元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)

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久しぶりに対峙した二人はしばし睨み合ったまま動かない、それを離れて見守るビル、ほんとうはすぐにでも加勢に駆け寄りたいと思っていたがルチャーナのケジメに水を注すのを我慢する。


「ル、チャーナ……はは、やっと顔を出したか。やはりお前は私が必要なのだな!わかっているぞ、嫁ぎ先に苦労して未だに屋敷で燻ぶっているとな!どうだ図星だろう?社交界は女に厳しいからなフハハハッ、だが喜べ私はこうして戻って来てやった。感謝してこの手を取るが良い!」


痩せて薄汚れた手を伸ばして、ルチャーナの金髪に触れようとした。だが叶わなかった。
ラミロの腕は隠し持っていた剣の鞘で弾かれて、赤く腫れあがった。

「な……無礼なヤツだ!女は黙って従えば良いんだ!男がいなければ何もできぬ脆弱な生き物だろう」
そう喚く愚者に対してルチャーナは冷静だ、不敵に笑うと少し距離を取って金髪のカツラを脱いだ。

「どちらが脆弱なんだ?私はとうに女という性別を捨てて生きているぞ、過去の栄光に縋って醜く生きる貴様こそが弱者なのだ。」


肩にかかる白髪が北風に靡いて美しく輝いた。
彼女こそが白騎士と呼ばれ敬われる人物と知ったラミロは驚愕して固まった。

「あ……な……そんなお前があの白騎士……ああぁぁぁ、最年少で上等騎士に昇進したという天才……」

「春には兵長に昇進するがな、名乗るまで元婚約者と気が付かない貴様がぬけぬけと……呆れを越して最早無に近いよ。地に落ち腐ったゴミの分際で私と婚姻できると?その自信はどこから湧くのか不思議でならないよ」

矜持を木っ端微塵にされたラミロは悔しそうに震えて怒った、だがその目にはまだ狡賢い光が宿っている。

「は、はははっ、哀れだなぁ男に相手にされずその男のフリをして生きているのか。十分に惨めではないか?私ならば伴侶になってやると言っているのだ!そうさ、嫁になればそのような不相応な職に就かなくとも済むのだぞ?良く考えるんだ、公爵家には跡取りがいないだろう、高貴な血を引くラミロ様が継いでやるよ感謝しろ。」

「は、世迷言を」

「良く聞け!アダルジーザ殿が頑迷な御仁なことを知っている、なんなら私が説得してやろうじゃないか、そうすれば娘の幸福のためと納得するに違いないさ!さぁ、この手を取れルチャーナ!お前には私が必要なはずだ!」

あまりのしつこさと斜め上を行くラミロの言動に、ルチャーナとビルは嫌悪でいっぱいになった。
平民以下になった身の上で、いまだ貴族に返り咲けると信じて疑わない目出度い思考はある意味スゴイと感心する。


「どこまで私を愚弄すれば気が済むのか……」
ルチャーナはラミロが座る車椅子へ目掛けて渾身の力でもって蹴りつけた。

「ぎゃぁあ!?」

***

粗末な作りの車椅子は瞬時に破壊され、ただの廃棄物になって転がった。外れた車輪が虚しくカラカラと回る。

「な、なんてこと!なんてことを……私は足が不自由なのだぞ!慈善活動の拠点である教会内でこのようなこと許されないぞ!」

破壊された椅子から落ちたラミロは泡を吹きながらルチャーナを罵る。あまりの出来事に周囲にいた浮浪者達がルチャーナの暴行に驚いていた。

「お、おい、ソイツは確かに腹黒でバカだけど流石に気の毒だぞ」
「そうだ、ムシケラくらいには慈悲はやってくれよ」

近くにいた浮浪者が口々に擁護して来たが、彼女はこう言い返した。

「ならばムシケラ以下のコイツには慈悲は要らんよ。なんせ歩けないフリをして罪を重ねてるからな」
「つ、罪!?コイツは罪人なのかよ!」

「あぁ、最近ここに近い界隈で盗みと火付けが多発している。ケチな破落戸集団がいるのさ、それを仕切るのが車椅子の男だとタレコミがあってな、あまりに悪質な相手なので私は衛兵に代わりその調査にきた騎士だ。少しづつ追い詰め嬲ってやろうと思っていたが我慢ならんのでな」

真実を口にしたルチャーナにその場の者が驚愕して騒いだ。

「え、コイツは負傷者じゃねぇのか?……火付けって極悪じゃねぇか!」
「コイツ脚の神経がズタズタで碌に動けないと聞いたぞ。嘘だったのか」
「マジかよ、気の毒だと思ってパンを分けていたのに……」

浮浪者仲間が蹲るラミロの元へ寄ってきて事の重大さに騒ぎだした、仲間意識が高い彼らは嘘と裏切りをとても嫌うようだ。


「ひぃ!?嘘だ出鱈目だ!その女は人違いしているんだ!私じゃないぞ、高貴な出の私がそんなことするものか」
尚も嘘を重ねるラミロはかつて貴族だったことを盾に抗う。

すると群がりから一番年嵩と見られる老人が前に出てきた、この区画の浮浪者たちを纏めている人物のようだ。

「ふーむ、どれ。落ちぶれたがワシは医者だ、動かないというその足を見分してやろう」
好々爺の顔でラミロに問う。その仕草はどこか神々しい、とても浮浪者とは思えない。

「そうか、先生ならすぐにわかるぞ」
「さすが先生!」
浮浪者達は無償で世話になっている老人に尊敬の眼差しを向けて道をあけた。

「ひ?いや良いから私に構うな爺さん!自分の身体のことは良く分かっている!私の足は死んでるんだ間違いない!」


老人はゆっくりと杖をつきながらラミロの傍までやってきて、診察しようと声をかける。
ラミロは老人が差し伸べた手を払って抵抗する。触れるな近寄るなと大騒ぎだ。

「まぁまぁ遠慮するな、診察に金は取らんよ。そこなお嬢さん、肩を貸してくだされ」
「ええ、喜んで手伝いますよ」
指名されたルチャーナは嬉しそうに笑って手助けした。

「や、やめろ!私に近寄るな!その女は嫌だ!やめないか!」

しかし、老人は聞き耳を持たず、優しく微笑むと杖を掴み直して振り下ろした……。

「ぐぎゃーーーー!イダイ何をしやがるクソじじぃ!チクショー!」
麻痺して痛覚がないというアフォの足に杖を思い切り突き刺したようだ。

「おやおや、良かったな、痛覚はあるし暴れる筋力もしっかりあるじゃないか。ホッホッホッ!」


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