笑いの授業

ひろみ透夏

文字の大きさ
17 / 31
【高城の章】

3 笑いの授業(2)

しおりを挟む

 文化祭前日、どのクラスも遅くまで学校に残って準備をしていたが、なかでも一年二組の出し物の進捗具合は最悪だった。その理由は、生徒がサボっているわけでも、やる気がないわけでもない。神楽坂かぐらざか先生のこだわりが凄かったからだ。

 そのやりすぎともとれるお化け屋敷への情熱にうんざりする生徒も何人かはいたが、次第に形を成していく不気味な雰囲気に圧倒されて、誰もが完成に向けて全力を尽くした。

 しかし、文化祭実行委員会が指定した最終下校時間の夜七時をまわっても、まだ八割ほどしか完成していない。神楽坂かぐらざか先生が生徒たちの保護者に連絡を入れて、九時までに帰宅させるとの約束で許可を取り、なんとか最後の仕上げにとりかかることができた。

 作業の途中、高城たかぎは夏休みに佐倉さくらから聞いた怪談を何度か耳にした。
『誰にも言っちゃダメだよ』という合い言葉のもと、クラス全体に広まったのだろう。

 学校にいるには遅い時間と、お化け屋敷のおどろおどろしい雰囲気に触発されたのだろうが、耳をそばだてれば、いつのまにか『夏休みに夜の学校のプールで、大きな水しぶきの音を聞いた』などという、尾ひれまで付けて自慢げに話す生徒までいる。


(うわさ話なんて、そんなものだ。そこかしこで、こそこそと内緒話をしているのは、どうせすべてが怪談話なんだ)


 高城たかぎはそう決めつけて、みんなの話に耳を貸さなかった。
 ただでさえ怖がりなのに、これから暗い夜道を歩いて帰らなくてはならないからだ。




 みんなで一丸となって頑張ったせいもあり、夜の八時をまわったころには、出し物の準備はほとんど整った。

 壁や窓ガラス、天井に至るまですべて黒い模造紙で覆われ、いたるところに墓石が並んでいる。地中から飛び出した棺からは、ミイラ男が手を伸ばしていた。

 天井からは人魂が釣り糸で垂れ下がり、埋め込まれたブラックライトを点灯すれば、模造紙に描かれた巨大なガイコツが紫色に光って、暗闇に浮かび上がる仕掛けだ。

 あとは当日、ルートに沿って黒いカーテンで道を仕切れば完成。
 制作した本人たちでさえ身震いするような、神楽坂かぐらざか先生こだわりの作品だ。

 逆を言えば、神楽坂かぐらざか先生の心の闇を垣間見てしまったようで、生徒たちはほんの少し、先生を見る目が変わっていた。


「ちょっとみんな、聞いてくれるかな?」


 神楽坂かぐらざか先生は生徒たちにペットボトルのジュースをふるまうと、達成感の美酒ならぬジュースに酔いしれている生徒たちを集めて、挨拶を始めた。


「みんなで力を合わせて、こうやって一つのものを作り上げることができて、先生とっても嬉しいです。このクラスは本当に仲がいい。よくまとまっていると思います。誰かを犠牲にすることでね」


 一瞬、生徒たちは耳を疑ったが、神楽坂かぐらざか先生が満面の笑みで挨拶を続けるので、誰も先生の言葉に疑問を持たなかった。


「今日でみんなと一緒のクラスになってから、ぴったり、ちょうど半年です。まだまだ半人前の先生に半年もついて来てくれて、みんな本当にありがとう。思い返せば恥ずかしいことばかりで、いまからでも半年前に戻って、一《いち》からやり直したいくらいです」


 生徒たちが一斉に笑った。
 確かに思い返せば、先生は笑えることばかりしていたからだ。


「みんなも学校生活に慣れて、もうすっかり気が緩んでいることでしょう? というわけで、いまからみんなも、緊張感のあった、あの入学当時を思い出してください」


 何を言っているのだろう?


「さあ、みんな。いまみんなは半年前にいます」


 みな笑みを浮かべながらも、まわりの生徒と顔を見合わせていた。

 
 神楽坂かぐらざか先生は、いったい何を言っているのだろう?


「わたしも半年前の初心に立ち返り、一から、みなさんを教育し直したいと思います」


 ざわつく生徒たち。

 その時、とつぜん教室の明かりが消えた。








































『それではこれから、笑いの授業を始めます』







しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

大人にナイショの秘密基地

湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

処理中です...