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第一章
2、フィル・ディーンテ第七王子
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『フィル・ディーンテ』
グルウルデ王国の第七王子。国王陛下とシスターの間にできた子、それが俺だ。
この事実は五歳の時、母親が病死した後に知ったことで、母は生前、父親に関係することはいっさい教えてくれなかったため、俺は彼らの馴れ初めや父親がいったい誰なのか何一つ知らないまま育ってきた。
そして急に現れた第七王子に世間は騒めき立った。陛下の寵愛を受ける妃たちは大憤慨。歓迎されない俺は当然廃れた離宮へと追いやられ、急に増えた兄弟や使用人からも虐められることとなる。敵ばかりの王宮内で唯一俺に優しくしてくれたのは王妃の子で第一王子、現在王太子であるセガール兄上であった。
久しぶりに会った陛下に『囮になってくれないか』と言われた時は正直驚いたけど、今回俺が囮を引き受けたのは夜這い生霊に狙われたのが他でもないセガール兄上だったからだ。
◇◇◇
陛下との話を終え、俺はセガール兄上と今夜決行される夜這い生霊捕獲作戦の打ち合わせをするために客人の待つ応接室へと急いだ。その途中、「やっぱり心配だな」と兄上に顔を覗き込まれる。
「断ってもいいんだよ」
「兄上の役に立てる日がやっと来たんだ。絶対に断りません」
スレていない純真な笑顔を向ければ、
「可愛いこと言っちゃって~。ありがとう。フィルはこの数年で随分成長したね、頼もしいよ」
申し訳なさそうに眉を下げていた彼は、コロリと表情を変えて嬉しそうに俺の頭を撫でた。
大勢いる兄弟の中でも俺とセガール兄上は父親の血を特別濃く受け継いだようで、共にハニーブロンドの髪とサファイアを思わせる深いブルーの瞳を持ち合わせている。
俺に任された極秘任務は兄上の寝所に夜な夜な現れる生霊を騙すことなのだから、容姿が似ているほど作戦成功率もグッと上がるというわけだ。他にも囮になれそうな兄弟はいるけど、あの側妃たちが許すはずない。「フィルがやれ」と皆口を揃えて言うだろう。
(こういう時のために、陛下は孤児になった俺を引き取ったのかもしれないな……)
「――おい、恥晒し!! 何しに来た!!」
『王宮の恥晒し』――よそ事を考えていた俺は、二つ名を呼ばれピタリと立ち止まった。この言葉を聞くたびに毎回思う。それって俺のせいか?
シスターの誓願を破った母さんも母さんだけど、女好きの陛下が無理矢理迫ったに決まってる。
現に王妃の他に側妃が四人。俺を含めて王子七人、王女が二人もいるんだぞ? 私生児が俺だけなのか疑わしいところだ。責めるべきは俺じゃないだろうよ。
(わざわざ足止めしてまで、どうしても言わなきゃ気が済まないんだな。これだからかまってちゃんは……)
無視してもよかったが、呼び止めた彼の気持ちを大いに汲み取って俺は踵を返した。
「えーっと、お前誰だっけ」
記憶喪失でも何でもないけど、きょとんとした顔で首を傾げてみせる。
「なっ……生意気なクソガキが。ここはな、お前がみたいな奴が立ち入っていい場所じゃないんだ。さっさとおんぼろ離宮に帰れ!」
『アンドレアス』
第二王子のこいつは昔から兄弟の中で一番俺に突っかかってくる。確か今年二十二歳になるはずだが、言ってる事が十年前からまるで成長していない。
第一側妃の母親とそっくりな赤い髪。俺を睨むブラウンの瞳はもう見飽きた。大した実力もないくせに威張り腐っているのは兄弟の中で唯一の『魔力持ち』だからだ。けれどその魔力は呆れるほど少なく、王国魔法師団にも入れなかったほどである。
幼稚で無能なこいつが国王になったらこの国は終わるだろうな。国王の座には人望厚い優秀なセガール兄上が就くべきだ。
そのためにも彼の安眠を妨げる夜這い生霊の主を早急に捕まえなければならない。健康、それは質の良い睡眠から始まるのである。
「――アンドレアス。フィルは僕が呼んだんだ。それにその言葉遣いは良くないね。王族としての品位がない」
「兄上! 品位なら横のそいつの方がないでしょう! 図体ばっかデカくなりやがって。貴族の子息たちに暴力を振るって、アカデミーでも問題になってるそうですよ。こいつと同類にされたくありません!」
