身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち

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7 カイユーの世界

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「殿下がエーリク殿下のことを好きだからですよ」

 ヤマトの言葉を聞いた時、カイユーはずっと解けなかった問題の答えを唐突に教えられたような気持ちになった。
 ヤマトはまるで当然の真理のように口にしたが、カイユーはこの時まで自身が弟を好ましく思っている自覚がまったくなかった。

 カイユーがエーリクに抱く感情は、エーリクが生まれた時からずっと複雑に絡まっている。
 カイユーはエーリクが生まれる直前、そろそろ立太子するのではと言われていた。しかし正妃の子であるエーリクが生まれれば、隣国との条約があるのでカイユー立太子の噂は当然掻き消えた。
 カイユーは王座に特に思い入れはなかったのだが、周囲の反応が彼の心に影をもたらした。エーリクが生まれた頃からカイユーの母は情緒不安定になり、一部貴族は急によそよそしくなったのだった。
 大きく変わった周囲の大人たちの態度を見てカイユーは、自分の価値というのは“将来王になる可能性”と同義だったのだと気付いた。幼かったカイユーはこの時自分の心に生じた虚無を必死に見ないふりをして、それまで以上に努力を惜しまなかった。
 生まれたばかりのエーリクの素質は未知数だったから、どんな風に育っても弟を支えられる人間になろうと思ったのだ。
 しかしそんなカイユーの思いと努力は彼の母である側妃には都合がいいだけだった。そのことに気付いたのは学院に入学する数ヶ月前のことだ。母と女官の会話から、自身の本当の父親が王でないこと、それなのに母はカイユーを王位につけようと画策していることを知ってしまった。

 カイユーはその時から、自分の使命とはエーリクが立太子を穏便に迎えられるよう派閥を調整して、最終的には側妃とともに表舞台を去ることだと思っている。
 幸い五歳になったエーリクは利発で、これからの教育がよっぽど悪くなければ王として問題ないだろう。
 カイユーにとってエーリクは、自分の価値を他愛無いものだと気付かせたきっかけであり、今は己の使命を担保する存在でもあった。

 だからカイユーには素っ気ないヤマトが、大して喋ってもいないエーリクには全開の好意を見せた時、カイユーの頭をよぎったのは「やはり王になる者の方がいいのか」という思いだった。
 カイユーが王になる気がないことをヤマトは知っているのだから当然だ。そんな諦念を抱いていたカイユーに、ヤマトは「カイユーがエーリクを好きだからだ」と言ったのだ。
 その発言はカイユーの想像の遥彼方からやってきた言葉だった。しかし、ヤマトに言われるとそれは不思議なくらい抵抗感なく自然に受け入れられた。


(本当に、ヤマトといると予想外なことばかりで面白い)

 まだ出会って一月ほどなのに、ヤマトは次々とカイユーの想像を越えてくる。今までのヤマトの言動を思い返して、カイユーは自身の口の端が自然と持ち上がるのを感じた。
 入学当初からヤマトはその類まれな美貌で目立っていた。実はお忍びの他国の王族では、いや妖精が紛れ込んだのではないかとまで噂が立つほどだった。
 学院内にヤマトを知っている者が殆どいなかったこともヤマトの神秘性に拍車をかけた。普通は学院に入る前に血筋や領地の近い者は顔見知りになっているものなのだ。
 ヤマトは俗世とは隔絶した雰囲気で入学して一ヶ月足らずでヤマトには神聖視する熱狂的なファンが出来始めていた。カイユーは、そんなヤマトと付き合ってあっさり別れたら自分の学内での評判が落ちるのではとふと思った。
 別に失敗しても損のない単なる思いつき。この時のカイユーは思ったほど下がっていない自身の評価に一石を投じられないか、とほんの軽い気持ちだった。
 カイユーに話しかけられたヤマトは、その新緑のような瞳から光をサッと消した。カイユーが本当の意味でヤマトに興味を持ったのはその時だった。

(恋愛できないっていうのは、俺が好きだから使ってた断り文句ではなかったんだ)

