身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち

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16 夜喰魔

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 ゲームでは人間だけでなく動物も夜喰魔となって敵として登場した。夜喰魔となると瞳が宵闇の色に染まり攻撃性が増し、通常では出せないような力が出せるのだ。ヤマトにはあの風猪は夜喰魔となっているように見えた。

「あれが宵闇瘴気の影響?」

 カイユーがそう言ってから、風猪に襲われる学院生を助けようと近付く。ヤマトは咄嗟にカイユーの腕を掴んで止めた。

(ゴゴノさん!夜喰魔が出るならそう言ってよ!)

 ヤマトは宵闇瘴気が強まっていると聞いて森の中で黒い霧みたいなのを目視するくらいだと思っていたのだ。もし夜喰魔がでると知っていたのならもっとしっかりと準備をしてきた。なぜならば、

 夜喰魔アレは、影術じゃないと倒せないんです!」

 ヤマトの言葉通り、倒れた学院生が起き上がって風猪に攻撃するが全くダメージが入っていないようだった。
 カイユーはヤマトの言葉と、目の前の学院生と夜喰魔化した風猪の戦いを交互に見て真剣な表情になる。

「倒せないにしても、あのまま放ってはおけない」

 見たこともない風猪の様子に学院生は恐慌状態になっている。
 カイユーの言うことは尤もなのだが、ヤマトはカイユーを夜喰魔に近付けたくなかった。夜喰魔がいるということは、もしかしたらイナゲナが既に復活しているなんて可能性もある。ここでカイユーがイナゲナに取り憑かれるようなことになっては悔やんでも悔やみきれない。とはいえ、風猪をこのまま放置するわけにもいかない。

「ちょっと待ってください」

 ヤマトは唯一使える影術を発動させて弓矢に力を込める。そしてヤマトの弓から飛んでいった矢は風猪に当たり、学院生がどんなに攻撃しても効いていなかった風猪が倒れた。

(よかった!身体強化術って弓にも効果付与できるんだ)

 ゲームでは弓に効果付与できるのは風の影術だ。身体強化は剣士が使うものだが、ヤマトはこれしか使えないので弓に付与できるのはありがたい。

「ヤマト、今のって……」
「この間!ゴゴノがやっていたのを真似してみたんです!成功してよかった!」

 カイユーが疑問を言い切る前に、ヤマトは大声で話しだす。
 前世で営業職の先輩が商談で突かれたくないことがあったら大きな声で堂々と言えば大抵のことは誤魔化せると言っていた。試す機会のなかったその手法を真似る以外に、ヤマトにはこの場を乗り切る方法が思いつかなかった。

「……影術って、そんなに簡単にできるもの?」
「なんかできちゃいましたね!意外と簡単ですよ。こうやって手を動かして力を込めたら出来ちゃいました」
「じゃあ、影術じゃないとあの風猪を倒せないっていうのはどこで知ったの?」
「借りた文献に書いてあったんですよ!」

 カイユーの詰問にヤマトはとにかく大きな声で返答する。ヤマトが答えに窮してボロを出す前に、遠くで悲鳴が聞こえた。悲鳴の方向にはテントがあり茶会に参加している貴族たちがいるはずだ。ヤマトとカイユーは顔を見合わせてからすぐにテントに向かって走りだした。

「凶暴化した風猪は他にもいたのか」

 カイユーの言葉にヤマトは無言で頷く。テントまで行くとそこには二匹の風猪が暴れていた。
 豪華なテントが破られて人々が逃げ惑う。風猪が突撃して破ったのか、テント内に侵入した風猪から逃げるために誰かが破ったのか、あたりはそれも分からないほど混乱していた。
 護衛の騎士が応戦しているようだが夜喰魔化している風猪には通常の攻撃が効かない。しかも風猪は元々は逃げ足に発揮される機動力で護衛を避けて、逃げている人へ体当たりしようとしている。騎士たちの奮闘のおかげで大怪我をしている人間はいないようだが、それも時間の問題だ。

「あ、側妃様が!」

 ヤマトがテント全体を見渡していると、護衛に守られ逃げていた側妃が袴の裾を踏んでよろけたのが見えた。その側妃に風猪の一匹が突進していた。咄嗟にヤマトは影術を込めた弓で風猪を撃ち落とす。

