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久しぶりに休暇をもぎ取ったルチャーナは王都で一番活気がある大通りを歩いていた。貴族街と平民街を分断するようにあるそこは人足が絶えず賑わいを隠さない。
取り立てて目的はないが、専属侍従らを労う意味も兼ねて気分転換の為に屋敷をでたのである。
もちろんルディの恰好のままで喧騒の中を進む。
「たまの休暇ですから美しく着飾っても良かったのでは?」
小柄な侍女が残念そうに主を見上げた、だが当人は柔らかく微笑み返すだけで取り合わない。
「もう!御髪も長ければ素敵な髪飾りを着けますのに~勿体ないです!お嬢様はまだ21歳なのです、花の季節はまだまだ終わってませんよ!」
「いいじゃないか、この姿は気楽なんだよ。それに仮初の恋など面倒だし、縁を結んだとて幸せが確約されるわけでもないよ」
「お嬢様……」
未だに心の傷が癒えていないと悟った侍女は余計な口を利いたことを謝罪した。ルチャーナは気にすることではないと笑い飛ばして許す。
凛とした態度で街中を闊歩する主の背を護る護衛二人も惚れ惚れとして付いて歩く。
いくつかの小物店をまわり、小腹が空いたところで丁度目についた食堂へはいることになった。
落ち着いた慎ましい佇まいは身分関係なく客を歓迎している、店主のセンスの良さが伺えた。
観音扉を開いて数分待っているとホールスタッフが小走りに駆け寄ってきて案内する。
「良いところだね、狭すぎずテーブルも多めだ。さて、なにを頼もうか」
「ここって結構有名な店なんですよ、オススメは手頃なランチセットですね。お茶とパーネがお代わり自由です」
護衛の青年たちがいつも頼むというオッソブーコのセットを注文していた。
ルチャーナもそれに倣って頼むことにした、侍女はトリッパとニョッキを注文してお腹が空いたと言った。
料理を待つ間に喉が渇いた彼らはレモン水をがぶ飲みして凌ぐ、それから他愛ない話をして笑い合う。
ルチャーナはとても良い休日になりそうだと相好を崩す。
***
程なくして料理が全員分供された、骨付き肉がホロホロに解けてルチャーナを驚かせた。
「うん、オススメ通りに素晴らしい味だよ。我が家では味わえない」
「はは、それは良かったです!でも公爵家の料理長が臍を曲げそうですね」
「ハハハッ違いない!」
そんな無駄口を叩いて歓談していたら給仕係の女性と客が揉めている声が後方から響いてきた。
どうやら癖の悪い貴族の客に絡まれたようだ。ルチャーナは仲介に入るべきか様子を見ることにした。
「おやめください!ここは春を売る店とは違います」
「なんだと!?生意気な口を……はん、金が欲しいから働いておるのだろうがチップをはずむから触らせろ」
「いやっ!放して!」
臀部に厭らしく延びた手を撥ね退ける弾みで、テーブルにあった水差しとグラスが床に落ちて派手な音を立てた。
飛び散った水と破片が貴族のオヤジのスラックスを汚した、益々怒った男は給仕の女に拳を振り上げた。
だが、女の頬に衝撃が走る前にルチャーナの手が暴行を制した。
「そこまでにしておけ、いくら貴族でも恥ずかしい振る舞いを続けるのなら騎士の私が相手になろう」
「んな!?き騎士だと……え、その白い髪の毛は……まさか第二騎士団の」
「おや?知っておられるのか光栄だね、その身形から察するに男爵あたりかな?あぁ、確か部下に似た面差しがいる……ロズ・トッソとかいうヤツがいたなぁヒラメ顔がソックリじゃないか」
「ひぃぃ!息子の上官さま、ど、どどどどうかお許しを」
ルチャーナは良い笑顔で初老の男を翻弄はじめた。笑顔の奥に黒い殺意を隠し持っている、それを垣間見た男は悲鳴をあげて土下座をする。
その後、店主の許可を得て衛兵団に突き出すことにした。『抵抗するようなら私の名を出せ』と言って引き取らせた。
「騒がせたね、店主殿すまない」
「いいえ、とんでもございません。あの貴族には散々嫌がらせを受けておりました。食事代は結構ですありがとうございました。」
逆に礼を言われたルチャーナは頭を掻いて困った。払う払わないで問答した後、半額ということで手打ちにした。
席に戻ろうとした彼女を追って給仕の女が深々とお辞儀をしてきた。それからなんだかんだと礼の言葉を並びへつらう。
媚た言動にいい加減うんざりしてきたルチャーナは「仕事に戻りなさい」と促した。しかし、気が済まないからと給仕女がしつこく絡んで来た。恩を仇で返すつもりのようだ。
「どうかどうか騎士様こちらを向いて!わたしの鼓動は早鐘のように鳴り響いて止まらないのでございます!」
正義のヒーローに救われたヒロイン気取りなのか給仕女の瞳は恋焦がれる乙女になっていた。
「私の名はメルゥ、メルゥです!以後お見知りおきくださいませ!もちろんお礼と次のご来店時には心からサービスをしますわ!」
女が名を叫んだ時、ルチャーナの顔が一瞬強張った。
「メルゥ……まさかお前」
