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――それは秋の気配がした頃だった。
禁固刑を終えたラミロは凝りもせずやらかした。
とある貴族家へ無理矢理侵入したラミロとメルゥは、厳重注意を受けた後に伯爵家へ謹慎するよう命じられた。
不法侵入されたのは目上の侯爵家だった、その家の者がルチャーナの後ろ姿に良く似ていたため突撃したらしい。
だが残念なことにそれは女装癖のある侯爵家の子息だった。
侵入され、侯爵家の秘密と恥を知られた当主は激高しラミロの家へ猛抗議をした。
結果、貧乏な上に借金を背負うことになったアゴスト伯爵は泡を吹いて倒れた。
「もう駄目だ!御終いだ!職場からも追い出された。やっと手に入れた事務職だったのに!爵位を売る他ない……クソッどれもこれもラミロのせいだ!お前が甘い顔をするから破滅したんだ!どう責任をとるつもりだ」
「きゃあ!?なにをなさるの」
夫から罵倒され平手打ちされた妻はグシャグシャに泣き崩れるも、気の強い夫人は睨み返してこう宣った。
「あの子は考えがあって行動したのよ、メルゥだってそうよ!息子を愛してるからこそよ。……真実の愛を貫いただけだったのに、それを許さない公爵家も世間もどうかしているわ。さらにバンビちゃんが過去を水に流してやり直そうと奮闘しているのに!ルチャーナはなんて心が狭くて醜い女なのかしら!探してあげているのに名乗りでないなんてどうかしているわ!」
妻はそう好き勝手に妄言して癇癪を起した、目についた食器や雑貨物を夫と壁に投げつけて暴れた。
赤ら顔の悪鬼となった妻が興奮から冷め落ち着いたのは、夫にバケツの汚水をかけられてからだ。
「……どうかしているのはお前の頭だ」
「あ、あの私はこんなつもりは……は、話をきいて!お願いよ」
陶磁の花瓶を投げつけられた夫は頭部から血を流し、妻へ蔑んだ目を向けるばかりだった。
***
離縁と勘当を言い渡された母子と嫁メルゥは途方に暮れて薄暗がりの中を歩いた。
行く当てはない、時々赤子のぐずる声が冷たい石敷きに吸い込まれる。
「母上の生家はどうしたの?」
「……とうにないわ、私の両親は亡くなっているし兄は継いだ家を売って他国に旅立ったままよ」
「そうか、叔父上は放浪癖があったね。どこにいるやら……か」
子を寝かしつけたメルゥが今更に疑問を投げた。
「あの……そもそも公爵家の場所をなぜ皆様はわからないのでしょうか?」
「あ?今言う話かよ……まぁいい。行き先はいつも馭者任せだったからな、父も母も私もわざわざ道を覚えるなど下賤な思考を持たんのだ。家が傾いたせいで馭者をクビにしたのがまずかったな」
「そうよ!私達は高貴な者ですもの、平民出のあなたには理解できないでしょうけどね!ねぇバンビちゃん」
「――そうですか、もうしわけありません」
己の方向音痴ぶりを顧みないバカ親子に眩暈がしたメルゥ、なぜこんなのを愛したのだろうかと酷く後悔した。
メルゥが下級メイド時代に元婚約者ルチャーナの顔を見るのはいつも伯爵家だった。
立場上、話しかける機会もなかったし遠目で覗う程度だ。家を訪ねるなど出来ようもなかった。
そのルチャーナと邂逅することになるのは五日後のことである。
禁固刑を終えたラミロは凝りもせずやらかした。
とある貴族家へ無理矢理侵入したラミロとメルゥは、厳重注意を受けた後に伯爵家へ謹慎するよう命じられた。
不法侵入されたのは目上の侯爵家だった、その家の者がルチャーナの後ろ姿に良く似ていたため突撃したらしい。
だが残念なことにそれは女装癖のある侯爵家の子息だった。
侵入され、侯爵家の秘密と恥を知られた当主は激高しラミロの家へ猛抗議をした。
結果、貧乏な上に借金を背負うことになったアゴスト伯爵は泡を吹いて倒れた。
「もう駄目だ!御終いだ!職場からも追い出された。やっと手に入れた事務職だったのに!爵位を売る他ない……クソッどれもこれもラミロのせいだ!お前が甘い顔をするから破滅したんだ!どう責任をとるつもりだ」
「きゃあ!?なにをなさるの」
夫から罵倒され平手打ちされた妻はグシャグシャに泣き崩れるも、気の強い夫人は睨み返してこう宣った。
「あの子は考えがあって行動したのよ、メルゥだってそうよ!息子を愛してるからこそよ。……真実の愛を貫いただけだったのに、それを許さない公爵家も世間もどうかしているわ。さらにバンビちゃんが過去を水に流してやり直そうと奮闘しているのに!ルチャーナはなんて心が狭くて醜い女なのかしら!探してあげているのに名乗りでないなんてどうかしているわ!」
妻はそう好き勝手に妄言して癇癪を起した、目についた食器や雑貨物を夫と壁に投げつけて暴れた。
赤ら顔の悪鬼となった妻が興奮から冷め落ち着いたのは、夫にバケツの汚水をかけられてからだ。
「……どうかしているのはお前の頭だ」
「あ、あの私はこんなつもりは……は、話をきいて!お願いよ」
陶磁の花瓶を投げつけられた夫は頭部から血を流し、妻へ蔑んだ目を向けるばかりだった。
***
離縁と勘当を言い渡された母子と嫁メルゥは途方に暮れて薄暗がりの中を歩いた。
行く当てはない、時々赤子のぐずる声が冷たい石敷きに吸い込まれる。
「母上の生家はどうしたの?」
「……とうにないわ、私の両親は亡くなっているし兄は継いだ家を売って他国に旅立ったままよ」
「そうか、叔父上は放浪癖があったね。どこにいるやら……か」
子を寝かしつけたメルゥが今更に疑問を投げた。
「あの……そもそも公爵家の場所をなぜ皆様はわからないのでしょうか?」
「あ?今言う話かよ……まぁいい。行き先はいつも馭者任せだったからな、父も母も私もわざわざ道を覚えるなど下賤な思考を持たんのだ。家が傾いたせいで馭者をクビにしたのがまずかったな」
「そうよ!私達は高貴な者ですもの、平民出のあなたには理解できないでしょうけどね!ねぇバンビちゃん」
「――そうですか、もうしわけありません」
己の方向音痴ぶりを顧みないバカ親子に眩暈がしたメルゥ、なぜこんなのを愛したのだろうかと酷く後悔した。
メルゥが下級メイド時代に元婚約者ルチャーナの顔を見るのはいつも伯爵家だった。
立場上、話しかける機会もなかったし遠目で覗う程度だ。家を訪ねるなど出来ようもなかった。
そのルチャーナと邂逅することになるのは五日後のことである。
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