アンドレアスは言ってやったぜと満足げに鼻を鳴らす。
「アンドレアス兄さん……アカデミーでのことなら、俺は売られた喧嘩を買っただけです。王族をなめてる奴には力関係をはっきり分からせてやる、でしたよね? 兄さんが直々に教えてくれたことじゃないですか」
アンドレアス、俺を散々虐めたこと棚に上げるなよ。
まさか過去に自分が言ったことを忘れてしまったのかな? という意味を込めて先程と同じようにもう一度首を傾げる。ゆったりと余裕のある歩みでアンドレアスとの距離を詰めてやると、いつの間にか身長を追い越して逞しくなった俺に恐れをなしたのか見る間に顔が青褪めた。
(同類にされたくない? それはこっちの台詞だ)
「フィル、そこまでにしなさい。アンドレアスもこんな所にいないで早く公務に戻りなさい。毎日お疲れ様、たまには休憩も必要だよ」
サボってばかりのアンドレアスがまともに公務をしているわけがない。笑顔を絶やさずにさらりと嫌味をかますセガール兄上。彼も揉まれて育っただけあってなかなかの食わせ者だ。
「……兄上に気に入られてるからって調子に乗るなよ。この恥晒しが!」
アンドレアスは捨て台詞を吐くと、舌打ちをして去っていった。
「ここは空気が悪い。さっ、急ごう」
「はい、兄上」
アカデミーでは荒くれ者と呼ばれる俺も、この兄の前だけは昔と変わらぬ従順な子うさぎちゃんのままだ。幼さの残るあどけない笑顔を見せた。
――コンコン。
足止めを食らった場所から少しばかり離れた応接室。セガール兄上は扉を軽くノックした。
「オーティス、待たせたね」
室内へと入る軽やかな兄上の声に反して俺の足取りは重くなった。激しく乱れた鼓動が『オーティスがいるぞ! 彼に会う準備はできてるか!?』と問いかけてくる。
「お久しぶりです、フィル様」
この声……心地良い少し低めの声に俺の情緒が崩壊した。
(オーティスだ……会いたかった……めちゃくちゃ会いたかったんだ!!)
今回、囮を引き受けたもう一つの理由。大魔法師『オーティス・サンドリッチ』に会うため。
いや、それこそが最大の理由だ。
グルウルデ王国の第七王子。国王陛下とシスターの間にできた子、それが俺だ。
この事実は五歳の時、母親が病死した後に知ったことで、母は生前、父親に関係することはいっさい教えてくれなかったため、俺は彼らの馴れ初めや父親がいったい誰なのか何一つ知らないまま育ってきた。
そして急に現れた第七王子に世間は騒めき立った。陛下の寵愛を受ける妃たちは大憤慨。歓迎されない俺は当然廃れた離宮へと追いやられ、急に増えた兄弟や使用人からも虐められることとなる。敵ばかりの王宮内で唯一俺に優しくしてくれたのは王妃の子で第一王子、現在王太子であるセガール兄上であった。
久しぶりに会った陛下に『囮になってくれないか』と言われた時は正直驚いたけど、今回俺が囮を引き受けたのは夜這い生霊に狙われたのが他でもないセガール兄上だったからだ。
◇◇◇
陛下との話を終え、俺はセガール兄上と今夜決行される夜這い生霊捕獲作戦の打ち合わせをするために客人の待つ応接室へと急いだ。その途中、「やっぱり心配だな」と兄上に顔を覗き込まれる。
「断ってもいいんだよ」
「兄上の役に立てる日がやっと来たんだ。絶対に断りません」
スレていない純真な笑顔を向ければ、
「可愛いこと言っちゃって~。ありがとう。フィルはこの数年で随分成長したね、頼もしいよ」
申し訳なさそうに眉を下げていた彼は、コロリと表情を変えて嬉しそうに俺の頭を撫でた。
大勢いる兄弟の中でも俺とセガール兄上は父親の血を特別濃く受け継いだようで、共にハニーブロンドの髪とサファイアを思わせる深いブルーの瞳を持ち合わせている。
俺に任された極秘任務は兄上の寝所に夜な夜な現れる生霊を騙すことなのだから、容姿が似ているほど作戦成功率もグッと上がるというわけだ。他にも囮になれそうな兄弟はいるけど、あの側妃たちが許すはずない。「フィルがやれ」と皆口を揃えて言うだろう。
(こういう時のために、陛下は孤児になった俺を引き取ったのかもしれないな……)
「――おい、恥晒し!! 何しに来た!!」
『王宮の恥晒し』――よそ事を考えていた俺は、二つ名を呼ばれピタリと立ち止まった。この言葉を聞くたびに毎回思う。それって俺のせいか?