ルチャーナの瞳に怒りが宿り怪しく光ったが、陶酔している給仕女にはわからなかった。
取り立てて目的はないが、専属侍従らを労う意味も兼ねて気分転換の為に屋敷をでたのである。
もちろんルディの恰好のままで喧騒の中を進む。
「たまの休暇ですから美しく着飾っても良かったのでは?」
小柄な侍女が残念そうに主を見上げた、だが当人は柔らかく微笑み返すだけで取り合わない。
「もう!御髪も長ければ素敵な髪飾りを着けますのに~勿体ないです!お嬢様はまだ21歳なのです、花の季節はまだまだ終わってませんよ!」
「いいじゃないか、この姿は気楽なんだよ。それに仮初の恋など面倒だし、縁を結んだとて幸せが確約されるわけでもないよ」
「お嬢様……」
未だに心の傷が癒えていないと悟った侍女は余計な口を利いたことを謝罪した。ルチャーナは気にすることではないと笑い飛ばして許す。
凛とした態度で街中を闊歩する主の背を護る護衛二人も惚れ惚れとして付いて歩く。
いくつかの小物店をまわり、小腹が空いたところで丁度目についた食堂へはいることになった。
落ち着いた慎ましい佇まいは身分関係なく客を歓迎している、店主のセンスの良さが伺えた。
観音扉を開いて数分待っているとホールスタッフが小走りに駆け寄ってきて案内する。
「良いところだね、狭すぎずテーブルも多めだ。さて、なにを頼もうか」
「ここって結構有名な店なんですよ、オススメは手頃なランチセットですね。お茶とパーネがお代わり自由です」
護衛の青年たちがいつも頼むというオッソブーコのセットを注文していた。
ルチャーナもそれに倣って頼むことにした、侍女はトリッパとニョッキを注文してお腹が空いたと言った。
料理を待つ間に喉が渇いた彼らはレモン水をがぶ飲みして凌ぐ、それから他愛ない話をして笑い合う。
ルチャーナはとても良い休日になりそうだと相好を崩す。
***
程なくして料理が全員分供された、骨付き肉がホロホロに解けてルチャーナを驚かせた。
「うん、オススメ通りに素晴らしい味だよ。我が家では味わえない」
「はは、それは良かったです!でも公爵家の料理長が臍を曲げそうですね」
「ハハハッ違いない!」
そんな無駄口を叩いて歓談していたら給仕係の女性と客が揉めている声が後方から響いてきた。
どうやら癖の悪い貴族の客に絡まれたようだ。ルチャーナは仲介に入るべきか様子を見ることにした。
「おやめください!ここは春を売る店とは違います」
「なんだと!?生意気な口を……はん、金が欲しいから働いておるのだろうがチップをはずむから触らせろ」
「いやっ!放して!」
臀部に厭らしく延びた手を撥ね退ける弾みで、テーブルにあった水差しとグラスが床に落ちて派手な音を立てた。
飛び散った水と破片が貴族のオヤジのスラックスを汚した、益々怒った男は給仕の女に拳を振り上げた。
だが、女の頬に衝撃が走る前にルチャーナの手が暴行を制した。
「そこまでにしておけ、いくら貴族でも恥ずかしい振る舞いを続けるのなら騎士の私が相手になろう」
「んな!?き騎士だと……え、その白い髪の毛は……まさか第二騎士団の」
「おや?知っておられるのか光栄だね、その身形から察するに男爵あたりかな?あぁ、確か部下に似た面差しがいる……ロズ・トッソとかいうヤツがいたなぁヒラメ顔がソックリじゃないか」
「ひぃぃ!息子の上官さま、ど、どどどどうかお許しを」
ルチャーナは良い笑顔で初老の男を翻弄はじめた。笑顔の奥に黒い殺意を隠し持っている、それを垣間見た男は悲鳴をあげて土下座をする。
その後、店主の許可を得て衛兵団に突き出すことにした。『抵抗するようなら私の名を出せ』と言って引き取らせた。
「騒がせたね、店主殿すまない」
「いいえ、とんでもございません。あの貴族には散々嫌がらせを受けておりました。食事代は結構ですありがとうございました。」
逆に礼を言われたルチャーナは頭を掻いて困った。払う払わないで問答した後、半額ということで手打ちにした。
席に戻ろうとした彼女を追って給仕の女が深々とお辞儀をしてきた。それからなんだかんだと礼の言葉を並びへつらう。
媚た言動にいい加減うんざりしてきたルチャーナは「仕事に戻りなさい」と促した。しかし、気が済まないからと給仕女がしつこく絡んで来た。恩を仇で返すつもりのようだ。
「どうかどうか騎士様こちらを向いて!わたしの鼓動は早鐘のように鳴り響いて止まらないのでございます!」
正義のヒーローに救われたヒロイン気取りなのか給仕女の瞳は恋焦がれる乙女になっていた。
「私の名はメルゥ、メルゥです!以後お見知りおきくださいませ!もちろんお礼と次のご来店時には心からサービスをしますわ!」
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「メルゥ……まさかお前」
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