23 / 31
23 二年目の春
しおりを挟む「わあ、綺麗ですね」
「霊廟の横にある木は、桜だったんだね」
冬は過ぎ、春の暖かさを感じるようになったある日、ヤマトはカイユーと共に霊廟を見にきていた。
あの別荘地でヤマトはイナゲナの封印や復活に関して、霊廟が大きな鍵を握っていることは伝えていた。その他にも全部は報告していないが、得た情報で一冬の間カイユーは忙しくしているようだった。それにひと段落がついたのか、春になってから霊廟に行ってみようという話になった。
「霊廟って……」
「流石にもう鍵は盗めないと思うよ」
カイユーの言葉に、謹慎になってしょげているエーリクを思い出して二人で共に苦笑する。
「もう一度確認に行ってもいいと思うんだ。前回は外観を全く見ていなかったと思ってね」
「そうですね。すぐそこにありますし」
そんな会話で霊廟に来てみたら、霊廟横の桜の木が咲き誇り花弁が舞っていたのだ。前回来た時は時期を過ぎていたから花は咲いておらず、植物に興味のないヤマトはこの木を特に意識すらしていなかった。学院の桜はヤマトが前世で見慣れたソメイヨシノっぽい桜だが、ここの桜は山桜なのだろうか、色が濃くて花弁が多い気がする。
一応霊廟をぐるっと確認したが何もなく、ヤマトとカイユーは桜の見える段差に座って眺める。
「満開を過ぎているみたいだから今年は難しそうですけど、来年はエーリク殿下も呼んでお花見してもいいですね」
「お花見?」
カイユーはお花見を知らないようだった。日本っぽい世界観の国で桜もあるのに、花見の文化がないことが何となく面白かった。
「ブルーシート、じゃなくて敷物を敷いて、その上に座ってみんなで桜を見ながら飲み食いするんですよ」
ヤマトは桜の木の下に近付いて地面を確認する。岩でボコボコしていたら座りづらいかと思ったが、さすがに王宮内の庭園の一部だけあって綺麗にならされている。
「敷物を敷くのはこの辺りがいいですね」
そう言ってカイユーの方を見た瞬間、大きな風が吹いてヤマトの視界は桜の花弁に襲われるように遮られた。風がおさまって髪についた花びらをとっていると、気づいたら近づいてきていたカイユーが手伝ってくれた。
「桜に攫われて消えちゃうかと思った。ヤマトは花の精霊みたいだから」
「それは、例のコラムの台詞ですか?」
ヤマトがゴゴノのコラムの中で、桜花子爵家から文字って桜の君と呼ばれていることはカイユーも知っているだろう。ヤマトはちゃんと読んでいないが、コラムにはこんなセリフもあったのかもしれない。
「違うよ。本当に思っただけ」
「はは、友達にそんな口説き文句みたいなこと言ってちゃダメですよ」
カイユーが否定するので、ヤマトは笑った。今は周りに誰もいないが、カイユーは恋人の演技が癖になってしまっているのだろう。
「そういうのは、将来好きになった人に取っておいてください」
ヤマトは、恋をしなければならないなんて思っていないし、恋愛が全てではないと思っている。むしろ、前世での出来事に加え、つい先日知ってしまった側妃の恋心を利用した夜狩りの話を聞いて忌避感が増している。ヤマト自身が恋愛をする気は一切ない。
だが、カイユーのように周囲をよく見て色々なことを考えてしまえる少年は、可能なら若いうちに誰かに恋をして夢中になる経験を一度くらいはした方がいいと思ってもいる。
だから、ヤマトは(中身が)年長の友人として、今後もしカイユーが素敵な人と出会った時にそれが恋だと気付けるよう、友情と恋心の境目を教えておいてあげないといけない。
「そういえば、殿下は初恋はいつなんですか?」
ヤマトと付き合う前には女の子とそれなりに関係があったらしいのは知っている。実はそのうちの誰かにときめいたなんてことはないのだろうか。
「……さあ、いつだろうね」
カイユーはヤマトの質問に、よそ行きの仮面のような笑みを浮かべた。言いたくないのだろう。
カイユーにも、誰にも言いたくない秘密の宝物のような淡い恋の思い出があるのだろうか。ヤマトが本当に十代だったら面白がって突っ込んで聞いていただろうが、中身は大人なので話を変えた。