「すごい!」
「誰も倒せなかった風猪を、一体誰が」

 倒れた風猪を見て人々が矢の出所を探す。人々の注目がヤマトたちがいる場所に集まると同時に、もう一匹の風猪もヤマトの存在に気付いた。風猪は勢いをつけてヤマトに突進してくる。

(しまった!今ので矢が最後だった)

 ヤマトは今のが最後の矢であることを忘れていた。逃げても間に合わず風猪にぶつかられる覚悟を決めた時に、隣にいたカイユーが剣を振る。

「殿下!?」
「へー、確かに影術ってやってみれば案外できるものだね」

 風猪は地面に倒れて絶命していた。カイユーの剣は夜喰魔化した風猪に効いたということだ。どうやらヤマトが先ほど大雑把に教えただけで影術を使ったらしい。

(この人、天才か……?)

 ヤマトは影術の修行をゲームで知っていて、それを活用しても基本の身体能力強化しか身に付けられなかった。それをカイユーは、ヤマトの雑な誤魔化しを聞いただけでぶっつけ本番で出来てしまったのだ。
 カイユーの才能には驚くばかりだがこれは朗報だ。夜喰魔は影術か、王家に伝わる宝剣でないと倒せない。カイユーが影術を使えるなら夜喰魔がまた現れても安心だ。しかし、幸いそれ以上に凶暴化した風猪は現れなかった。

 ヤマトがカイユーの才能に驚愕と安堵を覚えている間にも会場は落ち着きを取り戻してきた。ヤマトとカイユーはすっかり英雄扱いだ。
 影術の説明を公にはできないので、ヤマトの矢もカイユーの剣も上手く急所に当たったということにした。ヤマトもすっかり弓の名手扱いだ。

「そなたの恋人は顔に似合わぬ強さだな。尻に敷かれておらぬか?」

 その場を代表してカイユーとヤマトに感謝を告げた正妃が、カイユーを揶揄うように声をかける。

「尻に敷かれて本望ですよ。私がヤマトに出会った頃、ヤマトは自分より一回り大きな男を投げ飛ばしてましたよ。そんなところも好きなんですよ」

 ヤマトは暴れん坊のように言われて不服だったが、正妃とカイユーの会話に上手く入り込むこともできず黙って苦笑いをした。その後も怪我のない人間から次々と話しかけられたが、ヤマトは例の如くカイユーに処理してもらって大人しくしていた。

 周囲が静まり何事かと思うと、チヤホヤされているヤマトとカイユーの元に側妃が近付いてきていた。側妃は先ほどの転倒で足を挫いていたようで治療していたのだが、それが終わったようだ。

「助けてくださって、ありがとうございました。カイユー、ヤマトさん」
「とんでもありません」

 カイユーは先ほど正妃に見せた親しげな態度と比べ物にならないくらい素っ気なく慇懃に礼をした。ヤマトも横で一緒に黙礼したが、とても血のつながった親子とは思えない空気感だった。
 側妃はカイユーの態度に何も言うことはなく去っていき、この会話をきっかけに狩猟会は散会となった。



 テントで倒した二匹の風猪は、その場で騎士による検分が行われてから焼かれた。万が一凶暴化の原因が感染するような病気だったら困るので、持ち帰るわけにはいかないとなったのだ。
 そこでカイユーとヤマトはこっそりと森の中で最初に倒した風猪を確認することにした。森に入るとそこには予想外の人物がいた。

「なんでいるのゴゴノさん」
「うわーー狩猟服も素敵です。カイユー様!ヤマト様!」

 ゴゴノは一人でチューチュートレインみたいな動きをしている。ゴゴノなりに喜びを表す動きなのだろうが相変わらずちょっと怖い。

「ゴゴノさん、また不法侵入したんですか?」
「今回は、学院に許可とっているはずだよ」

 ヤマトの問いにゴゴノより先にカイユーが答える。カイユーの言葉に合わせてゴゴノは左腕についた腕章をピンピンっと引っ張ってアピールしている。
 会社から指示を受け、学院にも許可をとった正式な取材らしい。そういえば、他にも取材らしき記者がいた。貴族はハリウッドセレブみたいな扱いでこういうイベントはメディアが入るそうだ。

