笑いの授業

ひろみ透夏

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【序章】

ふたりの天才(2)

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「ここが、これから一年間、先生とみなさんが一緒に過ごす教室です」


 一年二組の教室の前で、ぴたりと足をそろえて立ち止まり、バレリーナのようにくるりときれいな弧を描いて振り返った神楽坂かぐらざか先生は、目の前に広がる光景に愕然とした。
 整然と並んでいたはずの列は見る影もなく乱れ、みな思い思いに歩き回っている。廊下にぺたりと座り込んでおしゃべりをする生徒や、追いかけっこを始める生徒までいた。
 まさか自分の行動が、生徒たちの緊張を必要以上にほぐしていたとは知らない先生は、今日まで何度も頭のなかで思い描いていた光景と、まるで違う現実にとまどった。


「ええと……、みんな教室に入って、出席番号順に席に着いてください。さっき列に並んでいた通りの順番です。ねえ、みんな、早く……」


 なんとか生徒たちを教室のなかに誘導したものの、すっかり動転している神楽坂かぐらざか先生のか細い声の呼びかけは、興奮ぎみの生徒たちの耳にはまったく届かない。
 収拾のつかない事態に、早くも神楽坂かぐらざか先生の頭が混乱する。
 先生は早鐘を打つ心臓を手のひらで押さえつけ、とにかく精一杯に声を張り上げた。


「あの、みなさん! おねがいですから、席に着いてくださいっ!」


 動転しているせいか、張り上げた声が裏返ってしまった。
 するといきなり、男子生徒の一人が、指をさして突拍子もない叫び声を上げた。


「ひやぁあああっ! あんなところに!」

 クラスじゅうの誰もが、いっせいに男子生徒に注目する。

「あんなところに、町田まちだ敦子あつこがおる!」


 そう叫んだ男子生徒の指先は、あろうことか神楽坂かぐらざか先生に向けられていた。
 とつぜんみんなから注目された先生は、目をぱちぱちとしばたかせながら、いまだ治まらない胸の鼓動を手で押さえつけていた。


「なあんだ、よく見たらモモタローだった」


 わけがわからず息を呑む神楽坂かぐらざか先生。クラスじゅうが先生に注目している。
 しばし沈黙のあと、叫び声を上げた男子生徒が肩をすくめ、ため息まじりにこう言った。


「せんせぇ、そこはノリツッコミしてくれないと。この空気どうしてくれるんですか?」

「どうするって……。先生、なにが起きているのか……」

「そこは、フライングキャット! でしょうがっ!」


 ポーズを付けて決め#台詞を叫ぶ男子生徒。とたんにクラスは爆笑の渦に巻き込まれた。

 そうか――。神楽坂かぐらざか先生は、ぽんっと手を叩いた。
(胸を押さえ、声を裏返して叫んだ姿が、流行はやりのアイドル町田まちだ敦子あつこのモノマネをしている、お笑い芸人『モモタロー』さんのネタにそっくりだったんだ……)


「って、だれがモモタローよっ!」


 思わず怒鳴り声を上げてしまった神楽坂かぐらざか先生は、顔を真っ赤にして、あわてて両手で口をふさいだ。
 愛嬌のある顔の芸人に間違われて怒った姿が、頭のなかに思い描く理想の教師像とはかけ離れた、大人げない態度だったと恥じたのだ。
 しかしクラスじゅうの誰もが、そんな先生の姿を見て笑っている。


「と、とにかく、みんな席に着いて。ホームルームを始めますよ」


 失態を取り繕うように、生徒に声をかける神楽坂かぐらざか先生。
 すると生徒たちはさっきとは打って変わって、「はあい」と大きく返事をすると、そそくさと自分の席に着き始めた。


(すごい。さっきまでわたしの言うことなんて、まるで聞く耳を持たなかったのに……)


 神楽坂かぐらざか先生は呆気あっけにとられつつも、自分のことを指さした男子生徒を目で追っていた。
 見るかぎり、髪型も雰囲気もいたって普通の、どこにでもいそうな男子生徒。
 しかし先生の視線に気付いた男子生徒は、とたんにさわやかな笑みを浮かべてウインクを飛ばした。そのときの表情は、自信たっぷりのアイドルのようにも見える。
 神楽坂かぐらざか先生は、手もとの出席簿で名前を確認した。


 高城たかぎ亮介りょうすけ。――笑いで一瞬にしてクラスをまとめた生徒。
 それが高城たかぎを始めて見た、神楽坂かぐらざか先生の感想だった。


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