「じゃあ、殿下って、趣味とかないんですか?」
「何を急に」
「一年近く一緒にいますけど、聞いたことなかったなって」
ヤマトの質問にカイユーは呆れた様子をしていたが、ちょっと考えてから投げやりに答えた。
「言われてみれば、趣味らしい趣味はないな……。まあ、全部片付いてからかな」
片付く、とは問題なく王位をエーリクの手に渡すことなのだろう。
「その、やっぱり王様ってなりたくないですか?」
カイユーに少しでも王になってもいいという気持ちがあるなら、イナゲナ復活問題の糸口は見えているのだ。ダメ元で聞いてみたヤマトに、カイユーは間髪なく返事をした。
「死んでもなりたくないね」
カイユーははっきりと言い切った。まるで春の陽気に冬の風が吹いたような声音だ。カイユーはこの話題の時にはいつもこの雰囲気を纏い、ヤマトは何も言えなくなる。
(やっぱり、イナゲナと殿下の関わりについて隠したのは正解だったな……)
ヤマトは別荘地での報告を思い出す。
ヤマトは『霜銀地方の夜狩りたちはイナゲナを復活させるために生涯をかけて策略を巡らせていた。その策略に側妃は関与していない。首謀者たちは死亡』とだけ伝えた。
「この件に側妃は関わりはない……か。つまり、夜狩りの里が公爵家の別荘地に近いから生まれた誤解ってことだね」
ヤマトからの報告を要約したカイユーは複雑そうだった。狩猟会でイナゲナの危険性を認識してからは、側妃の粗探しよりイナゲナ対策を比較的優先していたカイユーだったが、だからといって側妃への反感はおさまっていない。
カイユーの側妃への感情を好転させるには、ヤマトの知っている事を全て伝えるべきだと思う。
だが、その話をすれば自然と老人がイナゲナの復活のために胎児であったカイユーに秘術をかけたこと。そのためイナゲナが復活するとカイユーの肉体を奪われるだろうということも伝えなければならない。
出生の秘密だけでも大抵の人間は耐え難いくらいの内容なのに、カイユーにとっての地雷である"王位"に関わる話なのだ。
(カイユーがイナゲナになっていない理由は、あの老人も分からないようなことを言っていた。それが分かるまで、不用意なことは言いたくない……)
ヤマトはカイユーが王になれば確実に助かると言うなら、目指して欲しい。カイユーの資質を思えば血筋なんて重要とは思えないし、エーリクが即位しないと正妃の故国と揉めるらしいが時間をかけて解決すればいいと思う。
だが、カイユーは決してその道は選ばないだろう。
今もふとした時に暗い目が見え隠れするカイユーを見てヤマトは考える。
カイユーにはヤマトと違って、国を思う聡明さと優しさがある。そこに思春期特有の潔癖が加わって、世の中のために自らを犠牲にしてしまいそうだ。自分がイナゲナ復活の鍵だと認識したら、あっさり自分の生を諦めてしまいそうだ。そんな心配がヤマトは消せない。
他の方法を見つけるまで、ヤマトは言い出せないと思っていた。
「とにかく、イナゲナを復活させない方法を探しましょう」
「そうだね。側妃が関わっていないなら、早めに陛下に共有して対策すべきだな。……いや、ちょっと待って、上手く使えるかも」
カイユーにはなんらかの考えがあるようで、そう言って報告は終わった。そこからカイユーは忙しくしていて、こうして霊廟を見に来る余裕ができるまでろくに喋れず冬を越した。
ちなみにだが、もちろんゴゴノにも里で聞いたことは内緒にしてもらうようにお願いしている。ゴゴノは「ヤマト様が、カイユー様のためだと仰るなら」と神妙な顔で了承してくれた。
その後お礼に別荘で雪だるまを作った話をしたらいつもの調子で歓喜していたので、近々天翔るの君と桜の君が雪だるまを作る話が出るのではないだろうか。
(ゴゴノにもし何か頼むことがあれば、次はお花見かな。いや、ゴゴノの筆でもこの桜吹雪は表現できないかも)
ヤマトは冬の出来事の回想から、目の前の舞い散る桜の中に佇むカイユーに意識を戻した。暗色のカイユーの髪に桜の花弁が映える。ゴゴノの筆でもこの光景の情緒は伝えられないだろうな、とヤマトは思った。
