キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩

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38.雨上がりの約束

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 ――私と刈谷くんは、手分けをして風華さんを探した。
 次第に雨は止み、街灯がアスファルトを煌めかせている。
 刈谷くんと、LINEで連絡を取り合う。
 なかなか見つからない。
 心配ばかりが積み重なっていく。

『いまどこを探してる? 俺は風華がよく行くショッピングセンターの近く』
『私は駅のほう。風華さんが通ってる中学校ってどのへん?』
『隣駅の岩ケ崎中学校』

 風華さんと会ったのは一度だけ。
 顔ははっきり覚えてるけど、情報が少ない。
 中学校をスマホで検索し、バスに乗って向かった。

 ――中学校に到着。
 街灯がぽつりと数カ所に点灯されている。
 雨が染み込んでいる校門。施錠されている。
 ガタガタと揺らしたが、変わらない。
 小さくため息をつく。
 敷地外の柵越しから、中を覗き込んだ。

 夜22時過ぎ。
 不安と焦りでつい駆け足になり、白い息をもらす。
 普通の子なら、深夜の学校にはいない。
 友達の家やよく行く場所に足を運ぶはずだろう。
 でも、私にはわかる。
 一人の人間として扱ってもらえる場所に居たい気持ちが――。

「風華……さん」

 木々の茂みと敷地を挟んだ一本道に、彼女はいた。
 声をかけた瞬間、彼女は背中を向ける。

「なに、しにきたんですか?」

 低く落ちた声。
 自然と私の視界が揺れ、喉の奥がきゅっと締まった。
 息を整え、胸に手を当てる。

「もちろん、風華さんを探しにです」
「余計なお世話です。……私なんて、生きてる価値がないし」

 暗闇を背負ってる背中は、とても小さくて頼りない。
 つい数週間前の自分のよう。

「生きてる価値? あるに決まってるじゃないですか」

 自分に言い聞かせるように呟く。
 風華さんは勢いよく振り返って、眉を吊り上げた。

「お兄ちゃんは私を見捨てたんです。帰る場所なんてない。それも全部、あなたのせい」

 夜空に溶ける声は、少し震えてる。

「刈谷くんは見捨ててない。ずっと風華さんの心配をしてました」
「嘘っ! 信じられない。お兄ちゃんは私のことなんて嫌いなんですっ……」

 風華さんの苦しみが、シャワーのように降り注いできた。
 揺れる拳の中に、悲しみが込められている。

「そんなことない。いま必死に探してる」

 移動するたびに送られてくるLINE。
 心配してないなんて、これっぽっちも思わない。

「どうかな……。私、好かれてないみたいだし」
「刈谷くんを見ていたけど、そうは思いませんでしたよ」
「でも、私にはお兄ちゃんしかいないんです。兄妹になったけど……待ってたんです。私だけを見てくれる日を」

 揺れている瞳に『寂しい』と描かれ、私の胸は締めつけられていく。
 
「風華さんの恋って、幸せ?」

 息苦しさを覚えながら、首を傾けて聞いた。
 想像していた恋とは、違うような気がしたから。

「えっ」
「本当に好きな人だったら、いつも笑っていてほしいって思ったりするかも……」

 そう言うと、彼女は俯いて唇を噛み締めた。

「私だったら、好きな人の悲しい顔は見たくない。苦しい想いをさせたくない。幸せにしてあげたいです」

 背中を見つめたまま、我慢をするのはもう嫌。
 いつも笑っていてほしい――。

 二人の間に風が通り抜けた。
 風華さんの握り拳は、ゆっくりと開かれていく。
 すると、走っている足音がこちらへ接近してきた。
 振り返ると、刈谷くんが後ろから駆け寄ってくる。

「風華、何してんだよ」

 刈谷くんは息を切らしながら、風華さんの前で足を止めた。
 風華さんはキッと睨みつけ、声を張り上げる。

「なにしに来たのよ! 『探さないで』って、メモに書いたでしょ?」
「心配だった」
「えっ」

 風華さんは、刈谷くんのひとことで目元の力が消えた。

「すげぇ探したよ。怪我……してない?」

 刈谷くんが顔を傾けた。
 風華さんはふいっと目をそらし、低い声で呟く。

「なによ……。私のことが嫌いなくせに」
「嫌いじゃない。ただ、兄としての自覚が持てなかったというか……どうしたらいいかわからなかった」
「うそ! いつも厄介払いしてきた。私はいつも苦しかったんだよ。……もっと、大事にしてもらいたかったのに」

 風華さんの言葉が、一瞬自分と重なって、胸を突いた。
 ママに、なにも言えなかった頃の自分を見ているかのよう。
 風華さんは、スカートをぎゅっと握りしめ、俯いた。
 土の香りが、私たちの間を通り抜けていく。

「そう思うなら、風華も俺の気持ちを大事にして」

 刈谷くんは、しっとりした声で言う。

「えっ」
「じゃないと、辛いときに助けてあげれなくなるよ」

 風華さんの鼻頭は赤く染まっていく。
 観念したように。

 降り続いていた雨は上がり、キラキラと輝いている星が、雲の隙間から顔を覗かせた。
 
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