シスターの誓願を破った母さんも母さんだけど、女好きの陛下が無理矢理迫ったに決まってる。
現に王妃の他に側妃が四人。俺を含めて王子七人、王女が二人もいるんだぞ? 私生児が俺だけなのか疑わしいところだ。責めるべきは俺じゃないだろうよ。
(わざわざ足止めしてまで、どうしても言わなきゃ気が済まないんだな。これだからかまってちゃんは……)
無視してもよかったが、呼び止めた彼の気持ちを大いに汲み取って俺は踵を返した。
「えーっと、お前誰だっけ」
記憶喪失でも何でもないけど、きょとんとした顔で首を傾げてみせる。
「なっ……生意気なクソガキが。ここはな、お前がみたいな奴が立ち入っていい場所じゃないんだ。さっさとおんぼろ離宮に帰れ!」
『アンドレアス』
第二王子のこいつは昔から兄弟の中で一番俺に突っかかってくる。確か今年二十二歳になるはずだが、言ってる事が十年前からまるで成長していない。
第一側妃の母親とそっくりな赤い髪。俺を睨むブラウンの瞳はもう見飽きた。大した実力もないくせに威張り腐っているのは兄弟の中で唯一の『魔力持ち』だからだ。けれどその魔力は呆れるほど少なく、王国魔法師団にも入れなかったほどである。
幼稚で無能なこいつが国王になったらこの国は終わるだろうな。国王の座には人望厚い優秀なセガール兄上が就くべきだ。
そのためにも彼の安眠を妨げる夜這い生霊の主を早急に捕まえなければならない。健康、それは質の良い睡眠から始まるのである。
「――アンドレアス。フィルは僕が呼んだんだ。それにその言葉遣いは良くないね。王族としての品位がない」
「兄上! 品位なら横のそいつの方がないでしょう! 図体ばっかデカくなりやがって。貴族の子息たちに暴力を振るって、アカデミーでも問題になってるそうですよ。こいつと同類にされたくありません!」
アンドレアスは言ってやったぜと満足げに鼻を鳴らす。
「アンドレアス兄さん……アカデミーでのことなら、俺は売られた喧嘩を買っただけです。王族をなめてる奴には力関係をはっきり分からせてやる、でしたよね? 兄さんが直々に教えてくれたことじゃないですか」
アンドレアス、俺を散々虐めたこと棚に上げるなよ。
まさか過去に自分が言ったことを忘れてしまったのかな? という意味を込めて先程と同じようにもう一度首を傾げる。ゆったりと余裕のある歩みでアンドレアスとの距離を詰めてやると、いつの間にか身長を追い越して逞しくなった俺に恐れをなしたのか見る間に顔が青褪めた。
(同類にされたくない? それはこっちの台詞だ)
「フィル、そこまでにしなさい。アンドレアスもこんな所にいないで早く公務に戻りなさい。毎日お疲れ様、たまには休憩も必要だよ」
サボってばかりのアンドレアスがまともに公務をしているわけがない。笑顔を絶やさずにさらりと嫌味をかますセガール兄上。彼も揉まれて育っただけあってなかなかの食わせ者だ。
「……兄上に気に入られてるからって調子に乗るなよ。この恥晒しが!」
アンドレアスは捨て台詞を吐くと、舌打ちをして去っていった。
「ここは空気が悪い。さっ、急ごう」
「はい、兄上」
アカデミーでは荒くれ者と呼ばれる俺も、この兄の前だけは昔と変わらぬ従順な子うさぎちゃんのままだ。幼さの残るあどけない笑顔を見せた。
――コンコン。
足止めを食らった場所から少しばかり離れた応接室。セガール兄上は扉を軽くノックした。
「オーティス、待たせたね」
室内へと入る軽やかな兄上の声に反して俺の足取りは重くなった。激しく乱れた鼓動が『オーティスがいるぞ! 彼に会う準備はできてるか!?』と問いかけてくる。
「お久しぶりです、フィル様」
この声……心地良い少し低めの声に俺の情緒が崩壊した。
(オーティスだ……会いたかった……めちゃくちゃ会いたかったんだ!!)
今回、囮を引き受けたもう一つの理由。大魔法師『オーティス・サンドリッチ』に会うため。
いや、それこそが最大の理由だ。
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