 ヤマトが次々とされる告白を断っているのには自分が関わっているとカイユーは思っていた。その勘違いを自意識過剰とは言えないくらい、ヤマトからの視線をカイユーは感じていた。
 しかし何故か知らないが、カイユーはヤマトからもっと純粋で下心のない憧れを抱かれていたようだった。
 カイユーがそのことに気付いたと同時に、ヤマトの中で自身の存在が憧れから一転して軽蔑のカテゴリーに入れられたことが見てとれた。
 ヤマトは本気で恋愛というものが嫌いのようで、軽薄に交際を持ちかけたカイユーを視界にすら入れたくない様子だった。きっとヤマトは今までその外見故に苦労したこともあるのだろう。
 カイユーもまた自身の母の不貞から恋愛感情というものへの抵抗感があった。だからこそ、ヤマトの不敬とも取れる態度にはむしろ好感を抱いた。

 ヤマトから契約恋愛への了承の返事が聞けた時は、カイユーは賭けに勝ったように喜んだ。仮に断られてもカイユーの目的に問題はなかったが、できれば協力関係を築いてヤマトともっと話してみたかったのだ。
 そしてカイユーの期待通り、ヤマトは知れば知るほど興味が尽きない存在だった。
 ヤマトは儚げな外見に反して芯があって媚びない。
 カイユーへ干渉してこない控えめさはあるが、必要があれば自分の考えを伝えることに躊躇がない。
 ヤマトはカイユーの周りにいなかったタイプの人間で、見ていてワクワクするのだ。

(それにしても、ヤマトの中での俺の好感度は思ったより回復していたんだな)

 ヤマトはカイユーの軽薄な態度が気に入らないようだと、カイユーは分かっていた。ヤマトは自分が外見で評価されるのが嫌いだからか、多くの人々が惹きつけられるカイユーの王子の身分や甘い言葉に興味がないし、どちらかというと嫌っていると思っていた。
 そもそも興味を持ったきっかけはヤマトから軽蔑されたことだったし、ヤマトから敵意はないことは分かっていたので、少し嫌われているくらいがカイユーをちゃんと見てくれているように感じて安心していたのだが……

(……嫌われているよりは、好かれている方がいいか)

 ヤマトからの好意的な言葉に、カイユーは自分がホッとしたことに気付いた。その感情をカイユーはあえて何かの枠組みに分類しなかった。
 ただ、カイユーはヤマトといると呼吸がしやすかった。



「エーリク殿下は、今は何をお勉強されているんですか?」
「いまはねー、歴史をやっているんだよ!」

 天翔館にヤマトがやってくるのは今日で三度目だ。頻度としては週に一回あるかないかなのだが、ヤマトとエーリクはすっかり仲良くなっている。

「最近のエーリクは熱心だと家庭教師が喜んでいたらしいよ」
「ぼくは前からねっしんです!」

 カイユーとエーリクが話し始めるとヤマトが立ち上がる。

「あ、お茶淹れますね」

 三人でいるときは基本的に侍従を外している。カイユーは側妃や公爵と繋がっている可能性のある侍従や護衛を警戒しているのだ。出来るだけ彼らの目の届かない空間を作っている。
 立場からしてヤマトが給仕をするのはおかしくない。だが、エーリクとカイユーを見ながら作業をしているヤマトを視界の端に見ると異様に楽しそうだ。ヤマトは、カイユーがエーリクが仲良くしているのが嬉しいようだ。
 カイユーはヤマトの微笑ましげな眼差しにむず痒い気持ちになるが、それは決して悪い気持ちではなかった。

「ねえヤマト、ヤマトは歴史の勉強が好きなんでしょ?」

 お茶を持ってきたヤマトにエーリクが問いかける。最近勉強を頑張っているのもヤマトの影響なのだろう。ヤマトの荷物には歴史関係の本がいつも覗いている。

「好きというか……」
「ヤマトも勉強熱心なんだよ。エーリクも負けてられないね」

 エーリクに発破をかけようとカイユーが口を挟むとヤマトの顔色に翳りが見えた。

「私は学院に入るまでちゃんと勉強してなかったので、熱心なだけで成績は悪いです」

 ヤマトの言葉には悔いているようなニュアンスがあった。ヤマトはサボってたと言っているが、調べ物の仕方やまず手をつける箇所なんかは全く勉強をやってこなかった人間には見えない。
 実際にヤマトの総合成績は同学年の順位では真ん中より下ぐらいだが、子爵家男爵家の中ではトップクラスだ。

 (ヤマトって負けず嫌いだな。いや、どちらかというとこれは身の程知らずの部類なのかな)

 家庭の財政状況によって家庭教師の質に差が出るのは普通だ。家格によってクラスが分けられているのもそういった理由がある。
 しかしヤマトにはそんな事は関係ないようだ。ヤマトは妙に身分に関してフラットなところがある。人によっては気に食わないと感じる特性だろうが、カイユーにはヤマトのそういったところも面白く感じている。