 ゴゴノがいるのは都合が良いので一緒に風猪のところまで行って確認してもらうことにした。幸いなことに、最初に倒した風猪はその場に転がっていた。助けた学院生はパニックになっていたのでその風猪について騎士に報告し忘れたようだ。

「瞳が紫に澱んでる。これは夜喰魔化してますね」

 夜喰魔は瞳の色が夜の始まりのような紫色に変わるのだ。ゴゴノも実際に夜喰魔を見るのは初めてらしく、じっくりと観察していた。

「夜喰魔がいるってことは、もしかしてイナゲナはもう復活してるんですか?」

 ゴゴノの言葉に、ヤマトはずっと気になっていたことを聞く。
 宵闇瘴気はイナゲナが復活すると各地に溢れて生物の活力を奪う。それを操作するイナゲナに過剰摂取させられた者は理性を無くし破壊衝動に支配され夜喰魔になる。ゲームでカイユーの肉体を奪ったイナゲナは、この宵闇瘴気と支配下においた夜喰魔を使ってこの国を牛耳るのだ。

「いえ、風猪は宵闇瘴気を吸収しやすいらしいので、強まった宵闇瘴気で夜喰魔化したんだと思いますよ」

 ヤマトの質問に答えたゴゴノに、今度はカイユーが問う。

「それなら、イナゲナの封印はまだ解かれていないってこと?」
「たぶんそうだと思います。けれど、獣が自然と夜喰魔となるほど瘴気が強まっているんです。イナゲナの封印が解けかけているのは確実ですね」

 その言葉を聞いてカイユーは難しい顔をして腕を組む。カイユーは今日までイナゲナや夜喰魔については半信半疑だったのだが、異常な風猪を見て信じざるを得なくなったのだろう。

「誰がどうやってイナゲナの封印を解こうとしているかは、掴めていないのか?」

 カイユーが重ねた問いかけに、ゴゴノは困った顔をして頭を掻く。

「側妃様が関わっているという噂があるだけでそれ以上は……」
「復活を止める方法も分からないのか?」
「はい」
「困ったな。イナゲナとやらは思っていたより脅威だ。今回は風猪だったからよかったものの、元から強い獣が夜喰魔化してはとんでもないぞ……」
「イナゲナは人間も夜喰魔出来ますしね……」

 夜喰魔を実際に見て、イナゲナへの危険性への認識がカイユーの中で高まっているようだ。カイユーはイナゲナ復活を止める方法を真剣に検討し始めた。

(……ゲームのように復活させてから倒してしまうほうが確実じゃないか?)

 カイユーとゴゴノの会話を聞きながら、ヤマトは考えた。ヤマトもイナゲナの復活を止める方法は知らない。だが、復活した後の倒し方はゲームで知っている。

(事前にイナゲナや夜喰魔を知っている殿下なら、肉体を乗っ取られる心配もないし。それに、殿下は影術が使えるようになったし……)

 カイユーはゲームでは未知の存在に動揺して、言動に惑わされて憑依されてしまったような描写があった。今のカイユーなら動揺する可能性は低い。なんなら、危険性が分かっているので封印が解けそうな時には納得して退避してくれそうだ。
 またイナゲナは誰かに憑依させたとしても、影術か王剣を使わないとイナゲナを倒せない。だが、カイユーは今日影術をあっさり習得してみせたのだから、王剣の心配はしなくて良い。
 期せずして、ヤマトの身代わり計画に都合の良い状態が着々と出来つつある。今ならヤマトはカイユーの思い出の中の忘れられない存在になれるだろう。しかし、それはカイユーの心の傷になるということだ。

(でも、殿下も助かるし、この国の人だって助かる方法だし……)

 イナゲナが復活しないのが一番だ。だけれど、それは難しいのだ。だから自分が身代わりになるのは仕方ない。心の中でそう言い訳をした。
 ヤマトは迷いや戸惑いをそのままに、最初に決めた道を歩む。

(……側妃様と和解したら、殿下にとって心の支えになるんじゃないかな?)

 母親との不仲は、ゲームでカイユーが憑依される理由の大部分を占めたくらいカイユーの精神的負荷になっているはずだ。それが解決していれば、友人の死も乗り越えられるのではないだろうか。
 ヤマトは先ほど見た側妃からカイユーへの温かい眼差しに、自分勝手な希望を託すことにした。


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