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【序章】
ふたりの天才(3)
しおりを挟む神楽坂先生が生徒たちに背中を向けて、黒板にきれいな字で名前を書いている。
そのあいだに高城亮介は、机の中に隠し持ったノートの切れ端を何度も盗み見ていた。
やがて先生が踵を返して、張り付いたような笑顔をみんなに向けた。
「みなさん、入学おめでとうございます。今日からここがみなさんの教室で、みなさんのまわりにいるお友だちが、これから一年間を一緒に過ごすクラスメイトです。ですから、いまからみなさんに自己紹介をしてもらおうと思います」
「よっ、待ってました!」
ノートの切れ端をくしゃりと丸めながら、高城が豪快な掛け声をかける。
神楽坂先生は、ビクリと肩をすくめて驚いたが、やがて気を取り直すように咳払いをすると、昨夜から何度も頭のなかで復唱してきたであろう、かた苦しい挨拶を続けた。
「ではまず、わたしから……。先生の名前は神楽坂春菜です。まだ新米教師で、クラスを受け持つのは今回が始めてです。いたらない点もあるかもしれませんが、みなさんと一緒に勉強するつもりでがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。
今日は先生にとっても記念の日です。ずっと夢見てきたクラスを受け持つ先生になれたからです。わたしがなぜ先生になろうとしたのか、ちょっとだけお話したいと思います。
じつは、わたしはみなさんと同じ中学生になったばかりの頃……」
先生の挨拶が続くなか、高城は後ろの席に座っている男子生徒から背中をつつかれた。
「おい亮介、台本(ほん)は頭に入ったか?」
「もちろん。徹こそ、準備はいいか?」
「オーライ」
塚田徹は幼稚園からの幼なじみで、小学校ではよく二人でお笑いのネタを披露し、みんなを笑わせていた。高城とは漫才コンビのような関係だ。
太めの巨体に坊主頭、鋭く尖った切れ長の目をした塚田は、近寄りがたい恐ろしい雰囲気を漂わせていたが、笑うととても人懐っこい穏やかな表情になるので、小学生のときのあだ名は『大仏』だった。
今日の朝、昇降口に張り出されたクラス分け発表で同じクラスになったことを知ったふたりは、急遽それぞれが考えていた自己紹介ネタを練り直し、二人でラップ調のリズムに合わせた掛合い漫才のスタイルで自己紹介するというネタを考え、破り裂いたノートの切れ端に台本を書き上げた。
『オリエンタルテレビ』さんと『2800』さんのネタを、足して二で割った感じかな? というのは、主にネタ作りを担当している塚田の言葉。
自己紹介は彼らにとって、抜群に注目されるネタ発表会なのだ。
しかし、いつまでたっても先生の話が終わらない。
(このままじゃ俺たちの自己紹介、つまりネタの時間がどんどん短くなってしまう!)
焦った高城は、直前に先生の話が終わったことにも気付かず、たまらず席を立って声を張り上げた。
「せんせぇ、話が長過ぎます! 持ち時間を守ってくれないと、あとに控えてるもんのネタが駄目になってしまいます。今日じゃないとあかんネタなんです! 賞味期限が迫ってるんですよ!」
「ネタの賞味期限?」先生は首を傾げながらつぶやいた。
「えっ、まさかお寿司? 高城くん、だめよ。いくらおめでたい日だからって、学校でお寿司を握ることは許しません」
「そうそう、さばきたての新鮮なネタをちょんと酢飯にのせて……って、誰が寿司なんて握るかい! ほんで町田敦子みたいな顔で怒られても、ぜんぜん恐ないわ!」
「高城くん」
神楽坂先生が真剣な表情で高城を見つめる。
(さすがにいまの態度はやりすぎたか……)
反省した高城が肩をすぼめたとたん、
「先生、じつはよく知らないのよ、その町田アッコさんのこと」
高城は思わずこけそうになってしまった。
「なに小田アッコさんみたいに言うとんねん。敦子や、アツコ」
「あれ、高城くんって、もしかして関西出身なの?」
先生との会話は予想外の方向へと進展していく。
まるで先の読めない先生との会話に、高城は翻弄されるばかりだった。
「ちゃいますけど、ツッコミ、ボケいうたら、やっぱり本場の大阪弁っていうか」
「大阪の人がボケてるって、それ、ちょっと失礼じゃない?」
「いや、ボケと言っても、別に悪口ではなくて……」
(このひとにお笑いを説明するのは難しそうだ)
高城は早めに会話を切り上げようと、適当に話を合わせて、ごまかすことにした。
「まあ、リクペストです」
「りくぺすと? ……ああ、リスペクト!」
神楽坂先生の瞳がきらりと光る。
会話が自分の分野におよんだのが嬉しかったのか、先生は、水を得た魚のようにいきいきとネイティブな発音で言い直した。
「リスペェッ! 尊敬する、敬意を表す、という意味ですね。高城くん、先生の発音を真似して、リピート・アフタ・ミー。……リスペェッ!」
神楽坂先生の担当教科は、英語なのだ。
「り、りすぺぇ……くと?」
先生の迫力に気圧され、言われるがままに言い直す高城。
「グゥウッ!」先生は、満面の笑みで親指をつきだした。
「さあ、みんなも一緒に、リピート・アフタ・ミー。……リスペェッ!」
「リスペェッ!」
いつのまにか教室は、自己紹介から英語の授業に変わっていた。
「亮介、俺たちのネタが……」
どんよりと沈んだ表情で、高城の袖を引っぱる塚田。
「ああ。完全に腐っちまったな」
生徒のあいだを楽しそうに歩きがなら、英語の発音を繰り返す神楽坂先生。
しかし、その姿を見つめる高城の瞳に無念の色はなく、むしろ探し求めていたダイヤの原石を、やっと掘り当てたときのように、きらきらと輝いていた。
神楽坂春菜先生。――これは、どえらい天然キャラの出現だぞ。
それが神楽坂先生を始めて見た、高城の感想だった。
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