「エーリク殿下は最近何を習ったんですか?」

 カイユーの思考とは別にヤマトが悔しげな顔をしたのは一瞬のことで、ヤマトは穏やかな様子でエーリクに問いかけた。

「えっと、れいびょう」
「れいびょう?」

 エーリクが口に出した言葉が何か分からなかったのか、ヤマトは鸚鵡返しした。カイユーも一瞬何のことかと思ったが、おそらく霊廟れいびょうだろう。

「えっとね。むかしむかしの人をしずめてるんだよ」
「鎮める……」

 エーリクの解説はかなりざっくりしているが、五歳のする説明と考えれば及第点以上だろう。

「しずめるっていうのはね。ありがとう、眠っててねってこと」

 ヤマトはエーリクの言葉を聞いて、何かを考えている様子だった。

「霊廟ですか、見てみたいですね」

 ヤマトは霊廟という存在を初めて知ったようだがそれも無理はない。王宮の端に昔からある施設なのだが、数代前に庭園を作ってからは存在を忘れられているようなものなのだ。

「そういえば、俺も中には入ったことないな」
「そうなんですか?」

 ヤマトは意外そうな顔でカイユーを見た。生まれて十五年住んでいるが、広い王宮内には入ったことのない場所は案外ある。霊廟の存在は教えられたが、昔の王の友人の墓だと言われているその場所に行ってみようと思ったことはなかった。

「あそこの立ち入りには王陛下の許可がいるよ」

 特に貴重品があるわけでもないらしいが中に入るには王の許可がいる決まりなのだ。
 カイユーが許可を取ってまで行きたいかというニュアンスを込めてヤマトを見ると即座に首を振られた。ヤマトも国王と会うのは気が引けるらしい。

「エーリク殿下、もし行くことがあったらどんなだったか教えてくださいね」

 ヤマトがエーリクにそう言ってこの時の話は終わった。カイユーにとっては何気ない雑談の一コマであり、その日の夜には忘れたような話だった。
 この話の翌週、ヤマトとエーリクが天翔館にやってくる日、用事があってカイユーが遅れて帰宅するとそこにいるはずの二人はいなかった。

「あれ、ヤマトとエーリクは?」
「すぐ帰ってくるからと庭園に行かれたのですが……」

 侍従から聞くと天翔館の立地から庭園までは数分とかからずに行けるのだが、二人は出掛けて十分以上帰ってきていないようだった。
 ゆっくり庭園を見ているのならおかしくもない時間だが、王宮内とはいえ万が一のこともある。念の為に侍従たちが探しに行こうとしたタイミングでカイユーが帰宅したようだ。
 思い当たることのあったカイユーは自分が迎えに行くと従者に伝えてそのまま館を出た。

「やっぱりここにいたか」
「あにうえ!?」

 カイユーが庭園の奥にある霊廟に行くと扉が開けられていて中には二人がいた。

「ヤマト?」
「すみません。エーリク殿下は私を喜ばせようとしてくれたみたいで」
「あにうえ、ヤマトのことを怒らないで。入るまでここが霊廟だって内緒にしていたんです」

 年長者のヤマトを注意しようとしたところ、エーリクは自身が悪いと認めた。霊廟の鍵を持ち出したのはエーリクしかあり得ないのでそれは事実なのだろう。

「王陛下には黙っておいてもらうように頼んでおくが、正妃様にはお伝えするぞ」
「え、母さまに!?」

 大事にしたくはないがエーリクが王の許可がないと入れない場所の鍵を持ち出したことは注意してもらわないといけない。消沈しているエーリクの頭を撫でながらカイユーは霊廟の中を見渡した。

「へー、こんな感じなんだ」
「殿下も初めてなんですもんね」

 霊廟の中は薄暗く、天井が高いからか妙に空気が薄く感じた。祭壇のようなものがあるだけで殺風景だ。

 (あれ、初めて入ったはず……だけど……)

 カイユーはこの場所になんとなく見覚えがあるような気がした。記憶を探っていると立ちくらみがしてふらつく。

「殿下?」

 ふらついたカイユーに気付いたようでヤマトが声をかけてきた。だが、カイユーは自分の感覚をうまく説明できなかった。

「いや、なんでもない。庭園を探しにきていることになっているんだ。侍従にバレたら側妃にも伝わるかもしれない。早く帰ろう」


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