「それじゃあ、殿下が面白いと思えるものが見つかったら、一緒にやったり話を聞いたりしたいです。あ、好きな人ができたときも教えてくださいね」
ヤマトはニヤッと笑いかけた。
いざという時にカイユーが生きたいと思うとっかかりを増やして欲しいという心配もある。だが、ヤマトは友だちの趣味は一緒に楽しみたいし、友人の恋バナを聴くのも楽しそうだ。
「ありがとう」
揶揄いを含んだヤマトの笑みに、カイユーは笑顔を返した。それが切なそうに見えたのは、二人の間を舞う桜の儚さのせいだろうか。
結局は、花見スポットを見つけた他にはに霊廟で新しい発見はなかった。ヤマトは冬の間改めて資料を探したが、そちらにも芳しい結果はない。
他に手掛かりになりそうなことを思いつき、ヤマトだけの力ではどうしようもないことなのでカイユーにお願いすることにした。
「あの、殿下に頼みがあるんですけど」
「あ、欲しいもの決まった?」
カイユーは嬉しそうにヤマトに問いかける。カイユーのワクワクとした予想外の反応に、ヤマトは一瞬考えてから何のことか分かって苦笑した。
「ああ、誕生日プレゼントのことですか?それは、私からはあんな安物だったんですから、綺麗な花とかちょっと良いお菓子とかでって言ったじゃないですか」
ヤマトは今の生活に不満がない。
敢えて言うなら寮の部屋には浴槽がないので一人ゆっくり風呂に浸かりたいぐらいだと言ったら、なんと家をプレゼントされそうになって必死に拒否した。
家自体も高額だが、それに加えて学校までの送り迎えの馬なり馬車なりが必要になる。それに寮では下級貴族向けとはいえ学院の雇ったシェフの美味しいご飯が提供されるが、自前の料理人を雇わなければならない。自炊しろと思われるかもしれないが、この世界は夜までやってるスーパーも電子レンジや炊飯器もないから難易度が高すぎる。
他にも家や馬を管理してくれる人間も必要になってくるのでそんな人件費を払えないしいらないと言ったら、それ込みでの贈り物だと言われた。百歩譲って今は仮にも恋人だから良いが、契約恋愛が終わったらそこまで面倒を見てもらう義理がない。後々維持できなくなるようなものはもらえない。
「そんなノルマみたいにプレゼントするんじゃなくて、ヤマトが喜ぶものをあげたいんだよ」
カイユーが上げた他の候補も軒並み高額で、ヤマトには手に余るものばかりだった。カイユーは無趣味で使い所がなく王子用の割り振られた予算が余っているらしい。それはカイユーの王子としての働きに対する報酬なのだから、今使いたいことがないなら貯めておけばいいのにとヤマトは思う。
カイユーからしたら初めての友達の誕生日だからテンションが上がっているのだろうか、とヤマトは考えている。
(王子様がテンション上がると、スケールも段違いなんだなぁ。でも、お願いを叶えてくれるつもりならこれはちょうどいいな)
「それじゃあ、殿下の仲良い人を集めて、私の誕生日を祝ってくれません?」
ゲームで知らなかった裏事情はたくさんあるが、ゲーム知識は完全に役に立たないわけじゃない。頼り切ってはいけないが、手がかりとしては活用すべきだ。
今の所イナゲナについてなにかを知っていそうなのは、エーリクを霊廟に連れて行ったゲームのモブ貴族だ。
(社交は苦手だけど、そんなこと言ってられない。去年は公爵の比喩マシマシな言葉遣いにビビってやめちゃったけど、やっぱりモブ貴族を探そう。何か手掛かりになるはずだ)
一年前、ヤマトは諦めた手懸かりだが、それは自分の目的のためだったからだ。今度は、友達のためだからと気合いを入れ直した。
221
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話
黄金
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。
恋も恋愛もどうでもいい。
そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。
二万字程度の短い話です。
6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる