を押しながら呟いた。
「それですが、公爵で騎士団総団長の娘との結婚を蹴り、メイドと駆け落ちしたアフォらしいです。社交界では有名な醜聞だそうで、身分を捨ててまで愛を貫いた勇者と称えられてもいるとか。いやはや貴族のやることは突飛ですな」
部下から聞いた団長が遠い目をして何事かを思い出して言う。
「……アダルジーザ殿か、合同演習で挨拶をしたことがあったな。たしか見事な金髪の御仁だった、娘さんも金髪なのだろうか。なるほど、落ちぶれ貴族の思惑が見えてきたな。」
一連の珍事件の書類を並べて団長が苦笑いを浮かべた、伯爵家の腐った思惑を見透かしている。
団長はアダルジーザへ手紙を認め部下へ手渡し、早急に送るように命令した。
「こちらが警告せずとも策はされているだろうが一応な」
***
その日の夕刻、簡素な手紙を受け取ったアダルジーザ公爵は衛兵団長の心遣いに感謝して紙を畳んだ。
3年後の今、のこのこと戻り愛娘とよりを戻そうとしている愚か者に気が付いていた彼だったが、改めて怒りの炎を滾らせた。
壁に控えていた執事とメイドが公の怒気に当てられ気絶しそうになる。
「すまんが娘を呼んでくれ、そのまま人払いを」
「か、畏まりました。」
パタパタと慌てて出ていく侍従たちを見送り、とっておきの酒を棚の奥から取り出した。
グラスをふたつ並べ琥珀の液を注ぎ終わったところで娘がノックして入室してきた。
「父上、何用でございましょうか」
「……以前のように御父様と呼んでくれ、それと声色も戻せ頼むから」
「では失礼して、ゴホン!んんん……あ"~あ~オトウサマ~御父様?」
「うむ、戻った!愛娘ルチャーナの声だ」
ルチャーナと呼ばれた娘は肩を竦めて、”何用ですか”と柔らかな声でもう一度問うた。
父親はソファへと誘い酒を進めた、心得たとばかりにルチャーナは後ろ手に隠していたフリットとブルスケッタの乗った皿をテーブルに置く。
「うむ、さすが我が娘わかっているじゃないか」
「ふふふ、恐れ入ります」
閑談し、いくつかツマミを頬張ってから父親は本題を切り出した。娘ルチャーナは顔色を変えずにそれに耳を傾ける。
そして、グッとグラスを傾けて辛い酒を飲み干し、今さら動じないというようにクスリと小さく笑う。
強くなりすぎた愛娘を見て複雑そうな父である。
「愚かですわね、どこを探そうと”金髪のルチャーナ”はいませんのに、今は白騎士と呼ばれる変わり者しか存在しませんわ」
「ルチャーナ、ルーよ。その髪を再び腰まで伸ばすつもりはないのか?」
「あら、お父様。アフォの三男とよりを戻せと言うの?」
「違う違う!誤解するな、あんなゴミ虫に大切なルーを渡すわけがなかろう!」
「ぷっ、嫌だわ。御父様ったら冗談ですよ、それから虫に失礼です。アレはただの廃棄物ですわ」
些か酔ったらしいご機嫌のルチャーナは軽口を叩いて笑い転げた。時折、男勝りな声が混ざったがやはり可愛い娘が一時戻ったことに父は喜ぶ。
「あちらがどう仕掛けてこようと万倍にして報復するまでですわ!」
「うむ、頼もしい限りだ」
心強い発言をする娘に安堵しつつも、やはりどこか寂し気な父の顔がそこにあった。
「そうですね、この手のものは貧民街だけと思っていましたが」
ボロを纏い赤子を背負った女が貴族の館に押しかけるという珍事が多発した。
実害がないため物乞い女はしばらく放っておかれたが、実は投獄された貴族の内縁妻と知れて警戒が強化されることになった。変質者こと貴族の身元が伯爵家三男ラミロ・アゴストと割れてはいたが、まさか妻までも迷惑行為をしている報告を受けた衛兵団上層部は呆れた。
「ふむ、名家だとはいうが落ちぶれたものだな。余程資金繰りが悪いようだ、俺のような民兵あがりのものにはわからん世界だ。だが、なぜそこまで堕ちた」
衛兵団団長が分厚い書類に目を通しつつ判を押しながら呟いた。
「それですが、公爵で騎士団総団長の娘との結婚を蹴り、メイドと駆け落ちしたアフォらしいです。社交界では有名な醜聞だそうで、身分を捨ててまで愛を貫いた勇者と称えられてもいるとか。いやはや貴族のやることは突飛ですな」
部下から聞いた団長が遠い目をして何事かを思い出して言う。
「……アダルジーザ殿か、合同演習で挨拶をしたことがあったな。たしか見事な金髪の御仁だった、娘さんも金髪なのだろうか。なるほど、落ちぶれ貴族の思惑が見えてきたな。」
一連の珍事件の書類を並べて団長が苦笑いを浮かべた、伯爵家の腐った思惑を見透かしている。
団長はアダルジーザへ手紙を認め部下へ手渡し、早急に送るように命令した。
「こちらが警告せずとも策はされているだろうが一応な」
***
その日の夕刻、簡素な手紙を受け取ったアダルジーザ公爵は衛兵団長の心遣いに感謝して紙を畳んだ。
3年後の今、のこのこと戻り愛娘とよりを戻そうとしている愚か者に気が付いていた彼だったが、改めて怒りの炎を滾らせた。
壁に控えていた執事とメイドが公の怒気に当てられ気絶しそうになる。
「すまんが娘を呼んでくれ、そのまま人払いを」
「か、畏まりました。」
パタパタと慌てて出ていく侍従たちを見送り、とっておきの酒を棚の奥から取り出した。
グラスをふたつ並べ琥珀の液を注ぎ終わったところで娘がノックして入室してきた。
「父上、何用でございましょうか」
「……以前のように御父様と呼んでくれ、それと声色も戻せ頼むから」
「では失礼して、ゴホン!んんん……あ"~あ~オトウサマ~御父様?」
「うむ、戻った!愛娘ルチャーナの声だ」
ルチャーナと呼ばれた娘は肩を竦めて、”何用ですか”と柔らかな声でもう一度問うた。
父親はソファへと誘い酒を進めた、心得たとばかりにルチャーナは後ろ手に隠していたフリットとブルスケッタの乗った皿をテーブルに置く。
「うむ、さすが我が娘わかっているじゃないか」
「ふふふ、恐れ入ります」
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「違う違う!誤解するな、あんなゴミ虫に大切なルーを渡すわけがなかろう!」
「ぷっ、嫌だわ。御父様ったら冗談ですよ、それから虫に失礼です。アレはただの廃棄物ですわ」
些か酔ったらしいご機嫌のルチャーナは軽口を叩いて笑い転げた。時折、男勝りな声が混ざったがやはり可愛い娘が一時戻ったことに父は喜ぶ。
「あちらがどう仕掛けてこようと万倍にして報復するまでですわ!」
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