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後編
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ホワイト家の本邸で、ルーンは自分の部屋のベッドで横になっていた。
学園を卒業して、家に戻ってからずっと体調が優れず、食欲も無く寝込んでしまっていた。
家の者たちも心配して医者を呼んだが、原因は特にないと言われた。
それはそうだろう。原因は自分が一番よく分かっている。そして本当に情けないと思う。まさか自分がこんなことになるとは思ってもみなかった。
一度、父上が様子を見に来たが、小さくため息をついて、しばらく休んだら治るだろうと言い、それっきりだ。
父上は俺が体調を崩した原因に気づいているのだろうか?
あの人のことだ。きっと気づいているんだろう。だから、カイルに縁談を進めたんだ。
ホワイト家の当主が勧めた事に、辺境の地の貴族が断る理由もない。そう思うと、また胃が締め付けられる。
どうして自分は、こんな風になってしまったんだろうか。こんなにも自分が弱いだなんて思ってもみなかった。
卒業の時、最後にカイルを抱きしめた時、溢れるほどの思いはあったのに、ただ、それを堪えて抱きしめることしかできなかった。
あの時その思いを伝えたら、最後にカイルに嫌われてしまう事が分かっていた。
抱きしめはしたけれど、ただそれだけだったから、カイルも拒絶せずに抱き返してくれたのだろう…。
結局最後まで、自分は思いを口にすることさえできなかった。
今度は目が熱くなってきた。眺めている天井が、ぼやけてくる。
カイルはきっと今頃、自分の領地で、一生懸命に働いているのだろう…。俺の事なんか、気にもせず…。
すると、にじんだ視界にカイルの姿が見える。
…どうやら自分は、本当に参ってしまっているようだ。
すると、目の前のカイルは呆れた様子で声を掛けてきた。
「そんなに僕の事、好きなんですか?」
俺は少し呼吸を整えて、じっとカイルを見つめて言った。
「あぁ…好きだよ。とても強く、君の事を…愛している…」
素直に言葉が口から出ていた。そして、涙が止まらなく溢れてきた。
抑えようと腕で顔を覆う。すると、またカイルが話してくる。
「君がそんなにも僕の事を思ってくれていたなんて。学園でずっと一緒に過ごして、キスの一つで済んだのが奇跡に思えてきました」
「…無理やり気持ちを押し付けたら、お前は俺の元からいなくなっていただろう?」
「ええ、真っ直ぐ家に帰っていましたよ」
「…俺自身も驚いてる。どうしても、お前に嫌われたくなかったんだ」
「そうみたいですね。それに関しては、僕も感心してます。でも、本当にどうして僕の事が、そんなに好きなんですか?」
「お前の様に…素直でまっすぐな人を見たことが無かった。
育った環境もあるだろけれど、学園で何度も、他人に手を差し伸べている姿を見かけていたんだ。貴族なのに、計算無く他人の為に動く者を、今まで見たことが無かった。
誰に対しても平等だったし、そんなお前に…認められたかった。それに…カイルの笑った顔が…好きだったんだ」
「そう、ですか…」
ルーンは涙を拭いて、目を開いた。
「…最初は幻覚かと思ったが、カイル、何故ここに居るんだ?それとも、やはり幻覚か?」
カイルが笑って手を伸ばし、ルーンの涙を拭った。
「本物です。あなたの父上から連絡が来たんです。息子が体調を崩したから、見舞いに来て欲しいと」
「父上が…?」
「連絡を伝えに来てくれた人と共に、こちらまでやって来ました。わざわざあんな辺境の地まで連絡を下さったので、断る理由はありません。元々僕の立場で断る事なんて出来ませんけど」
「…もう結婚したのか?」
「縁談の話ですか?今それを聞きますか?ーーーしてませんよ。お話を頂いた時、すぐにお断りしていました」
「先ほど、断れないと言ったところでは?」
「本当ですね。どうやら僕は、素直なようで…」
カイルは先ほど俺が言ったことを思い出してか、語尾が小さくなっている。
ルーンはじっとカイルを見つめる。
「カイル…その話し方、やめてくれないか?」
「ここはもう、学園ではありません」
「素直な性格はどこに行った?」
「…そうでしたね」
カイルはルーンの手を握って、小さく息を吐いた。
そして何か決意したかのように、真っ直ぐにルーンを見つめて話し始めた。
「君が体調を崩したと聞いて、本当に心配したんだ。僕は君の隣にはいられない立場の人間だし、友達以上に君と関わるつもりはなかった。関わるのも、あの学園生活の間だけのもので…」
カイルはそこで黙り、繋いでいる手に力を入れる。ルーンはじっと、カイルの言葉の続きを待った。
「君もそれを分かった上で、気持ちを抑えてでも、僕の傍に居たいと思ってくれていたんだ。そして今、どうしようもなくなって、こんなにボロボロになっても、僕の事を思ってくれてる。
僕も気づいていながら、ずっと君の傍にいたんだ。僕だって分かっていたのに…。そんな風に自分を思ってくれる人を、立場も関係なく、一人の人間として、好きにならない訳がない…」
互いに視線を逸らさず見つめ合う。やがて、カイルが優しくルーンに微笑む。
「ルーン、僕も君を…愛しているよ」
そしてゆっくりと、ルーンに顔を近づけた。
学園を卒業して、家に戻ってからずっと体調が優れず、食欲も無く寝込んでしまっていた。
家の者たちも心配して医者を呼んだが、原因は特にないと言われた。
それはそうだろう。原因は自分が一番よく分かっている。そして本当に情けないと思う。まさか自分がこんなことになるとは思ってもみなかった。
一度、父上が様子を見に来たが、小さくため息をついて、しばらく休んだら治るだろうと言い、それっきりだ。
父上は俺が体調を崩した原因に気づいているのだろうか?
