笑いの授業

ひろみ透夏

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【高城の章】

5 佐倉咲美(2)

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 ときおり、どこからか悲鳴が聞こえる。
 佐倉さくら土屋つちやがやられるのを目撃して以来、窓の外をのぞこうとはしなかった。
 抱えた膝に顔をうずめて、黙り込んでいる。

 高城たかぎはひとり小窓に張り付いて、神楽坂かぐらざか先生の動向を見張っていた。
 第二校舎の廊下の窓に見える先生の上半身は、まるで幽霊のように、すーっと滑るように移動している。


「あれ、本当に先生なのかな?」

 高城たかぎのひとり言に、押し黙っていた佐倉さくらが、不思議そうに顔をあげて聞き返した。

「どういうこと?」

「先生、おかしかっただろ? 夏休みが明けてから……。
 いや、あのプール事件のあと、先生、いつのまにかジャージ姿で眼鏡までかけて……。たぶん、あのとき入れ替わったんだ」

「入れ替わったって、誰と?」

「なんて言ったらいいのかわからないけど……。たぶん、先生のなかの暗い影」

「先生の、暗い影……?」

「俺たちの知っている明るくて面白い先生の魂は、きっといまもびしょ濡れ姿のまま、校内をさまよい歩いていると思うんだ。珠木たまきが夏休みに見たっていう、あの幽霊だよ……。
 いまの先生を操っているのは、心のなかに潜んでいた、先生の暗い影。そいつが本当の先生を体から追い出し、乗っ取って、あんな風になってしまったんじゃないかな?」


 佐倉さくらが再び、抱えた膝に顔をうずめた。その背中が、こまかに震えている。

「おい佐倉さくら、平気か?」

 佐倉さくらが少しだけ顔をあげてうなずく。
 佐倉さくらは、涙を流しながら笑っていた。

「おかしいよね。なんでこんなに怖いのに笑っちゃうんだろう。笑うってなんだろうね。わたしたち、笑うってこと、なんにもわかってないよね」


 高城たかぎは再び窓の外に視線を移すと、そっけない態度ながらも、力強くこたえた。


「約束するよ。咲美えみのことは、俺が絶対守るから」


 驚いたように目を丸くした佐倉さくらは、涙を拭くと、そっと高城たかぎの背中に寄りそうようにして座った。


           *


 先生が廊下の端に行って姿を消すたびに、高城たかぎは肝を冷やした。
 連絡通路を渡ってこちらの校舎へ来るんじゃないかと心配しているのだが、先生はだいたい、第二校舎の三階、つまり一年二組の教室の周辺をさまよい歩いている。

 また先生が、廊下の端へ姿を消す。
 高城たかぎは息を呑んで、先生の姿が現れるのを待った。

 二階の廊下。はたまた踵を返して、再び三階の廊下へ引き返して来るかもしれない。
 しかし、このとき先生は姿を消したまま、いつまでたっても現れなかった。

 胸の鼓動が速くなる。
 高城たかぎの背中に寄りそったまま、いつのまにか寝息を立てている佐倉さくらの肩をゆらした。


「先生がこっちの第一校舎に来ているかもしれない。音を立てるなよ」

 佐倉さくらの耳もとで、そうささやこうとした瞬間、がらりと大きな音を響かせて、音楽室の引き戸が開く音がした。



「きゃぁあああああっ!」


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