元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)

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重度の障害を負っていると虚言していたラミロは、犯罪の他に役所から助成金も騙し取って生活していた。
どこまでも強かな男である。


教会での炊き出し騒動の後、騎士団で尋問を受けたラミロは強く責め立てられるとアッサリとゲロした。
彼はかなりの捻くれだが、腐っても元貴族なので権力に弱い。何よりアダルジーザの顔を見るや失禁して平身低頭で懺悔をしたのである。

根性無しが破落戸集団のアジトを吐いたことで、仲間達は一網打尽にされ刑の執行を待つだけになった。
無差別に生命を脅かす火付けは詮議なしで極刑なのだ。


「それにしてもあの日”アダルジーザ殿を説得”とか大見え切ってたヤツとは思えないな」
いつもの鍛錬の合間にビルが尋問中のラミロの無様な醜態さを聞いてそう言った。
傍らで剣に重りを付けていたルチャーナは試し振りをしている、真冬の間は凍傷防止の木剣を使用するので物足りないらしい。

「あぁ、口先だけは立派な男だからな。もしくはすっかり忘れていたかのどっちかさ。フフッ、愚かな事に謝罪した後、私と結婚させて”俺の子を育てろ”と藁人形を差し出したそうだ。」

尋問中にも拘わらず、気が触れた風に三文芝居を披露していたと父から聞いたと笑う。精神異常と認めさせ減刑されるのを狙ったらようだ。

「……アイツそんなにバカなのか?」
「うむ、粗忽さだけは一流だからな。家柄以外は空っぽの家だったぞ」
なんでそんなのと婚約など結んだのか、ビルはどんな経緯でと聞きたくなったが止めておいた。

***

死刑が確定した囚人はすぐに処されるわけではない。
諸説あるが、極悪人をアッサリ殺しては己の罪深さを顧みないだろうという意味を含めて、執行まで怯えて過ごさせる期間を与えるのだという。執行する当日は市中連れまわしにされ公開処刑となる。

表向きは”冤罪回避”であるが、死罪を免れたものはいない。

「残酷だよなーこえ~」
「悪さをしなければ良いんだ、簡単なことだよ」
「そうだな違えねぇガキでも知ってらぁ」

市井に生きる者達は、事の顛末を対岸の火事のように噂をした流した。

独房に投獄されたラミロは気が触れた風を再び演じ、襤褸雑巾を人型にして「俺の子供だ」と言って抱きかかえて過ごした。
しかし、娑婆で悪さをしていた頃も、同じ奇行を繰り返していた事が露見しているので通じない。

それでも諦めない彼は、昼となく夜となく、つまらない騒ぎを起こして看守を困らせた。
だが彼が生に執着していたことは知れていたので、定時の食事以外は見放されるようになった。

扱いに困った刑務官達が上層に直訴したが、もとより死刑囚なので自殺しようがどうでも良いと法務省から通達がきた。肩の荷が下りた典獄てんごくは「アフォは捨て置け」と言って笑ったという。



それから5年後の秋。


法務省から執行命令が届いた。
とある日、受刑者番号で呼ばれたラミロはいつもの運動の時間と思って機嫌良さそうに寝具から出てきた。
手錠を後ろ手にされたまま連行されるラミロ、特に暴れる様子もない。

それどころか「小春日和の良い天気だ」と言ってヘラヘラしていた、外にいた頃より血色が良いのが皮肉だ。
運動場へ続く廊下を歩いて庭に出れば、厳めしい馬車が施設の壁際に停車していた。

「なんだ?偉い高官でも視察にきたのかい?」
状況をまったくわからないラミロは誰よりも呑気だ、看守たちが能面顔で仕事する様子に見慣れ過ぎていた。
何も言葉を発さずもくもくと動く看守達は、馬車の中へではなく本来車を引く馬の所へラミロを繋げた。

同じように繋がれた数人の囚人が虚ろな目で空を見ている。

「え?……え、どういうことだ?まさか馬車を引くのが運動じゃないだろうな?」
見当違いの事を言う囚人に、担当看守がやっと口を利いた。


「囚人である貴様の最期の仕事だ、心して務めろ。途中で絶命するかもしれんがな」
看守の口からとんでもなく残酷な言葉が出てきた、ラミロはだんだん顔色が悪くなっていく。

「じょ、冗談だろ……え、まさかそんな最期……?」
すぐ隣に繋がれていた囚人の顔を見て、ラミロはやっと理解した。今から刑が執行されるのだと。かつてつるんで愚行を繰り返した破落戸仲間がそこにいたからだ。

看守の一人が馭者台に上がると鞭が振るわれた、叩かれたのは囚人ではなく彼らを繋ぐ縄だ。王都の広場まで歩けと叱咤の声が頭上から降って来る。馬車の中に乗せらているのは執行用のギロチンだ。

「そんな、そんな……貴族の私が……誉れ高きアゴスト伯爵家の私が……あぁぁ」







*典獄・・・刑務所長の旧呼称

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