あの人のことだ。きっと気づいているんだろう。だから、カイルに縁談を進めたんだ。
ホワイト家の当主が勧めた事に、辺境の地の貴族が断る理由もない。そう思うと、また胃が締め付けられる。
どうして自分は、こんな風になってしまったんだろうか。こんなにも自分が弱いだなんて思ってもみなかった。
卒業の時、最後にカイルを抱きしめた時、溢れるほどの思いはあったのに、ただ、それを堪えて抱きしめることしかできなかった。
あの時その思いを伝えたら、最後にカイルに嫌われてしまう事が分かっていた。
抱きしめはしたけれど、ただそれだけだったから、カイルも拒絶せずに抱き返してくれたのだろう…。
結局最後まで、自分は思いを口にすることさえできなかった。
今度は目が熱くなってきた。眺めている天井が、ぼやけてくる。
カイルはきっと今頃、自分の領地で、一生懸命に働いているのだろう…。俺の事なんか、気にもせず…。
すると、にじんだ視界にカイルの姿が見える。
…どうやら自分は、本当に参ってしまっているようだ。
すると、目の前のカイルは呆れた様子で声を掛けてきた。
「そんなに僕の事、好きなんですか?」
俺は少し呼吸を整えて、じっとカイルを見つめて言った。
「あぁ…好きだよ。とても強く、君の事を…愛している…」
素直に言葉が口から出ていた。そして、涙が止まらなく溢れてきた。
抑えようと腕で顔を覆う。すると、またカイルが話してくる。
「君がそんなにも僕の事を思ってくれていたなんて。学園でずっと一緒に過ごして、キスの一つで済んだのが奇跡に思えてきました」
「…無理やり気持ちを押し付けたら、お前は俺の元からいなくなっていただろう?」
「ええ、真っ直ぐ家に帰っていましたよ」
「…俺自身も驚いてる。どうしても、お前に嫌われたくなかったんだ」
「そうみたいですね。それに関しては、僕も感心してます。でも、本当にどうして僕の事が、そんなに好きなんですか?」
「お前の様に…素直でまっすぐな人を見たことが無かった。
育った環境もあるだろけれど、学園で何度も、他人に手を差し伸べている姿を見かけていたんだ。貴族なのに、計算無く他人の為に動く者を、今まで見たことが無かった。
誰に対しても平等だったし、そんなお前に…認められたかった。それに…カイルの笑った顔が…好きだったんだ」
「そう、ですか…」
ルーンは涙を拭いて、目を開いた。
「…最初は幻覚かと思ったが、カイル、何故ここに居るんだ?それとも、やはり幻覚か?」
カイルが笑って手を伸ばし、ルーンの涙を拭った。
「本物です。あなたの父上から連絡が来たんです。息子が体調を崩したから、見舞いに来て欲しいと」
「父上が…?」
「連絡を伝えに来てくれた人と共に、こちらまでやって来ました。わざわざあんな辺境の地まで連絡を下さったので、断る理由はありません。元々僕の立場で断る事なんて出来ませんけど」
「…もう結婚したのか?」
「縁談の話ですか?今それを聞きますか?ーーーしてませんよ。お話を頂いた時、すぐにお断りしていました」
「先ほど、断れないと言ったところでは?」
「本当ですね。どうやら僕は、素直なようで…」
カイルは先ほど俺が言ったことを思い出してか、語尾が小さくなっている。
ルーンはじっとカイルを見つめる。
「カイル…その話し方、やめてくれないか?」
「ここはもう、学園ではありません」
「素直な性格はどこに行った?」
「…そうでしたね」
カイルはルーンの手を握って、小さく息を吐いた。
そして何か決意したかのように、真っ直ぐにルーンを見つめて話し始めた。
「君が体調を崩したと聞いて、本当に心配したんだ。僕は君の隣にはいられない立場の人間だし、友達以上に君と関わるつもりはなかった。関わるのも、あの学園生活の間だけのもので…」
カイルはそこで黙り、繋いでいる手に力を入れる。ルーンはじっと、カイルの言葉の続きを待った。
「君もそれを分かった上で、気持ちを抑えてでも、僕の傍に居たいと思ってくれていたんだ。そして今、どうしようもなくなって、こんなにボロボロになっても、僕の事を思ってくれてる。
僕も気づいていながら、ずっと君の傍にいたんだ。僕だって分かっていたのに…。そんな風に自分を思ってくれる人を、立場も関係なく、一人の人間として、好きにならない訳がない…」
互いに視線を逸らさず見つめ合う。やがて、カイルが優しくルーンに微笑む。
「ルーン、僕も君を…愛しているよ」
そしてゆっくりと、ルーンに顔を近づけた。
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